今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#155

(写真:風の童子)

KAYOKOー1号

「はい、わかりました。」

ロボットが応答すると、急遽頼んだアシスタントの佐山清美が食事を乗せたワゴンを運んで来る。
歌陽子の座っている椅子の前にワゴンを据えながら小声で言った。

「ねえ、あんた、本当に大丈夫?顔色悪いわよ。どっか痛むんじゃないの?」

「・・・、ちょっと。」

「あまり、無理しちゃダメよ。」

清美がその場を離れると、歌陽子は、

「じゃあ、お願いね。」とロボットに言った。

そして、おぼつかない手つきで茶碗と箸をとる。

裏からは、それを見て野田平が感心していた。

「てえしたもんだなあ。あの手つき、よぼよぼのばあさんまんまだぜ。」

頷きながら、日登美も、

「ホントは、誰か会場のお年寄りに頼むつもりだったんですが、歌陽子さんがあの状態ですから、急遽座ってすることにしたんです。でも、今更ロボットのシナリオを変えられないし、結局歌陽子さんがお年寄りの役をすることになったんです。じゃあプレゼンターはどうするかって時に、彼女、自分が両方やるって言い出して。」

「まあ、しょうがねえだろ。嬢ちゃんしか、シナリオが完璧に頭に入っている人間はいねえわけだしよ。」

「あまり、無理・・・しないと良いのですが。」

「そうだな。」

歌陽子は、スッキリしたスーツ姿で、しかも魅力的な若い女子そのものだった。それでも、せめてらしく見えるようにと、ブラウン系の地味なショールを羽織った。
もちろん、それで高齢者に見えるはずもないが、歌陽子の仕種がさもそこに老婆がいるような錯覚を与えていた。
それは、歌陽子にとってとても神経を使う仕事だった。今の彼女の身体の芯に堪えない筈がなかった。だが、そんなことを微塵も感じさせず、淡々とプレゼンテーションは進行していった。

今、歌陽子は、身体の自由が効かない老女のロールプレイを行なっていた。歌陽子は茶碗と箸を手に取ろうとするが、震える手のなかでカタカタと茶碗が振動する。そこへ手を添えるかのようにロボットが手の繊細な指を伸ばした。
そして、歌陽子の手を茶碗ごと優しくおし包んだ。箸を握っているもう一方の手にもロボットは自分の指をそっと添えた。
カタカタ鳴るのをやめた茶碗は、そのまま歌陽子の胸の辺りまで持ち上げられ、ロボットは彼女に語りかけた。

「ゆっくり、おはしをつかってたべてください。」

歌陽子は箸を動かして、茶碗からご飯を運ぶ仕種をする。
それにロボットが手を添えて、口のところまで持っていく。それを歌陽子は口に含むと、ロボットは、

「ゆっくり、よくかんでたべてください。」と声をかける。

一口目は、何度もよく咀嚼して飲み込んだ。
二口目は、一回、二回と噛んで、そのまま飲み込もうとした。
すると、

「よくかんでください。いそいでのみこむと、のどにつまるきけんがあります。」とロボットが警告をした。

慌てて、歌陽子は飲み込むのをやめ、再びよく噛んでから飲み込んだ。
ロボットは、上気したように顔をほんのりとピンクに染めた。嬉しさの表現らしい。

「おお・・・、おお・・・。」

その時、その光景に感極まって声をあげた老人がいた。

(#156に続く)