成長とは、考え方×情熱×能力#31
意地っ張り
「う・・・どこ?どこよお・・・?」
「あ〜っ!うっとおしい!あっち行ってやれ!」
前田町にしっかり怒られて、半べそかきながら歌陽子(かよこ)は、自分のスマホのアプリを起動しては、閉じてを繰り返していた。
それも、前田町にハッキングアプリをダウンロードされて、いつまたスマホ越しにプライベートを覗かれるか分からないからだった。
歌陽子は、そのハッキングアプリを探し出して削除しようとするのだが、どこをどう探しても自分がインストールしていつも使っているアプリしか見つからない。
怒られて、すっかりモチベーションを下げたまま、「どこよお、どこよお」を、情けない声を出しながら延々と続けている歌陽子についに野田平が堪忍袋の緒を切ったのだ。
「だいたい、おめえみたいなノータリンがちょっと探してわかるような仕事を前田のジジイがするわけあるか。」
ノータリンと言われて、歌陽子は無言のまま、反抗的な目をした。
「なんだあ、このガキゃあ、人が優しくしてりゃつけあがりやがって。」
野田平は、二人の間に積み上がった書類の山越しに身体を乗り出して、やる気なさげに顔半分を机に擦り付けてダラダラスマホをいじっている歌陽子の頭を重い拳でグリグリッとやった。
「い、痛い!痛い!助けて!痛い!ゴメンなさい。もうしません!もうしません!」
本気で痛がる歌陽子に、
「こらっ!思い知ったか!」
と、ますます力が入る野田平。
一方、少し離れた席で、
「へっ、みっともねえ。じゃれつきやがって。」
と仏頂面で吐き出す前田町。
歌陽子を叱り倒して、反対にしっかり引かれて寂しくなったのか、ぶつぶつと不機嫌そうにこぼしている。
こちら側の意地っ張りたちと少し離れて、別室では別の意地っ張り同士が対峙していた。
「コーヒー、飲みませんか?」
歌陽子のスペシャルブレンドコーヒーをカップに注ぎ、二つ並べて日登美父と泰造が向き合って座っていた。
「ふんっ。」
コーヒーの香ばしい香りに鼻孔の奥がくすぐられながら、この二人の親子が10年近くの断絶を経て交わした最初の言葉だった。
「相変わらずですね、お前は。」
それに無言で応じる泰造。
「そんなに、あの歌陽子さんのことが気に入ったんですか?」
「はあっ!」
その言葉に泰造がだんまりを破る。
「なんで俺が、こんなちんけな国の、ちんけなお嬢様に執心しなきゃなんないのよ?」
「そうですか。その割には随分楽しそうにいじり回していたじゃないですか。お前は、昔からオモチャが気にいると大事に扱うことができませんでしたね。
徹底的にいじり倒して、すぐに壊してしまったじゃないですか。思春期になって、彼女が出来ても、その娘に夢中になればなるほどわざと無茶苦茶に扱って、すぐに嫌われていましたよね。」
「ガキのころのことだ。一緒にすんない。」
「まあ、そんなふうに育ててしまったのは、親である私の責任です。でも、今なら私はこう思えるんですよ。
つまり、自分の気持ちを素直に表せない不器用な子供だったと。
だから、そんなお前でも唯一受け入れてくれた悪い仲間たちとつるむようになったんですね。」
ふん!
泰造が鼻を鳴らした。
「だから、持て余して国外追放したのか?」
「そうじゃない、と言っても今更言い訳にしかならないでしょうね。正直言えばそんな気持ちもありました。母さんが、お前のことですっかり気持ちを病んでしまっていましたから。」
「はん!お袋を言い訳に使うなよ。」
「それに、なんとなくお前にはこの国は狭いような気がしていたんですよ。現にお前は立派に成功を収めたじゃないですか。必ずしも、私の勝手な思い込みではなかった証拠です。」
「都合のいいことばかり言いやがって。今度、雑誌にインタビューされたら、『今日の僕があるのは父が心を鬼にして送り出してくれたおかげです』って言えってか。」
「私のことは、いいんです。それより、あの歌陽子さんに力を貸して貰いたいんですよ。」
「・・・。」
「お前、約束したんでしょう?」
「・・・。」
「あの人は、お前の言うことを信じて、ちゃんと付き合ってくれたんじゃないですか。だったら、きちんと約束を果たしてください。」
泰造はワザと身体を横に向け、横顔をむけながら冷ややかに言った。
「だって、俺、あいつのこと嫌いなんだもん。」
(#32に続く)