成長とは、考え方×情熱×能力#74
カントリー・パーティ
環木森一郎は、東大寺老人と一緒に現れた若い女性のことをよく知っていた。
面識はなかった。
だが、一年近く毎日寮で間近に見ていた。
「あれ、あのメガネの女の子、どこかで会った気がするけど?遼子さんとも知り合いのようだし、前の塾生?」
「それにしては年が若いだろ?」
「あ、思い出した。寮で廊下や食堂に飾ってある写真の子だ。」
「私、師匠の家でも見たわよ。」
そんな塾生たちの会話に気づいて、遼子は皆に歌陽子の素性を明かした。
「みんな、この人はね、ここのお屋敷のお嬢さんなの。」
ここの、お嬢さん・・・?
と言うことは、
「師匠、この人は師匠のお孫さんなんですか?」
森一郎は、先代老人に聞いた。
先代老人は、数歩歩いて、光の輪の中に入ると照れ臭そうに、また自慢げな顔で言った。
「ああ、わしの孫の歌陽子じゃ。」
その時、遼子は歌陽子の寒そうな首筋に気づいて、自分のマフラーを外すと、そっと歌陽子の首に巻いた。
「あ、遼子さん、ありがとうございます。」
「いいえ、師匠の大事な孫娘さんですもの。風邪でもひいたらたいへん。」
「でも、遼子さんこそ、風邪をひかないですか?」
「何言ってるの、しばらく会わないうちにまた私は逞しくなったんだから。風邪なんかひくものですか。ふふふ。」
「遼子さんらしい。うふふ。」
森一郎はしばらく、遼子に愛くるしい笑顔を向けている歌陽子に見惚れていた。
「どうじゃ、うちの孫は可愛いじゃろ。」
「し、師匠。別にそんなんじゃ。」
先代老人にいきなり話を振られて、森一郎は慌てた。
「ただ、師匠に似て、変わった子だなと思って。」
「ん?何を照れとる。わしはの、お前さんが時々、歌陽子の写真に見惚れておったのを知っとるんじゃ。」
そう決めつけられて、返ってムキになる森一郎。
「バ、馬鹿なこと言わないでください。こんなお屋敷に住んでいて、お金のかかりそうな女の子なんて僕は御免ですよ!」
「ま、それはそうじゃの。」
意外にあっさりと老人は引き下がった。
それに肩透かしを食らいながら、森一郎は会話を続けた。
「でも、変わってると思ったのは本当です。だって、都会の真ん中の、こんな屋敷の中から作業着で現れるなんて普通じゃありません。」
「それは勘違いじゃ。今日は特別に歌陽子に野良着を着せとるんじゃよ。なぜなら、野良着は今日のカントリー・パーティのユニフォームじゃからの。」
「確かに、今日のカントリー・パーティに、僕らは作業着のまま参加するよう聞いてはいますが、その理由を教えてください。」
「それは少し説明不足じゃったかの。おい、歌陽子。ちょっとこっちへ来てくれんか。」
先代老人は、歌陽子を近くに招いた。
「はい、おじい様。」
森一郎は、近くに来た歌陽子に少しだけドギマギした。
「のお、歌陽子。お前、田舎では、どんな時に食べるものが一番うまかったかの?」
それに対し、顔をいっぱいの笑顔でほころばせた歌陽子は、迷いなく答えた。
「おじい様、それは農作業のお昼に、畦に腰掛けて食べたおにぎりです。」
「そうか、他には。」
「ハウスで収穫している時に、そのままもいで食べたトマトです。」
「そうじゃろな。」
確かに、森一郎はそれには異存がない。
大地の恵みをいっぱいに受けた豊かな味わいと、新鮮で身のいっぱい詰まった食感はいままで都会で味わったことのないものだった。
しかし、それ以上に労働の後の火照った身体を優しく撫でる田舎の風が、食べ物をより美味しく感じさせるのだ。
先代老人は、森一郎の方を向くと、
「森一郎、お前さんにも覚えがあるじゃろ。田舎の風と匂いの中で味わう料理が一番なんじゃ。だから、少しでも田舎を感じて貰えるように、普段のままのわしらでもてなすのよ。わかるかな?」
「はい、なんとなく。」
「歌陽子はどうじゃ?」
「わかる気がします。」
「ほっほ、まあ、そんなところじゃろ。」
そう老人は愉快そうに笑った。
(#75に続く)