成長とは、考え方×情熱×能力#126
上司と父と
(そうか!梨田さんだから、ピア(洋ナシ)か。)
歌陽子は、マダム・ピアについて、自分の中で勝手に納得した。
「あの、せっかく早く来られたんですから、もっと真ん中の方が良くないですか?」
歌陽子は気づかって声をかけた。
「いいのよ、ここで。それに、あなたのロボットは右隅のあれでしょ。」
「はい。そうです。」
「ねえ、あのカヨコ1号ってどう言う意味なの?」
「多分・・・、ですけど、私の名前が歌陽子なので、そこからとったんじゃないかと・・・。」
「まあ、そうなの。じゃあ、あのロボットは、あなたの分身ね。」
随分とマダム・ピアは人懐っこい婦人である。
「でも、なんだかどこかあなたに似ててよ。」
そう言われて歌陽子は、カヨコ1号を見直した。
少し小柄なボディ、細い手足、そして顔の2つのカメラが歌陽子のメガネにも見える。
ここまで皆んなと一緒に作り上げてきたロボットで、当然愛着はあったが、似てると言われると少し複雑な気分がする。
そんな会話をしている間にも、ホールの席はどんどん埋まってきた。
「かよちゃ〜ん。」
その歌陽子を、少し離れたところから呼ぶ声がする。
向こうで、佐山清美が手を振っている。
「手伝って〜。」
混み始めた会場では、佐山清美を含む女子社員たちが、集まってきた高齢者や付き添いの人たちを案内するのに手を取られていた。
席を案内して、飲み物を提供し、暖房のしっかり効いたホールでもなお寒がる老人に毛布を渡した。トイレの近い老人を、近くのトイレに案内するのも大切な仕事である。
清美が歌陽子に助けを求めたのは、車椅子同士がぶつかり、車輪が絡まって動けなくなった老人たちの救護だった。
「はあい。」
歌陽子は、声を出して、清美のもとに駆けつけた。
そして、ウンウン言って絡まった車輪を押したり引いたりしている清美の手伝いを始めた。
「かよちゃん、そこ持って。少し持ち上げたら動くかも。」
「はい。う〜ん。清美さん、重いです。ビクともしません。一度みなさんに車椅子から降りていただかないと。」
「それは無理よ。車椅子から降りてもらって、どこに腰をおろして貰うの?」
「私、椅子を持ってきます。」
と、その時、がっしりした男性の腕が軽々と車椅子を持ち上げた。
「さ、早くもう一台の車椅子の車輪を抜きなさい。」
「はい、有難うございます。・・・、え?」
「どうしたの?」
「お父様あ。」
そこには、歌陽子の父、東大寺グループ代表、東大寺克徳がいた。
「いいから、早くしなさい。」
「は、はい。」
克徳に急かされて、歌陽子は車椅子を動かして、車輪の縛めから解放した。
「え、お父様って?」
あっけに取られたように、聞き直す佐山清美。
「はい、私の父です。」
少し恥ずかしげに歌陽子が紹介する。
「ふつつかな娘が世話になっています。私が、東大寺克徳です。」
克徳は、清美に対して紳士的な挨拶を返した。
「え〜っ、ホンモノ〜!」
思わず、清美が口走った。
口走って、そして慌てて口を手で塞いだ。
だが、もう手遅れである。
顔を見合わせて苦笑いする克徳と歌陽子。そして、この場からそのまま消えてしまいたいような顔をしている清美。
そこへ、バラバラと数人の男性が駆け寄る足音がした。
「代表!申し訳ございません。すぐに特別席にご案内いたします。」
それは、三葉ロボテクの重役たち。そばに開発部長の川内がひっついていた。
「そんなに、バタバタしたら、皆さんが驚くだろう。」
「至りませんで申し訳ありません。さ、どうぞこちらへ。」
冷や汗をかきながら、東大寺グループ代表を案内する重役たち。
ところが、川内が目ざとくそこにいる歌陽子たちを見つけた。
「コラ、オマエタチ!」
歌陽子と清美に近寄って、声を殺して叱りつけた。
「ダイヒョウニタイシテ・・・ナニカ、シツレイハナカッタロウナ?」
「ナイ・・・ト、オモイマス。」
小声で答える清美。
ところが、そのやりとりに克徳が足を止めた。重役たちも気がついて、克徳の肩越しに必死のの口パクでサインを送っている。
「ヤメナイカ・ソコニ・イルノハ・・・。」
しかし、重役たちの懸命の努力も虚しく、歌陽子の素性を知らない川内はなおも続ける。
「トウダイジ・・・。」
「ハイ。」
「マタ、オマエカ。ドウセ、オマエノコトダカラ、オナジナマエデスネ、トカ、ワタシノロボット、オウエンシテクダサイネ、トカ、シツレイナコト、イッテイタノダロウ。」
「チガイマス。」
足を止め、じっと耳を澄ませる克徳。
それに気づいている歌陽子は気が気でない。
チラチラと克徳の様子を伺っている。
彼との会話に身の入らない歌陽子に、川内はイライラした。
克徳に背を向けている川内の頭の中では、彼は重役たちとずっと遠くへ移動しているはずだった。
それで、つい大きな声が出た。
「全く、最初から課長職で来たから、どんな優秀な人材かと思えば、とんでもない期待ハズレだ。未だに、学生気分が抜けないし、協調性もない。人の話もまともに聞かない。」
そこに、唐突に克徳の声が飛んだ。
「そうなのか?」
「え・・・?」
まさか側で聞かれているとは思わなかった。
「歌陽子。お前、未だにそんなことをしているのか。」
「お、お父様、それは・・・。」
克徳の厳しい視線に周りの一同が固まった。
(お、お父様だって・・・。名字が同じってだけじゃないのかよ。)
川内はその時初めて歌陽子の素性を理解した。
慌ててとりなす重役の一人。
「め、滅相もございません。お嬢様はしっかりやっておいでです。今日も、立派にプレゼンターを務められますし。」
「まあ、そう願いたいものだ。だが、それもこれも私の不徳の致すところ。君たち、謝るのは私の方だよ。」
言葉では詫びながら憮然とした顔をしている。
「歌陽子、お前がこの一年どれだけ成長できたかどうかは、お前の発表で明らかになるだろう。東大寺の名前に恥じないようにな。」
「はい、お父様。」
歌陽子のその一言を聞くと、踵を返して克徳は重役たちと席に向かった。
「わあ、冷や汗かいたあ。」
「はああああ。」
深くため息を吐き出す歌陽子。
そして、完全に固まって身動きの取れない川内。
(#127に続く)