成長とは、考え方×情熱×能力#99
歌陽子とルビー
「歌陽子、お前にはもう一つ渡したいものがあるんじゃよ。」
そう言って、東大寺家先代老人は小箱を取り出して、歌陽子に手渡した。
「おじいさま、これは?」
「わしも老い先短い身じゃ。何か形に残るもんが良いと思ってのお。しかも、一生使って貰えるもんがの。そうでないと、わしが死んだ後、すぐに忘れられたら寂しいわい。」
「まあ、そんなことを言わないでよ。」
「こればかりはなんともならんからのお。それより、まずは開けてみてくれんか。」
「はい、おじいさま。」
表面にビロードが張ってある小箱はとても手触りが良かった。そして、歌陽子は留め金を外して、小箱を開けてみた。
その中には、一対の真紅の石が納められていた。ただ、それは自ら輝いて自分の存在をアピールしなかったが、見るものを吸い込んでしまうような深い赤をしていた。
「まあ、おじいさま。ピアスですわね。」
「エクセレント!なんてレアなルビーなんだ。」
「オリヴァー、おぬし分かるのか?」
「私はジュエルのプロではありませんが、いままでお付き合いしてきたマダムにも、このようなジュエルを持っている人はありませんでした。」
「わしにとって、個人の買い物としては5本の指に入るからのお。まあ、わしの形見と思ってくれんか。」
「そ、そんな、私にはもったいな過ぎます。」
困惑する歌陽子に先代が言った。
「わしはの、この宝石が歌陽子によく似とると思ったから選んだんじゃよ。お前は、普段はあまり自分を主張しようとせんじゃろ。だから、人前で目立つこともなければ、東大寺の名前がなければ軽く扱われとるかも知れん。少し地味で、印象が薄いところもあるしの。
じゃが、近くで付き合ってみると、なかなかに味がある。そして、人間としての面白味や深みのようなものもある。」
「い、いえ、私不器用だし、頑張るしか能がないから。」
「うむ、確かにそうじゃの。本来ならせんでええ苦労を背負い込むしの。じゃが、それゆえに、心の足腰のようなもんがかなり強くなっとる。さっきオリヴァーも言っとったが、まっすぐで一生懸命なのがお前の武器じゃ。」
「ですわ、歌陽子さま、こんなお屋敷のお嬢様が、会社の窓際の、あ、ごめんなさい、その技術者のために一肌脱ごうなんて普通考えませんもの。」
「歌陽子さまは、ご自身で気がついていないかも知れませんけど、私たちが本当に困った時は、必ずなんとかしようとして下さいました。ひょっとして自分が助けられるかも、と思ったら放っておけませんもの。」
そのやりとりを聞いていたオリヴァーも話に加わった。
「出会ったばかりの僕にも分かるのは、歌陽子はかなりアンエクスペクテッドだね。」
「アンエクスペクテッドってどう言う意味ですか?」
「それは、いきなりアイキで人を投げ飛ばすとかさ。」
すこしからかい半分なのは否めない。
「じゃから、この歳まで悪い虫がついとらんのじゃ、のう歌陽子。」
褒めたつもりの先代、しかし、
「もう、おじいさままで、知りません!」と、少々歌陽子の機嫌を損ねたようだ。
「ああ、歌陽子、すまん、機嫌を直してくれんか?そして、ピアスを付けてくれ。」
「あ、はい。」
歌陽子は耳たぶに穴をうがっていない。
しかし、そのピアスは形状記憶合金でできていた。そして、歌陽子の耳の形を覚えていて、彼女の耳にピッタリフィットした。それは長時間装着していてもずれることのないノンホール型だった。
その真紅のルビーをあしらったピアスは、歌陽子の赤いドレスにとてもよく映えた。
「こりゃ、何を見惚れる。」
しばし、歌陽子を注視していたオリヴァーに、先代が言った。
「い、いや、素晴らしいルビーだなと。」
「誤魔化すでない。良いか、約束じゃぞ。歌陽子に手を出すでないぞ。」
「アイ・シー、分かってますよ。」
(どうせ、そっちも約束を守る気などなかったくせに。)
そうオリヴァーは英語で思考した。しかし、ほとぼりが冷めるまでは待つつもりだった。
「さて、歌陽子、いよいよグラントフィナーレじゃ。手伝ってくれるかの?」
「はい、おじいさま、でも、何をどうすれば良いですか?」
(#100に続く)