今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#128

(写真:空への憧憬)

思惑

三葉ロボテク、ロボットコンテストに参加する3つのブースをバックに簡易なステージが作られ、マイクスタンドが置かれた。
ステージの目の前の観客席には、今日の主賓である高齢者とその介護家族、そして、三葉ロボテクと東大寺グループの面々が顔を揃えていた。
観客席の中央後方、少し段差をつけて高くなっている場所に、東大寺グループ代表、東大寺克徳とその側近数名が席を取り、その中に今回の立役者の一人、村方の姿も見えた。
そして、克徳のすぐ横には、三葉ロボテク社長の牧野が座っている。牧野の後ろには、専務、常務の役員たちがいた。

克徳と牧野は決してウマが合うわけではない。むしろ、今回のことでそれぞれの思惑がぶつかっていた。
自立駆動型介護ロボット事業を推し進めたい東大寺グループとしては、なんとしても産業ロボット製造の中核メーカー、三葉ロボテクに参画して貰いたい。
その時、たまたま同社に席を置いていた令嬢の歌陽子に権限を与えて、交渉に当たらせることにした。
もちろん、歌陽子がどこまでやれるかを試すのが目的だったから、あまり大きな期待を寄せていた訳ではない。
しかし、その歌陽子から思いも寄らず、ロボットコンテストと言う話が飛びだした。
最初から、自立駆動型介護ロボットでは、はねつけられるだろう。それで、父親である克徳の名前を使って、今回は大々的に全社で行うことを了承させた。その上で、出展作品に『自立駆動型介護ロボット』で申し込んだ。それも、東大寺歌陽子の名前で。
これは、東大寺グループ差し金の出来レースだと、誰もが考える。
東大寺グループ代表の目の前で、社員の立場を利用して、『自立駆動型介護ロボット』をブレゼンするのである。
これで、三葉ロボテクは、『自立駆動型介護ロボット』開発の意思ありと認めたことになる。
だが、仕掛けているのは、三葉ロボテクの社員の立場ではあったが、レッキとした東大寺の身内。完全に騙し討ちである。

もちろん、三葉ロボテク側としては握りつぶすことも可能だった。
しかし、その他の参加希望者たちを一切退けて、最強チームで迎え撃つことに決めたのは、社員の牧野自身だった。
しかも『自立駆動型介護ロボット』と、同じテーマをぶつけて、歌陽子たちの目論見を叩き潰すために。
チームビルディングは、コンテストから2週間で完了した。そして、水面下で準備を進めて、克徳と歌陽子の目の前でハッキリ戦線布告したのは今年の1月2日だった。

なぜ、そこまで牧野は歌陽子たちに対抗意識を燃やすのか。
それは、AIをベースとする自立駆動型ロボットはまだ市場展開まで時間がかかる。その間の開発にエース級の人材を取られては、本業の市場競争力が損なわれてしまう。
それで、『自立駆動型介護ロボット』開発のオファーはあえて返事を保留してきた。有り体に言えば無視をした。
だが、思わぬ伏兵であった歌陽子の手引により、ことここに至った以上は敢えて受けて立つしかなかった。
そして、それは既存技術ベースの採算性の高いモデルをぶつけ、東大寺グループの意思を三葉ロボテク寄りに補正するためである。

立場からすれば、克徳と牧野は上司と部下の間がらだったが、この場の二人は別の思惑を持った競争相手に他ならなかった。

やがて、ステージには三葉ロボテクから選抜された司会者が立った。

「皆さん、時刻となりましたので、今から三葉ロボテク主催のロボットコンテストを開催いたします。」

(#129に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#127

(写真:御園座ver.2)

カウントダウン

「嬢ちゃん、そろそろ始まるぞ〜!」

会場前方から、前田町が呼びかける。

「はあい!いま、行きます!」

「かよちゃん!」

「はい。」

「頑張って!」

佐山清美が、歌陽子に向けて親指を立てて拳を突き出した。

「はい!行って来ます。」

元気よく答えて、自分のブースにカタカタと駆けていく歌陽子を見送りながら、清美が言った。

「あの娘、天然の振りして、実はなかなかやるのよね。ヤッパリ、東大寺の血は争えないってこと?」

「なあ・・・。」

「え?あ、川内部長、まだおられたんですか?」

そこには、打ちひしがれている川内の姿。

「悪いか。それより、佐山。お前、あいつが東大寺の娘だって知ってたんだろ?なんで、教えてくれなかたんだ?」

「そ、それは、部長も当然ご存知かと・・・。」

「知るもんか、そんなこと。だいたい、あの二人ぜんぜん似てないだろ!」

「そう言えばそうですね。かよちゃんは、どちらかと言えばお母さん似かな。うふふ。」

「何がおかしい。」

「いえ、別に。それより、部長、そろそろコンテストの始まる時間ですよ。部長も確かプレゼンターのお一人でしたよね。行かれなくていいんですか。」

「馬鹿いえ。あんな失態をさらしておいて、どのツラ下げて代表の前に出られるんだ。ほとぼりが冷めるまでは、俺は休職する。」

「部長、大袈裟ですって。そこは、ちゃんと、かよちゃんに頼んでとりなして貰いますから。」

すっかり、立場が逆転である。
さっきまで、川内のこと怖がってまともに口も利けなかったのに、すっかり馴れ馴れしい口調になっている。

「佐山・・・、いい加減にしろ。アイツに頭を下げるなんてゴメンだ。だったら、すぐに辞表を出す。」

(そりゃそうか。今まで、散々ボケだの、カスだの言って来たもんね。かよちゃんに貸し作るなんて、プライドの固まりの部長には無理だろうなあ。)

「なあ、佐山、お前、入社時は技術志望だったよな?」

唐突に口調を変えて、川内が聞いた。

「え?はい。そうですけど、数学に弱くって・・・。」

「ならば、お前にチャンスをやる。ちょっと顔を貸せ。」

「え、無理ですよ。勝手に持ち場を離れたら怒られちゃいますし。」

「構わん、俺が許可する。」

「ちょ、ちょっと、引っ張らないでください!」

「いいから、早くしろ!」

川内は、戸惑う佐山清美の腕を引いて、自分たちのブースに向かってどんどん歩き出した。

各ブースの裏手には会場から死角になっている場所があり、そこをバックヤードとして物置にしたり、椅子を置いて休憩できる場所にしている。
他の2つのブースはしっかり木組みがしてあるので、バックヤードも外から見えないように仕切りになっていた。
一方、歌陽子たちのブースは、一応簡易な仕切りはあったが、ほぼ丸見え状態だった。
そこに、歌陽子と前田町ら三人が集まって間も無く始まる出番を待っていた。

「嬢ちゃん、でえじょうぶか?緊張してねえか?」

「はい・・・、なんとかいけそうです。」

「しっかり頼むぜ。ここでお前がこけたら、俺らの苦労、全部水の泡だからな。」

「大丈夫ですよ。歌陽子さんは、ここ一番の腹の座り方はたいしたもんです。
それに、ここでモニターに映して、何かあったらヘッドセットでサポートしますから。」

「皆さん、よろしくお願いします。」

「じゃあ、嬢ちゃん頼んだぜ。」

「頑張れよ。」

「気を楽にしてれば大丈夫ですよ。」

そして、前田町が出陣の合図を出した。

「さ、行ってきな。」

「はい!」

(#128に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#126

(写真:サカエ路上)

上司と父と

(そうか!梨田さんだから、ピア(洋ナシ)か。)

歌陽子は、マダム・ピアについて、自分の中で勝手に納得した。

「あの、せっかく早く来られたんですから、もっと真ん中の方が良くないですか?」

歌陽子は気づかって声をかけた。

「いいのよ、ここで。それに、あなたのロボットは右隅のあれでしょ。」

「はい。そうです。」

「ねえ、あのカヨコ1号ってどう言う意味なの?」

「多分・・・、ですけど、私の名前が歌陽子なので、そこからとったんじゃないかと・・・。」

「まあ、そうなの。じゃあ、あのロボットは、あなたの分身ね。」

随分とマダム・ピアは人懐っこい婦人である。

「でも、なんだかどこかあなたに似ててよ。」

そう言われて歌陽子は、カヨコ1号を見直した。
少し小柄なボディ、細い手足、そして顔の2つのカメラが歌陽子のメガネにも見える。
ここまで皆んなと一緒に作り上げてきたロボットで、当然愛着はあったが、似てると言われると少し複雑な気分がする。

そんな会話をしている間にも、ホールの席はどんどん埋まってきた。

「かよちゃ〜ん。」

その歌陽子を、少し離れたところから呼ぶ声がする。

向こうで、佐山清美が手を振っている。

「手伝って〜。」

混み始めた会場では、佐山清美を含む女子社員たちが、集まってきた高齢者や付き添いの人たちを案内するのに手を取られていた。
席を案内して、飲み物を提供し、暖房のしっかり効いたホールでもなお寒がる老人に毛布を渡した。トイレの近い老人を、近くのトイレに案内するのも大切な仕事である。

清美が歌陽子に助けを求めたのは、車椅子同士がぶつかり、車輪が絡まって動けなくなった老人たちの救護だった。

「はあい。」

歌陽子は、声を出して、清美のもとに駆けつけた。
そして、ウンウン言って絡まった車輪を押したり引いたりしている清美の手伝いを始めた。

「かよちゃん、そこ持って。少し持ち上げたら動くかも。」

「はい。う〜ん。清美さん、重いです。ビクともしません。一度みなさんに車椅子から降りていただかないと。」

「それは無理よ。車椅子から降りてもらって、どこに腰をおろして貰うの?」

「私、椅子を持ってきます。」

と、その時、がっしりした男性の腕が軽々と車椅子を持ち上げた。

「さ、早くもう一台の車椅子の車輪を抜きなさい。」

「はい、有難うございます。・・・、え?」

「どうしたの?」

「お父様あ。」

そこには、歌陽子の父、東大寺グループ代表、東大寺克徳がいた。

「いいから、早くしなさい。」

「は、はい。」

克徳に急かされて、歌陽子は車椅子を動かして、車輪の縛めから解放した。

「え、お父様って?」

あっけに取られたように、聞き直す佐山清美。

「はい、私の父です。」

少し恥ずかしげに歌陽子が紹介する。

「ふつつかな娘が世話になっています。私が、東大寺克徳です。」

克徳は、清美に対して紳士的な挨拶を返した。

「え〜っ、ホンモノ〜!」

思わず、清美が口走った。
口走って、そして慌てて口を手で塞いだ。
だが、もう手遅れである。
顔を見合わせて苦笑いする克徳と歌陽子。そして、この場からそのまま消えてしまいたいような顔をしている清美。

そこへ、バラバラと数人の男性が駆け寄る足音がした。

「代表!申し訳ございません。すぐに特別席にご案内いたします。」

それは、三葉ロボテクの重役たち。そばに開発部長の川内がひっついていた。

「そんなに、バタバタしたら、皆さんが驚くだろう。」

「至りませんで申し訳ありません。さ、どうぞこちらへ。」

冷や汗をかきながら、東大寺グループ代表を案内する重役たち。
ところが、川内が目ざとくそこにいる歌陽子たちを見つけた。

「コラ、オマエタチ!」

歌陽子と清美に近寄って、声を殺して叱りつけた。

「ダイヒョウニタイシテ・・・ナニカ、シツレイハナカッタロウナ?」

「ナイ・・・ト、オモイマス。」

小声で答える清美。
ところが、そのやりとりに克徳が足を止めた。重役たちも気がついて、克徳の肩越しに必死のの口パクでサインを送っている。

「ヤメナイカ・ソコニ・イルノハ・・・。」

しかし、重役たちの懸命の努力も虚しく、歌陽子の素性を知らない川内はなおも続ける。

「トウダイジ・・・。」

「ハイ。」

「マタ、オマエカ。ドウセ、オマエノコトダカラ、オナジナマエデスネ、トカ、ワタシノロボット、オウエンシテクダサイネ、トカ、シツレイナコト、イッテイタノダロウ。」

「チガイマス。」

足を止め、じっと耳を澄ませる克徳。
それに気づいている歌陽子は気が気でない。
チラチラと克徳の様子を伺っている。
彼との会話に身の入らない歌陽子に、川内はイライラした。
克徳に背を向けている川内の頭の中では、彼は重役たちとずっと遠くへ移動しているはずだった。
それで、つい大きな声が出た。

「全く、最初から課長職で来たから、どんな優秀な人材かと思えば、とんでもない期待ハズレだ。未だに、学生気分が抜けないし、協調性もない。人の話もまともに聞かない。」

そこに、唐突に克徳の声が飛んだ。

「そうなのか?」

「え・・・?」

まさか側で聞かれているとは思わなかった。

「歌陽子。お前、未だにそんなことをしているのか。」

「お、お父様、それは・・・。」

克徳の厳しい視線に周りの一同が固まった。

(お、お父様だって・・・。名字が同じってだけじゃないのかよ。)

川内はその時初めて歌陽子の素性を理解した。

慌ててとりなす重役の一人。

「め、滅相もございません。お嬢様はしっかりやっておいでです。今日も、立派にプレゼンターを務められますし。」

「まあ、そう願いたいものだ。だが、それもこれも私の不徳の致すところ。君たち、謝るのは私の方だよ。」

言葉では詫びながら憮然とした顔をしている。

「歌陽子、お前がこの一年どれだけ成長できたかどうかは、お前の発表で明らかになるだろう。東大寺の名前に恥じないようにな。」

「はい、お父様。」

歌陽子のその一言を聞くと、踵を返して克徳は重役たちと席に向かった。

「わあ、冷や汗かいたあ。」

「はああああ。」

深くため息を吐き出す歌陽子。

そして、完全に固まって身動きの取れない川内。

(#127に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#125

(写真:猫カン)

マダム ピア

時刻は昼の1時近くになり、少しずつ今日の主賓である高齢者たちが集まってきた。
高齢者のうち、半分くらいは要介護者である。介護施設の職員に付き添われている人もあれば、家族に車椅子を押されている人もいる。自分で呼吸するのが難しいので、酸素吸入器を車椅子に付けている人や、みなそれぞれに人生の終盤に老苦をにじませていた。
なぜ、そんな彼らが厳しい老体を引きずってこの場に参じているのか。
それは、事前に養護老人ホームや行政に働きかけた東大寺グループ代表側近の村方の説得に、皆が高度要介護社会の光明を見出したからだった。

「今までの介護とは、身体的機能の衰えた高齢者の皆さんの出来ないことを、代わりにお世話することを意味していました。
しかし、出来無くなったことをお手伝いしているだけでは、ゆっくり坂道を転げ落ちるように死んでいくのを先延ばしているに過ぎません。そんな寂しい終末に灯りはあるでしょうか。
また、それすらも急速な高齢者人口の増加により、近い将来介助者は30万人以上不足すると言われます。当然、その負担は家族にかかり、働き盛りの男性が介護により退職を余儀なくされます。それは、日本の産業自体が立ち行かなくなる一因となるのです。
私たち東大寺グループは、医療分野の先進企業として、最先端技術による高齢社会のサポートを目標に掲げました。それは、技術により高齢者の方が自立的に活躍できる社会の実現です。
加齢によりできなくなったこと、例えば歩行などの移動、会話や聞き取りなどのコミュニケーション、その他記憶や認識などの能力をロボット技術でサポートし、再び自立的して社会生活に参加して貰うのが、私たちの目指すものです。
ちょうど衰えた視力をメガネやルーペで、衰えた聴力を補聴器でサポートして通常の生活を送ることができるように、ロボットの支援で従来の自立した生活を取り戻して貰います。
ついては、この度、東大寺グループ傘下の三葉ロボテクを中心に、高度高齢社会の光明となるロボットの試作展示を行います。また、その場で三チームに分かれて、介護される皆さん、介護をする皆さんにとって一番望ましいロボットをご提案いたします。
是非、足を運ばれ、未来の介護の光明となるロボットを選択していただきたいと思います。」

どんなに若い頃辣腕で鳴らしたり、あるいは羽振りを利かせて人を思うままに使った人でも、身体が動かなくなり、立ち居振る舞いも思うに任せなくなると、孫のような若い介護士の世話にならなくてはならない。若い頃にできたことができなくなり、下の世話すら自分でできない。恥ずかしさや、情けなさは尽くせないが、そんなことはかなぐり捨てなければ生きることすら叶わない。
死んでいくその日までは、食べ、飲み、眠り、排泄し、この身体を維持し続けるのだ。
しかし、そんな苦しみまでして、なぜ生きる。
結局、死んでいくことは変わらないのに、もう前のように笑ったり、楽しんだりすることは叶わないのに、日々衰えていく身体を維持するだけの存在。
人としての尊厳は何か。
生きる意味は何か。
大事な人たちやものは自分からみな離れてしまった。この喪失の人生相に光明を与えるものは何か。

しかし、
その人生にまた尊厳が取り戻せるかも知れない。
村方の発した問いかけは、少なからず要介護者たちの胸を打った。

この会場はコンサートホール形式ではない。
パーティや展示会、コンサート等何にでも転用可能な多目的ホールであった。
多人数の公聴会や講習、そしてコンテストが開かれる時はホール一杯に椅子が並べられた。
今回の三葉ロボテクのロボットコンテストでは、コンテスト出品者の三つのブースが中央と両脇に作られていた。
その前に並べられた椅子は300脚をくだらない。通常はホール備え付けのパイプ椅子だが、今回は高齢者たちの身体を慮ってクッションのしっかりした椅子が用意されていた。そして、それは東大寺グループの用意したもので、コンテストが終わればそのままホールに寄贈されることになっていた。
会場の数カ所には、高齢者の体調の急変に備えて医療スタッフが待機していた。
また、ゆっくり楽しんで過ごして貰えるよう、飲み物や食べ物も十分準備されていた。

右端のブースの前に立って、歌陽子は主賓の高齢者たちを出迎えていた。
そこへ、一人の老女が若い男性の介護士に車椅子を押されて現れた。

「あっ、あそこがいいわ。だって、あんな可愛いお嬢さんが出迎えてくれているのですもの。」

「梨田さん、騒ぎすぎです。また、血圧が上がっても知りませんよ。」

「いいじゃない、今日はお祭りよ。」

そう言って梨田老夫人は、歌陽子の前に車椅子で席を取った。

「あ、今日はよろしくお願いします。」

「よろしくね。あら・・・、あなた。」

「あ、はい。」

「ちょっと、こちらに顔を寄せてくださらない。」

「え?」

「いいから。」

そう言って老夫人は、歌陽子の顔にそっとハンカチを当てて何かを拭き取った。

「あ。」

「そうよ、若い娘さんが頰にケチャップなんか付けていてはいけないわ。」

歌陽子は、ハッと頰に手を当てた。

それは、さっき宙から渡されたハンバーガー。悔しくて、いじましいと思ったけど、背は腹には変えられない。一時バックヤードに引っ込んで、急いでジュースで流し込んだ。
でも、その時のケチャップが残っていたんだ。

「あ、あの、有難うございます。」

「梨田さん、あまり若い子をからかっちゃダメですよ。」

「いいじゃないの、そのままだったら、あなた恥をかくところよ。ねえ。」

「は、はい。」

「それにね、いつも言ってるでしょ。私はね、梨田じゃなくて、マダム・ピアなのよ。」

(#126に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#124

今日学んだこと
(写真:金華の城)

腹減り

ぐうっ。

「ん?」

「あ・・・。」

それは、歌陽子のお腹から聞こえた小さな音。

「あれ、歌陽子さん、食べて来なかったんですか?」

「だって、寝坊して、遅刻して、皆さんを待たせている身で食事なんて。」

「律儀ですねえ。でもね、僕ならそう考えませんよ。だって、これまで働けなかったんだから、せめてこれから頑張ろうと思います。その時にお腹が空いてたら、あまり役に立たないでしょ?」

「あ・・・、そうですね。ごめんなさい、浅はかでした。」

「でも、一応食べるものは持ってきたんでしょ?」

「はい、あの、皆さんの分も一緒に。」

「そうですか。それは有難いですね。ロビーにあるんですか?」

「はい、先に野田平さんと前田町さんが食べてます。」

「え?そりゃ、たいへんだ。急がないとなくなりますね。」

「で、でも、ちゃんと4人分と伝えて来ましたから。きっと残してくれてますよ。」

「中身は何ですか?」

「えっ、と、安希子さんに作って貰って、確かサンドイッチと聞きました。・・・日登美さん?」

その時、日登美はもうロビーに向かって駆け出していた。

「あっ、歌陽子さん。すいません、あと頼みま〜す。」

「あの、後って〜っ?」

「誰か用心で見てなきゃならないでしょ〜。」

「あ、わかりました〜っ!」

ぐううっ。

また、お腹が鳴った。

そう言えば、昨日の夜、安希子のサラダを半分食べただけで、あと何も食べてなかった。
さっきまでは、遅刻してどんなに怒られるかと気が気ではなかったのもあって、あまり空腹は感じなかった。しかし、こうして一人会場に置き去られらると、しんしんとひもじさが身を苛む。
そして、もしプレゼンの最中にお腹が鳴ったりしたら・・・、そうしたら、とても恥ずかしい。
ここは、なんとしても何かをお腹に入れなくてはならない。

今は昼どきと見えて、会場に人もまばらだった。歌陽子たちメインの3ブース以外にも、周りには幾つもの大小のブースが並んでいた。
そして、そこにはざまざまな三葉ロボテクの製品が並べられ、この時に合わせて招待したディーラーや企業の購買担当と思しき人たちの姿が見えた。

あ、あれは、佐山清美。

40くらいの男性を相手に説明をしている。
今日は、総務部の彼女まで駆り出されたようだった。やがて、清美は男性にパンフレットを渡すと丁寧にお辞儀をした。
そして、歌陽子に気がつくと、ニッと笑う。
歌陽子は、時々彼女を助けてくれる、この先輩社員にぺこりと頭を下げた。

それにしてもお腹が空いた。

その時、歌陽子の携帯が鳴った。

「はい、歌陽子です。」

「おい、カヨ。」

野田平がやけに陽気な声で電話をかけてきた。

「有難うな。美味かったぜ。俺は、ロブスターやローストビーフのサンドイッチなんて始めてだったぜ。だけどよ、お前がもちっと早く教えてやれば、少しくらい日登美にも残してやれたのによ、悪いことをしたぜ。」

「え・・・っ?もう、無いんですか?4人分って言いましたよね?」

「さあな、あんまり美味かったんで気にしなかった。じゃあな。」

プッ。

ぐううっ。ぐうっ。

さっきから、お腹が鳴り続けている。
どうしよう。

そこへ、

「よお、ねえちゃん、今頃来たのかよ」と歌陽子の弟の宙が声をかけてきた。

こいつには、いろいろ言いたい事がある。
でも・・・、
とりあえず、歌陽子は目をそらして無視をした。
だが、さっきから美味しそうな匂いが歌陽子の鼻孔をくすぐっていた。
宙は、大きなハンバーガーとジュースのカップを抱えている。空腹に苛まれている歌陽子には、辛い光景だった。
人目も気にせずに、宙はガサガサとハンバーガーの包装を開き、中のハンバーガーを露出させた。ますます美味そうな匂いが充満する。
横目でそれを見ながら、歌陽子のノドが無意識のうちにゴクリと鳴った。

ぐうっ。

相変わらず鳴き続けている腹の虫を気取られぬよう歌陽子は宙に話しかけた。

「宙、ここは私たちのブースよ。こんなところで食べないで頂戴。」

「別にいいだろ。出来損ないのロボットを見てると、美味くなるんだよ。」

「宙、そんな憎まれ口を利いてると、また怖いオジサンたちにぶん殴られてよ。」

一瞬ひるみかけた宙。
しかし、強がって、

「なんだい、さっきは油断しただけだ。あんなジジイ、本気を出せば負けるもんか。」

ぐうっ。

「え?」

「・・・。」

「ねえちゃん、腹空いてんの?」

「何言ってんのよ。あんたが昨日、思いっきり蹴るから、ずっと調子悪いんじゃない。」

「嘘つき!」

「嘘じゃないわ!」

「ふん!」

「ふん、だ!」

「ねえちゃんと話していると食べ物が不味くなるよ。もう、こんなの要らないや。」

そう言って、宙はまだ口をつける前のハンバーガーとジュースを歌陽子の手に押し付けた。

「ちょ、ちょっと、宙。何のつもり?」

「もう要らないから、捨てといてよ。」

「宙、そんなもったいないこと、出来るわけないわ。」

「じゃあ、ねえちゃん、食べたら?」

そう言って、宙はズンズン自分のブースへと帰って行った。

「宙・・・、こんなもの、どうするの。」

でも、

(もしかしたら、私にくれたの?)

しかし、その真意を聞き出すことはできそうもなかった。

(#125に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#123

(写真:空の火照り その2)

ランチタイム

「このへん何もないだろ。だから、お前が来たら買い出しに行かせようと思っていたんだ。」

「はあ・・・、パシリかよ。」

思わず歌陽子の口から、らしくない言葉がボソッと漏れた。

「ん?」

「え?」

「お前、今なんて言った?」

「その・・・。」

「ハッキリ言え!」

「だ、だから、『パシリかよ』と・・・。」

「はあ!カヨ、お前!」

「ご、ごめんなさい!」

「はっはっは、わかってるじゃねえか。パシリかよ、パシリのカヨコだよ、お前は。」

「う・・・っ。」

「そう言うこったから、今から日登美を呼んでこい。それと、その前に昼飯をこっちに寄越しやがれ。」

野田平は、歌陽子が手に持っていたショッピングバッグをもぎとると、歌陽子の肩をポンと押した。

「あっ!」

はずみで2、3歩よろけながら、歌陽子は恨めしげな目で野田平を軽く睨んで言った。

「あの、4人分ありますから。いいですか、4人分ですよ。」

「いいから、早く行け!」

歯を剥いて怒る野田平に仕方なく、歌陽子は会場の日登美のもとに向かった。

会場では、すっかりそれぞれのブースのロボットが調整を終えていた。
青のブースの中、重厚な雰囲気の牧野社長チームのロボット。いかにも産業ロボットメーカーの作品らしく、実利優先のデザインだった。細部までよく作り込まれていて、すぐにでも製品発売をできそうである。
ブースには、「介護支援ロボット SR-K01」とロゴが書かれていた。
ソラとオリヴァーのグリーンのブースに設置されているのは、ロゴで「ARTIFICIAL BODY』と書かれた骨格だけのロボット。ボディはスマートで、ハリウッドの映画に出て来そうなデザイン。しかし、肝心の中身がなく、ボディ内部はがらんどうだった、
そして、歌陽子たちのブース。人型のロボットがブース中央の椅子の上に座っていた。
鉄の骨格、むき出しの配線、外観はデザイン性もスマートさもないが、この中身には三人の技術者の長年培った技術の粋が込められている。
そして、

(あれ?ロゴがある。)

しかし、ロゴに見えたのは、ささやかな木組みにダンボールを貼り付けた、急場ごしらえの看板。そして、そこに書いてあるのは太いマジックで手書きの文字。
「KAYOKOー1号」
真面目なのか、ふざけているのか、ましてや、

(「カヨコ1号」って何なの?しかも、手書きだし。)

これを宙が見て大笑いしている光景が、歌陽子の脳裏に浮かんでいた。

そこへ、

「やあ、歌陽子さん、お疲れ様。」と、日登美がニコニコと声をかけてきた。

「あ、日登美さん。すいません、遅くなりました。」

「いえ、いえ、弟さんとやりあったんだって?」

「え、それどこで?」

「いや、あそこで、弟さんとオリヴァー君がしゃべっているのが聞こえてね。オリヴァー君、柄にもなく心配していましたよ。」

「いや、その、あははは。」

「だが、それにしても、歌陽子さんの弟さん凄いですね。オリヴァー君と一緒にロボットのプログラム修正していましたよ。きっとコアなプログラムの何本かも書いているのでしょうね。」

「あの子、頭はいいですから。でも、少し心配で。」

「確かに。若くて、なんでも出来てしまうのは心配ですね。私たちプロは時に臆病でなければならんのですよ。それを若い頃の失敗の経験で身につけるのですが、彼はそれもなく、いきなり人の命に関わるような仕事を任されているんですからね。」

「人の命ですか?」

「はい、介護ロボットは、肉体的に衰えた老人の世話をするロボットです。ですから、ちょっとしたことが、事故につながるんです。ある意味、産業用ロボットよりずっと責任が重いんですよ。」

「でも、宙には大人のオリヴァーもついていますから。」

「ほう、やはり、そんなにオリヴァー君は頼りになりますか?」

「え?いえ、そんなんじゃないです。」

「まあ、歌陽子さんは誰にでも好かれますから。」

「それより、日登美さん、これ。」

「あ、これね。前さんが作ったんですよ。ライバルがみんな立派なロゴを飾っているので、俺たちも負けられねえ、ってね。隣から余った資材を供出させて。」

(つまり、ぶんどったってことね。)

「まあ、前さん、技術者としては一流だけど、デザインセンスはイマイチですからね。」

「でも、『カヨコ1号』は恥ずかしいです。」

「これも、あの人の愛情の証ですよ。歌陽子さん。」

少し意地の悪そうな笑みを浮かべる日登美だった。

(#124に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#122

(写真:空の火照り その1)

天邪鬼

「見てよ、オリヴァー、これ。あのジジイ、本気で殴りやがって。」

宙は、前田町に殴られたところを見せて、オリヴァー相手に毒づいていた。

「ああ、それはディザスターだったね。」

顔をコンピューターに向けたまま、オリヴァーが答える。

「あんな奴ら、味方につけやがって。」

「だけど、ソラ、君もランボウだぞ。女の子にボウリョクはよくない。」

「向こうから先に手を出して来たんだ。本気で殴りかかってきたから、お腹を脚で思い切り蹴って逃げたんだ。」

「え?」

オリヴァーがコンピューターから、顔を上げて振り向いた。

「カヨコはノープロブレムなのか?」

「さあ、夜は苦しそうにウンウン唸ってたけど、朝には姿がなかったから、息だけはしてるだろ。」

「ソラ、君はカヨコが心配じゃないのか?」

「さあ、ライバルが一人減って良かったんじゃない?」

「カヨコは・・・、今、どこで、何してる!?」

オリヴァーが、彼らしくない感情的な言い方をした。それは、宙を少しばかり驚かせ、また怯ませもした。

「し、しらないよ。知るもんか!まだ、家でウンウン言ってるだろ。」

「ソラ、カヨコにコールしてくれないか?」

「え、嫌だよ。昨日、喧嘩したばかりじゃないか。」

「ソラ、女の子にとって、お腹はとてもタイセツなんだ。ワカルダロ?」

「それくらい、知ってるよ。」

「じゃあ、コールするんだ。」

「オリヴァー、自分でしたらいいじゃん。」

「ソラ!」

有無を言わさないオリヴァーの口調に、

「チェッ、分かったよ」と渋々ソラは携帯電話を取り出して、歌陽子をコールした。

数回のコールの後、

「はい、歌陽子です」と姉が応答した。

そして、電話の相手が宙だと気づくと、

「あ、こら!宙、あんたねえ!」

ブツッ。

一方的に会話を切断した宙は、

「チェッ、生きてたぜ」と忌々しげに吐き出した。

「そうか、ならばいい。」

それを聞いてオリヴァーは、あっさりとまたコンピューターに向かった。

・・・

「ん?誰だ?」

「あ、弟の宙です。」

「あのクソガキか。」

(人の弟をクソガキって・・・。)

人の身内だろうが、野田平には呵責がない。遠慮と言う感覚が欠落している。
そこを前田町がフォローする。

「さぞ、嬢ちゃんのことが心配で電話してきたんだろうぜ。」

「そうでしょうか。」

「あれはなあ、天邪鬼の生まれ変わりのような坊主よ。好きなら嫌い、嫌いなら好き。欲しいものは要らねえ、要らねえもんは欲しい。なんもかんも逆さまなのよ。」

「天邪鬼なのは間違いないです。」

「だから、一番嫌ってる相手が、ホントのところ一番でえじなんだよ。」

「一番大事・・・。でも、確かに、前はああではありませんでした。宙は、大人に反抗ばかりしていましたけど、わたしには不思議と素直だったんです。それが、去年私が就職してから急にひどいことを言うようになって・・・。」

「ああ、それな、よくあるぜ。
子供が自立しようとすると、急に束縛がキツくなる親とかな。結局、自分一人じゃ生きられなくて、誰かに寄っかかってなけりゃ生きられねえ。あの坊主にとって、嬢ちゃんがそれなのよ。就職して自立されて、自分だけ置き去られたような気持ちになったんじゃねえか?」

「はあ、だとしたら・・・、疲れます・・・。」

「まあ、それだけ、嬢ちゃんが人から好かれやすいってことだけどな。」

「はああ、そうなんですか?」

「ところでよお、カヨ。お前さっきから何持ってるんだ?」

「あ、これ。すいません、出すのが遅くなって。安希子さんが作ってくれました。
この辺り、食事するところないでしょ。」

「はあ、と言うことは昼メシか?」

「はい。」

パッと輝いた野田平の顔に、歌陽子がいい笑顔を返した。

(#123に続く)