今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

すぐ承認される企画はロクなものでない(其の漆)

(写真:山頂の風ぐるま)

開城

まず、口を開いたのは一衛門であった。
「されば、そう硬くならずとも。旧知の間柄ではござらぬか。」
「どの口がそれを言うのじゃ。先だってもわしの身を狙うたでないか。」
「あれは、まことに申し訳ないことにござった。あくまでも領内の血気にはやる者共のした事。わしは談合で事を決するよう進言したのじゃが、逆に殿の勘気を被ってしもうた。」
「当たり前じゃ。我が策にうかうかと乗じたは、うぬらの思慮が足らなかったのじゃ。
それをこの上談合などと、恥の上塗りでしかないわ。」
「いやいや、この地に出城を築くと言う見識、さすが結城殿と言わざるを得ぬ。
なればこそ、この出城を我が方に取り戻したいは我らが悲願。さらに言えば、この城を傷つけずに取り戻したいのじゃ。故に、ここはひとつそのまま我が方にお返し頂くわけには参らぬか。」
顔をしかめて聞いていた団右衛門、さすがにこれには虚をつかれて一瞬呆けた顔をした。
「ハ?気は確かか?うぬはまともな知恵を持たぬのか。かような戦の要を返せと言われて素直に返すものがおろうか。しかも、この出城を稲場方に渡さば、秋津が不利になるは必定ぞ。
そのような世迷言を吐く以上は、よもや生きては帰れぬは覚悟の上じゃろうのう。」
「まあ、落ち着かれよ。そう情に任せてものを言われては、見えるものも見えなくなろう。
よく、考えてみられるが良い。まず、我が方を油断させ、信用させた上での出城築城、さらに秋津方と謀って城を奪うまではまことにお見事でござった。なれど、出城は稲場領内にあり申す。お味方からの援護を受けることは容易ではござらぬ。
この出城は秋津方が攻め寄せた時に、力を合わせて我が方を討ってこそ初めて力を発揮するもの。それまでは、稲場方の寄せ手に対してはひたすら守りを固めるしかござらぬ。しかし、それにはまず兵糧が必要じゃ。
もちろん、それを見越して我らが気づかぬうちに水路から兵糧を運び込む算段にござったのじゃろう。しかし、我が方が古き水路図を蔵しておったは目論見違いと言うもの。
されば、我らとてそなたたちの兵糧が尽きて日干しになるを待てば良いだけのこと。」
「なんの、兵糧は多分に蓄えておるわ。一冬でも二冬でも十分持ちこたえてみせる。
そのうちには、秋津方が大挙攻め寄せて、このあたり一帯は我が方の領土となっておるわ。」
「ならば良いがの。」
「な、なんと申した。」
一衛門の落ち着いた物言いに団右衛門が逆に景色ばんだ。
「早々に兵糧が尽きたその方らがやけを起こして無理に攻め寄せたり、城を枕に討ち死にでもされたら我が領内の被害は甚大じゃ。
それでは困るのじゃよ。
なれば、計破れた以上は早々に幕引きを計るが賢明と思われるが。」
「何を!」
「斬り捨ててくれる!」
団右衛門以下、その配下が激昂しかかった時である。
「結城様、一大事にござる!稲場の兵が攻め寄せて参りました。」
伝令が城内に駆け込んできた。
「して、敵はいかほどじゃ。正面からか?」
「いえ、側面に集結しておりまする。」
「何?」
「沢からよじ登って参った様子にて。」
「何も物見から知らせは受けなんだぞ。」
そこに、のんびりとした声で一衛門が口を挟んだ。
「それも道理でござろう。」
「何を申す!」
「我が方が沢に至る水路を抑えておるは、そなたらにも周知のことなれば、沢からの登り口の守りを固めるは必定。しかし、水路の支流を通って出城に近づかば、ちょうど物見台からは死角になるのじゃよ。」
「何い?」
「申したであろう。我が方には古き水路図があるのじゃ。そなたらが気づかぬ川筋もよく存じておる。」
「黙りおれ!そなたの児戯がごとき謀りごとに破れるわしではないわ。自ら蹴散らされに参ったとはもっけの幸い。いまより目にもの見せてくれる。
誰ぞ、この痴れ者を斬りすてよ。
そして、城門を開いて兵を出すのじゃ。」
それに伝令が答える。
「すでに、秋津方の兵はほとんど場外に出ておりまする。」
「よし!」
しかし、そこで一衛門は薄く笑った。
「なぜ、わしが単騎で参ったか、考えはせぬのか?わざわざ斬られに参ったとでもお思いか?」
間髪を入れず、別の伝令が転がり出でた。
「城門が、城門が内から閉まっておりまする。」
「何い!すぐに開けよ!さもないと、秋津方から、稲場に寝返ったと疑われるでないか。」
「それが、城門を開くための輪ぐるまが壊されておりまする。輪ぐるまを壊されては、手勢を集めて撃ち壊すしかありませぬ。」
「くそお、謀りおったな!」
それに対して涼しい顔で一衛門。
「わしが引き立てられている隙に、秋津の兵に紛れて我が手のものが入り込んだだけのこと。そもそも、秋津方の顔までよく覚えておらなんだそなたらが悪いのじゃ。」
「急ぎ!急ぎ、城門を撃ち壊すのじゃ!」
「まあ、待たれよ。よく耳を澄ますがよい。」
一衛門の強い声の響きに一同の喧騒が一瞬止んだ。
城の外からは風に乗って、二衛門こと、二宮郷衛門の声が朗々と響いてきた。
「秋津の衆よ、よく聞かれよ。結城団右衛門は、我が方に寝返った。もはや、この出城は我らがものぞ。
現に城門が閉まっておるがその証拠。
もはや、手向かいは無駄と知られよ!」
見る見る間に、結城団右衛門、並びに配下の者どもの顔色が変わってきた。
「な、何を言うかあ!」
忿怒の形相で団右衛門は、刀の柄に手をかけた。
「おのれ、稲場の痴れ者め!この場で斬り捨ててくれる。」
「待たれよ!」
低い、しかし力強い一衛門の声がその場をうった。
「よく思案されよ。我が方の望みはこの出城ぞ。この城さえ明け渡さば、今までのこと不問に致す。如何!結城団右衛門!」
・・・
秋津方の兵はそのまま身を安堵され、秋津領への道を辿った。
やがて、結城団右衛門以下配下のものは稲葉方に降り、出城の城門は打ち壊されて稲場の兵が入城した。
その時、城門の内側には一衛門が立ち、入城する兵たちを出迎えていた。
兵たちの先頭に立った二衛門が、一衛門に歩み寄ると声をかけた。
「いやあ、一瀬殿、ご苦労でござった。しかし、一滴の地が血も流さず開城させるとは、さすが見事な策でござる。」
それに対して、一衛門は例によって薄く笑った。
「いやあ、今度ばかりは肝を冷やし申した。こんな薄氷を渡るようなことは金輪際御免じゃ。」

(おわり)

・・・

簡単に承認されることは、相手も簡単に思いつく。
「よもや」「まさか」と思うところに勝機がある。
しかし、「よもや」を聞かされても、なかなか「はい、そうですか」とは承認して貰えない。
しかし、簡単に承認されないことこそ、本当の可能性を秘めているのかも知れない。