今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#21

(写真:琥珀の時間)

ステージパフォーマー

「これを着て。」

場から完全に浮いてしまった歌陽子(かよこ)に、泰造はそばの椅子にかけてあったフード付きのパーカーを渡した。

誰の?

気にはなったが、目立ちたくなかった歌陽子は素直にパーカーを着た。

そして、

「こっちへ来なよ。」

そう言って泰造は歌陽子(かよこ)の手を引いた。

「あ、ち、ちょっと。」

危うくつんのめりそうになりながら、泰造の後に従う歌陽子。
泰造が手を引いた先は、会場前方に大人の腰の位置くらいに段差がつけてあるステージだった。
泰造は、そでの階段を使わずに軽々と登ると、スタンドのマイクを取り上げて喧騒に向かって呼びかけた。

「ちょっと聞いてくれ!」

その声に喧騒は静まり、会場のあちこちで反応する声が上がった。

「タイゾーだ。」

「帰っていたのか?」

「ひさしぶりだなあ、タイゾー。」

「この野郎、金返せ!」

「今度は生きて日本ださねえからな。」

懐かしむ声や、本気なのか冗談なのか、かなり物騒な声まで入り乱れた。
しかし、泰造はかなりここでは顔らしい。
一方、その隙に歌陽子は、目立たないようにステージの下に身体を小さくした。

「お前ら、俺が前に日本に帰ってきた時にした約束覚えてるか?」

「バァカ、そんなん覚えてるかよ!」

「お前のことなんか知るか!」

お約束のように下卑た野次が飛ぶ。

「俺は!」

泰造ひときわ声を張り上げた。

「今度、ピカピカの女王様をこのステージに立たせてみせる、って、そう言ったんだ!」

「そうだ!そう言った!」

「俺も覚えているぞ!」

「だ・か・ら!」

泰造は、マイクを持っていない方の手の親指と人差し指を立てて、バンと銃を撃つ真似をした。

「今日、その約束を果たす。そうしたら、カケは俺の勝ちだ。それでいいな、みんな!」

その言葉と同時に、ウォーッと言葉にならないウネリが会場を駆け巡った。
あまりの想定外の展開にすっかり萎縮していた歌陽子がこわごわと会場の方に目をやると、オーディエンスは互いに言いたいことをぶつけ合っていた。

「カケってなんだよ?」

「あれじゃねえか?ヤツが勝ったらここにいる全員を相手に王様ゲームをするってやつだろ?」

「はあん、あんなやつに王様ゲームなんかやらせたら、無事にここ出られるやつなんか一人もいねえぜ。」

「だいたい、女王ってどう言う意味だよ。イギリスでも行ってかっさらってくるのかよ。」

「知るか!そんなことしたら、ケンペーに撃ち殺されっぞ。」

やがて、ひときわ大きな声が会場に響いた。

「タイゾーよう、おめえ、そりゃここに女王様がきてるって意味だよなあ。
当然、ボインボインのパツキンだろうな。」

「マサトシ、俺は『ピカピカの女王様』って言ったんだ。だから、別に金髪でなくても違反じゃないよな?」

ワーッと喧騒が高まる。
マサトシと呼ばれた男性は、それに負けないように声を張り上げた。

「タイゾー、マジかよ、おめえ。コーゾクなんかに手を出したらぶっ殺されっぞ。」

それを聞いた泰造は、さも愉快そうな顔をした。
そして、

「バァカ、もっとヤバい相手だよ。おい、ジェイムス、さっき送ったメールをスクリーンに映してくれ。」

と、DJボックスに向かって言った。
ジェイムスが誰かは分からない。
だが、おそらく彼がスクリーンいっぱいに写真を映し出した。

「な・・・。」

あれは、私じゃないの。

歌陽子は文字通り魂消た。
そこに映し出されたのは、フェラーリをバックにレッドカーペットを颯爽と歩き始めたさっきの彼女。

泰造〜!
私に声をかける前に、隠れてこっそり盗撮したなあ!
でも、私、あんなになりきっていたんだ。
恥ずかし過ぎる。

歌陽子は、当然オーディエンスの嘲笑を覚悟した。
だが、誰も笑い声を立てなかった。
さっきまでの喧騒が嘘のように止み、気を抜かれたように立ち尽くす一団がいた。

「あ、赤え・・・。」

彼らから漏らされた最初の一言だった。

フェラーリの赤、ドレスの赤、そしてレッドカーペット。

「なあ、タイゾー、誰なんだこのオンナ?」

それは、次に彼らが発した言葉。
そして、泰造の答え。

「この娘はなあ、とある大財閥のお嬢様なのよ。腐るほど金があって、チャリみたいにフェラーリを乗り回して、いつも自家用ヘリを飛ばしてるのさ。」

い、いつもじゃないわ。
たまたまよ。

「すげえ!超超超超超超、金持ちかよ!女王様じゃん。」

「言ったろ、俺は約束を果たしたって。」

「ど、どこにいるんだよ。」

「気がつかないのかよ。ほら、ステージの下で小さくなって隠れてるいる子がいるだろ?」

た、タイゾー!
あ、あんた〜!

「あ、本当だ!ここにいるぞ!」

「俺も触らせろ!」

「おめえら、がっつくんじゃねえよ。」

そして、歌陽子の周りから手が何十本も伸びてきた。

身体が勝手に動いた。
そして、反射的に歌陽子は、ステージに登って難を逃れようとした。
だが、うまくステージに上がるための手掛かりがつかめずに、ジタバタした。
その歌陽子にステージの上から救いの手を差し伸べたのは、あの泰造だった。

なんなの、ここ!
どうして、こんなことするの?

怒りと怖さで混乱する歌陽子に、ニッと歯を見せた泰造であった。

(#22に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#20

(写真:天界の雑踏)

パーティ・ハイ

今はその場に行かなくても、住所さえ分かっていれば、そこがどんな場所かを知ることができる便利な時代である。
歌陽子(かよこ)も泰造から送られた住所をもとに、インターネットの地図を検索した。
目的の建物や、周囲の景観も写真で見て、決していかがわしい場所でないことは確認済みだった。
住所が指している場所は、歌陽子にとって、むしろ馴染みの深い高級レストラン。セキュリティもしっかりしていて、客層も選んでいる。一食10万以上と割高だが、評判を聞いて予約が引きも切らない。

予約たいへんじゃなかったのかな?

ひょっとして、コネを使って歌陽子に見合う場所を必死で確保してくれたのかも知れない。
そう思って泰造の熱意に答えなければならない気持ちにさせられたのも、歌陽子の足をここまで運ばせた理由の一つであった。

夜8時5分前、変身を完了した歌陽子は、彼女の真紅のフェラーリを待ち合わせ場所のレストランの前にとめた。
駐車場係と思しき制服の男性が急いで飛んでくる。
フェラーリの低い車体のドアを開け、歌陽子は車外に右足を下ろした。
エンジンをかけたまま、駐車場係に席を渡すと、歌陽子はレストランの店内に続くレッドカーペットを歩き始めた。
真紅のフェラーリをバックに、真っ赤なドレスに身を包み、絨毯を少し大股で進みながら、表情に自信を溢れさせた彼女は、まさに日登美泰造の手による合成写真から飛び出してきた女王だった。
こころなしか、絨毯の上で立ち話をしていたレストランの他の客も、彼女に遠慮して道を譲ったように思えた。

泰造は、どこだろう。
髪をかきあげる仕草をしながら、歌陽子は泰造を探した。

いいわ、案内の人に聞けば分かるもの。

だが、その声は思いもよらない方向から飛んできた。

「お〜い、メガネちゃん、そっちじゃなくてさあ。」

え〜、どこお?

声の方向を見てみると、泰造は歌陽子が車をとめた路上の真ん中に立って手を振っている。
しかも、前に会ったのと変わらないラフな格好で。変わったものと言えば、ティーシャツの絵柄が「freedom from life』から髑髏になったくらい。

「な・・・。」

歌陽子は思わず絶句した。

泰造さん、あなたはドレスコードと言う言葉を知らないの?

立ちすくむ歌陽子に泰造は、

「ごめん、そっちじゃなくて、向かい側の建物なんだよ。」

と言った。

えっ?向かい側って、あれ、倉庫じゃないの?

「早くこっちにおいでよ。」

泰造に促されて歌陽子は、渋々泰造の方に向かって歩き出した。
でも、背筋を伸ばして大股気味に、真っ赤なドレスが最高に似合うように堂々と。
どう?見てみなさい、泰造。これが私よ、と言わんばかりに。

泰造は手にした携帯を歌陽子に向けて、パチリと一枚。
そして、

「うわあ、すげえ。送った絵の通りじゃん。」

と、口笛まで吹いて一人ではしゃいでいる。
少し気持ちの醒めてしまった歌陽子。

「さ、女王様、エスコートしましょうか?」

「結構です!」

わざと泰造につっけんどんな言い方をしてどんどん倉庫のような建物に向かって歩きだした。
そして、その建物の重そうな扉の前に立って、ノブを下に押し下げた。
ギイと扉を手前に引いた途端、建物の中からは喧騒が飛び出してきた。

なんなの、ここ?これクラブ?

「さあ、何してんの。あんまり音が漏れると苦情がくるから、早く入った、入った。」

そう言って、扉を半開きのまま、たじろぎかけた歌陽子の背中を泰造がドンと押した。
つんのめるように中に入ったその中は、歌陽子にとっては初めての世界。
何十人の男女が手や足を振り回して踊り狂っている。
あかりを落とした店内にまばゆいレーザービームが縦横無尽に飛び交っていた。
鼓膜を破るような大音量の音楽と、それに合わせて何人かが、「ウオー」とか「ウワー」とか恐ろしげな奇声をあげている。
歌陽子は、昔見ながらついに目を開けられなかった怖いゾンビの映画を思いだした。

それに、なんてことなの!
こんな正装は私だけじゃないの。

クラブに集った男女は、泰造か、それ以上にラフな格好で、上半身裸なんて男もいる。

うっ。

思わず歌陽子はむせた。
苦手なタバコの煙を吸い込んだのだ。
その歌陽子をタバコをくゆらせた恐ろしげなメークの男がジロリと睨む。

すっかり縮み上がった歌陽子は肩をポンと叩かれて、

「ひっ。」

とひきつけたような声をだした。

それは、あの泰造だった。
そして、満面に笑みを浮かべてこう言った。

「メガネちゃん、俺たちのパーティにようこそ。」

(#21に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#19

(写真:空に書いた文字 その2)

レッドクイーン

佐山清美から離れた歌陽子(かよこ)は携帯を取り出して数カ所に電話をした。

「あ、すいません。私です。実はお願いがあって。そうです。いつも、ポルシェをとめているところ知ってますよね。それで、夕方までに、いつでもいいので、私のフェラーリに入れ替えておいて貰えませんか。・・・はい、赤い車です。
ポルシェの鍵は、スペアありますよね。
・・・えっ、フェラーリの鍵を会社に持って来なくていいですから。この間、静脈認証に変えたじゃありませんか。
・・・はい、よろしくお願いします。
あと、帰りは少し遅くなるかな。お父様がもし私より早く帰ってらしたら、仕事で遅くなると伝えてください。
・・・いいえ、聞かれたらでいいです。フェラーリのことも、あまり言わないようにしてくださいね。
よろしくお願いします。」

プッ。

次は、行きつけのブティック、と。

「あ、歌陽子です。いえいえ、とんでもない。あの写メした写真なんですけど、こんな感じでコーデできます?
・・・そうです。メガネも靴も一式揃えたいんですけど。
・・・それは、メークやヘアもお願いできれば助かります。でも、ドレスだけでもたいへんじゃないですか?・・・そんなあ、悪いです。・・・え、そうですか。じゃあ、お言葉に甘えさせてください。
はい。私のサイズは・・・。ですよね、分かっていますよね。
では、夕方6時に行きます。
はい、よろしくお願いします。」

プッ。

これでよしと。
待ってなさい。日登美泰造。

そして、歌陽子は泰造にメッセージを返した。

「本日20時指定された場所に伺います。」

さて、後は定時までひたすら待つのみ。
17時30の定時を告げるチャイムと一緒に、歌陽子はオフィスのドアへと急いだ。

うず高く積まれた書類の山を抜けようとした時、

「ちょっと待て。」

と後ろから襟首を掴まれた。

あちゃあ。
野田平である。

「おい、今日は他から頼まれていた機械の動作確認するんだ。少し付き合え。」

「え、今日は少し都合が悪くて。」

「まさか、おめえいっちょ前に男でもできたか。ははあ、今からデートでもするんだな。」

「ち、違います。」

向こうに前田町の後頭部がみえる。
「デート」と言う言葉がでた時に、心なしか少し反応した気がする。
もし、今から泰造に会いに行くとバレたら、決して許しては貰えないだろう。

「今日はお父様の用事です。」

「へえ、どんな?」

つくづく意地が悪い野田平。

「家族のことですから。」

「言えねえのかよ。」

「い、言えます。あの、お父様が、その痔が悪くなって。他の人だと恥ずかしいから、私が付き添うんです。」

なんて、恥ずかしい口から出まかせ。
もっと他の言い訳を思いつかなかったの?
バカな、私。
ごめんなさい、お父様。

「ガハハハハ。」

突然、向こう側から前田町のバカ笑いが響く。

「あの、東大寺のクソオヤジがか?はっはっは、いい気味だぜ。バチが当たったんだぜ。なあ、のでえら行かせてやんな。」

「だとよ、せいぜん親孝行しやがれ。」

そう言って、野田平は掴んだ襟首の手を離してくれた。

だが、前田町が身体を向うにむけたまま、顔だけをこちらに振り仰いで、

「自分のケジメは自分で取るんだぜ、嬢ちゃん。」

とだけ低い声で言った。
それに歌陽子は何も返せず、ただぺこりと頭を下げた。

もう、時間がない。
歌陽子は、会社から支給された紺色の制服のまま、フェラーリの待つ駐車場まで駆けた。
果たして、そこに彼女の真っ赤なフェラーリが、沈みかけた夕日に映えて輝きを放っていた。
ドアに手をかざすと、車は彼女の静脈を読み取って開錠した。運転席に腰を下ろし、シートベルトを締めて、また手をかざしてエンジンをスタートさせる。
そして、低い爆音を響かせながら、磨き抜かれた赤いフェラーリは発進した。

地を這うように、フェラーリは夕方の街を進んで行った。ドライバーは、一般事務員の服装をしたまだあどけなさの残る若い女性。車内をを覗きこむ人間がらいたら、その不釣り合いさに肝を潰すに違いない。
そして、帰宅ラッシュの始まる直前、20分走って、フェラーリは一軒の高級ブティックの前に到着した。

新米の店員が、

「わあ、すごい車がきたよ。」

と、窓越しにキャアキャア言っている。
だが、そこから姿を現したのは、紺色の制服に身を包んだ地味で小柄な女性だった。
あまりに車とドライバーのギャップにびっくりして棒のように立ち尽くしている店員の横を歌陽子は息を切らして通り過ぎた。

その歌陽子に気づいた店のオーナーは、深々と頭を下げて、

「いらっしゃいませ。歌陽子お嬢様。全て用意をさせていただいております。」

と告げた。

「ありがとうございます。」

すこし上気した顔の歌陽子は、息を弾ませて答えて、そしてそのまま試着室に姿を消した。

「あの、歌陽子お嬢様って?」

キツネにつままれたような新人店員は近くの先輩をつかまえて聞いた。

「馬鹿ねえ。一番の上得意先様の顔くらい覚えておきなさい。」

やがて、たっぷり1時間が経った時、奥から歌陽子が姿を現した。

真っ赤なドレス。軽やかなショール、フワフワと足にまとわりつく柔らかなスカートに、そこから伸びたスラリとした足。そして、その足元を彩る真っ赤なハイヒール。
頰のチークと真紅の口紅、そしてくっきりしたアイラインが歌陽子の満ち溢れる自信を演出していた。
新人店員は、また言葉を失って棒のように立ち尽くしていた。

これが、本当にさっきの女の子なの?

「女王様みたい。真っ赤な、そうレッドクイーンだわ。」

(#20に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#18

(写真:空に書いた文字 その1)

清美の気持ち

「実は、これなんです。」

歌陽子(かよこ)は胸ポケットから小さく折り畳まれた画像のプリントアウトを取り出すと、佐山清美に開いて見せた。

「うわっ!なにこれ、写真?あんたいつもプライベートではこんなんなってんの?」

「違います。合成ですよ。」

清美は、歌陽子の広げた画像を手に取ると、しげしげと眺めた。

「ほんとだあ。でも、これよく出来てる。まるで高級外車のプロモ写真じゃん。でもモデルにあんたの顔だけはめただけじゃ、こうまで馴染まないわよね。」

「そうなんです。後ろの高級車や、服装を除けばほとんど私自身です。一瞬自撮りかと思いました。多分ですけど、前その男性の自宅に訪問した時に、こっそり何枚も写真を撮られていたみたいで。」

「そう、さすがCGの専門家ね。いい仕事するわ。・・・って、あんた、こいつの家まで行ってんの?結構大胆ね。」

「違いますって。前田町さんも一緒でした。」

「なんだ、番犬も一緒か。つまんない。でも・・・。」

画像を歌陽子の顔を並べて見比べながら、

「服装とメークでこんなに変わるんだったら、私も一枚作って貰おうかな。」

高級外車のプロモ写真、そう佐山清美が表現した画像には、町の夜景の中真っ赤なコルベットが描かれていた。そのコルベットをバックにさっそうと歩いて来るのが歌陽子だ。
肩を出した真っ赤なドレスを身にまとい、ウェストラインは大きなリボンでキュッと絞っている。スカートは膝上10センチで、そこから形の良い脚がスラリと伸びていた。歌陽子が歩くのに合わせて、肩にかけた薄いショールとスカートが軽やかに夜風に舞う。
幼い印象を与えるトレードマークの丸メガネは、細い黒縁メガネに変わっていた。頰のチークと艶めく口紅、そして「どう?」と言わんばかりの自信に満ちた歌陽子の表情。

「この写真、まるで本物の女王だよね。Queen's Nightって、そのままじゃん。」

感心したように画像を眺めていた清美が、歌陽子の方を見ながら言った。

「そうだわ、これがあんたの真の姿よ。東大寺一族の令嬢はこうであるべきよ。」

そして、歌陽子の背中をバンと叩いた。

「もっとしゃんとしなさい!」

「痛ったあい。」

「痛くない!あんたは、ホントは世の中の全ての男を支配できるんだよ。あんたの美貌とお金に全員跪かせられるの。」

そう言って、清美はパンプスを脱ぎ捨てると、洗面台の上によじ登り、拳を固めて声を張り上げた。

「男どもの馬鹿野郎。あんたら、女の社会人口が少ないからって舐めてるんじゃないわよ。オヤジはドイツもコイツもパソコン一つ、ろくに使えねえくせして、私らにああしろ、こうしろ言い過ぎなんだよ。だいたい、てめえらに計画性がないから、いつも突貫仕事やらされて残業をしなきゃならないんじゃないか。バカヤロー。」

「ちょっと清美さん、ダメですって。誰か来ます。」

「さ、カヨちゃん、あんたも上がんな。」

そう言って、佐山清美は歌陽子の腕を強く引っ張って一緒に洗面台の上にあげようとした。

「ちょっと、清美さん、やめて。痛い!」

「何言ってんの。あんたは、現代のジャンヌダルクなんだよ。不当な男共の支配から私たち女子を解放するんだから。」

「もう!清美さん、怒りますよ!」

ついに、歌陽子も耐えかねて、無理やり清美の手から腕を引っこ抜いた。
その勢いで清美は前につんのめり、洗面台の上に膝をついて座った。

「痛ったあ。」

洗面台の上から清美が言う。

「ご、ごめんなさい。つい・・・。」

「いいって。それより、その写真の通りに自分を飾りなさいよ。そうよ、誰もあんたに手なんか出せないわ。なぜなら、あんたは正真正銘の女王なんだから。」

その時、歌陽子はもう半分気持ちを固めていた。
本当に女王を貫けるか心配だけれど、泰造なんかに負けるものか。
そう、私は東大寺歌陽子なんだから。

(#19に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#17

(写真:雲と風と鉄塔と その2)

クイーンズナイト

「こおら。何ボーッとしてるの?」

女子トイレの洗面台のヘリに手をついて、ジィッと鏡を覗き込んでいる歌陽子(かよこ)の背後から、指が現れて彼女の頬をギュッと押した。

「あ、清美さん。」

肩越しに覗いたのは総務部の佐山清美の顔だった。会社では、年齢も近く気を許して話ができる数少ない先輩の一人である。

「また、あのオヤジたちにいじめられたんでしょ?」

「そのう、今日は違うかな。」

「じゃあ、やっぱりロボコンのこと?」

「一応、それ系です。」

「だよね。あんたが仕掛け人だって専らの噂だもん。ちょっと、派手にやり過ぎて身動きが取れなくなってんじゃないの?」

「それもあるんですけどね・・・。ねえ、清美さん。いくら仕事のためだからって、知らない男性と一晩おつきあいするって言うのは、やり過ぎですか?」

「は?」

「だから、知らない男性と・・・。」

佐山清美は歌陽子と肩を並べて隣の鏡を覗き込んで、歯を見せてニーッとやった。

「あのさ、柄にもないことするもんじゃないわよ。あんた、超お嬢様なんだし、まともに男の人と付き合ったことなんかないでしょ。」

「ええ、まあ。そりゃ。」

「もう中学生や高校生とは違うのよ。私らの場合はね、軽い気持ちでデートとかあり得ないの。そう、食うか食われるだね。」

「それって・・・、その。」

「だから、特に夜にデートする時は、下手すりゃキズモノにされるくらいは覚悟しておきなさいってこと。」

「そんなあ、困ります。」

「でしょ。それに、そいつのこと好きでもないんでしょ。」

「どっちか言うと嫌いかな。」

「じゃ、やめときなよ。ところでさあ、あんたに手を出そうって男、どんなヤツ?やっぱり、どっかの会社の社長のボンボン?」

「いいえ、あの、アメリカでCGのアニメを作っている人です。」

「へえ〜、クリエイター系。そりゃ、たいした度胸だね。だって、まかり間違えば一生棒に振るよ。それか命かけても、東大寺一族に自分のDNAを残そうっていうのかな。」

佐山清美は手に持った小ぶりのポーチから口紅を取り出して、丹念に塗り直す作業を始めた。

「清美さん、ちょっと露骨すぎます。」

「あはは、ゴメン、ゴメン。ちょっとあんたには刺激が強すぎたかな。でも、例の三匹の強面連はなんて言ってんの?」

「それが・・・。」

あの時、泰造が「この俺と一晩デートに付き合ってください」と口走った瞬間に、前田町の拳が飛んだ。
後頭部から殴り倒された泰造を尻目に、

「さあ、嬢ちゃん、こんなくっだらねぇことはもう十分でえ。とっととけえるぞ。」

と捨てゼリフを吐いて、歌陽子の手を引いてマンションを後にしたのだった。
あと前田町は「やめとけ」の一点張りだった。

しかし、歌陽子はそれで済ませるわけにはいかなかった。
それでも、なんとか泰造に協力して貰って、ロボットコンテスト用の自立駆動型介護ロボットを完成させなくてはならない。
そこで、いろんなSNSに当たって泰造を探し出して、そこからメッセージを送った。

「歌陽子です。今日はゴメンなさい。よろしければ、もう一度会えませんか。」

対する泰造の答えは、

「メガネちゃんが一人でくるなら会ってもいい。だけど、前と同じじゃダメだよ。お嬢様らしく、バッチリ決めて来てよ。俺の東大寺歌陽子のイメージを送るから、その通りの君で、明日20時に待っている。」

そして、待ち合わせの住所と、一枚の画像が送信された。

画像のタイトルは、「Queen's Night」。

(#18に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#16

(写真:雲と風と鉄塔と その1)

いやな奴

「おめえよお、もういい加減、日登美のこと許してやったらどうなんでえ。」

事情に詳しい前田町が泰造を諭そうとした。

「せっかく前田のオジさんにそう言って貰っても、こればかりは無理だね。」

「だがよう、ものは考えようだぜ。今のお前がいるのも、オヤジさんのスパルタのおかげだろう。」

「それはそれ、これはこれさ。だいたいまだ18の息子を着の身着のまま、国外に追い出すってどうなのよ。」

さっきから不思議そうな顔をしている歌陽子(かよこ)であった。

「どうした嬢ちゃん?」

「だってですよ。隣のうちに追い出すわけじゃないでしょ。パスポートだっているし、入国審査だっているし、例え旅行先に置き去りにしたって、お金も持たずに未成年者がウロウロしていたらアッと言う間に保護されて強制送還とかされませんか?」

「あ、それ?そこはオヤジは抜かりなかったのさ。」

思い出すと腹がたつのか、泰造は口を尖らして吐き出すように言った。

「いつものように悪さして、警察に世話になって帰ってきたら・・・。」

「悪さって?」

「君ねえ、そこ突っ込むとこ違うよ。」

「まあ、こいつは基本小物だからよ、悪さって言ってもたかが知れてるのさ。街で悪仲間のグループを作って、幅を利かしていた暴走族に出入りをかけるとか、ドラッグの売人を偽って金持ちのボンボンから金巻き上げるとか、その程度よ。」

「えっ・・・と、それが小物の悪さですか?じゃ、前田町さんの言う本物の犯罪って。」

「お、ガハハハハハハ、まあ、いいってことよ。」

この人たちホントはとんでもない人じゃないかしら。

「えへん。」

話を取られて少しご機嫌斜めの泰造。

「あ、ごめんなさい。それで、どうなったんですか?」

「それでね。家に帰ったら山のような体つきの男が数人いてね。そのまま無理やり車に押し込まれて空港に直行。あとで聞いたら、オヤジの友達のプロレス団体のヤツらで、アメリカに巡業するついでに俺のことを拉致して連れ去ったってわけ。」

「そ、そんな無茶な。私なら『助けてえ!』って叫びます。」

「だろ?だけど、相手は本物のレスラーだし、『オヤジも全て承知しているからジタバタするな』とか脅されて、もうショックで抵抗する気とか失せちゃってさ。俺、喧嘩とか結構してたから、逆らっちゃいけない時って敏感に分かるんだよね。
でも、別にオヤジも承知ならヤバイとこへ連れて行かれる訳じゃないし、こいつらと離れたらサッサとずらかろうと思ってた。」

まあ、なんて修羅場な人生・・・。

「だけど、連れて行かれたのは本物のヤバイところだったんだ。」

「そ、それって・・・。」

「俺がアメリカで引き渡されたのは、すっごい変人ばかりのラボでさあ。そこでは、物凄い機密を扱っているから、一度放り込まれたら半年は日の目を見られないような場所だったんだ。」

「こいつのオヤジがそこの所長と旧知の仲で、とにかくヤバくて手が足りないラボだったから、こんな奴でも何にも言わずに受け入れたって訳さ。」

「何しろ、半年は幽閉され、娑婆に舞い戻っても3年間は監視がつくって場所だろ。
それでも、半年さえ過ごせば帰国も条件付きで認められたから、オヤジにしてみりゃ、手っ取り早い短期間の矯正施設のつもりだったんだろうけどさ。
だけど、俺はつくづくオヤジのやり方に腹が立っていたんだ。自分の都合の良い時はいい子で、手に負えなくなったらさっさと施設で矯正して、真っさらにしてうちに戻そうなんて、子供を何だと思ってるんだ。」

「泰造。それは違うぜ。矯正だけが目的なら日本にもそれが目的の場所はいくらでもあるだろ。そうじゃなくて、オヤジさんはおめえにもホンモノの技術ってもんを身につけて欲しかったんじゃねえのか?」

「確かにね、プログミング技術だけは徹底的に仕込まれたよ。あの最低の場所で唯一感謝しているのはそこさ。
だから、せっかく身につけたプログミングの技術を生かしてアメリカで何かしようと考えたんだ。
幸い半年間務めたから、それなりの手当てはついていたし、その間オヤジが仕送りしてくれた金を合わせればそれなりの金額になっていた。それを元手に本場でCGを学びながら、有名スタジオの面接を受けたんだよ。
そして、アメリカに来て3年後、やっと念願叶って今のスタジオに拾って貰えたってわけ。」

そこで前田町がしみじみと言った。

「日登美のヤツ水臭えよな。俺に頼みさえすりゃあ、立派に技術のイロハも叩き込んで、性根も叩き直してやったのに。
それが、変に気を使いやがって、こんなシンドイことするこたあなかったのによお。」

それを聞いて泰造の顔が引きつっている。
そうならなくて心底良かったと思っているに違いない。

「ま、そういう訳で、オヤジとは断絶。お袋とはこっそり連絡してるけど、もうオヤジと一生口を利くつもりはないよ。だから、今回のことも、悪いけどあきらめて。」

口を開きかかった歌陽子より先に、前田町が泰造に話しかけた。

「なあ、てえ造、おめえの気持ちも分からんでもねえが、ここはひとつ嬢ちゃんと俺の顔を立てて、ウンとは言ってくれねえか?」

「だあめ。」

「なあ、大の男に何度も頭を下げさせるもんじゃねえよ。」

「前田のオジさんには随分悪いことを教えて貰ったから、そこは感謝してるよ。」

「こ、こら、いらねえこと言うんじゃねえ。」

「だけど、これは俺たち親子の問題だよ。他人が割り込むのはやめて欲しいんだよね。」

「た、他人だとお。てめえ、俺に向かって他人たあなんだ。」

「怒った?」

「タリメーだ!なあ、嬢ちゃん、こんな根性の曲がった奴をこれ以上相手していてもラチがあかねえ。サッサと帰ろうぜ。」

「ま、待って!前田町さん。」

青筋を立てている前田町をなだめながら、歌陽子はさらに言葉を継いだ。

「この人は私たちにどうしても必要なんです。それに、私、泰造さんの気持ちが少し分かります。」

「また、またあ。」

お嬢様が何を分かったふうなことを言うのさ、とばかりに泰造は手をヒラヒラさせた。

「本当です。だって・・・私もお父様の意に反して自分の道を進んでいるんですから。親の決めたレールに窒息して、それより傷だらけになって自分で歩くことを選んだんですから。」

「嬢ちゃんの言うことに嘘はねえ。俺たちが毎日見て言うんだからまちげえねえよ。」

前田町の援護に、さすがの泰造も腕組みをして揺らぎ始めた気持ちを整理しようとした。
そして、沈黙の1分の後、腕組みを解いた泰造が言った。

「分かった。そんなに言うなら考えてもいい。」

「本当ですか!」

「ただし、条件を出させて貰う。」

「何でしょう?」

「じゃあ、言うよ。
メガネちゃん、
この俺のデートに一晩付き合ってください。」

え、なんて・・・?

さんざん人を馬鹿にするかと思えば、威張りちらすし、挙句にデートしろなんて。
ホントに嫌なヤツ。

(#17に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#15

(写真:風の休日 その3)

親子断絶

「またあ。やだなぁ、メガネちゃん。」

少し怖気付いたのか泰造は弱気な声を出した。
そう、歌陽子(かよこ)はその気になれば東大寺の顔にでもなれるのだ。

「冗談ですよ。日本人が国籍を剥奪されたなんて、今まで聞いたことがありません。」

「だ、だろ?」

外務省なんて言うもんだからビビったじゃないか。

「でも、渡航を禁止ならできるかも。」

これならありえそう。

口では寛大なところを見せても、自分のことを貧乏たらしいと言われて、歌陽子は腹ぞこで相当腹が立ったらしい。
ここぞとばかりに反撃を始めた。

「ち、ちょっと、待って。
東大寺のお嬢様、そんなことを言うために俺のところへ来たのですか?」

わざと慇懃な言い方をしてくるところが憎らしい。しかし、こんな嫌味の応酬をしていても仕方ないし、早く軌道修正しなければ本来の目的が果たせないと歌陽子は思い直した。

「失礼しました。」

歌陽子はフローリングにきちんと正座をして、姿勢と言葉を改めた。

「今日は三葉ロボテク開発部課長として伺いました。」

「三葉ロボテク?ああ、オジさんたちの作った会社ね。」

泰造も起き上がると歌陽子に向かい合って座った。

「昔のこった。それも今や東大寺の傘下だ。」

前田町がボソッと言えば、また要らぬこと言いの虫が騒ぎだし、

「で、今は東大寺の小娘のカバン持ちってわけ・・・。
イ、イテテテテ!」

全部言い終わらないうちに、あまりの痛さに飛び上がる泰造。軽口が止まらない彼の太ももを、歌陽子が思い切りつねりあげたのだ。
しかし、当の歌陽子は表情一つ変えずに、話を続けた。

「東大寺グループは、自立駆動型介護ロボットの開発を計画しています。
ただ今のところ、グループ内で進んで開発の頭を取ろうと言う会社は出ていません。」

そりゃ、雲をつかむような話だもんな。

「東大寺の代表、つまり私の父ですが、私のいる三葉ロボテクにその旗振り役を務めて貰いたいと考えました。そして、私が交渉役に任命されたんです。。」

むちゃぶり。

「ただ、会社で1課長に過ぎない私が、東大寺の名前を使ってゴリ押しするわけにもいかず困っていました。
しかし、前田町さんの発案で社内のロボットコンテストに出場して、そこで直接社長にプレゼンをすることにしたんです。」

そこで、あくびを噛み殺しながら泰造が一言。

「はあ、君、たいしたもんだね。企業のオジさんたちと話しているような気分になるよ。」

そこ、感心するとこ違うでしょ。

しかし、歌陽子は無視をして続けた。

「ロボットコンテストには実際に動くロボットが必要なので、前田町さんたちが頑張って作ってくれています。しかし、あくまで自立駆動型介護ロボットを社長に見て貰わなくてはならないんです。」

「そりゃ、ハリボテってわけにはいかないだろうね。で、それと俺となんの関係があるの?」

「自立駆動型とは、自分で考えて高齢者をアシストするロボットです。それは、今世界中で研究されている人工知能の分野ですが、ご存知の通り私たちが必要とするレベルの人工知能はまだ開発途上です。それに、もし開発されたとしても、それを搭載して動かすために何年もかかるでしょう。」

「つまり、今存在しない未来のロボットのプレゼンをしなきゃならないわけだ。むしろ、ロボットを使用して劇をするわけだよな。
でも、そんなの簡単だろ?」

「そうなんですか?」

「君がロボットの外装を被ってシナリオ通りに演技すりゃいいだけじゃん。」

「ま、まさか。そんなわけには。」

さすが、アニメーター、発想が飛んでる。

「じゃあ、前田のオジさんが被る?」

ゴスッ!

前田町のゲンコが落ちた。

「確かに演技するんです。でも、そこはロボットメーカーらしく、プログラムで動かしたいんです。しかも、あくまでもスムーズに、あくまでも人間らしくが大事なんです。」

「で、そのプログラミングを俺に頼みたいんだ。」

「はい!」

歌陽子は期待を込めて大きな返事を返した。

「できるか、できないかって言われればできるよ。それに、年内は日本でゆっくりするつもりだったから、時間も問題ない。気晴らしにもなるしね。
でも、するかしないかって言われれば、しないかな。」

手の内に掴みかけた小魚がスルリと逃げるような感覚。そして、なんとしても逃したくない歌陽子。

「ど、どうしてですか?」

「確かに、プログラムは書けるよ。でも、ロボットのプログラムだろ?インターフェースの知識がいるじゃん。そうすると、電子制御の担当は当然うちのオヤジだろ?」

「まあ、そうだな。」

前田町は同意した。

「オヤジとの共同作業は願い下げだよ。なにしろ、俺ら断絶してるんでね。」

(#16に続く)