今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#111

(写真:紅葉の吉崎 その1)

愚人の会話

「え?」と足を止め、振り返るオリヴァー。

「ワンモア、アゲイン。」

流れでつい口にしたことをもう一回繰り返せと言う。分かってやっているなら、オリヴァーはかなりの小悪党である。

「い、いえ、なんでもないです。」

歌陽子は無難にごまかすことにした。

だが、

「確か、『バカなの?』って聞こえた気がしたけど。」

(なあんだ、全部聞こえてるじゃん。)

だから、観念して素直に答えた。

「はい・・・、そう言いました。」

「カヨコ、君、前にも僕に『ヘンタイ』って言ったよね?」

(うわあ、覚えてる!)

あの時は、オリヴァーにしたたかにみぞおちをぶたれた。

「あのさ、僕に『ヘンタイ』とか『バカ』とか言う女の子はアジアじゃ君くらいだよ。」

「じゃあ、アジア以外ではあったんですか?」

機転を利かせて歌陽子が切り返す。

「え、まあ、シリコンバレーじゃいつもだったよ。東洋系はどうしても軽く見られるからね。だけど・・・、カヨコの『バカなの?』はそう言う意味じゃないだろ?」

「・・・。」

歌陽子は、しばらく返事を控えて沈黙をした。オリヴァーにどう答えようか、彼女なりに考えを整理をしたかったのだ。

「あの・・・、日本の女性が相手にバカと言うのは、その人の知能、そうインテリジェンスに対してよりも、その行動、アクションに対してです。
オリヴァー、私はあなたの事を愚かな人だとは少しも思っていません。むしろ、恐ろしいくらい頭のいい人をだと思っています。だけど、あなたのとっている行動は、そんな賢い人のすることにはとても思えないんです。」

「そうかな?僕がトウダイジとトレードすれば、ビジネスを何十倍にも大きくできる。それにトウダイジが手に入れるものも小さくはないだろ?」

「だけど、あなたほどの人、東大寺グループじゃなくても引く手あまたでしょ?それに宙みたいな子供と組まなくても、お父様に直接話をした方がずっと早くなくて?」

「確かにね、シリコンバレーのコネクションを使った方が、スタートアップと組んでよほど面白いことができるかもね。
だけどさ、人間は時々ドントアンダースタンドなことをするよね。現にカヨコだって、わざわざタイゾーみたいなノーコントロールなヤツをチームに入れてるだろ?カヨコなら、いくらでももっとエクセレントなプログラマーが雇えただろ?しかも、タイゾーは最初カヨコのチームを嫌がっていたそうじゃないか。それをチームに入って貰うために、タイゾーのフーリッシュパーティにまで付き合ったんだろ?
バカなので言えば、カヨコも負けていないよ。」

「それは・・・、これは会社の業務ですから、私個人のお金は使えませんし、泰造さんがうちのチームメンバーの息子さんだったからもあります。最初は、軽い気持ちで力を貸して貰おうってしたんですけど、お父さんと上手くいっていないって聞いて、これは何とかしなきゃって、だんだん意地になってきて。」

「ふうん、ギリとニンジョー、カヨコもジャスト、ジャパニーズだね。」

「でも、オリヴァーは違うでしょ?」

「いや、君と同じだよ。タイゾーから聞いたよ。君はタイゾーに向かって、『あなたがいいんです、あなたじゃなきゃダメなんです』っていったろ。だから、僕も同じ。
カヨコがいたから、ソラやトウダイジとコネクションを持とうと思った。
そして、オヨメサンニクダサイは、僕のトゥルーハート。」

「もう、冗談言わないでください!」

怒りながらも、照れて真っ赤になる歌陽子。

「私は、希美さんや由香里さんのように美人でもないし、チャーミングでもないし、優秀でもないし、メガネ女子だし・・・。
あ・・・、ひょっとして・・・。」

何か気がついてしまった歌陽子。

「何?」

「贅沢なスイーツを食べ飽きて、田舎の漬物が食べたくなったってこと?」

「ええ!は、そりゃいい!傑作だ!それはそうかも知れない!」

そして、空に向かって高笑いするオリヴァー。
自分でボケたくせに、自分自身を田舎の漬物とくさされて、やはり面白くない歌陽子。
またまた、口を尖らせている。

そこへ、ホールの方から怒声が飛んできた。

「こらあ、カヨお!てめえ、何油売ってやがる!さっさとしねえか!」

うわあ、野田平である。

(#112に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#110

(写真:北潟湖にかかる雲)

気の利くオリヴァー

「やあ、カヨコ、危ないところだったね。」

オリヴァーは手に、下に転がった大切な機材を持っている。

「ほら、カヨコ。」

オリヴァーは、歌陽子に機材を手渡した。

「あ、有難うございます。」

少し硬い表情で、オリヴァーに礼を言う歌陽子。
一ヶ月ぶりの再会である。
その間、オリヴァーが送ってきた自撮りメールは完全に無視をしてきた。
自分の気持ちは十分伝わっているだろうに、またニコニコして目の前に現れる。

「やあ、元気だった?」

メールのことはおくびにも出さない。すごく懐かしい友達と再会した、そんな体を見事に演じ切っていた。

「あ、あはは、まあなんとか。」

そんなオリヴァーにツンツンしたら良いか、親しげに接したら良いか、対応に迷った歌陽子はとりあえず、愚直な日本人に習って笑ってごまかそうとした。

そのうちに、オリヴァーがひらりと荷台に乗ってきた。
思わずビクッと身構える歌陽子。

「カヨコ、ダイジョウブ、何にもしないよ。」

身を硬くしている歌陽子に気づいてオリヴァーが声をかける。

「僕は、マサノリとの約束を守るよ。だから、心配いらないよ。」

「そ、そんなつもりは・・・。」

一応、言い訳はしておく歌陽子。

「そう?」

そう言って、オリヴァーがスッと腕を上げると、

「わっ!やめて!」と瞬間的に身を縮める歌陽子。

「ほら、やっぱり疑っている。」

「だ、だって・・・。」

歌陽子にとっては、決して気を許すべからざる相手なのだから。

「はっ、はっ、は。」

不意に屈託を吹き飛ばす笑い声をあげるオリヴァー。そして、

「バカだなあ、カヨコは。」と言う。

少し口を尖らせる歌陽子に重ねて、

「そんなことをしていてもいいの?カヨコには、ものすごく怖い三匹のゴブリンがいて、ワークハードしないとひどい目にあわされるんでしょ?」

(そうだった!)

それで歌陽子も少し態度を改め、

「あの、オリヴァーさん、では、手伝ってくださって?」と少し可愛らしいところを見せた。

「ああ、モチロン。」

本来、ライバル同士の二人、腹の中ではどんなことを考えているか分からない。

オリヴァーは、少しでもライバルチームの秘密を見たがっているかも知れない。歌陽子は、都合よく働かせて、さっさと追い払うつもりかも知れない。
しかし、今の二人にはそんな屈託は全く感じられなかった。

歌陽子には届かなかった奥の奥、電源タップと延長コードの包みにオリヴァーの長い腕は楽に届いた。

「はい、カヨコ、これだろ?」

電源タップの包みを渡すオリヴァーに、

「わあ、有難うございますう。」と、自分でもどうかと思うくらいのしなを作って答える歌陽子。

そしてそのまま、ぴょんと荷台から飛び降りると、台車に電源タップを乗せてホールに向かって押しかけた。
すると、横に並んでオリヴァーがついてくる。しかも、重そうな機材を2つも肩に担いで。

慌てて歌陽子は、

「あ、あの、オリヴァーさん、いいです。もういいですから。」と断る。
もし、このまま連れ帰りでもしたら、

「てめえ、何、敵とつるんでやがる!」と張り倒される。
しかし、オリヴァーはそんな歌陽子の心配など全く気にする様子もなく、

「カヨコ、君のような可愛い子に辛い仕事をさせたままじゃ、僕のオトコガスタル。」と、ニッコリ笑う。

「オリヴァー・・・。」

「なんだい?」

歌陽子はそのとき、かねてから感じていた疑問を投げかけることにした。

「オリヴァー、あなた、ホントは・・・。」

「ん?」

「バカなの?」

(#111に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#109

(写真:輝き)

電源タップ

「まあ、野田平くん、こんなか細い娘さんばかりに無理を言わないで、少しは手伝ったらどうですか?」

優しい日登美は厳しい野田平から歌陽子をかばった。そして、自ら台車の機材をドンドンおろし始める。
野田平と前田町は、それを下に置く間ももどかしく、奪い取るように梱包を開く。
歌陽子も彼女なりに懸命に手伝うのだが、上背の違う日登美のように手際よく作業をできなかった。
やがて、全て機材をおろし終わった日登美も前田町らに加わってセッティングを始める。
しかし、そのころには、もうさっき歌陽子に見せた気遣いは忘れて、すっかり自分の仕事に集中していた。
そして、忙しげに周囲を見渡しながら、

「歌陽子さん、パソコン知りませんか?」と聞いた。

「あ、それ、まだトラックです。」

「え?そう、じゃあ、すぐ取ってきて貰えませんか?」

「あ、はい。」

「もちろん、ディスプレイやキーボードもね。」

「おう、嬢ちゃん、工具も大至急頼むぜ。」

「足と腕はどうしたあ。」

「は、はい!」

「グスグスしてねえで、さっさとしろ!」

「はい〜っ!」

野田平に怒鳴られて、慌てて台車を引いてホールを飛び出す歌陽子。

駐車場へ全力疾走して、やがて荷台をシートで覆ってあるトラックまでたどり着いた。
まずは三人に頼まれたものを早く届けないと、何をいわれるか分からない。
歌陽子はシートをめくって、必要なものを探した。

「えっと、パソコン、パソコン。あ!あった。ああ、大きい。そうか、日登美さん、デスクトップ派だもんね。」

まずはデスクトップパソコンの本体とディスプレイ、キーボードの一式を積み込んだ。
あと、電源タップに延長ケーブル。

「あ、奥にしまってある。しまったあ。」

とりあえず、先に工具と、ロボットの腕と足と思い直して、前田町の工具箱を引っ張り出して積み込む。
そして、ロボットの腕と足を丁寧に包んである梱包を取り出し、工具箱の上に落ちないようにそっと乗せる。
とりあえず、頼まれたものは揃った。
しかし、電源タップと延長ケーブルがなくてはパソコンに電源を入れることはできない。そのまま戻れば、また「グズ」とか「気が効かない」とか罵られるに違いない。
歌陽子は、意を決してトラックの荷台のあと台車4台分の機材に挑んだ。
荷台に這い上がり、電源タップのしまってある一番奥に立ちはだかる荷物を一つ一つ脇によけ、避ける場所がなくなれば上へ上へと積み上げて行く。
そうして、荷物の奥の奥に、電源タップと延長ケーブルの包みが顔を見せた。
歌陽子はなんとかそのまま引き出そうと、姿勢をかがめ、手を伸ばした。

「もう、ちょっと、あと1センチ、あと・・・。」

その時、無理な姿勢で手を伸ばしていた歌陽子の姿勢が崩れた。

「あ・・・。」

慌てて、そばに積み上げた機材の山を掴んでこらえようとした。それで、なんとか歌陽子自身は持ちこたえることができたが、その衝撃で機材の山は揺れてグラついた。

(あ・・・、大切な機材が!)

下に落として壊してしまえば、これまでの苦労が全て水の泡である。
歌陽子は必死に手に掴もうとした。しかし、その努力は虚しく空を切った。

(ああっ!)

歌陽子は心の中で叫んだ。
機材は荷物の山から転がり、荷台の外に落下して行った。

ガチャン!

痛ましい破壊音を歌陽子は心の中で聞いた。
しかし、実際そんな音は響かなかった。

おそるおそる荷台から下を覗いた歌陽子の目を下から見上げたもう2つの目。

「オリヴァー・・・。」

(#110に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#108

(写真:色づく頃の思い出 その2)

ジジイたちの逆襲
「なんだ、東大寺課長、これから準備か?あまり始らないから、すっかり棄権かと思ったぞ。」

その時、ホールの入り口から強面の人物が声をかけてきた。
開発部の川内部長である。
そして、歌陽子の上司であり、大の苦手。

「あ、部長。その・・・少し準備に手間取りまして・・・。」

「全く、お前と言う奴は、いつもそうだよな。ワンテンポ人よりずれていると言うか、生来のグズと言うか。全くお前を育てた親の顔が見たいもんだ。」

しかし、実際に見たらおおごとである。
この川内部長は、歌陽子が東大寺家の令嬢であると気がついていない少数派の一人だった。
そして、分けもわからないままイキナリ課長職を拝命して、開発部をかき回す小生意気な小娘。それと、ロボットコンテストで自立駆動型介護ロボットを提案して、当の東大寺グループ代表の要らぬ興味を引いた迷惑な世間知らず。どれくらい社内の業務に支障が出ているか分かっているのかと、川内は腹に据えかねていた。
ただ、川内には、なぜ一課長の提案を上層部が握り潰さなかったのか、その理由が分かっていなかった。また、東大寺グループ代表の東大寺克徳と東大寺歌陽子との関係もわかろうとすらしなかった。
それくらい、川内にとって歌陽子はダメを絵に描いたようような社員であり、そのバイアスが彼女を正しく見せなかったのである。

「なあんだ、他のヤツはどうした?」

「え?今そこに・・・。あれ?」

さっきまでそこにいたはずの野田平、前田町、日登美の三名の姿はきれいにかき消えていた。

「見栄を張らんでいい。どうせお前一人なんだろう?あのジジイどもが、あの魔窟から出てこんなところでマメに働くわけないもんな。他に手伝う奴がいないから、お前仕方なく今から一人で準備するんだろ?で、まともに準備なんかできなくて、明日ジジイどもに吊るし上げられるって訳だ。」

「そ、そんなこと・・・あり・・・ません。」

普通、たらたら嫌味を言う男は小さく見えるものだが、川内は生来の凄みがそう感じさせない。特に歌陽子のような年若い女子はつい畏れ入って聞いてしまう。

「あのな、俺は親切で言っているんたぞ。無理に頑張って恥を掻くよりは、さっさとその台車ごと持ち帰ったらどうなんだ?そして、ほとぼりが冷めるまで隠れていれば、あのボケ老人どももきれいさっぱり忘れるに違いないぞ。」

その時、急に歌陽子がハッと目を見開いた。

「そ、その・・・。」

「何だ?」

「後ろに・・・。」

「後ろに何だ?」

「その・・・。」

もう、耐えきれなくなった歌陽子は手で目を塞いで見ないようにした。

「そうだよ、お探しのボケ老人だよ。」

「ゲ!ま、前田町・・・さん。」

突然、後ろから姿を現した前田町。
川内はうろたえを隠すことができずにいる。

「この穀潰しが。随分威勢がいいじゃねえか。」

「そ、そりゃ、俺はこの開発部の責任者ですから。」

なんとか言葉を継いではいたが、川内は前田町の前ですっかり青菜に塩である。

「はあん、お前が社長のチームの頭かい?ふふん、それじゃ、たかがしれてらあな。」

「バ、バカにせんでください。俺はもうあんたらにしごかれていたころの俺じゃないです。」

「で・・・、そのご大層な奴が小娘をいじめているって訳かい。」

そう言って肩に手をかけてきた人物。

「の、野田平さん。」

「野田平くん、そりゃ気の毒だ。川内部長のいじめ方は、君仕込みの筋金いりだよ。」

「ひ、日登美さん・・・。」

歌陽子の肩越しにぬっと姿を現した日登美。
川内の胸に大きな拳を押し付けて、

「最近、スパー相手がいなくても寂しくてね。どうです?たまにはまた付き合いませんか?」

そう、言って日登美は意地悪く笑った。

「い、いえ。わ、私は忙しいので。」

ジリジリと後ずさる川内。

(へえ、部長、日登美さんのことを一番怖がっている。)

感心して見ている歌陽子に気づいた川内は、

「こらっ、東大寺、何を笑ってる!」と叱りつけた。

その時、

「おい!」と、

思いっきり凄む前田町。

「はいっ!」

「おめえ、俺らのでえじな嬢ちゃんに下手な口をきいたらシメルゾ!」

「い、いえ、その、失礼しました!」

慌てて、隣のブースに逃げ出し、バックヤードに飛びこんだ。

「カッカッカ、ざまあ見やがれ。」

前田町が、時代劇のような高笑いをした。

「どおでえ、嬢ちゃん、キッチリ仇は取ったぜ。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

少し引きつった笑顔で返す歌陽子。

しかし、

「コラッ!」

バシッ!

「あいたあ。」

「ボサっとしてねえで、さっさと搬入を終わらせねえか!」

歌陽子をイキナリはたき倒す野田平。

・・・全くこのジイさんたち、優しいんだか、優しくないんだか。

(#109に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#107

(写真:色づく頃の思い出 その1)

搬入

「おい、何してやがんだ!早くしろ!お前、ホントにグズだなあ。」

「ちょ、ちょっと、待ってください。少しは手伝ってくださいよお。」

怒鳴りながらズンズンホールに向かう通路を歩いていく野田平と、必死で機材を満載した台車を押してついていく歌陽子。声が半泣きになっている。

「おら、慌てて落としでもしたら、前田町のじじいに半殺しにされるぞ。」

と言っている側から、ガチャンと音を立てて部品の一部が転がった。

「あ〜っ!何やってんだ、てめえ!」

「ごめんなさい。ごめんなさい。」

慌てて拾い上げる歌陽子。
そして、振ってみて、中からカラカラと音がしないのを確認して、

「ああ、良かったあ。」と安堵していると、

「せともんか!この天然バカが!」と野田平の鉄拳が飛んだ。

「ぎゃっ!」

カエルの潰れたような声を出して、痛さに頭を抱える歌陽子。
野田平は、彼女から部品を取り上げると、箱を開いて中を確認する。

「ふいーっ、なんともなかったぜ。これだから、トウシロウは嫌なんだよ。」

するとそこへ、

「のでえら、嬢ちゃん、何やってやがる。もう、5時半じゃねえか。さっさとセッティングしねえと、もう他のヤツら、どんどん組み上げてやがるぜ!」と前田町が現れて毒づいた。
先に場所取りに赴いた前田町と日登美。
他のチームがどんどん組み上げているのに、歌陽子ら搬入班が一向に姿を見せない。
それで、気の短い前田町は焦れて焦れて、耐えきれずにホールから飛び出して来たのだった。

「お、前田の、済まねえ、こいつがグズグズしていたせいでスッカリ手間取っちまった。」

「ちょ、ちょっと、待ってください。私なんか、朝からずっとトラックを手配したり、積めるもの、積んでいたりしていたのに、野田平さんがずっと機械をいじっていて、なかなか出発できなかったんじゃないですか。それに、積み降ろしも全部私一人だし、それで時間がかかると、ずっと怒鳴りまくるし。」

「やかましい。俺らエンジニアの手伝いをするのがお前の仕事だろ。配線一本つなげねえノータリンのくせに、一端の口を利くんじゃねえ!」

言い争う二人の会話を聞きながら、イライラが募らせた前田町は、

「うるせえ、じゃれ合うのは後にしろ!」と一喝した。
そして、

「嬢ちゃん、あと荷物はどんだけあんだ?」と聞いた。

「え・・・っと、あと5回分くらいかと・・・。」

素直に答える歌陽子に前田町はカミナリを落とした。

「バカヤロウ!なら、さっさとしねえか!」

「は、はい!」

「のでえらも、早く持ち場に着きやがれ。」

踵を返して、ホールに急ぐ前田町。大股でズンズン歩いていく。ブスッとして後に続く野田平。さらに、細腕で四苦八苦して台車を必死で押す歌陽子。

明るい感じのホールの入り口を抜けて、会場に入ると、わずか30分のうちにどのようにしたものか、大小のブースが姿を現していた。
特に目をひくのは二つの大きなブース。
どんどん椅子が運び込まれて設置されていく観客席を囲んで、中央が三葉ロボテク牧野社長チームのブース、左側が歌陽子の弟の宙とオリヴァーチームのブース。大きな木枠が組み上げられ、牧野チームは青基調、宙チームは緑基調の壁が取り付けられていた。
そして、そこには覆いをかけたままの機材が運び込まれている。

「ふい〜っ、おい、マジかよ。これ、ただのロボコンだろ?これじゃ、普通の展示会に変わらねえじゃねえか。」

魂消て声を出す野田平。
そして、歌陽子、野田平、前田町、日登美のチームは、観客席に向かって右手。
この時間になっても、まだ何の搬入も行なっていない。ガランとした空間が痛々しい。

「やあ、皆さん。」

日登美が声をかけてきた。

「おう、あんまり遅えんで見に行ったらよお、こいつらじゃれて遊んでやがんだ。頭にきて引っ張ってきたのよ。」

「そ、それは。」

「まあ、歌陽子さん、それより早く準備しないと。」

日登美はいつもの穏やかな声で言った。

「はい。」

(#108に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#106

(写真:夜陰)

前夜

それから、約1カ月間。
歌陽子の日常は割と平穏に過ぎた。

先代老人は、富士山麓の農場に帰り、桜井希美と松浦由香里は、後期試験のため留学先に戻った。
そして、年始からの雑務に忙殺された克徳や志鶴とは家でもあまりしゃべる機会はなく、安希子も東大寺家のハウスキーパーらしく、歌陽子たち家族の世話を手際よく、かつ粛々とこなしていた。歌陽子との確執も、あの日からなんとなく解消しつつあった。
そして、弟の宙とは相変わらず、気持ちが通わないままだったが、それは今に始まったことではない。むしろ、ロボットコンテストに向け敵同士、より一層よそよそしくなっても不思議ではない。
ロボットコンテストのもう一方のライバル、牧野社長一派とも、特に意識し合う関係ではなかったが、何やら特別チームを編成して本業そっちのけで頑張っているらしい。本館の技術課の一室の電気が毎晩遅くまでついているのが気になった。
一方、開発部技術第五課に対する通常業務の依頼は大幅に減り、その分歌陽子たちはロボットコンテストに向け準備に専念できた。もしかしたら、村方あたりの差し金で、仕事の量が減らされているのかも知れない。
あと、最大の強敵、オリヴァー・チャン。
あのバースデー以来、都内の何処かに身を潜め、歌陽子の前には一切姿を現していない。
ひょっとしたら、律儀に「歌陽子に対して手を出さない」と言う先代との約束を守っているのかも知れない。
もちろん、オリヴァーと歌陽子はれっきとした敵同士。片や東大寺の名を背負って、片や東大寺の名前が欲しくて、ロボットコンテストの栄冠を求めている。そして、今はお互いの手の内は秘めておく時期なのだ。
ただ、転んでもただ起きないオリヴァーは、毎日歌陽子に自撮りした画像付きメールを寄越した。全く教えてもいないのに、どうメアドを調べたのか?宙からなのか、泰造からなのか、ひょっとしたら、いつもCCが入っている希美か由香里あたりから聞き出したのかも知れない。
当然、歌陽子は送信先を見ただけで、ピッと削除した。だから、その手間を除けば大して気にもならなかった。

そして、2月10日、いよいよロボットコンテスト前日。
東大寺グループからの申し入れで、都内の中規模のホールがロボットコンテストの会場として提供された。
東大寺の名前を冠するには少々小ぶりの感は否めないが、三葉ロボテク規模の会社の催し物に使うにはむしろ大き過ぎる位である。
そして、かねてからの通達に従い、歌陽子たちはコンテスト出場用のロボットや、プレゼンのための環境機器を搬入した。

搬入開始は午後17時。それが会場側から提示された搬入を行なって良い時間。
それから、21時の閉館までに搬入とセッティングを済ませなければならない。
会場は商業用ではなく、区の管理する施設。
それは今回ロボットコンテストに地元の少なからぬ老人介護施設の入居者やその家族、そして老人会のメンバーを招いているからだった。そこは、彼らが気軽に参加できる会場であると同時に、東大寺グループの意向が届きにくい場所でもあった。だから、少々搬入の条件が厳しくても従わざるを得なかった。

しかし、それも東大寺グループ代表 東大寺克徳の発案によるものだった。
ロボットの性能やプレゼンの内容を審査するには、今回はあまりに上層部の思惑が絡み合っていた。
東大寺グループ代表の克徳としては、自分の肝いりの歌陽子のチームを勝たせたいのが人情である。また、三葉ロボテク社長の牧野も自分のチームを持っている。
そうすると、審査の公平性を保つために第三者の目が必要になる。それを、実際の介護ロボット利用者の高齢者や、その介護家族に頼むというのが克徳の考えだった。

(#107に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#105

(写真:陽だまり列車)

強敵

「厄介な相手って、どう厄介なんでえ?」

「そうですね。一言で言えば、オリヴァー・チャンは、人工知能分野の第一人者です。シリコンバレーにいた時は、その研究で知らないものはありませんでした。」

「つまり、本物の自立駆動型を作り上げるって訳か。俺らのハリボテじゃ勝負になんねえって言うんだな。」

「ハリボテ・・・ですか。そうかも知れません。台本通りにロボットを動かすだけですからね。しかも、オリヴァーが最近力を入れているのは、人間の出す微弱な電気信号をAIに解析させて、意思を読み取る仕組みです。つまり、腕を上げたいと思っただけで、筋肉に伝わる微弱な信号を読み取って、その通り身体に装着したアクチュエーターを動かします。すると筋力が弱った人や神経が切れた人も、自分の意思通りにモーターが身体を動かしてくれるんです。」

「つまり、人工筋肉ってわけかい。」

「そうです。手や足だけでなく、最近は指の細かい動きまで解析して、スプーンを持ってスープを飲むことすら実現しているそうです。これは、高齢者や身体に障害を抱えた人にとっての光明です。」

「そりゃ凄え。だが、敵に回したら何ともてごええな。」

仏頂面をさらに苦くして、前田町が吐き出す。

「あ、あの・・・。」

さっきまで大泣きして、顔を赤く腫らした歌陽子が心配そうに聞く。

「嬢ちゃん、なんでえ?」

「あの、負けませんよね?」

「ん?まあな。」

いつもと異なり、少し覇気が足りない前田町。

「いつものように・・・。」

「いつものように?」

「威勢良く『おうよ!』って、言って貰えませんか?」

「ああ。」

「前さん、歌陽子さんはいつもの強気の前さんが見たいんですよ。」

「そうか、悪かった。任しときねえ。東大寺歌陽子の名にかけて負けるわけねえぜ。だろ?」

「もちろん!」

「タリメーヨ。」

やっとそれで少し歌陽子に笑顔が戻った。

「ああ、やっ笑ってくれた。」

「日登美よお、もともとはお前が変な画像を見せるから悪いんだろうが。」

すかさず、日登美に突っ込む野田平。

「変な・・・。」

せっかく機嫌が治りかけていたのに、野田平の一言でまた顔が険しくなる歌陽子。

「ばあか、一丁前に落ち込むんじゃねえよ。」

「・・・。」

「それよりよお、カヨ、なんでお前はそんなに勝ちたいんだよ?」

「な、なんでって・・・。」

「それは、歌陽子さんは私たちのことを考えて。」

「いや、違うな。一昨日までのお前となんか違う。特に、オリヴァーって野郎に対する態度が変だ。」

「そ、それは・・・、皆さんが強敵だって言うから。」

「ははあん、さては勝負に勝ったら、お前のこと、嫁にくれとでも、言われやがったなあ。」

「ち!違います。」

それは、半分本当で、半分嘘だった。
ただ、意に反して、歌陽子の泣き腫らした顔が、今度は恥ずかしさで真っ赤になった。

「こいつ、いっぱしに赤くなりやがって分かりやすいヤツだ。」

「ち、違います。違います!」

ただ、オリヴァーが勝てば、今後間違いなく東大寺グループとの取引が始まる。
そうしたら、これからずっと事あるたびにオリヴァーと顔を合わせなければならない。
もし、そんなことになれば、ますます彼は歌陽子にちょっかいを出してくるに違いない。
そう思うと暗澹たる気分になる。

「まあまあ、歌陽子さん、心配しなくても、私たち負けませんよ。」

「て、言うか、そのオリヴァーなんとか、カヨがそんなに嫌がるところを見ると、よっぽどブ男なんだな。」

「それがですよ。ホラッ。」

こっそり、野田平にオリヴァーの画像を見せる日登美。

そして、

「ば、バカか、お前!こんないい男、もう二度いねえぞ。さっさと、求婚を受けちまえ!」

と日登美の気遣いをまるで無駄にする野田平。必死に否定する歌陽子。

「違います。そんなんじゃありません!」

その時、

「ふわあ」と前田町が大きなあくびをした。

「さあて、バカ言ってねえで、後一ヶ月、仕上げと行こうじゃねえか。」

(#106に続く)