今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

遠いテーマを目指す時代(前編)

(写真:終末のそら)

技術革新、デジタルシフト、インダストリー4.0・・・目新しい言葉がどんどん飛び込んでくる昨今。今は産業革命以来とも、インターネット普及期以上とも言われる技術大革新の時代です。
確かに、インターネット通信が世界中をお隣さんに変え、デジタルでプロの仕事が機械化、自動化されて、私たちの生活は激変しました。しかし、かつての大航海時代や、月面着陸を目指したアポロ計画のような壮大なテーマはなりをひそめた感があります。
それでも、ひょっとしたら日常の変化の裏側では、遠い未来に向けたとてつもなく大きなテーマが動いているかも知れません。

満たされた人々

今、地球の人口は30億。
ピークの約3分の1以下である。
これまで人類は、人口爆発と資源の枯渇に怯え続けてきた。
このまま地球上の人間が100億を超え、全員が等しく経済繁栄の権利を主張し始めたら、もはや地球の抱える資源で全てを賄うことはできなくなる。
必然的に資源の争奪が始まり、各国が力にものを言わせて独り占めをしようと争いを始める。そして最後は生き残るために強力な武器の引き金に手をかけ、互いに向けて発射し合って、全ての国が地上から跡形もなく消え去る。
そんなきな臭いシナリオを誰もが想像をし、暗澹たる空気か世界を覆っていた。
しかし、その世界を技術革新が救った。
各国は自国のあらゆる回線を開き、巨大な人工知能に接続をした。そして、一部の国が資源を独占することを止め、必要なところに必要な資源を行き渡るように仕組みを改めた。
やがて軍隊は解体され、全ての人間が安全にそして快適に生きることにのみエネルギーも資源も食料も振り分けられた。
世の中から極端な富裕層は消え、その代わりに貧困層もいなくなった
そして、計画的な出産により四世代を経て人口が適正な数に抑制された結果、全ての人が潤沢な物資を手に入れられるようになった。
生産の主体は機械となり、もはや労働は生活の手段ではなく、自己実現の機会であり、地球と言う大きなコミュニティーへの貢献の場であった。
そして、人間はだんだん一つの地域に集約し始め、人類以外の動植物にも自由に生息できる場所が与えられた。
この時代、地球の人類は全てに満たされた。
だが、一方では新たな技術の進歩はその方向を見失いつつあった。

テーマは遠い未来にある

今、世界の中心は、かつて中国と言われた地域にあった。
肥沃で広大な大地は、巨大な食料生産地となり、世界各国が資本を投入した。
また、世界をネットワークする巨大な人工知能の主要部もこの食料生産の集積地にあった。そして、ここは同時に人類の生存を支える科学技術の砦でもある。
そこには、世界の情報工学、機械工学、バイオ、医療など、あらゆる分野の技術者たちが活躍の場を求めて集まっていた。それは、全長500キロに及ぶ巨大な学園都市を形成し、最先端の技術開発や、次世代のための基礎研究、そしてその意思を継ぐものたちの活気が溢れている場所でもあった。
そこで、今二人の科学者が互いの研究テーマについて情報交換を行っていた。

「つまり、君は細胞の無限活性化理論の封印を解くべきだと言うんだね。」

「生存の確保、物質の充足、そして社会への貢献と自己実現。これらが、全ての高いレベルで満たされてきた現在、あとは人類永遠のテーマである不老不死に人々の願いが向かうのは当然の流れじゃないか。」

一人は生化学の専門家らしい。50前後の長身の男性である。濃いヒゲの剃り跡が会う人に印象を残す。もっともこの時代、見た目からの年齢測定は意味をなさない。肌や全身の活性化技術の進歩により、ある程度若さを保ったままで年を重ねることができるからだ。
もう一人は、北欧系の端正な顔をした黒髪の男性。見た目はまだ20前後の青年と言って差し支えない。しかし、生化学者と対等に喋っている点から、人工的に若さを維持している同年代と察せられる。
生化学者は続けた。

「細胞の無限活性化理論の技術が確立されたのは今から100年も前だ。細胞の活性化を促進すれば、常に新しく新鮮な肉体が生み出される。そして、これを無限に実行しようと言うのが、細胞無限活性化理論だ。
これが意味するのは、人間の病と老いと死からの解放だ。そのインパクトは非常に大きかった。」

「だが、当時の科学者は、死なない技術を世の中に公開しなかった。」

「そうだ。誰も死にたいとは考えない。みんな必死でこの技術を求めるだろう。
当時はまだ人口調整の途中段階だった。そんな時に、死なない技術を公表し、本当に誰も死ななくなったら、人間がさらに溢れかえり収拾がつかない。地球は、地に満ちた人間で肉の塊のような姿になって、あとは破滅するしかなかったろう。
だから、せっかく不老不死の実現を成し遂げながら、当時の科学者たちは、死なない技術を封印した。まさに、命をかけた英断だったんだ。」

「だが、君は、今こそ細胞無限活性化理論を世に公表すべきと言う。なぜ、あの時ダメだったことが今は良いのだ?」

「それは、出生率の調整が上手く行って、地球人類の数が適正な数に抑えられたからさ。
もちろん、誰も死ななくなったら、またたちまち人口は膨れあがる。
だが、あまりに我々人類の生存環境は完璧になり過ぎた。子供が一人も死なずに大人になる種族がいれば、今度は自然界の調整弁が出生率をコントロールし始める。つまり、精子レベルから子作りを抑制し、一種族だけの繁栄を阻止しようとするんだ。結果、いまや夫婦の出生率は1をはるかに割り込んでいる。だから僕は、条件付きで死なない技術を解放して、個体数の維持を図るべきだと思う。
それに、今我々は人工知能と脳を直接接続して、知識の共有と継承を効率よく行っているが、それでも死によって個体が変わることが非効率なのは間違いない。
ずっと個体が継続すれば、人間はデジタルによって計算された真理以外に、もっとスピリチュアルで崇高な知見を得られるんじゃないかってね。
ただ・・・。」

そこで、生化学者は饒舌にまくし立ていた言葉を切った。

「ただ、なんだい?」

「いや、君自身、死なない身になるのはどう思うのかって考えてさ。」

「いや、正直ぞっとしないな。何十億後、地球が滅びるまで生きていくなんてさ。二、三千年も生きたら気が変になる。おそらく、積極的な死を望むかも知れない。」

「そうなんだ。死なない身になることは、好きな時に死を選べる自由ともセットでなければならない。」

「なんか、あまり生きている気がしなくなってきた。全てが完璧すぎて、挙句が死なない技術なんて、生きる為の闘争こそが僕らが生きている証じゃないのかい。」

「君らしい表現だね。」

「そう、今はあまりに完璧すぎて、もう誰ももっと上なんか望まなくなっているんだ。
でも、今は望まれなくても、僕ら星間エンジニアは遠い未来を見て研究を続けているのさ。」

(中編に続く)