成長とは、考え方×情熱×能力#124
腹減り
ぐうっ。
「ん?」
「あ・・・。」
それは、歌陽子のお腹から聞こえた小さな音。
「あれ、歌陽子さん、食べて来なかったんですか?」
「だって、寝坊して、遅刻して、皆さんを待たせている身で食事なんて。」
「律儀ですねえ。でもね、僕ならそう考えませんよ。だって、これまで働けなかったんだから、せめてこれから頑張ろうと思います。その時にお腹が空いてたら、あまり役に立たないでしょ?」
「あ・・・、そうですね。ごめんなさい、浅はかでした。」
「でも、一応食べるものは持ってきたんでしょ?」
「はい、あの、皆さんの分も一緒に。」
「そうですか。それは有難いですね。ロビーにあるんですか?」
「はい、先に野田平さんと前田町さんが食べてます。」
「え?そりゃ、たいへんだ。急がないとなくなりますね。」
「で、でも、ちゃんと4人分と伝えて来ましたから。きっと残してくれてますよ。」
「中身は何ですか?」
「えっ、と、安希子さんに作って貰って、確かサンドイッチと聞きました。・・・日登美さん?」
その時、日登美はもうロビーに向かって駆け出していた。
「あっ、歌陽子さん。すいません、あと頼みま〜す。」
「あの、後って〜っ?」
「誰か用心で見てなきゃならないでしょ〜。」
「あ、わかりました〜っ!」
ぐううっ。
また、お腹が鳴った。
そう言えば、昨日の夜、安希子のサラダを半分食べただけで、あと何も食べてなかった。
さっきまでは、遅刻してどんなに怒られるかと気が気ではなかったのもあって、あまり空腹は感じなかった。しかし、こうして一人会場に置き去られらると、しんしんとひもじさが身を苛む。
そして、もしプレゼンの最中にお腹が鳴ったりしたら・・・、そうしたら、とても恥ずかしい。
ここは、なんとしても何かをお腹に入れなくてはならない。
今は昼どきと見えて、会場に人もまばらだった。歌陽子たちメインの3ブース以外にも、周りには幾つもの大小のブースが並んでいた。
そして、そこにはざまざまな三葉ロボテクの製品が並べられ、この時に合わせて招待したディーラーや企業の購買担当と思しき人たちの姿が見えた。
あ、あれは、佐山清美。
40くらいの男性を相手に説明をしている。
今日は、総務部の彼女まで駆り出されたようだった。やがて、清美は男性にパンフレットを渡すと丁寧にお辞儀をした。
そして、歌陽子に気がつくと、ニッと笑う。
歌陽子は、時々彼女を助けてくれる、この先輩社員にぺこりと頭を下げた。
それにしてもお腹が空いた。
その時、歌陽子の携帯が鳴った。
「はい、歌陽子です。」
「おい、カヨ。」
野田平がやけに陽気な声で電話をかけてきた。
「有難うな。美味かったぜ。俺は、ロブスターやローストビーフのサンドイッチなんて始めてだったぜ。だけどよ、お前がもちっと早く教えてやれば、少しくらい日登美にも残してやれたのによ、悪いことをしたぜ。」
「え・・・っ?もう、無いんですか?4人分って言いましたよね?」
「さあな、あんまり美味かったんで気にしなかった。じゃあな。」
プッ。
ぐううっ。ぐうっ。
さっきから、お腹が鳴り続けている。
どうしよう。
そこへ、
「よお、ねえちゃん、今頃来たのかよ」と歌陽子の弟の宙が声をかけてきた。
こいつには、いろいろ言いたい事がある。
でも・・・、
とりあえず、歌陽子は目をそらして無視をした。
だが、さっきから美味しそうな匂いが歌陽子の鼻孔をくすぐっていた。
宙は、大きなハンバーガーとジュースのカップを抱えている。空腹に苛まれている歌陽子には、辛い光景だった。
人目も気にせずに、宙はガサガサとハンバーガーの包装を開き、中のハンバーガーを露出させた。ますます美味そうな匂いが充満する。
横目でそれを見ながら、歌陽子のノドが無意識のうちにゴクリと鳴った。
ぐうっ。
相変わらず鳴き続けている腹の虫を気取られぬよう歌陽子は宙に話しかけた。
「宙、ここは私たちのブースよ。こんなところで食べないで頂戴。」
「別にいいだろ。出来損ないのロボットを見てると、美味くなるんだよ。」
「宙、そんな憎まれ口を利いてると、また怖いオジサンたちにぶん殴られてよ。」
一瞬ひるみかけた宙。
しかし、強がって、
「なんだい、さっきは油断しただけだ。あんなジジイ、本気を出せば負けるもんか。」
ぐうっ。
「え?」
「・・・。」
「ねえちゃん、腹空いてんの?」
「何言ってんのよ。あんたが昨日、思いっきり蹴るから、ずっと調子悪いんじゃない。」
「嘘つき!」
「嘘じゃないわ!」
「ふん!」
「ふん、だ!」
「ねえちゃんと話していると食べ物が不味くなるよ。もう、こんなの要らないや。」
そう言って、宙はまだ口をつける前のハンバーガーとジュースを歌陽子の手に押し付けた。
「ちょ、ちょっと、宙。何のつもり?」
「もう要らないから、捨てといてよ。」
「宙、そんなもったいないこと、出来るわけないわ。」
「じゃあ、ねえちゃん、食べたら?」
そう言って、宙はズンズン自分のブースへと帰って行った。
「宙・・・、こんなもの、どうするの。」
でも、
(もしかしたら、私にくれたの?)
しかし、その真意を聞き出すことはできそうもなかった。
(#125に続く)