成長とは、考え方×情熱×能力#82
男たちの事情
「森一郎。」
「は、はい。」
「おそらく、お前さんの気持ちが三人のうちで一番純粋じゃろな。それは、歌陽子が何者か知らん頃から、ずっと惚れておったわけじゃからの。」
「師匠・・・。」
歌陽子にとって、森一郎は初対面である。だから、いきなり、「ずっと好きでした」と言われても、彼の気持ちを受け止めることはとてもできない。
「じゃが、相手が悪い。とても、お前さんの手の届く相手ではない。
そんなところじゃろうて。」
森一郎は、少し不満げに返した。
「師匠、それはさっきもお伝えしました。所詮僕とは住んでいる世界が違い過ぎますし、経済的に満足させる自信もありません。
だから、これからは自重します。」
「まあ、焦らんで良い。お前さん方は、農業塾の塾生で、いわばこのわしの後継者じゃ。その意味では、東大寺一族と深い縁を結んどる。じゃから、双方に異存さえなければ、歌陽子を嫁に欲しいと言っても、わしは構わんと思っとる。」
「え・・・。」
森一郎は思わず息を飲んだ。
「じゃがの、森一郎。お前さん、歌陽子のどこに惚れた?」
「そ、それは・・・。」
「じゃろうな。写真に写っている歌陽子が可愛かったから、とか、せいぜいそんなとこじゃろ。」
「・・・。」
「結局、お前さんはよくも知りもせんで、見た目だけで好いたはれた、と言っておるに過ぎないんじゃよ。」
「いや・・・、その、とても気持ちが優しそうな人だから。」
「それは勘違いじゃ。お前さんも歌陽子のメガネに騙されておるんじゃ。男は何かと言うと、メガネの女性に真面目とか、おとなしいと言うイメージを重ねよる。
じゃが、お主、歌陽子のことを深窓の令嬢とか言っておったらしいが、実際は就職先の会社の社長と一悶着起こしている豪傑じゃぞ。」
森一郎は俄かに信じがたい表情をしながらも、
「え・・・、まさか。」
「ちょっと、おじい様、人聞きの悪いこと言わないで下さい!」
(うわあ、お弟子さん、引いてる。)
「か、カヨちゃん、ホント?」
(ああ、祐一さんまで引いてる。)
少し引きつった笑顔を浮かべた祐一。
「本当じゃとも。みんな歌陽子の親父が話しておったわ。」
「そ、それは、ただ社長にプレゼンしたかっただけなんです。ホントです。
そしたら、お父様が絡んで来て、あっと言う間に大ごとになって。」
「克徳が言うには、やつも歌陽子に乗せられた、と言うておったぞ。」
「叔父様を手玉に・・・、す、凄い。」
「もう、祐一さん、やめて!本気にしないで!」
「ほっほっほ、どうじゃ、お主ら分かったか。歌陽子の彼氏は、うぬらではとうてい器量不足じゃよ。」
「おじい様!」
「各々、器量を磨いて出直して来なされ。」
(もう、さっきまで、か弱いおなごとか、言ってたくせに。)
少しうなだれ気味の森一郎と祐一。
そこへ、
「ですが・・・、僕ならカヨコに相応しい。」
また、オリヴァーが急に話に割って入った。
「お主じゃな、オリヴァーとやらは。」
「はい、トウダイジマサノリに名前を覚えて貰えました。光栄です。」
「さっきから、さんざん歌陽子に手を出しておるようじゃが、わしが見過ごしにすると思うてか。その気になれば、うぬの会社なぞ、きれいさっぱり消し去るのは容易いのじゃぞ。」
ゴクリとオリヴァーの喉が鳴った気がした。
しかし、彼は笑顔を崩さなかった。
「マサノリ、それはジュウジュウ承知です。でも、コケツニイラズンバ、コジヲエズです。
遊びもデンジャラスなほど楽しい。」
「遊び・・・、遊びなんですか?」
歌陽子はキッとオリヴァーを睨んだ。
「それは言葉のアヤです。悪くとらないでください。僕は純粋にカヨコを愛しています。」
「わ、私、あなたみたいな不真面目な人は嫌いです。」
「でも、君は僕のキスで身も心もとろけて、失神したじゃないか。」
その一言に頭に血が上った歌陽子は、反射的に椅子から立ち上がるとグーを固めてオリヴァーに殴りかかろうとした。
瞬間的に、祐一が歌陽子の肩を掴んで押しとどめた。
「暴力はいけないよ、カヨちゃん。」
「だって!だって!」
祐一に押しとどめられながら、なおも収まらない歌陽子。
「おおこわい!虫も殺さない顔をして、カヨコはケッコウ気が強い。」
「ふざけるなあ!」
歌陽子はすっかり涙目である。しかし、なおも必死で祐一手をを振り切ろうと必死で身体を揺すった。
一方、森一郎は、この歌陽子にこんな激しい一面があるのか、とスッカリ気を飲まれていた。
そこへ、今まで黙って聞いていた東大寺老人が静かに言った。
「のお、高松の、歌陽子の好きにさせてやってくれんか。」
(#83に続く)