今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#19

(写真:空に書いた文字 その2)

レッドクイーン

佐山清美から離れた歌陽子(かよこ)は携帯を取り出して数カ所に電話をした。

「あ、すいません。私です。実はお願いがあって。そうです。いつも、ポルシェをとめているところ知ってますよね。それで、夕方までに、いつでもいいので、私のフェラーリに入れ替えておいて貰えませんか。・・・はい、赤い車です。
ポルシェの鍵は、スペアありますよね。
・・・えっ、フェラーリの鍵を会社に持って来なくていいですから。この間、静脈認証に変えたじゃありませんか。
・・・はい、よろしくお願いします。
あと、帰りは少し遅くなるかな。お父様がもし私より早く帰ってらしたら、仕事で遅くなると伝えてください。
・・・いいえ、聞かれたらでいいです。フェラーリのことも、あまり言わないようにしてくださいね。
よろしくお願いします。」

プッ。

次は、行きつけのブティック、と。

「あ、歌陽子です。いえいえ、とんでもない。あの写メした写真なんですけど、こんな感じでコーデできます?
・・・そうです。メガネも靴も一式揃えたいんですけど。
・・・それは、メークやヘアもお願いできれば助かります。でも、ドレスだけでもたいへんじゃないですか?・・・そんなあ、悪いです。・・・え、そうですか。じゃあ、お言葉に甘えさせてください。
はい。私のサイズは・・・。ですよね、分かっていますよね。
では、夕方6時に行きます。
はい、よろしくお願いします。」

プッ。

これでよしと。
待ってなさい。日登美泰造。

そして、歌陽子は泰造にメッセージを返した。

「本日20時指定された場所に伺います。」

さて、後は定時までひたすら待つのみ。
17時30の定時を告げるチャイムと一緒に、歌陽子はオフィスのドアへと急いだ。

うず高く積まれた書類の山を抜けようとした時、

「ちょっと待て。」

と後ろから襟首を掴まれた。

あちゃあ。
野田平である。

「おい、今日は他から頼まれていた機械の動作確認するんだ。少し付き合え。」

「え、今日は少し都合が悪くて。」

「まさか、おめえいっちょ前に男でもできたか。ははあ、今からデートでもするんだな。」

「ち、違います。」

向こうに前田町の後頭部がみえる。
「デート」と言う言葉がでた時に、心なしか少し反応した気がする。
もし、今から泰造に会いに行くとバレたら、決して許しては貰えないだろう。

「今日はお父様の用事です。」

「へえ、どんな?」

つくづく意地が悪い野田平。

「家族のことですから。」

「言えねえのかよ。」

「い、言えます。あの、お父様が、その痔が悪くなって。他の人だと恥ずかしいから、私が付き添うんです。」

なんて、恥ずかしい口から出まかせ。
もっと他の言い訳を思いつかなかったの?
バカな、私。
ごめんなさい、お父様。

「ガハハハハ。」

突然、向こう側から前田町のバカ笑いが響く。

「あの、東大寺のクソオヤジがか?はっはっは、いい気味だぜ。バチが当たったんだぜ。なあ、のでえら行かせてやんな。」

「だとよ、せいぜん親孝行しやがれ。」

そう言って、野田平は掴んだ襟首の手を離してくれた。

だが、前田町が身体を向うにむけたまま、顔だけをこちらに振り仰いで、

「自分のケジメは自分で取るんだぜ、嬢ちゃん。」

とだけ低い声で言った。
それに歌陽子は何も返せず、ただぺこりと頭を下げた。

もう、時間がない。
歌陽子は、会社から支給された紺色の制服のまま、フェラーリの待つ駐車場まで駆けた。
果たして、そこに彼女の真っ赤なフェラーリが、沈みかけた夕日に映えて輝きを放っていた。
ドアに手をかざすと、車は彼女の静脈を読み取って開錠した。運転席に腰を下ろし、シートベルトを締めて、また手をかざしてエンジンをスタートさせる。
そして、低い爆音を響かせながら、磨き抜かれた赤いフェラーリは発進した。

地を這うように、フェラーリは夕方の街を進んで行った。ドライバーは、一般事務員の服装をしたまだあどけなさの残る若い女性。車内をを覗きこむ人間がらいたら、その不釣り合いさに肝を潰すに違いない。
そして、帰宅ラッシュの始まる直前、20分走って、フェラーリは一軒の高級ブティックの前に到着した。

新米の店員が、

「わあ、すごい車がきたよ。」

と、窓越しにキャアキャア言っている。
だが、そこから姿を現したのは、紺色の制服に身を包んだ地味で小柄な女性だった。
あまりに車とドライバーのギャップにびっくりして棒のように立ち尽くしている店員の横を歌陽子は息を切らして通り過ぎた。

その歌陽子に気づいた店のオーナーは、深々と頭を下げて、

「いらっしゃいませ。歌陽子お嬢様。全て用意をさせていただいております。」

と告げた。

「ありがとうございます。」

すこし上気した顔の歌陽子は、息を弾ませて答えて、そしてそのまま試着室に姿を消した。

「あの、歌陽子お嬢様って?」

キツネにつままれたような新人店員は近くの先輩をつかまえて聞いた。

「馬鹿ねえ。一番の上得意先様の顔くらい覚えておきなさい。」

やがて、たっぷり1時間が経った時、奥から歌陽子が姿を現した。

真っ赤なドレス。軽やかなショール、フワフワと足にまとわりつく柔らかなスカートに、そこから伸びたスラリとした足。そして、その足元を彩る真っ赤なハイヒール。
頰のチークと真紅の口紅、そしてくっきりしたアイラインが歌陽子の満ち溢れる自信を演出していた。
新人店員は、また言葉を失って棒のように立ち尽くしていた。

これが、本当にさっきの女の子なの?

「女王様みたい。真っ赤な、そうレッドクイーンだわ。」

(#20に続く)