成長とは、考え方×情熱×能力#123
ランチタイム
「このへん何もないだろ。だから、お前が来たら買い出しに行かせようと思っていたんだ。」
「はあ・・・、パシリかよ。」
思わず歌陽子の口から、らしくない言葉がボソッと漏れた。
「ん?」
「え?」
「お前、今なんて言った?」
「その・・・。」
「ハッキリ言え!」
「だ、だから、『パシリかよ』と・・・。」
「はあ!カヨ、お前!」
「ご、ごめんなさい!」
「はっはっは、わかってるじゃねえか。パシリかよ、パシリのカヨコだよ、お前は。」
「う・・・っ。」
「そう言うこったから、今から日登美を呼んでこい。それと、その前に昼飯をこっちに寄越しやがれ。」
野田平は、歌陽子が手に持っていたショッピングバッグをもぎとると、歌陽子の肩をポンと押した。
「あっ!」
はずみで2、3歩よろけながら、歌陽子は恨めしげな目で野田平を軽く睨んで言った。
「あの、4人分ありますから。いいですか、4人分ですよ。」
「いいから、早く行け!」
歯を剥いて怒る野田平に仕方なく、歌陽子は会場の日登美のもとに向かった。
会場では、すっかりそれぞれのブースのロボットが調整を終えていた。
青のブースの中、重厚な雰囲気の牧野社長チームのロボット。いかにも産業ロボットメーカーの作品らしく、実利優先のデザインだった。細部までよく作り込まれていて、すぐにでも製品発売をできそうである。
ブースには、「介護支援ロボット SR-K01」とロゴが書かれていた。
ソラとオリヴァーのグリーンのブースに設置されているのは、ロゴで「ARTIFICIAL BODY』と書かれた骨格だけのロボット。ボディはスマートで、ハリウッドの映画に出て来そうなデザイン。しかし、肝心の中身がなく、ボディ内部はがらんどうだった、
そして、歌陽子たちのブース。人型のロボットがブース中央の椅子の上に座っていた。
鉄の骨格、むき出しの配線、外観はデザイン性もスマートさもないが、この中身には三人の技術者の長年培った技術の粋が込められている。
そして、
(あれ?ロゴがある。)
しかし、ロゴに見えたのは、ささやかな木組みにダンボールを貼り付けた、急場ごしらえの看板。そして、そこに書いてあるのは太いマジックで手書きの文字。
「KAYOKOー1号」
真面目なのか、ふざけているのか、ましてや、
(「カヨコ1号」って何なの?しかも、手書きだし。)
これを宙が見て大笑いしている光景が、歌陽子の脳裏に浮かんでいた。
そこへ、
「やあ、歌陽子さん、お疲れ様。」と、日登美がニコニコと声をかけてきた。
「あ、日登美さん。すいません、遅くなりました。」
「いえ、いえ、弟さんとやりあったんだって?」
「え、それどこで?」
「いや、あそこで、弟さんとオリヴァー君がしゃべっているのが聞こえてね。オリヴァー君、柄にもなく心配していましたよ。」
「いや、その、あははは。」
「だが、それにしても、歌陽子さんの弟さん凄いですね。オリヴァー君と一緒にロボットのプログラム修正していましたよ。きっとコアなプログラムの何本かも書いているのでしょうね。」
「あの子、頭はいいですから。でも、少し心配で。」
「確かに。若くて、なんでも出来てしまうのは心配ですね。私たちプロは時に臆病でなければならんのですよ。それを若い頃の失敗の経験で身につけるのですが、彼はそれもなく、いきなり人の命に関わるような仕事を任されているんですからね。」
「人の命ですか?」
「はい、介護ロボットは、肉体的に衰えた老人の世話をするロボットです。ですから、ちょっとしたことが、事故につながるんです。ある意味、産業用ロボットよりずっと責任が重いんですよ。」
「でも、宙には大人のオリヴァーもついていますから。」
「ほう、やはり、そんなにオリヴァー君は頼りになりますか?」
「え?いえ、そんなんじゃないです。」
「まあ、歌陽子さんは誰にでも好かれますから。」
「それより、日登美さん、これ。」
「あ、これね。前さんが作ったんですよ。ライバルがみんな立派なロゴを飾っているので、俺たちも負けられねえ、ってね。隣から余った資材を供出させて。」
(つまり、ぶんどったってことね。)
「まあ、前さん、技術者としては一流だけど、デザインセンスはイマイチですからね。」
「でも、『カヨコ1号』は恥ずかしいです。」
「これも、あの人の愛情の証ですよ。歌陽子さん。」
少し意地の悪そうな笑みを浮かべる日登美だった。
(#124に続く)