成長とは、考え方×情熱×能力#102
父子対決
ざわさわと周りが騒ぎ始めた。
「あの・・・、お父様。恥ずかしいです。降ろして下さい。」
父親の肩に軽々と担がれて、スカートの中が見えないように必死で裾を
押さえる歌陽子。
「お前は黙ってなさい。」
「だって・・・。」
「なんだ?」
「私だって被害者です。おじいさまが、私のことを突き落とすから。」
「それは、ノコノコと先代について行ったお前の落ち度だ。いつも、なぜもっと自分の身を守らない?」
「それは・・・。」
(今日は私の誕生会なのに、こんな形で晒し者にするなんて・・・。)
ひどい父親だと思った。
それで、歌陽子は父親に対する抵抗を試みて、スカートの裾を押さえながら必死で足をバタつかせた。それで、父親がバランスを崩した隙に、こんなバカなことから逃げ出すつもりだった。
しかし、克徳は歌陽子の抵抗をなどモノともせずに、ひょいと片手で肩の上に担ぎ直すと、もう一方の手でスカートの上から彼女の尻をしたたかに打った。
パァン!
小気味の良い音が響く。
「い!」
痛いとも発声できない。息が止まりそうだった。
(い、嫌だ・・・。絶対痣になっている。)
「う・・・。」
歌陽子のメガネに涙が滴り落ちた。
痛さと、恥ずかしさと、情けなさに声を殺して泣きだした。
「バカモノ、これくらいで泣く奴があるか。」
「だって・・・、こんな恥ずかしいこと。もう皆さんに顔を合わせることができません。」
「別に構わんだろう。明日から、またお前は自分の世界に戻るんだし、皆に会うのは一年後だ。その頃には、もうほとぼりが冷めているだろうし。」
「もう!お父様のバカ!」
パァン!
また、小気味の良い平手が響いた。
「ひ・・・。」
余りの痛さに声を失う歌陽子。
その時、
眼下の花の空間の一部が盛り上がって、
「こりゃ、いい加減にせんか。この無粋者めが。」
と、先代が顔を出した。
「全く、お前と言う奴は、未だに粋というものを全く理解しようとせん。」
「お父さん、やり過ぎです。粋か何かは知りませんが、皆さんを驚かしたり、心配をかけるのは、どうなんですか?」
「じゃから、『心臓の弱いもんは遠慮せえ』と言うたんじゃ。それに、歌陽子はわしに付き合っただけじゃ。そこまで、手酷く扱わんでもええじゃろ。」
「いいえ、歌陽子も共犯です。お父さんが素直に投降するまでは、いくらでも痛めつけるので覚悟してください。」
「い、いや!私まで巻き込まないで!」
「か、歌陽子お、なんと健気なんじゃ。あと少し、耐えるんじゃぞ。」
「おじいさまも、いい加減にして!」
なんのことはない、先代と克徳の親子喧嘩なのである。そして、いつもトバッチリを食うのは、愛嬢の歌陽子。
つまり、日頃互いに不満を鬱積しながら、高い立場故に表だって感情をぶつけ合うことができない二人が、唯一素直に気持ちをぶつけられるのが今日だった。
そして、次第にエスカレートする大喧嘩が、誕生会のグランドフィナーレなのだ。
毎年のことなので、実は参加者の誰もが慣れていたし、またいつものことかと寸劇を楽しむような余裕もあった。
だが、高齢の先代と、壮年の克徳が殴り合うわけにはいかないので、お互いに憎まれ口をきいたり、お互いの嫌がることをする。あるいは、その企みを阻止しようとする。
だから先代にとって、派手な仕掛けで克徳の神経を逆撫でするのが攻撃であり、克徳にとっては敢えて先代が嫌がることをするのが反撃だった。そして、いつも歌陽子はその材料にされた。それだけ、歌陽子は家族からもいじられやすいキャラクターだとも言える。
そして、遠くから、二人のやりとりを見ていた志鶴は、
「全く、どうして男はこんなにバカなのかしら」と一人つぶやいた。
克徳の肩の上の歌陽子は、再度抵抗を試みて、ウンと腕を突っ張った。足を父のベルトにかけて思い切り蹴り上げると、フワリと父の身体を離れて歌陽子の身体が宙に舞った。
(#103に続く)