成長とは、考え方×情熱×能力#7
母の情、子の情
歌陽子(かよこ)のその場を和ませる笑顔に、野田平の母親も穏やかな笑みを返した。
「あのお母様、私、ロボットの勉強をしているんですけど、今私が研究しているのは今あるものよりもっと優しい機械なんです。
人間の一番のお友だちはやっぱり人間ですから、機械はそのまま友だちにはなれません。でも倒れそうになったらそっと支えてくれる、手が震えたらそっと添えてくれる、寂しかったら話しかけてくれる。暖かい空気のように自然にそこにいて、お友だちのように助けてくれる、そんなロボットを作りたいと思っています。」
果たして、どこまで分かっているのか、届いているのかは分からなかったが、ニコニコしながら母親は歌陽子のことば一つ一つにウンウンと頷いていた。
そして、
「あのね。」
そう母親は自分から喋り始めた。
歌陽子は傍にあった丸椅子を引き寄せ腰を下ろし、ベッドに身を寄せて耳を傾けた。
「もう50年も前になるねえ。
まだ、正徳も10になるかならないかだったよ。この子の父親が工場で大怪我をしてね。
それはひどいもので右足が潰れて、もう普通の仕事はできなかったんだよ。」
少し遠い目をした野田平の母親は、とつとつと辛い過去を語り始めた。
「なあ、母さん、それはもういいよ。」
「なぜだい?この娘さんにも聞いてもらうんだよ。」
「でも、・・・長くなるから・・・。」
さすがの野田平も最後の一言は消え入るように言った。
もう何度も耳にタコができるほど聞かされているに違いない。
「なんだい、ハッキリとお言いよ。」
「母さん。」
少し気色ばんだ母親を、まるで気の弱い息子のような野田平が持て余していた。
「野田平さん。」
「何だ。」
「お母様のお話しを聞いてあげましょうよ。」
「お前、簡単に言いやがって。下手すりゃ、今日帰れなくなるんだぞ。」
「でも、お母様が一番喜ぶことを見つけに来たんですから、お母様が気分を害してしまったら意味がありません。」
「は、勝手にしろ。」
「はい、勝手にします。」
「この!」
小さく拳を振り上げかけた野田平を無視して、歌陽子はまた母親の話しに耳を傾けた。
母親は辛かった昔話を、中身とは裏腹に懐かしむように、愛おしむように語り始めた。
「仕方なかったのかも知れないけど、父親はそれですっかりやる気をなくしてさ、昼間からゴロゴロして酒ばかり飲むようになった。昔だからねえ、他に気晴らしもなかったしね。
でも、もともと裕福な家じゃないから、たちまち毎日の食べ物にも困ってねえ。結局住んでいた家も手放したし、持っていたものでお金になるものはすべて売ってしまった。
この子には他に兄弟が3人居てね、皆んな食べ盛りだろ。稼ぎのない主人と子供を抱えて、家を売ったお金もだんだんなくなるし、困ってね、それで以前に手習った洋裁で知り合いに雇って貰ったんだよ。」
「外に働きに出られたのですね。」
「そうだよ、まだ小さかったこの子らには随分さみしい思いをさせたろうね。」
そうしみじみと語りながら、母親は少し涙ぐんでいた。自分の辛かったことより、子どもに寂しい思いをさせた方が辛かったのだろう。そんな母親の慈愛の深さに歌陽子は思わず胸が詰まった。隣で聞いている野田平は、表情には何も表さないが、心ではどう感じているのだろう?
だが、次の瞬間母親の顔が少し明るくなった。
「でもね。悪いことばかりじゃなかったよ。お店ではね、いいお客さんがついてね。店の主人に口をきいてくれて、小さいけど自分の店を持たせて貰えたんだ。」
ほんのささやかな、彼女のサクセスストーリーだった。
「とくに、正徳はね、特別に勉強ができたろ。だから、いい大学に通わせてやりたくてねえ。それこそががむしゃらに働いたよ。人の二倍、いや三倍は頑張ったね。今思えばよくもったね。なんとしても、子どもたちに立派な教育を受けさせて幸せな人生を送らせたかったらからね。」
「グッ・・・。」
喉を詰まらせたような野田平の声に横を見ると、
あ、野田平さんが涙を流してる。
身勝手なだけの困った大人だとばかり思っていたけど、この人にもアタマが上がらない人がいるのね。
昔話を聞かされると涙が止まらなくなるから、この人私に聞かせたくなかったんだわ。
だが、歌陽子のそんな視線に気づいた野田平は、泣きながらも後ろ手に歌陽子のお尻を力任せにつねりあげた。
「アッ!!(痛い!)」
目から火が出た。叫び出しそうになるのを必死で口に手を当てて堪えた。
ダレニモイウンジャネエゾ!
そう野田平が凄く怖い目で訴えていた。
もう、なんですぐ、私なの?
(#8に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#6
笑顔
「お母様ですか?」
「ああ。」
「ならば、起こしては悪いから向こうで待ちましょうよ。」
「いいや、ここで待つ。」
「なら、私、向こうに行っていますね。」
「お前もここにいろ。」
え?
「なら、荷物を下ろさせてください。手が痛くなってきました。」
「そんなもん、その辺に置いておけ。」
それから、無口になった野田平と歌陽子(かよこ)の二人は、彼の母親が目覚めるまでの小1時間をそのまま待った。
やがて、少し顔をしかめて母親はうっすらと目を開いた。
彼女は、どんな夢を見ていたのだろう。
若い頃の楽しかった思い出だろうか。
しかし、目を覚ませば辛い現実と向き合わねばならない。
動くたびに軋みをあげる身体、一人施設で暮らさなくてはならない孤独、自分の排泄ですら思うに任せない情けなさ。そして、薄もやがかかったように一向定まらない記憶。
だが、今日は誰かが訪ねてきてくれたようだ。辛い現実も少しは気が紛れるかも知れない。
「はああ、すっかり寝てしまった。あ・・・、どちらさん?」
「僕だよ、正徳だよ。」
僕・・・?
「ああ、正徳か。どうしたんだい。今日は大学はいいのかい?」
大学う?
『大学』の単語に反応した歌陽子が野田平に小声で聞き返した。
「野田平さん・・・大学ってどういう・・・意味ですか!」
「うるせえ・・・グズ・・・お前余計なことを・・・言うんじゃねえぞ。」
野田平も小声で答える。
「お袋はな・・・前から記憶がグジャグジャになって・・・いつの間にか俺のことを大学教授をやっていると思い込んでるんだ。いいじゃねえか・・・年寄りが勝手に妄想することだ。いい夢・・・見せとこうじゃねえか。」
「わ・・・分かりました。ならば、そう言うことで。」
そして、今度は母親が歌陽子に気がついた。
「随分若い子だね。助手さん?」
「あ、彼女は僕のゼミの学生でね、母さんみたいな施設にお世話になっている人を楽にするロボットを研究しているんだ。」
「そう、立派な研究ね。あなた・・・。」
「は、はい。」
母親に呼びかけられた歌陽子は思わず返事をした。
「でも、私機械に世話して貰うのなんて嫌だよ。お友達なんか、一杯身体中に線やチューブを付けられてウンウン言って死んだんだよ。」
「それは・・・。」
思わず歌陽子は絶句した。
そう、高齢者にとって機械に世話して貰うのはそんなイメージなんだ。
「母さん、違うよ。この子が研究しているのはそんな機械じゃない。母さんは職員さんにお世話して貰うと安心だけど、恥ずかしい思いや情けない思いをすることがあるだろ。でも機械ならそんな心配は要らないし、それに夜も眠らないからいつでも気兼ねなく助けて貰えるんだよ。」
「そう、お前がそう言うなら間違いないね。お前はいつでもよく出来たからね。」
野田平に説明を受け、母親は少し安堵の表情を浮かべた。
その野田平に歌陽子はすっかり感心したように話しかけた。
「へえ、お母様の野田平さんに対する信頼って凄いですね。」
「まあな、少しは俺を見習いな。なにしろ、俺はお前のようなロクデナシと違って、学校でもいつも一番だったんだからな。」
ああ、そうですか。褒めて損した。
「でも、あなた可愛らしい顔してる。今の若い人は整った顔をしているけど、なんか、私には怖くてね。」
「・・・つまり愛嬌のある顔だってことだ。」
隣で野田平がボソッと言った。
それって褒めてるの?
でも、歌陽子は満面に笑顔を作って彼女に笑いかけた。
「お前でもそんな顔をするのか」とばかりに野田平が少し驚いてそれを見返していた。
そして、歌陽子の笑顔につられて、野田平の母親も笑い返す。
しわだらけの顔がさらにクシャッとなって、とても愛くるしい笑顔になった。
それを見てさらに歌陽子が笑顔を作る。
母親にとって、久しぶりに幸せな時間が流れようとしていた。
(#7に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#5
母親
「こらあ、グズカヨ、グズメガネ、グズ課長、さっさとしねえか。」
「はあ、はあ・・・。なんで、なんでこんなにいっぱい荷物を持ってくるんですか?」
「しょうがねえだろ、お袋への土産と世話になっている職員さんへのお礼と、あとは暇つぶしに、途中腹も減るだろ。」
「はあ、はあ・・・、皆んな野田平さんの荷物ばかりじゃないですか。そうしたら、少しは手伝って下さいよ。」
「ばあか、俺みたいな年寄りがゼーハー言って、お前みたいな若いやつが楽していたらおかしいだろう。」
「だからって、野田平さん、ほぼ手ぶらじゃないですかあ。」
・・・
今朝、歌陽子は東京駅で野田平と待ち合わせていた。
新幹線のチケットをネットで手配して、十分余裕を見て改札前で待っていたが、肝心の野田平がなかなか姿を現さなかった。
このまま指定席に乗れず自由席になろうものなら、野田平が散々ゴネるのは目に見えていた。
野田平さん、早く来てよう。
そして、発車5分前になって、荷物を一杯に抱えた野田平が姿を現した。
そして、いきなり言うことは、
「おい、グズカヨ。何してんだ、手伝えよ。ほら、これもこれも、お前持て。」
華奢な歌陽子に構わず、野田平は自分の荷物をどんどん彼女に投げて寄越した。それを落とさないように必死に受け止めて、やっと一息ついたら、今度は、
「こら、グズ、走るぞ。新幹線に遅れちまうだろう。」
え〜っ!なんでこんなに荷物持ってくるのよお。なんでこんなにギリギリに来るのよお。
しかし、愚痴っても仕方ない。なぜなら、彼は野田平だから。我儘チャンピオンのノダチンなのだから。
そして、なんとか駆け込んだ新幹線の指定席。ところが荷物が歌陽子の席を占領して座れない。一方野田平は、悠々と窓際に席を取って持参した缶ビールをあけていい気分になっている。
結局、3時間半歌陽子は立たされたまま広島に着いた。
そして荷物のほとんど抱え込んだ歌陽子は、毒づきながらドンドン先を歩いていく野田平をゼーハー言いながら追いかけた。
駅からタクシーで15分の場所に野田平の母親が入所してる介護施設があった。
タクシーを一歩降りるなり野田平の顔が変わった。
口元をキュッと引き締め、つばで眉毛を直し、いつもはしないネクタイを締め直した。
これがいつも歌陽子に好き勝手言っている野田平と同じ人物なのだろうか。
でも、やっぱり荷物は持ってくれないんだ。
施設の玄関をくぐり、受付で訪問の目的を告げた。
「あの、野田平郁夜の身内ですが、取り次いでもらってもよろしいでしょうか?」
この人、こんな標準敬語を使えたんだ。
「はい、野田平さんですね。2階の203のお部屋です。まだ、眠っておられるかも知れませんね。」
「構いません。部屋で待たせて貰います。あ、それとこれ、皆さんで召し上がってください。」
と、歌陽子が抱えている袋の一つを手渡した。
「気を使っていただき申し訳ありません。」
「いえ、いえ、お世話になっているのはこちらの方ですから。」
しかし、その同じ手でしっかり歌陽子に領収書を握らせた。
「必要経費だ。」
そして、エレベーターで2階に上がり、手前から3番目の部屋に野田平の母親はいた。
殺風景な部屋に花瓶が置かれ、数本の花がさしてあった。あとは孫やひ孫が書いたと思しき絵や手紙が置かれていたり、家族と一緒に写っている写真が飾ってあった。
窓は開け放たれ、気持ちの良い風が白いカーテンを揺らしていた。
野田平の母親、野田平郁夜はベッドで薄い毛布をかけて貰って気持ち良さそうに昼寝をしていた。
彼女の真っ白い髪が風にほつれて揺れていた。白くなった髪、そして顔に刻まれた深い皺、小さく縮んだ身体、その全てが彼女のこれまでの人生を物語っているようだった。
(#6に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#4
正しい答え
前田町が続けた。
「さて、嬢ちゃん、肝心なのはあんたの頭の中身だ。一口に自立駆動型介護ロボットと言うが、何をさせるつもりなんでえ。」
「それは、私なりに考えました。少し見ていただけますか?」
「ああ、見せて貰うぜ。」
「少し準備に時間を下さい。」
そう言って、歌陽子は卓上のノートパソコンに向かった。やがて、資料の印刷を指示するとプリンタに向かって席を立った。
持参したのは、カラーA3の提案資料。
「自立駆動型介護ロボット概案」と書かかれている。
「私、機械や配線のことはサッパリなんで、こんなことができたらいいな、をまとめました。」
そう言って歌陽子は、資料を野田平、前田町、日登美の3人にも見えるように広げた。
「はっ!こりゃまた随分あっさりした提案書だな。」
「まあまあ、社会人半年ならこんなものでしょう。」
野田平や日登美にからかわれた歌陽子は恥ずかしくて、赤くなってうつむいて言った。
「す、すいません・・・。」
そのA3用紙にはロボットのイラストと、ポイントの大きな文字でこう書かれていた。
『自立駆動型介護ロボットの機能
一、歩行を助ける
高齢者がつかまり歩きして、歩行を楽にする。ロボットと行動さえすれば、遠出しても迷子にならず無事帰宅できる。
二、食事を助ける
手元が不確かな高齢者の代わり食事を口に運び、誤嚥の兆候があればすぐ通知する。
三、入浴を助ける
介護士に代わり入浴を助け、湯温の調整も行う。
四、転倒を防ぐ
足が弱い高齢者に寄り添い、転倒のリスクがある時は転倒を防止するよう行動をする。
五、体調の急変を通報をする
高齢者のバイタルを定期的にチェックし、AIで体調の変化の兆候を検出して通報する。』
「いや、いいと思うぜ。字が大きいのも俺らには助かるぜ。なあ、そうだよな。」
「あ、ああ。」
前田町に励まされて、少し気を取り直した歌陽子は介護ロボットの説明を3人にした。
歌陽子は今まで見聞きし、また自分なりに調べた介護の現場の大変さを少しでも楽にしたいと思ったのだ。
「嬢ちゃん、ちょっと欲張りすぎじゃねえか。一、の歩行ロボットだけでも相当ハードルは高いぜ。」
「ですねえ、人間の行くところにいつもついて来るロボットなんて、できたら盲導犬はいらなくなりますね。」
その時、不思議と口を閉じていた野田平がポツリと言った。
「あのな、俺には今年83になるお袋がいるのよ。すまねえ事にな、家族で面倒を見きれなくて離れて施設で暮らしているのさ。そのお袋が喜ぶのはどんなロボットだろうかって考えてちまってな。」
前田町も日登美も身に覚えのない話ではないらしく、シンミリとした空気が流れた。
「まあ、その、なんだ。親不孝じゃ、俺ら、誰にも引けは取らねえからな。」
「戦後に私たちを必死に守って育てた世代ですからね。少子高齢化とか、国のお荷物とか、あまりよくあつかってはきませんでした。本当はもっと恵まれてもいいんじゃないかって思いますよ。」
「だよな、少しは年寄りを喜ばせられる仕事も必要だよな。」
「じゃあ!」
その重くなった雰囲気の中、ひとり明るい声をあげたのは歌陽子だった。
「じゃあ、答えを探しに行きましょうよ。」
「答え?」
「そう、何がお年寄りの皆さんにとって嬉しいことなのか、それをロボットが実現するのが一番正しい答えなんです。
だから、野田平さんのお母さんに会いに行きましょうよ。」
唐突な申し出に野田平が慌てた。
「ちょっと待てよ。お袋が入所しているのは広島だぞ。ちょっとやそっとでいけるもんか。」
「大丈夫です。新幹線なら3時間半です。」
愉快そうに前田町が尻馬に乗る。
「じゃあ、野田平と嬢ちゃんの二人で行ってきな。」
「はあ?なんでこんなグズカヨと二人連れで旅しなけりゃならねえんだ。」
「いや、けっこう仲良くやってるじゃねえか。」
「じゃあ、旅費は出るんだろうな?」
立派な公務ですもん、当然です、とばかりに歌陽子が胸を張る。
「はい、任せてください。」
「それより、またヘリでひとっ飛びって訳にはいかねえのか?」
「そ、それはもう二度と嫌です。」
(#5に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#3
始動
「ロボットコンテスト?あの、よく工業高校でやっているアレですか?」
テレビでの聞きかじりで歌陽子(かよこ)は前田町に聞き返した。
「似たようなもんだが、あんなに大掛かりじゃねえ。うちの会社の中で、30歳以下の若手がエントリーして、新作ロボットのアイディアを披露するのさ。毎年、いっぺんずつあるんだが、あんた知らねえか?」
しばらく記憶を探るような顔をしていた歌陽子だったが、少しバツが悪そうに頭を掻いて言った。
「すいません。開発部のミーティングでも聞いたことがありません。」
「はあ、やっぱり、最近は参加者もいなくなってすっかり盛り下がってやがるからな。
だけどよ、一応社長も審査員で参加するんだぜ。」
「だけど・・・あ、そうか。ロボットコンテストなら、社長に直接プレゼンできますよね!」
「そうよ、それが肝心なところよ。」
「でも、開発部のミーティングでも話題に上がらないくらいだから、今年は開催されないってことにならないかしら。」
「まあ、あるかも知れねえな。だけど、そこだけは親父さんの力を借りるのも手だぜ。」
「え?父ですか?」
「ああ、今年のロボットコンテストに、もし親父さんが顔を出すって言ったらどうなる?
ロポティックスとか言い出している手前もあるし、親父さんが顔を見せても何の不思議もねえ。
そうしたら、うちも東大寺に対するメンツもあるから、強制的に各部から参加者を募ってでも盛り上げようとするだろうぜ。
そこで、審査員から最優秀賞を貰えば、長いプレゼンをさせて貰える。そして、それが社長に響けば、開発予算を貰って正式に社内プロジェクトの一つに加えて貰えるんたぜ。
とうでえ、願ったりかなったりだろ?」
少し道が拓けてきたので、歌陽子の顔は見る見る明るくなった。
「は、はい!頑張ります!」
しかし、そんな歌陽子に水をかけたのはまたしても野田平だった。
「は、頑張るって何をだよ?」
「え、そのロボットコンテスト、優勝・・・です。」
「待てよ。ロボットの配線一つできないお前がどうやって参加するんだよ。コンテストには実機がいるんだぞ。」
「え?そうなんですか?」
「タリメーだろ。まさか、鉄腕アトムのイラストでも描いて誤魔化すつもりだったのかよ。」
「そ、それはそうですけど・・・。」
歌陽子をいじめて喜ぶのは野田平の趣味のようなものである。そして、いつも助け船を出すのはら決まって日登美だった。
「歌陽子さん、安心していいですよ。エントリーは若手が中心ですが、企画さえすれば実機製作はチームでやって良いことになっているんですから。」
「チーム?」
「つまり、僕らですよ。」
「あ!」
「おうよ、俺らエースエンジニアが三人もついてるんだ。社内の表六玉なんぞに負ける気がしねえぜ。」
「まあ、そう言うこった。からかって悪かったな。」
「もう!ひどい!ノダチン!」
「ノ、ノダチンだあ?おめえ、ちょっと図に乗り過ぎだぜ。」
いや、それくらい歌陽子の気持ちは舞い上がっていた。
こんなに心強い味方は他にない。
「じゃあよう。グズカヨ!」
「え?私?」
「そうだ、グズカヨ。おめえ、早速パパに、ロボコンに来るように頼みな。」
そっか、それがあったか。
「い、いやあ、私からはち、ちょっと。」
「まあ、そうだろうぜ。あの気取ったムラなんとかに頼んだ方が無難だろうな。」
さすが、前田町さん。よく分かってる。
「嬢ちゃん、あの村方って野郎に早速電話しな。」
「い、今ですか?あのまた、ヘリとか飛ばされませんか?」
「でえじょうぶだ、ヤツもそこまで人間が悪くはねえ。」
「はい。分かりました。」
トゥルルルルルルル!
ガチャ。
「あの、歌陽子です。村方さん。今いいですか?実はご相談がありまして。
・・・
そうです。自立駆動型介護ロボットのことです。はい、実はですね、いろいろと考えたんですけれど、社長と直接話をする良い方法がなかなか思いつかなくて・・・。
・・・
い、いいえ。いいです!ちゃんと私なりに考えましたから。実はですね、うちの会社にロボットコンテストという催しものがありまして・・・。
・・・
そうです。そこで、介護ロボットの試作品を出展して、優勝して・・・社長にプレゼンして・・・、はい。東大寺グループのバックアップもありますから、なんとからやらせてくださいって、言います。
・・・
え?はい。そうです。
でも、大丈夫です。私には最強のチームがついています。社長を絶対納得させます。
難しいのは分かっています。でも、それ以上に価値があることですから。
・・・
はい。
・・・
はい。
それで、お父様にロボットコンテストの日に参加して貰いたいんです。
そこをなんとか村方さんに・・・。
・・・
え?無理です。
そこは協力してください。
だってヘリコプターを飛ばしてさんざん困らせたじゃないですか?
・・・
そうです。だから、村方さんは私に協力する義務があります。
・・・
はい。もちろんです。あと、私が頼んだって分からないようにお願いします。
・・・
はい、よろしくお願いします。ありがとうございます。
では失礼します。」
ガチャ。
「おい、最後は無理やりだったじゃねえか。大丈夫か?」
「大丈夫です。なにしろ、私は村方さんの一番のお気に入りなんですから?」
「は!いいやがる。」
そこで、最後に前田町が話を引き取った。
「じゃあ、策はなったところで、ロボットのコンセプトを固めようじゃねえか。」
(#4に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#2
思案
「そんな面倒なこと考えてねえで、正面からバンとぶつかったらいいじゃねえか。
あんたは、東大寺グループの印籠を持たされたんだろ。」
「野田平くん、なかなかそう言う訳にはいかないんですよ。
例えば、東大寺グループの葵の御紋をかざして頭が高い!とやったとします。
そうすれば、社長と言えど、嫌々でも承諾するでしょう。
しかし、問題はその後です。
このプロジェクトは、私たち開発部技術第5課が中心になって推進することに意味があります。と言うことは、今後も歌陽子(かよこ)さんが中心になって進めて貰わなければならないんです。
つまり、東大寺の一族ではなく、三葉ロボテクの社員として社長に納得して貰う必要があるんですよ。」
「めんどくせえなあ。」
野田平と日登美の掛け合いを人ごとのように聞きながら、歌陽子は机に頬杖をついた姿勢を崩さなかった。
ホント、どうしたらいいの?
ルートとしては、上からと下からの二つしかないのはわかる。
上からとは、東大寺の名前を出して、直接社長に申し入れること。
プロジェクトが始まった後の資金や支援体制は村方さんが保証してくれているし、経営権を握っている東大寺に逆らえるはずがない。
一番簡単に思えるけれど、そのプロジェクトをそのまま開発部技術第5課が引き継いだら、社内の反感を招くに違いない。
「どうせまた、お嬢様が父親にないものねだりをして、格好だけの実績を作ろうとしているんだろう。金にあかせて形ばかり取り繕って、時間と資金の無駄遣いだ。そんなことに、誰が協力などするものか。」
自分が逆の立場だったら、きっとそう思う。
ここで孤立してしまったら後が続くはずがない。
ならば、きちんと課長としての筋を通して、会社を納得させるか?
ああ、それもハードルが高過ぎる。
なにしろ、この間の屋上ヘリコプター事件以来、すっかり会社では浮いてしまったし、まともに上申などして、とても取り合って貰えるとは思えない。
それに、正規のルートを通していたら時間がかかり過ぎる。
うちの会社はトップダウンは異様に早い割に、エスカレーションは牛の歩みなんだ。
稟議が半年も上司のところで止まっていることはザラにあるらしい。
あとは、社長に直訴しようか。
いや、江戸時代であるまいに。
それで、睨まれでもしたらますます実現は遠のきそう。
やはり、ここは村方さんの力を借りて・・・。
いや、やっぱりよそう。
お父様は、私の力を見ているんだ。
あっさり、村方さんに泣きついたら、すぐ落第点を付けられるに違いない。
方針が決まらないまま過ぎていく時間がジリジリと痛い。
どうするの?
どうやるの?
どうしたら、皆んなとの約束を果たせるの?
その歌陽子の頭をポンと叩いて、前田町が声をかけてきた。
「ん?あ、前田町さん。」
「まあ、嬢ちゃん、あんた一人で抱え込んでもロクな答えは出やしねえぜ。」
「でも・・・。」
「メンバーをうまくまとめて、いい仕事させるのが、本来のリーダーってもんだ。
自分に知恵がなけりゃ、知恵のありそうなヤツに聞けばいい。」
「じゃあ、前田町さん、何か良い打開策は有って?」
「はは、俺か。こんなジジイでも、あんたには知恵袋ってことか。
じゃあ言うが、全く道が無いわけじゃねえ。」
「ホントですか?」
「ああ、本当だ。俺らが堂々と大手を振って社長連中にものを言えるチャンスがあるぜ。」
「それって、労使交渉ですか?」
「ん?ガハハハハ、そりゃあいい。確かにそうだ。だがよお、俺らロートルにはちいっと場違いだぜ。」
歌陽子の答えが余程面白かったのか、前田町は普段に無く大きな声で笑った。
「あのよお、ロボットコンテストって知ってるか?」
「ロボットコンテスト?」
(#3に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#1
ミッション
東大寺歌陽子(かよこ)は、20歳。
短大を出て、今の会社、三葉ロボテクに入社して半年あまりが過ぎた。
会社の制服に着替えて、普通にロビーですれ違えば、どこにでもいる新人女子社員である。
身長は161センチ、体重は45キロ。
チビてもいなく、痩せすぎでもないが、全体に華奢な印象を受ける。
それは、不似合いに細い肩や腕や足、そして作りの小さな手のせいだった。
頭の作りは大きくはない。ただ、肩の上まででボブにまとめた髪にかなりボリューム感があった。「遊郭の禿が今でもいたら、きっとこんな感じだったろう」と言う人もいる。
その髪が歌陽子が動くたびによく揺れた。
そして、髪の毛の中の顔のパーツ一つ一つはどれも小さかった。小粒だけど、ピカピカよく光る目。小さな鼻と小さな口。尖った小さな顎。
そして、顔の真ん中にトレードマークのヴィンテージの丸めがね。少しずり下げためがねの上から、目の上三分の一で覗き込んでいる印象がある。
顔はいつも少し紅潮をして、赤みがかっていた。実年齢を知らなければ、まだ15、6にしか見えないだろう。
制服は会社からの支給品だか、下に着込んだ折り目のついたシャツや、細い腕にチェーンで巻きつけた腕時計、細い足をさらに細く見せている黒いタイツ、そして足元の靴も、庶民が買わないような高級品に身を包んでいた。
彼女は、会社の他の女子とは家庭環境が違う。歌陽子の父親は、日本屈指の財閥の当主であり、バイオで世界をリードする医療系企業グループのオーナーであった。
そして、当三葉ロボテクの筆頭株主で、経営権まで掌握していた。
その三葉ロボテクに、歌陽子は半年前に新入社員兼いきなりの課長職として入社した。
最初は、「自立して社会で働きたい」と言う歌陽子のワガママをたしなめるため、世間の厳しさを教えるのが目的だった。
しかし、放り込まれた厳しい環境に歌陽子はよく耐えた。職場の人達とも絆を深め、当初の父親の目論見は外れた。
ならば今度は歌陽子がどこまでできるか試してみようと言う気持ちになった。
歌陽子に与えられたミッションとは。
東大寺グループが医療でロボティックスに参入するため、自立駆動型介護ロボットの開発プロジェクトが持ち上がった。東大寺グループには、三葉ロボテクを筆頭にロボティックス分野に精通している企業は何社もあったが、自立駆動型と言うハードルにどの会社も手を挙げ兼ねていた。
そこで、産業ロボットの専業である三葉ロボテクが積極的に関与し、プロジェクトのリーダー的役割を果たして貰うよう東大寺の右腕である村方が説得に派遣された。
旧知の仲の村方からその経緯を聞かされた歌陽子は、冷や飯を食わされている自分の部署に再び光が当たる好機と考え、非情な関心を示した。
そんな歌陽子を見て、村方は父親の東大寺克徳に「歌陽子お嬢様に、三葉ロボテクの説得を任せてみたらどうか」と進言した。
東大寺克徳は、父親として娘の成長に触れ、彼女がどこまでやれるかを量ろうと考えた。
そこで、一時的に本件限定の東大寺グループの代表権を彼女に与え、三葉ロボテク側の説得に当たらせることになった。
一課長が、社長と会社の事業について交渉する。そんな無茶な話に歌陽子は、すっかり縮み上がったが、彼女の仲間たち、野田平、前田町、日登美ら三人に背中を押されて、このミッションに取り組むこととなった。
いよいよ歌陽子のプロジェクトが始動するのである。
(#2に続く)