成長とは、考え方×情熱×能力#108
(写真:色づく頃の思い出 その2)
ジジイたちの逆襲
「なんだ、東大寺課長、これから準備か?あまり始らないから、すっかり棄権かと思ったぞ。」
その時、ホールの入り口から強面の人物が声をかけてきた。
開発部の川内部長である。
そして、歌陽子の上司であり、大の苦手。
「あ、部長。その・・・少し準備に手間取りまして・・・。」
「全く、お前と言う奴は、いつもそうだよな。ワンテンポ人よりずれていると言うか、生来のグズと言うか。全くお前を育てた親の顔が見たいもんだ。」
しかし、実際に見たらおおごとである。
この川内部長は、歌陽子が東大寺家の令嬢であると気がついていない少数派の一人だった。
そして、分けもわからないままイキナリ課長職を拝命して、開発部をかき回す小生意気な小娘。それと、ロボットコンテストで自立駆動型介護ロボットを提案して、当の東大寺グループ代表の要らぬ興味を引いた迷惑な世間知らず。どれくらい社内の業務に支障が出ているか分かっているのかと、川内は腹に据えかねていた。
ただ、川内には、なぜ一課長の提案を上層部が握り潰さなかったのか、その理由が分かっていなかった。また、東大寺グループ代表の東大寺克徳と東大寺歌陽子との関係もわかろうとすらしなかった。
それくらい、川内にとって歌陽子はダメを絵に描いたようような社員であり、そのバイアスが彼女を正しく見せなかったのである。
「なあんだ、他のヤツはどうした?」
「え?今そこに・・・。あれ?」
さっきまでそこにいたはずの野田平、前田町、日登美の三名の姿はきれいにかき消えていた。
「見栄を張らんでいい。どうせお前一人なんだろう?あのジジイどもが、あの魔窟から出てこんなところでマメに働くわけないもんな。他に手伝う奴がいないから、お前仕方なく今から一人で準備するんだろ?で、まともに準備なんかできなくて、明日ジジイどもに吊るし上げられるって訳だ。」
「そ、そんなこと・・・あり・・・ません。」
普通、たらたら嫌味を言う男は小さく見えるものだが、川内は生来の凄みがそう感じさせない。特に歌陽子のような年若い女子はつい畏れ入って聞いてしまう。
「あのな、俺は親切で言っているんたぞ。無理に頑張って恥を掻くよりは、さっさとその台車ごと持ち帰ったらどうなんだ?そして、ほとぼりが冷めるまで隠れていれば、あのボケ老人どももきれいさっぱり忘れるに違いないぞ。」
その時、急に歌陽子がハッと目を見開いた。
「そ、その・・・。」
「何だ?」
「後ろに・・・。」
「後ろに何だ?」
「その・・・。」
もう、耐えきれなくなった歌陽子は手で目を塞いで見ないようにした。
「そうだよ、お探しのボケ老人だよ。」
「ゲ!ま、前田町・・・さん。」
突然、後ろから姿を現した前田町。
川内はうろたえを隠すことができずにいる。
「この穀潰しが。随分威勢がいいじゃねえか。」
「そ、そりゃ、俺はこの開発部の責任者ですから。」
なんとか言葉を継いではいたが、川内は前田町の前ですっかり青菜に塩である。
「はあん、お前が社長のチームの頭かい?ふふん、それじゃ、たかがしれてらあな。」
「バ、バカにせんでください。俺はもうあんたらにしごかれていたころの俺じゃないです。」
「で・・・、そのご大層な奴が小娘をいじめているって訳かい。」
そう言って肩に手をかけてきた人物。
「の、野田平さん。」
「野田平くん、そりゃ気の毒だ。川内部長のいじめ方は、君仕込みの筋金いりだよ。」
「ひ、日登美さん・・・。」
歌陽子の肩越しにぬっと姿を現した日登美。
川内の胸に大きな拳を押し付けて、
「最近、スパー相手がいなくても寂しくてね。どうです?たまにはまた付き合いませんか?」
そう、言って日登美は意地悪く笑った。
「い、いえ。わ、私は忙しいので。」
ジリジリと後ずさる川内。
(へえ、部長、日登美さんのことを一番怖がっている。)
感心して見ている歌陽子に気づいた川内は、
「こらっ、東大寺、何を笑ってる!」と叱りつけた。
その時、
「おい!」と、
思いっきり凄む前田町。
「はいっ!」
「おめえ、俺らのでえじな嬢ちゃんに下手な口をきいたらシメルゾ!」
「い、いえ、その、失礼しました!」
慌てて、隣のブースに逃げ出し、バックヤードに飛びこんだ。
「カッカッカ、ざまあ見やがれ。」
前田町が、時代劇のような高笑いをした。
「どおでえ、嬢ちゃん、キッチリ仇は取ったぜ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
少し引きつった笑顔で返す歌陽子。
しかし、
「コラッ!」
バシッ!
「あいたあ。」
「ボサっとしてねえで、さっさと搬入を終わらせねえか!」
歌陽子をイキナリはたき倒す野田平。
・・・全くこのジイさんたち、優しいんだか、優しくないんだか。
(#109に続く)