成長とは、考え方×情熱×能力#154
分身
「さ、姉ちゃん。」
鈍い痛みをこらえながら立ち上がった歌陽子に弟の宙が手を差し出す。
歌陽子は、コクリとうなづくと黙って宙の手を取った。
ステージの真ん中には、前田町ら三人の技術者が精魂込めた『KAYOKOー1号』が待っていた。
繊細な流線型の小柄なヒューマノイドロボット、それはまるでたおやかな女性の身体を思わせる。
歌陽子が宙に手を引かれて近づくと、ロボットは、しなやかに首を回転させて彼女の方を見た。その顔には、大きなフレームの二つのカメラが取り付けられていた。それがちょうど愛嬌のある丸いメガネのようにも見えて、歌陽子のイメージと重なる。
「なあ、前田の、あんた、あのロボットをカヨに似せて設計したろ?」
ステージ後方のブースの裏で、野田平が前田町に聞いた。
「あ?まあ、そんな気は無かったんだが、なんとなく似てきちまったな。あのロボットには、嬢ちゃんの思いが一杯詰まっているからよ。だから、どうしても、嬢ちゃんっぽくなっちまう。そう、分身ってえやつだ。」
宙は、握った歌陽子の手をロボットの方に動かした。すると、それに反応して、ロボットも腕を同じ高さに持ち上げた。そして、やはりしなやかに自分の手と歌陽子の手を重ねると、軽く握って近くの椅子へと彼女を導いた。
宙の肩に身体を預けて、歌陽子はゆっくりと椅子に腰を下ろすと、
「ありがとう」と礼を言った。
その歌陽子の言葉に宙は、少しくすぐったい顔をする。
考えてみれば、自分は姉に随分なことをした。ケガをさせたのも、自分の所為かも知れない。
だが、姉の態度は昔も今も変わらない。大切な弟として接してくれる。
それが、宙には辛くもあり、歯がゆくもあった。
「姉ちゃん、ごめんな。」
聞こえるか、聞こえないかの声で宙が言う。
「ん?」
その声に反応した歌陽子に宙は、
「べ、別に何にも言ってないから。」と誤魔化した。
宙が手を離してその場を離れていくと、歌陽子はロボットに明るい顔を向けた。
(KAYOKOー1号、ネーミングは今ひとつだけど、あんたは私と前田町さん、野田平さん、日登美さんの夢の結晶よ。いよいよ、本番ね。よろしくたのむわよ。)
そして、語りかけた。
「あなたは、誰ですか?」
「わたしは、KAYOKOー1ごう、です。」
声は変えてあるが、イントネーションや、抑揚が明らかに歌陽子をサンプリングしている 。
歌陽子は、まるで自分と喋っているようなくすぐったい気持ちになった。
「私は、歌陽子よ。あなたと同じ名前ね。」
「かよこさん、なにをおてつだいしますか?」
「そう、まずは食事をしたいわ。」
(#155に続く)