成長とは、考え方×情熱×能力#18
清美の気持ち
「実は、これなんです。」
歌陽子(かよこ)は胸ポケットから小さく折り畳まれた画像のプリントアウトを取り出すと、佐山清美に開いて見せた。
「うわっ!なにこれ、写真?あんたいつもプライベートではこんなんなってんの?」
「違います。合成ですよ。」
清美は、歌陽子の広げた画像を手に取ると、しげしげと眺めた。
「ほんとだあ。でも、これよく出来てる。まるで高級外車のプロモ写真じゃん。でもモデルにあんたの顔だけはめただけじゃ、こうまで馴染まないわよね。」
「そうなんです。後ろの高級車や、服装を除けばほとんど私自身です。一瞬自撮りかと思いました。多分ですけど、前その男性の自宅に訪問した時に、こっそり何枚も写真を撮られていたみたいで。」
「そう、さすがCGの専門家ね。いい仕事するわ。・・・って、あんた、こいつの家まで行ってんの?結構大胆ね。」
「違いますって。前田町さんも一緒でした。」
「なんだ、番犬も一緒か。つまんない。でも・・・。」
画像を歌陽子の顔を並べて見比べながら、
「服装とメークでこんなに変わるんだったら、私も一枚作って貰おうかな。」
高級外車のプロモ写真、そう佐山清美が表現した画像には、町の夜景の中真っ赤なコルベットが描かれていた。そのコルベットをバックにさっそうと歩いて来るのが歌陽子だ。
肩を出した真っ赤なドレスを身にまとい、ウェストラインは大きなリボンでキュッと絞っている。スカートは膝上10センチで、そこから形の良い脚がスラリと伸びていた。歌陽子が歩くのに合わせて、肩にかけた薄いショールとスカートが軽やかに夜風に舞う。
幼い印象を与えるトレードマークの丸メガネは、細い黒縁メガネに変わっていた。頰のチークと艶めく口紅、そして「どう?」と言わんばかりの自信に満ちた歌陽子の表情。
「この写真、まるで本物の女王だよね。Queen's Nightって、そのままじゃん。」
感心したように画像を眺めていた清美が、歌陽子の方を見ながら言った。
「そうだわ、これがあんたの真の姿よ。東大寺一族の令嬢はこうであるべきよ。」
そして、歌陽子の背中をバンと叩いた。
「もっとしゃんとしなさい!」
「痛ったあい。」
「痛くない!あんたは、ホントは世の中の全ての男を支配できるんだよ。あんたの美貌とお金に全員跪かせられるの。」
そう言って、清美はパンプスを脱ぎ捨てると、洗面台の上によじ登り、拳を固めて声を張り上げた。
「男どもの馬鹿野郎。あんたら、女の社会人口が少ないからって舐めてるんじゃないわよ。オヤジはドイツもコイツもパソコン一つ、ろくに使えねえくせして、私らにああしろ、こうしろ言い過ぎなんだよ。だいたい、てめえらに計画性がないから、いつも突貫仕事やらされて残業をしなきゃならないんじゃないか。バカヤロー。」
「ちょっと清美さん、ダメですって。誰か来ます。」
「さ、カヨちゃん、あんたも上がんな。」
そう言って、佐山清美は歌陽子の腕を強く引っ張って一緒に洗面台の上にあげようとした。
「ちょっと、清美さん、やめて。痛い!」
「何言ってんの。あんたは、現代のジャンヌダルクなんだよ。不当な男共の支配から私たち女子を解放するんだから。」
「もう!清美さん、怒りますよ!」
ついに、歌陽子も耐えかねて、無理やり清美の手から腕を引っこ抜いた。
その勢いで清美は前につんのめり、洗面台の上に膝をついて座った。
「痛ったあ。」
洗面台の上から清美が言う。
「ご、ごめんなさい。つい・・・。」
「いいって。それより、その写真の通りに自分を飾りなさいよ。そうよ、誰もあんたに手なんか出せないわ。なぜなら、あんたは正真正銘の女王なんだから。」
その時、歌陽子はもう半分気持ちを固めていた。
本当に女王を貫けるか心配だけれど、泰造なんかに負けるものか。
そう、私は東大寺歌陽子なんだから。
(#19に続く)