成長とは、考え方×情熱×能力#135
目と耳と足と
「わしは『宮本武蔵』が好きでのう。」
「それでは、選んでみましょうか。」
促されて久里山が『宮本武蔵』のタイトルを選ぶと、昭和期の時代劇映画の特徴である重厚な音楽が流れてきた。
「ほお、不思議じゃ。」
「どう、不思議なんですか?」
「あんたも、こちらで聞いてみたら良い。」
「はい。・・・、確かにスッキリとよく聞こえますね。」
「そうじゃろ。あんたのところで作ったんのだから、どう言うことか教えてくれんか?」
「えっと、少しお待ちください。・・・あの、映画の音がすごくいいんですけど・・・、どんな技術を使ってるんですか?・・・え?サラウンド補聴器?音をデジタル解析して、聴きやすく変換して届けてくれるんですか。はい・・・、分かりました。」
ヘッドセットのイアホンを通し、清美は川内から音響システムの仕組みの説明を聞いた。
そして、それを彼女なりに噛み砕いて説明を始めた。
「え、あのですね。歳を取って耳が聞こえなくなるのは、聴覚細胞の老化により、高音域の音が聞き取りづらくなるのが原因です。
補聴器の原理は、聞き取りづらい高い音域をデジタル処理して、聞き取りやすくすることです。ただ、それをすると、映画の音楽も雑音として処理するので、せっかく楽しもうと思っても無味乾燥なツマラナイものになってしまいます。
この仕組みも、周りから聞こえる音を一旦取り込み、デジタル処理をしてノイズや雑音を除きます。そこまでは、いままでの補聴器と同じですが、従来の補聴器は音楽や効果音、抑揚までも単一の聴きやすい音域に変換していました。それに対して、このサラウンド型補聴器システムは、音楽や会話の抑揚をそのままに、特殊なスピーカーを通じて再生します。
そのため、このベッド型ロボットの上では、耳の遠くなった方でも若い頃のように音楽や映画を楽しむことができるのです。」
佐山清美は、久里山一人ではなく、会場全体に話しかけるように技術の説明をした。
しかし、それでも老人たちには、少し難しいようだ。だが、清美が身振り手振りを交えて話すので、退屈そうな顔の老人はいなかった。
「うん、言うことなしじゃよ。だが、あとは自由に歩き回れたらどんなに良いじゃろ。まあ、それは年寄りの贅沢じゃがな。」
「そんなことありませんよ。自由に歩いたり、走ったりできますとも。」
そう言って、清美はベッドセットのマイクに短く依頼を伝えた。
すると、ブースに待機していた技術員が背の低い車椅子を運んできた。
「これが、自由に走り回るための足です。」
だが、それを見た久里山は分かりやすく顔をしかめて不快を表した。
「どうされました?」
「いや、悪いがの、わしはあまり車椅子は好かんのじゃ。杖にすがればなんとか歩けるし、車椅子なんぞに乗るようになったら、それこそ足腰立たんようになるじゃないかね。」
「かも、知れませんね。でも、これは遠くまで移動するための新しい乗り物と思われたらいかがですか?」
「新しい乗り物?」
「はい、いままでは足が思うように動かず、家に閉じこもりがちでした。でも、これからは、新しい足でどんどん外に出かけられるとしたら。また、外の風を思い切り吸い込んで、好きなところへ行って、好きなことができるとしたらどうですか?」
「それは・・・、嬉しいことじゃが・・・。」
久里山はしんみりとした声で答えた。
(#134に続く)