今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#27

(写真:鉄塔夜に沈みゆく)

父ゆえの思い

ゴツッ。

畳に頭を擦り付けた歌陽子に、父克徳の重い拳が落ちた。
力を込めた拳ではない。
だが、父親の思いのこもった重い拳だった。

「顔を、あげなさい。」

それはいつも聞いている声より固かった。

「お前は、一体何をしているんだ。」

顔をあげて凝視する父の顔。
先ほどまで書斎で仕事をしていたと思われる、三揃えのベストを着たままの父。
長年の実務の緊張で作られた厳しい相貌。
今、歌陽子の父、克徳はそんな自分の素顔をかくすことなく、そのまま娘の前に晒していた。

「お前は、一体何をしているんだ。」

克徳は同じ言葉を繰り返した。

歌陽子は、父親とまっすぐ対峙するだけで精一杯だった。
それでも、何か答えなきゃと思うのだが、言葉は喉の奥に引っかかって出てこない。

「あ、あの・・・私は・・・。」

なんとかお父様に認めて貰いたいと思って、

任された仕事を私なりに精一杯やろうとして、

だから、なりふりなんか構っていられなくて、

でもうまく行かなくて。

だけど少しづつ少しづつ前に進むしかないから、

でも、私不器用だし、何にもできないし、

だからみんなに迷惑をかけて、

だからゴメンナサイ。

なんとか搾り出そうと試みるのだか、どの言葉も口から出そうとすると、みな陳腐で言い訳がましく思われた。
だから、心は水車のように激しく動きながら、口からはそれ以上何も出すことをできずにいた。

「歌陽子、よく、聞き、なさい。」

一言一言区切るように克徳は言った。

「そもそも、世の中に出たいと言い出したのはお前の方だ。
私が、それに反対していたのは知ってるな。」

「は、はい・・・。」

歌陽子はやっとそれだけ搾り出した。

「それなのに、お前は3日3晩部屋に籠って食事も水も一切取らずに自分の意思を通そうとしたな。
半分呆れながらもやはり頑固さだけは自分譲りだと認めずにおれなかった。
そこで一応はお前の希望を受け入れて、したいようにさせることにした。」

「は、はい・・・。」

「しかし、東大寺グループの代表の立場としては、身内にあまり勝手なことをさせては示しがつかない。それなら、自分の手の届くところに置いて、あわよくば、世間の厳しさを教えて諦めさせようともした。
汚い父親と思うかも知れんが、お前が一番ロクでもない部署に配属されたのは、私の差し金なのだ。
そして、期待通りお前はわずか1ヶ月でボロボロになって帰ってきた。」

その時、聞いていた歌陽子は拳を強く握りしめた。

「憎んでもらっても構わない。
しかし、私はこれでまたお前を手の中に取り戻せたと嬉しかった。
やはり、お前の生きる世界はここなんだと分からせたかった。
だが・・・。」

克徳は、ここで言葉を切って、小さく溜息をついた。

「何が良いのか、お前はまたゴミ溜めのような場所に舞い戻ってしまった。
私には正直理解ができなかったよ。」

ゴミ溜めじゃない。

そう歌陽子は、こころの中で強く叫んでいた。

口に出して言わなくても、娘の目に反抗の色が現れたのを見てとった克徳の口調がきつくなった。

「ゴミ溜めは、身体だけじゃない。心まで腐らせる。
その証拠がこのところの安っぽい服装だ。
今日は少しはまともな格好をしているようだが、お前が買い込んで好んで着ている服装は、その辺の大学生と変わらないではないか。
お前は、ときに私に付き添って財界人のホストも務めてきただろう。それが、そんな安っぽい人間に成り下がって、これからまともに務まるつもりなのか?」

父の強い口調にとても言い返すことなどできなかった。
ただ、下唇をグッと噛み締めて目だけは決してそらさなかった。
そして、目の反抗の色はますます強くなっていった。

「もう一度言う。
お前は一体何をしているんだ。
安い酒の匂いをプンプンさせて、あんな得体の知れない連中の車に乗せられて。
なにも釈明はないのか、歌・陽・子!」

無言で反抗の色だけを募らせる娘に業を煮やしたのか、克徳は声を荒げた。

不意に、頭の中がシンと静まる感覚。
怒鳴られて返って冷静になる心。
短めのスカートからむき出しの膝小僧のうえで白くなるほど固く拳を握りしめた歌陽子は、その一言を発した。

「わたし・・・の人生、なの。誰かの代わりに生きてるんじゃない。」

(#28に続く)