今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#48

(写真:集合団地 その1)

三つ巴

つまり、社長の牧野は歌陽子(かよこ)たち一派を、無茶な自立駆動型ロボットを開発させようと画策する東大寺グループの手先と見做しているのだ。
歌陽子を世間知らずで右も左も分からないお嬢様と油断していたら、いつの間にか東大寺グループの意向通りに動かされそうになっている。
「これは、村方あたりが書いた三葉ロボテク調略の筋書きに違いない」、そう睨んで、牧野は自社防衛のために、対決姿勢を打ち出した。
いわば、歌陽子を筆頭とする東大寺チームと、牧野肝いりの三葉ロボテクチームとの対決である。

もちろん、歌陽子にしてみれば完全な言いがかりだった。
父親の克徳も村方もそれが分かっていて、敢えて「胸を貸して貰え」とけしかける。
別に負けても良いなら悩まない。
しかし、これには前田町ら三人がまた日の目を見られるかどうかがかかっているのだ。
長らく日陰の存在だった開発部技術第5課にまた陽の光を当てたい、それが歌陽子の願いであり、三人との約束だった。

正月休み明けには、また前田町たちと会わなくてはならない。
彼らにどう報告しよう。
だが、前田町はかつてこう言っていた。

「俺らエースエンジニアが三人もついてるんだ。社内の表六玉なんぞに負ける気がしねえぜ。」

ならば、信じても良いのかも知れない。

言いたいことだけど言ってしまうと牧野はスッキリした顔になった。
むしろ、東大寺グループ代表が話に乗ってきたので少し安堵する気持ちにもなった。

午後の光のように少し柔らかくなった空気の中、四人はしばらく歓談し、やがてコーヒーとケーキの礼を述べて、村方、浦沢、牧野三人は席を立った。

「歌陽子、お送りしなさい。」

「はい。」

歌陽子は、父親に促されて玄関まで三人を案内をした。そして、玄関のホールでは、一人の少年が三人を待っていた。
それはチェック柄のシャツの裾をだらしなくデニムのズボンから垂らした、歌陽子の弟の宙だった。

「やあ、宙くん。」

「やあ、村方のおじさん。」

顔馴染みの村方と宙は軽く挨拶を交わした。

「あのさ、村方のおじさん、この人がねえちゃんの会社の一番偉い人だろ?」

「宙くん、君ならもう全部リサーチ済みだろ?」

「まあね。」

そう、薄く笑った宙は牧野の方へ歩み寄った。

「こんにちは。」

挨拶をした宙に、牧野も挨拶を返した。

「はい、こんにちは。」

「姉がいつもお世話になっております。」

「君は歌陽子さんの弟さんかな?」

「はい、弟の宙です。ところで、姉は最近会社で新しいロボットを作っているみたいですね。」

「ん?ああ、ロボットコンテストのことかな?」

「ロボットコンテスト・・・そうなんですね。何しろ姉はハリウッドのCGクリエイターを雇っていますから、もっと大掛かりなものかと思っていました。」

「ハリウッド?」

牧野は宙の言葉に反応して歌陽子の方を見た。心なしか顔がこわばっている。

歌陽子は、穏やかならぬ空気に気づいて必死に言い繕おうとした。

「し、社長、違います。うちの課の日登美さんの息子さんです。一時帰国しているので、少し手伝って貰っているだけです。」

「まあ、いずれにしろ社外の人間だから、くれぐれも我が社の技術が流出しないように注意して下さい。」

丁寧だが有無を言わせぬ重い口調で牧野は言った。

「はい、気をつけます。」

と、そこに宙が割り込んだ。

「じゃあ、社外の人間が参加してもいいんだね?」

「それは事と次第によるよ。例えば、誰のことを言っているのかな?」

「例えば、僕とか。」

「だが、君はまだ中学生だろう?」

宙はさも牧野の反応を予想していたかのように、今度は村方に振った。

「ねえ、村方さん、いいでしょ?」

「う〜ん。」

さすがに考え込む村方。

「ねえちゃんばかりズルイ。」

「宙、村方さんを困らせないの。」

いたたまれず歌陽子は宙を諭そうとした。

「だいたいお父様が許すはずないわ。」

「ねえ、村方さんたらあ。」

再三に渡り、村方にねだる宙。

そこで村方は宙をまっすぐ見て質問をした。

「それで、宙くん、ロボットコンテストに出てどうする?」

少し意地悪い笑みを浮かべて宙はこう言った。

「父さんがさ、最近ねえちゃんを褒めるんだよ。平凡で何の能力もない、ダメなねえちゃんをだよ。」

「宙・・・。」

「だから、父さんにどっちが優秀な子供か分からせるんだ。」

「つまり、君はお姉さんに対する意地で、ロボットコンテストで負かしたいってことだな。」

「うん、そうだよ。それに、僕がコンテストに勝てば、いつか僕に会社を任せてくれるだろ?」

さすがにこれには歌陽子は青ざめた。

「宙!何をバカなことを。社長さんに謝んなさい!会社はね、誰のものでもないわ。社員みんなのものよ!」

しかし、姉の言うことなど意に介さない様子の宙。プイと横を向いた。

そこを引き取ったのは村方だった。

「まあ、ある意味、派手な兄弟喧嘩だね。よし、宙くん、出たまえ。」

「村方さん!」

「ちょっと、村方さん。困りますよ。」

「いいじゃありませんか。こう見えて、この宙くんは天才工学少年なんです。歌陽子お嬢様のチームにも、牧野社長の精鋭部隊にも決して引けは取らないはずです。」

「う・・・ん。」

「牧野さん、よろしいでしょ。ライバルは多いほど盛り上がります。三組の天才チームが互いの考えるベストな介護ロボットをプレゼンしてください。あとは、代表が決めることです。」

「まあ、それはそうだが。」

「じゃあ、決まりです。がっつり三つ巴の戦いですね。あと一ヶ月間、私と代表は高みの見物と行きますか。」

(な、なんで・・・。)

ことの展開にもう訳が分からなくなっている歌陽子であった。

(#49に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#47

(写真:松ぼっくり)

ライバルは突然に

「い、いえ。そんな・・・大それたことなど。」

歌陽子(かよこ)は完全にしどろもどろで答えた。

そんな歌陽子の様子には一切頓着せず、三葉ロボテク代表取締役社長 牧野は言葉を継いだ。

「他の会社はいざ知らず、我が社が代表のおっしゃる自立駆動型介護ロボットに前向きでなかったのには理由があってのことです。
確かに、社内では私のことを志しがないとか、拝金主義だとか言う声があります。
自社ブランドの製品を減らし、その間の糊口を頼まれ仕事で凌いでいると見えるでしょう。
しかし、私に言わせればこれまでは忍従の10年でした。私が代表より、社長を拝命した10年前を思い出して下さい。
技術はあっても、ろくな販路も持たない、原価計算もできない、放漫経営のなれの果てが三葉ロボテクでした。その敗戦処理に赴かされたのが私です。
もちろん、社員のメーカーとしての誇りは理解しております。ただ、その過剰な誇りが会社経営の破綻を招いたのです。
私とて、メーカーとして三葉ロボテクを再度立ち上げたいとは思いますが、まだそのための体力が十分ではないのです。」

そこで、口を挟んだのは浦沢だった。

「牧野さん、私のようなものが口を挟むことではないが、今や三葉ロボテクの社業は3倍に拡大し、社員数も300を数える。牧野さんが立派な仕事をした証拠です。それ故、今はまた攻める時期に来ているのではないですか?」

牧野はチラリと村方を一瞥すると続けた。

「村方さんなら、よくご存知でしょう。三葉ロボテクを立て直すためには、とにかくお金が必要でした。そのため、薄利でも多くの仕事を確保する必要があったんです。当然、それだけの仕事をこなすだけのキャパも用意しなければならない。結果、今の300名体制です。
ですから、三葉ロボテクは拡大したと言うより肥大化したと言った方が正しいのです。
確かに、社員の努力でかなり社業は安定して来ました。しかし、自立駆動型云々に取り組めるほどには余裕はないのですよ。」

「なるほど。」

東大寺グループ代表 東大寺克徳は、牧野の言い分に対して、まず一言を返した。

「しかし。」

克徳には、克徳の言い分があった。

「本件に関しては、技術のみならず、資金面でも、グループとして支援を行うと伝えたつもりだが?」

「ですが、資金は補填されても時間ばかりは埋め合わせは効かないでしょう。
この業界は流れが早い。少し油断をしていると、あっと言う間に置き去りです。
私たちは受託開発を通じて、常に最先端の技術と向き合っています。それで何とか世の中の流れについて行っているのです。
そこへ、自立駆動などと、海のものとも山のものとも分からないものに時間を奪われていたら、気がついたら浦島太郎です。」

そこで、たまらず浦沢が声を上げた。

「いや、牧野さん、企業は存続さえすれば良いのではありませんよ。
これから10年を見据えて、医療やロボティクスを構想しようと言うのが代表のお考えではないですか。」

それに対して、しばらく沈黙をした後、

「ならば・・・。」

と、声を落として牧野が言った。

「私が正しいロボティクスのビジョンをお示ししましょう。」

そして、歌陽子の方を向いて、

「東大寺課長。」

「は、はい。」

「もう、あなた方はロボットコンテストに向けかなり準備を進めているのでしょう?」

「・・・はい。」

「ならば、私たちは、三葉ロボテクの威信をかけて特命チームで迎え撃ちます。
ロボットコンテストまで、あと一ヶ月と少しですが、あなたの考えるロボティクスと、私たちのロボティクス、どちらが理にかなっているか、ここはひとつ代表にご判断いただきましょう。」

「・・・面白いな。」

「お父様?」

「歌陽子、面白いじゃないか。」

「え?」

「この牧野さんをここまで本気にさせるとは、お前のチームはたいしたものだ。
ここはひとつ胸を借りる気持ちで思い切りやったら良い。」

「す、少し待ってください。そんな簡単には・・・。」

今までプレゼンの相手と簡単に考えていた牧野社長が、俄然闘志をむき出しにして、突然のライバル宣言である。
とにかく急展開に気持ちがついて行けずに、やっとそれだけを口にした歌陽子であった。

(#48に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#46

(写真:ホワイトムーン)

筋書き

「ところで代表。」

今度は、三葉ロボテク社長、牧野から話を振ってきた。

「少々、我が社では妙なことになっておりまして。」

いかにも「直言居士」の異名にふさわしい切り出し方である。
この後の流れをほぼ想像できている東大寺克徳と彼の懐刀の村方は互いに目配せをした。

「代表もお聞き及びとは存じますが、我が社では毎年2月にロボットコンテストと言う催しものを行なっております。これは、私が社長を勤める前から続けられてきたものです。
どうしても、毎日の作業に追われていると、今ある技術、今あるマーケット、今ある製品の枠でしかものを考えられなくなります。それで、とくに若手技術者を中心にチームを作って、新しい発想のロボットを発表しあう場所を設けておるのです。」

その時、コン、コンと言うノックの音に続いて、

「失礼します」とドアの外から声がした。

それで、牧野は一旦話を切り、克徳は、

「たのむ。」と声をかけた。

ガチャリと応接の扉が音を立て、盆にコーヒーとケーキを乗せた歌陽子(かよこ)が顔を出した。

上品な和装に身を包んで、手慣れた手つきで「どうぞ」とコーヒーとケーキを据える歌陽子を、牧野は何度も見直した。会社で一度だけ会った時は、丸メガネの地味な女子社員のイメージしかなかった。
しかし、今の歌陽子は紛れもなく東大寺家の令嬢である。環境によって、自在に雰囲気を変えられる歌陽子に、やはり生まれ育ちは誤魔化すことができないと感心させられた。

一通りコーヒーを据え終わった歌陽子に、父親の克徳は、

「お前も、座って聞きなさい」と自分の隣に座るよう促した。
「失礼します」と言って、歌陽子は空になった盆を手にしたまま、克徳の腰掛けている肘掛け椅子脇のカーペットに膝を曲げて正座をした。
(なるほど、躾けも行き届いている。)
牧野は、歌陽子のちょっとした所作にも都度感心をさせられていた。

「失敬、続けてください。」

克徳に促されたが、目の前の歌陽子がこちらを真剣な眼差しで見つめている。これから話すことは当の歌陽子を目の前にしては少し話しづらい内容であった。

だが、せっかくこのような機会を与えられながら、活かせなくては実にもったいのないことである。
それで、意を決して牧野は言葉を継いだ。

「正直言えば、ここ数年、ロボットコンテストはすっかり盛り下がっておりまして、経費を使ってまでする意味がないと今年あたりは中止を検討しておりました。
ところが、村方さんを通じて、急遽代表が参加されると連絡を受けました。
実は私が受けるより先に役員どもが騒ぎ始めまして、全社に通達を回して参加チームを募ると言う、ちょっとした騒ぎになったのです。まあ、代表が参加されるのにみっともないところは見せられないと無い知恵を絞ったんでしょうな。
そうしたところ、いの一番にエントリーして来たチームがありました。それが、開発部技術第5課、つまりお嬢さんの担当しておられる部署のチームでした。」

ここまで、聞いて歌陽子は下を俯いてしまった。反対に、ニヤニヤしっぱなしの村方。事の次第が分かっているだけに、これからの展開が楽しくてしょうがないのだろう。

「役員から連絡を受けた私には、今回の筋書き、と言うか茶番が全て見て取れました。」

ついに、指をカーペットでなぞってもじもじし始めた歌陽子。牧野に茶番と決めつけられ、いたたまれない様子である。
克徳はそんな歌陽子を叱りつけた。

「こら!歌陽子。ちゃんと聞きなさい!」

仕方なしに顔を上げて、メガネ越しに牧野の顔をまっすぐに見る。

「あまり、上等な筋書きとは言えませんが、おかげで私は代表の考えておられる自立駆動型介護ロボット開発の交渉の場に引き出されてしまいました。
正直、お嬢さんが自立駆動型ロボットの開発に興味を持たれたのは聞いておりましたが、所詮は一課長のこと、握り潰せば良いと高を括っておりました。
そうしたら、思わぬ筋書きに乗せられて、のっぴきならないところまで出された訳です。」

相変わらず言いたい放題だな、と苦笑した克徳であった。そして、少し牧野に嫌味の一つでも言ってやろうかと思った。

「まあ、こんな世間知らずの小娘の策に乗せられて、さぞや悔しいことでしょう。もちろん、これは私が考えたこととは違いますよ。どちらかと言えば、私もこいつの筋書きに踊らされた方でね。
な、そうだろ、歌陽子?」

「そ、それは・・・。」

(ひどい!お父様。普通、ここで振る?)

(#47に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#45

(写真:そらの白絵の具 その2)

大人の時間

村方と、彼に付き添ってきた二人の男性は応接に通された。

その二人の男性とは、一人は東大寺グループの法務全般を統括する法務部執行役員の浦沢、監査法人を統括する村方が克徳の右腕ならば、浦沢は左腕である。
そして、もう一人は三葉ロボテク代表取締役社長の牧野であった。
代表の東大寺克徳と浦沢は50代前半、村方は40代後半に対して、牧野は60代前半で一人年かさであった。
牧野は三葉ロボテクに招聘される10年前以前は、東大寺グループ傘下企業の海外工場で名うての工場長だったと言う。
それが、当時100名規模だった三葉ロボテクの舵取りを任されるや、グループ上層部と掛け合って、優先的に工場のオートメーション化の仕事を回して貰い、当時経営が悪化していた同社を立て直した。のみならず、社業を3倍以上に拡大することに成功し、今や従業員も300名以上に増えていた。
ただ、それでも東大寺グループの傘下企業としては小ぶりである。
だから、今まで正月三が日に三葉ロボテクの社長が東大寺グループ代表宅に招かれることはなかった。
しかし、今年は村方の声かけで、牧野を招待したのだった。

その理由は二つあった。
一つは今、村方が克徳から任されている医療分野でのロボティクス参入について、旗振り役の最有力企業が三葉ロボテクであったこと。
そして、もう一つが、東大寺家の令嬢である歌陽子がまがいなりにも課長職として在籍していたからである。
新年から代表の克徳と直接面通しして、意思の疎通を図ろうとしている意図は明らかであった。

応接で三人は型どおりの挨拶をし、また克徳もそれに返した。
まず克徳が簡単に懸案事項を質問し、村方と浦沢がそれに答えた。
その間、10分にも満たない。
それくらい、この三人の間では日頃から意思の疎通ができているのだ。

そしてその後、話の輪から敢えて距離を置いた体の牧野に、克徳が話を振った。

「牧野さん、今日はわざわざお越しいただき有難うございます。」

「い、いえ、このたびお招きをいただきまことに恐縮です。」

牧野は浅黒い顔に白くなった眉毛をたくわえ、その下にギョロッとした目が動いている、いかにも現場上がりという風貌の人物だった。
ただ、風貌に似合わず牧野の経営方針は冒険を嫌い、あくまで堅く受託生産を中心としていた。それも無理ないと思えるのは、前身の三葉ロボテクがメーカー色にこだわる余り、卸先の要望に引きずられる形で製品ラインナップを増やし過ぎて、その在庫と保守コストで経営が立行かなくなった過去があるからだった。
牧野はそれまでの社風を改め、製品ラインナップを縮小し、また商圏の狭くなった分を受託生産で埋めようとした。それが高じて、今ではすっかりメーカーより、受注先の意向での受託開発がメインになっている。
そして、それが古参の前田町らと軋轢を生んでいた。

克徳は、歌陽子について話を振った。

「牧野さん、歌陽子のことではすっかりお手数をおかけしました。」

グループ全体の代表からまず頭を下げて謝意を表す。普通なら傘下の企業はすっかり恐縮するところ、牧野はそうでなかった。

「代表、正直、我が社はヨチヨチ歩きを始めたお嬢様の教育機関ではありません。ましてや、すぐに辞めたくなるよう仕向けろなんて、私は突っぱねても構わないと言ったんです。ですが、我が社には、グループから受け入れている役員が何人もいます。彼らが、ことを荒立てないようしきりに申しますので、一旦は意向に従いましたが、本来代表として公私を混同されるなどありえないことです。」

ほう、と感心していた浦沢がポツリと漏らした。

「さすがは、直言居士。私でもそこまでは言えませんな。」

「そうですよ、代表。歌陽子お嬢様の件は、私でも後から聞かされたくらいですから、代表ご自身負い目があったのではありませんか?」

話を歌陽子の口から直接聞かされた村方は多少そのことを恨みに思っているのか、チクリと嫌味を言った。

それを克徳は、半ば予期していたかのようにじっと聞いていた。
そして、

「いや、本当に面目ない。親バカの至りだ。どうか許してほしい。」と素直に頭を下げた。
それで、少し溜飲が下がったのか、鼻から息を抜くと牧野は少し表情を緩めた。

「どうか代表、そんなに頭を下げないでください。お嬢さんは、私の期待を良い意味で裏切ってくれたのですし。
実は、私でも持て余していた古参の技術者たちをすっかり手なづけてしまわれて、さすがは代表のお嬢様だと内心舌を巻いておりました。」

そこに、被せるように村方が、

「と言うか、お嬢様は毒がなくて、馬鹿正直ですから、よほどの人間でなければ気を許すんでしょうな。」

「おい、おい、村方、悪気はないだろうが、これでもうちの娘だ。もう少し、言いようはないのか。」

と克徳。

「これは、失礼いたしました。しかし、牧野社長、意外に会社内に歌陽子お嬢様のことは伝わっていないんですな。」

「と、言われますと?」

「ですから、私が三葉ロボテクでお嬢様と初めてお会いした時、役員のみなさんはかなり驚いていましたよ。歌陽子お嬢様のことは、初めて聞かされた、みたいな顔をして。」

「ああ、まあ、私がそんなんでしたから、あとは人事と現場に任せて、うっちゃっておきましたからね。お嬢さんのことは、一部の関係者しか伝えてなかったのですよ。」

「いやはや。」

この人物相手の調整はなかなか難航しそうだぞ、村方のそんな思いが素直に言葉として漏れたのだった。

(#46に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#44

(写真:そらの白絵の具 その1)

新年の来訪者

年が明けて、正月2日目の午後三時頃、歌陽子(かよこ)はこっそり厨房にはいりこんで壁際に座り込むとウツラウツラとし始めた。
歌陽子と顔馴染みのコックたちは、彼女に好感を持っていたので、夕食の準備で目の回るような忙しさにも関わらず、なるべく彼女がゆっくり休めるように少し気を使いながら仕込みを進めていた。

その厨房の喧騒の中、よく通る声が響いた。

「皆さん、ご苦労様です。たいへんですが、よろしくお願いします。」

歌陽子の母親の志鶴である。
彼女には、当主克徳の妻として、東大寺家の奥向を全て仕切る責任があった。
特に、正月三が日は彼女の手腕が問われる。
まるで、一年間のエネルギーを一気に放出するように志鶴はフル回転をした。
歌陽子もそのペースについて行こうと頑張るのだが、着物を着慣れないのと、やはり母親とは気の張りが違うので、すぐに疲れ果ててしまった。それで、時間の空いた時に母親の目を盗んでは、厨房やトイレの中、庭の物置に隠れては休憩を取った。

しかし、どういう訳かすぐ母親に見つかって引っ張っり出されるのだった。

「あ、やっぱり・・・。歌陽子、歌陽子!起きなさい。」

「あふ、おかあはま。」

「おかあはま、じゃありません。すぐまた、次のお客様か来られますよ。しゃんとなさい。」

「は、はい、おかあはま。すー、すー。」

「歌陽子お!」

生返事ばかりで、またすぐに眠り込もうとする歌陽子に業を煮やした志鶴は、気が立っていることもあって、娘の耳を思い切り引っ張った。

「あ、イタタ!痛い!お母様、耳が、耳が千切れます。」

歌陽子の悲鳴に、またいつものことと、押し殺した苦笑をするコックたち。

「歌陽子、目が覚めましたか?」

「は、ハイ!覚めました!覚めましたから、手を離してください!」

「さ、行きますよ。」

やっと母親の指から解放され、赤くなった耳をさすりながら、歌陽子が聞いた。

「あの、お母様、聞いて良いですか?」

「何ですか、手短かにお願いしますよ。」

「どうして、いつも私のいる場所が分かるんですか?」

「え・・・?」

「ですから、いつも私が隠れて休んでいるとすぐに探しに来るじゃありませんか。」

「それは、・・・私はあなたの母親だからです。」

「はい?」

「ですから、もう行きますよ。」

明らかにお茶を濁したがっている志鶴に、娘の歌陽子にはピンと来るものがあった。

「お母様、ひょっとして・・・。」

つまり・・・、志鶴もお嫁に来た当初、とてもこのハードスケジュールについて行けず祖母の目を盗んでは休憩をしていたのかも知れない。
しかも、隠れ家に使う場所も、歌陽子と大体同じ、休みたくなる時間もほぼ一緒。
だから、歌陽子が姿を消すとすぐに探し当てることができるのだ。
歌陽子は、母親のそんな過去の姿を思い浮かべて、思わず顔がほころんだ。
しかし、志鶴はその笑顔に少し気分を害したのか、

「なにニヤニヤしてるの、おかしな子ねえ」と声をとがらせた。

東大寺家の門は元日の昼から三が日は開け放しにしてある。
そのため訪問客は、車でまっすぐ玄関脇まで進んで、そこから出迎えを受けることができた。
正門には、車番認識システムが設置してあり、門をくぐっただけで訪問客が誰なのかが屋敷内の志鶴に連絡が行くようになっていた。

「奥様、村方様がお越しになりました。」

メイドが志鶴に告げたのは、夫克徳の懐刀、村方の来訪だった。

「さ、歌陽子、村方さんが来られたわよ。」

志鶴に促されて、歌陽子も玄関のホールに村方を迎えに出た。
訪問客は、村方一人ではなかった。
彼と、あと2人が同行していた。

出迎えた志鶴に対して、村方は、

「本年もよろしくお願いいたします。」

と、東大寺家に習った新年の挨拶をした。

「村方さん、いつも主人がお世話になっております。本年もよろしくお願いします」

「今日は、初めてのお客さんをお連れしました。代表はお見えですか?」

「はい、奥でお待ちしていますよ。」

「そうですか。では、皆さん上がらせていただきましょう。」

そう一同に声をかけ、村方は玄関先から奥へと進んだ。
その時不意に、訪問客の一人が頭を下げている歌陽子に、「ご苦労様」と声をかけた。
来客が娘の歌陽子に声をかけることは、今までなかったことである。
驚いて歌陽子が頭を上げると、そこにいたのは、

「し、社長!」

(#45に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#43

(写真:柳の精)

姉弟

お昼は近しい親族が集まっての会食となった。とは言え、集ったのは20を下らない人数で、ハウスキーパーの安希子と召集されたメイドやコックは給仕や調理に忙しく立ち働いていた。
これが、昼から夜にかけてますます忙しくなる。さらに2日目からは財界人や取引関係の役員が毎年挨拶のために集まり、三が日は目の回るように過ぎていく。

当然、奥向きは当主の妻たる志鶴が仕切る。長女の歌陽子も、母親のサポートのため接待に駆り出されていた。
だから、昔から歌陽子にとって、正月三が日は一年の中でもっとも忙しい時期であった。
そして、元日の朝、家族で雑煮を食べる一時だけが唯一ゆっくりできる時間だった。
しかも、歌陽子は三が日を振り袖姿で朝から晩まで過ごさなければならなかった。
歌陽子は、昔から着物を着るとひどく肩が凝った。歌陽子は少し時間ができた時を狙って、洋室のソファに身を投げ出し、両腕をソファの後ろに回してウーンと伸びをした。
そして、襟口から手を差し入れて、肩の凝りを揉みほぐしていた。
それは、和装をした女性が決して見せて良い姿ではなかった。

当の歌陽子も、よもや誰も来ないだろうと、完全に油断していたところへ急に、

「ねえちゃん、みっともね。」と声をかけられて飛び上がった。
それは、いつの間にか部屋の中に立っていた弟の宙であった。

「そ、宙!びっくりさせないでよ。」

「気、抜き過ぎだろ?」

「ちょっとくらいいいでしょ。あんたには、着物の辛さが分からないから、そんなこと言えるのよ。」

「じゃあ、着なきゃいいだろ。」

「そりゃ、そう・・・だけど、しょうがないじゃない。お祖母様のまた、お祖母様の時代から、東大寺家の娘はお正月に振り袖を着てお客様のおもてなしをして来たんだから。」

「バカ・・・だなあ。昔は他に着る物がないから、着物を着るのは当たり前だろ。昔やっていたからって、そんなの守っていたら、今でもお釜でご飯を炊いたり、薪でお風呂を沸かさなきゃならないだろ。」

「だけど・・・。」

しかし、歌陽子はそこで口をつぐんだ。
この頭の切れる弟には何を言っても、いつもいつもやり込められるからだ。
そこで、ソファの上に居住まいをただして、

「もう、行くね、お姉ちゃん、忙しいから」と席を立とうとした。
だが、宙は歌陽子の先回りをして入口のドアの前で通せんぼをした。

「あのさあ、俺ねえちゃんに聞きたいことがあるんだけど。」

しかし、歌陽子はあまり宙には関わり合いになりたくなかった。
何かにつけすぐ歌陽子のことを小馬鹿にする宙、自分より頭が良いのだから仕方ないと割り切ってはいたが、正直気持ちの良いものではない。
ところが、最近はそれに加えて敵意のようなものを感じる。明らかに彼女を意識しているのだ。今朝の一件もそうだった。
わざわざ事を荒立てなくても良いのに、歌陽子が困るように仕向けて来た。

「忙しいから、ごめんね。そこどいて。」

さらっとかわそうとするのだが、今日の宙はしつこかった。
昼前に先代から、歌陽子と宙で扱いに差を付けられて妬いているのかも知れない。
確かに、周りからの「愛情」は歌陽子に、「期待」は宙により強く注がれて来た。
それに対し、歌陽子は歌陽子で自分の足で歩けるところを見せたかったし、宙にしてももっと無条件の愛が注いで貰いたかったとしても不思議はない。
しかし、まだ精神的に幼い宙がそれに気づいているかどうかは分からない。

「あのさ、ねえちゃん。ここのところ、ずっと遅くまで何やってんの?」

(ロボットコンテストのことね。)

「別にい、そう、デートよ、そう言うことにしといて。」

あえて、歌陽子ははぐらかした。

「でも、なんでねえちゃん、ちょっと油臭いの?」

少しギョッとした歌陽子は、自分の髪の匂いを嗅いだ。だが、愛用の高級シャンプーの匂いしかしない。

「わかりやすいなあ。もう白状したようなもんでしょ。」

「そう言う会社なの。当たり前でしょ。」

「違うね。前はそんなに臭わなかったし。」

確かに、前と比べて作業場に入り浸る頻度が増えている。きっと、そのことを言っているのだろう。

「あのさ、ねえちゃん。俺が毎日コンピュータに向かってネットゲームしかしていないように思ってない?」

「別に、そんなことはないわよ。」

(と言うか、子供がコンピュータで他にすること思いつかないし・・・。)

「まあ、ねえちゃん程度の頭なら仕方ないけどさ。」

(いつもながら、わざわざ腹の立つような言い方しなくてもいいのに!)

「俺、実は幾つもネットの技術コミュニティに参加してるんだよね。そこにさ、アメリカでCGクリエイターをやってる日本人がいてさ、いつも自慢げに自分の手がけた作品の話をするんだよね。」

(それまさか・・・。)

「ところが、そいつ、最近日本でとある大財閥の委託を受けて、最先端のロボット開発のプログラミングメンバーに参加してるって書いてるけど、これ、ねえちゃん関係してるだろ?」

「・・・なんで?国の話かも知れないでしょ?」

そこで、宙はわざとらしくニヤリとして続けた。

「でもさあ、そいつ、プロジェクトリーダーのことボロクソなんだよ。財閥のお嬢様で、ど素人のくせして、やる気だけは人一倍って。」

(やっばり、タイゾー、アイツう!)

「あと、自分は金持ちの癖に、すごいケチでいつも安物を着て歩き回っているから、却って痛々しいってさ。」

(今度あったら、とっちめてやるう!)

「さあ、どこのお嬢様かしらね。」

敢えてそらっとぼける歌陽子であった。

「でも、もう全部顔にでてたよ。」

思わず両の頰を手で挟む仕草をする歌陽子。

しかし、開き直ってこう言い返した。

「そうよ、最先端は大袈裟だけど、お父様の仕事なの。」

「ふうん、でもそんな入社一年にもならない新人が、CGクリエイターまで雇ってロボット開発なんて、普通ないでしょ。」

「だけど、でも優秀な技術者の皆さんもいるし。」

しかし、宙はズバリと斬り込んできた。

「ねえちゃんさあ、今の会社、父さんから貰うつもり?」

「そんなだいそれたこと考える訳ないでしょ!」

これは正直な歌陽子の気持ち。

「じゃあ、かわりに俺が貰ってもいいね?」

(え?何言ってんの?)

(#44に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#42

(写真:サニーハウス)

宙(そら)

宙は、歌陽子(かよこ)の6歳歳下の弟だった。
今は中学二年の14歳である。
しかし、この宙は、東大寺家ではかなりの持て余しものだった。
もちろん、両親は最近の歌陽子も多少持て余していたが、宙の場合はその程度が甚だしかった。
宙は、一言で言えば生まれつきの神童であった。
幼い頃から、一を聞いて十を悟るところがあって、少なからず両親を驚かせていた。
一方、歌陽子はと言えば、いかにも凡庸、学業は中の中、運動は音痴、手先は不器用。多少容姿に恵まれている点と、愛想が良くて素直な点を除けば、これと言って取り柄はなかった。両親は落胆しながらも、「女の子だから、別の道もあるさ」と早々に諦めていた。
対して、宙の非凡さは両親に東大寺家の次期当主を期待させるに十分であった。

ただ、過ぎたるは及ばざるが如しと言われる通り、宙の非凡さは、学年が上がるにつれ周りとの軋轢を生み始めた。
例えば、一を問えば十を返す空の聡明さは教師を混乱させた。宙の通う、上流階級の子女ばかりの私立学校でも一応文科相の指導要綱にしたがっている。当然、教師もそれに順じて授業を進めることになるが、宙には教師の問いに対していくつも答えを思いつくのだ。
しかも、それを「〜の場合は〜で、〜の場合は〜で、〜の場合は〜が適切だと思います」と賢しく条件別に整理して答えるものだから、指導要綱に基づいた授業の進行は混乱し、他の生徒はもっと混乱した。
東大寺家の長男と言うこともあり、対応に苦慮した教師は学校長に相談をした。
学校長もそれを重く見て、保護者である母の志鶴を訪問し、宙について学校側の立場を打ち明けた。
一私立学校と東大寺家、その力関係は歴然であったが、志鶴とて学校の立場を汲み取るには十分過ぎる聡明さを備えていた。
そこで、夫克徳にも相談の上、学校での集団行動の規律を重んじて、極力教師に合わせるよう宙にこんこんと諭した。
おそらく宙には日本の教育制度は合わないのだろう、両親はそこまで分かってはいたが、だからと言って海外に留学させるとか、帰国子女や在日外国人のための学校に通わせる選択肢はなかった。
一つには、東大寺家の跡取りには和を重んじる日本の感覚を身につけて、いずれリーダーシップを発揮して貰いたいと願っていたからである。

聡い宙は母親の意図を瞬時に理解した。
そこで、授業でも教師の期待する答えを読み取ってピンポイントで答えられるよう自分を訓練をした。
その甲斐あって、小学校、中学校と群を抜く優秀な成績を収めた。
だが、それは彼の能力を十二分に発揮してではなく、むしろ頭を押さえられて出た結果であった。
十分に能力を発揮できずに不満を抱えた気持ちは何年もかけて彼の中に鬱積して行った。
そして、中学一年の夏休み中にその気持ちが爆発した。
夏休みに彼は過分過ぎる程の小遣いで、自室をちょっとした企業の情報室のようにした。
そこに夏休み中こもるようになった彼を、それでも打ち込めるものを見つけたのだから、と志鶴はむしろ前向きに評価した。
しかし、夏休みが終わっても彼はそこから出ようとはしなかった。
一応、世に言うひきこもりとは違い、家族とは普通に接するものの、学校を含めた外界との交渉は一切拒絶した。

彼に言わせれば、「戦略的不登校」と言うことらしかった。
だから、宙に不登校であることの負い目はない。どんどんインターネットで情報交流をし、またコンピューターの知識をつけ、自分の世界を広げていた。
もちろん、父親の克徳や母親の志鶴は、説得を試みた。しかし、宙の「学校に行くとバカがうつる」の一言に自分たちがとんでもないものを生み出したことを思い知らされ、なかば呆れて説得を断念した。
頭は良くても、所詮心は幼いままなのだ。
そして、彼をよく知るカウンセラーの「やがて時間が解決する」と言う言葉を信じてほっておくことにした。

宙は姉の歌陽子を、ひそかな同士に感じていた。
と言うのも、凡庸で親の言う通りなんでも順っている姉、実は父克徳が何の期待もしていないことを知っている。また、自分の不登校で父親を失望させたことを知っていたので、ともにダメな姉と弟同士。
さらに、昨年から急に姉が父親の意向に逆らうようになったのも小気味好く感じていた。
頭の出来はまるで違うが、やはり似た者同士、ひそかな連帯感があった。
しかし、父親の中で凡庸なはずの姉の評価が急に上がっている。歌陽子のいないところで、志鶴に対して「よくやっている」と褒めることもあった。
自分で好き勝手しながら、宙は心ならず姉に対して置き去られ感を感じ始めていた。
そして、今朝の一件のように姉の行動を監視し、おりがあれば歌陽子に不利な状況をつくるくらい平気でするようになった。
しかし、当の歌陽子はそんな弟の暗い情念をまだ知らない。

(#43に続く)