今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#62

(写真:東尋坊 その4)

特別なおもてなし

「た、たいへんよ!歌陽子、たいへんなのよ!」

歌陽子の部屋に息を切らして飛び込んできたのは、母親の志鶴であった。

しかし、当の歌陽子の姿が見えない。

「あら?安希子さん、歌陽子は?こちらで休んでいると聞いてきたんだけど。」

安希子が、無言でベッドの上の枕を指差すと、志鶴は心得たように枕を掴んで力任せに引き剥がした。

そして、枕の下から鼻の頭を赤くした歌陽子の顔が現れた。

「歌陽子!あなた、なにしてるの!?まあ、泣いてたの?」

「・・・。」

気まずくて黙るしかない歌陽子に代わり、安希子が答えた。

「歌陽子お嬢様は、少々幼児帰りをされて、さっきからずっと拗ねておいでです。」

だが、そこは桜井希美がフォローに入った。

「おばさま、申し訳ありません。実は、私たちがひどいことを言ってしまったみたいで。・・・いいえ、決してワザとじゃないんです。」

「まあ!」

さらに、そこを安希子が言い足す。

「いえ、大したこたとではありません。話題が、お嬢様5歳の時のピアノリサイタルの話になったら、急に泣き出されたんです。」

それで、(ああ、なるほど)と合点の言った志鶴。

「もう、ホント、トラウマになってるわね。いつまで引きずってるんだか。」

いつの間にか、また涙目になっている歌陽子。

「いいえ、おばさま、歌陽子さま、すっかりナーバスになられて。」

由香里もフォローをするが、志鶴は声を固くして、

「歌陽子!そんなの、後になさい!今はそれどころじゃないんだから!」

と娘を叱りつけた。

それで、由香里がおずおずと聞いた。

「あ、あの、おばさま、どうされたんですの?」

「それがねえ、今お客様に飲み物と軽くつまめるものをお出ししてあるんだけど、この後のお料理のことが気になって厨房を覗いたのよ。そしたら、コックが全員もぬけの殻なのよ。」

「お料理は?」

「それも、跡かたもないの。途中まで、準備していたのは間違いないんだけど、材料らしきものも何もないのよ。」

その会話に安希子が加わった。

「でも、軽食を並べている時は、厨房から出してましたけど。奥様はいつ頃確認されたのですか?」

「え?私は、今日のお昼前よ。」

「じゃあ、仕込みの最中ですね。実際に、材料とか、作りかけの料理とか確認されたのですか?」

「い、いえ、その。なんか今日はみんな妙に話しかけ辛かったし、すぐに奥に引っ込んでしまって、だから厨房の奥で作業をしていると思ったのよ。でも、きちんと三日前にはメニューも確認しているわ。」

「どう言うことでしょうね?」

「だから、歌陽子が何か聞いてないかと思って。」

「内向きは全て奥様が取り仕切られているのに、なぜ歌陽子お嬢様なんですか?」

「その、私でも手に余るものがあるわ。」

「と言うことは。」

「そう、先代のおじい様。ずっと姿が見えないからおかしいと思っていたのよ。」

「確かに、お嬢様なら、大旦那様から何か聞かされている可能性がありますね。で、どうなんですか?お嬢様。」

「歌陽子?」

志鶴と安希子に詰め寄られて、歌陽子はベッドから身を起こしながら後じさった。

「わ、私は何も・・・。」

安希子と志鶴はアイコンタクトした。

「奥様、どうやら、何かご存知の様子ですよ。」

「か、よ、こお、正直おっしゃい!」

「で、ですから、サプライズだとだけ・・・。」

そこで志鶴の厳しい声が飛んだ。

「ハッキリおっしゃい!」

「ですから、おじい様が特別なおもてなしをするとおっしゃって。お母様にも、黙っているようにと。」

「奥様、やっぱり。」

「歌陽子、あなたまでおじい様の片棒担いでどうするの。いままで、さんざん痛い目見たでしょ。」

しっかり志鶴に決め付けられながらも、歌陽子はおずおずと答えた。

「でも、みんな私のために良かれとして下さっているんだし。」

その歌陽子に志鶴が何か言い返そうとしたその時、急に安希子が叫んだ。

「あ、大旦那様!」

そこにふらりと姿を現したのは、先代東大寺家当主、東大寺正憲であった。

(#63に続く)