成長とは、考え方×情熱×能力#84
立ち回り始末
気がついたら、天井を見ていた。
(あ、れ、どうなった。)
オリヴァーは、今何が起きたか理解できなかった。
ひ弱な歌陽子を叩き伏せて、東大寺老人との約束通り、彼女を手中にするはずだった。
だが、今、床に転がされているのは、紛れもないオリヴァーの方だった。
その時彼の視界に、オリヴァーを覗きこんでいる宙の顔が見えた。
「あ〜あ、まさかこんなに見事に決まるとは思わなかった。」
「決まる?何が?」
「だから、オリヴァーはねえちゃんのアイキで投げられたんだよ。」
「アイキって、あの日本のブドウのか?」
「そう、合気道。」
そこで、始めてオリヴァーは床から身体を起こした。
「そうか、だから、マサノリはあんな無茶な約束ができたんだ。やられた。カヨコはブドウのタツジンだったんだ。」
「いや、全然へたっぴだよ。むしろ、俺の方が強いもの。」
「どういうことだ?」
「アイキの達人はね、母さんなんだよ。これから物騒な時代だから合気道を身につけなさいって、さんざん習わされたんだ。俺はおかげで少しは使えるけど、ねえちゃんは全然ダメ。運動音痴なんだ。だから、母さんも諦めて、たった一つの技だけを徹底的に覚えさせたんだ。それが、あの技。」
そう言って、宙は、歌陽子の技の真似をした。
「そうか。」
「気にしなくていいよ。あんな中途半端な技、普通だったら絶対通用しないから。オリヴァーがねえちゃんのことを知らずに油断してたから、やられだだけさ。二度と負けやしないから心配いらないよ。」
「いや、マサノリと、カヨコにはもう関わらないと約束した。」
「へえ、オリヴァーは意外にブシドーなんだね。あのさ、あのじいちゃんが、あんな約束守るはずがないよ。ねえちゃんがヒスを起こしてたし、じいちゃんも面白半分で言ってただけさ。」
「そうなのか?」
「そうだよ。自慢じゃないけど、俺、生まれた時からずっとじいちゃんの孫だぜ。」
「いずれにしろ、僕はロボットにコンサレートした方が良さそうだ。」
「そうそう、あんなつまらないねえちゃんのことはほっておいてさ。」
「いや、ソラ・・・。」
「何?」
「僕は、損得抜きでカヨコが欲しくなった。今は無理だけど、必ず手に入れてみせる。」
一方、オリヴァーを見事なアイキの技で投げ飛ばした歌陽子は、感情の高ぶりの反動で、その場に座り込んでいた。
「ご老人、これは演武の一つですかな?」
集まってきた見物客に先代が質問を受けていた。
「ほっほ、そうじゃ。その通りじゃ。娘武芸者、怪しからね外国人を懲らすの巻じゃ。」
「ほう、すっかり、本当に喧嘩していると思いましたよ。」
「いや、お孫さんの、あの技、実際にはああもきれいには決まらないでしょ。」
「ん?バカ言うてはならん。歌陽子の強さはあんなもんではありはせん。」
「そうですか、失礼しました。」
歌陽子をネタにすっかり主役の気取りの先代。
一方、
「歌陽子さん、大丈夫ですか?」
座り込んで肩で息をしている歌陽子に、森一郎が声をかけた。
(あ、お弟子さん。)
大立ち回りを演じて気まずい歌陽子に、しかし、森一郎はにっこりと笑いかけた。
「あ、あの・・・。」
「僕は森一郎と言います。」
「シンイチロウ?」
「はい、森に一郎です。覚えやすいでしょ。」
「ええ、まあ。」
「歌陽子さん、かっこ良かったですよ。僕、強い女性嫌いじゃありません。」
「あ、有難うございます。でも、私ぜんぜん強くなんかないですよ。」
「またあ、あんなきれいな投げ技。あれって、『呼吸投げ』でしょ。」
「そんな名前なんですか?私ちっとも真面目に練習しなかったから。」
「じゃあ、火事場の馬鹿力だったんですかね。まずは立って、向こうの椅子で休んでください。」
そして、森一郎は歌陽子に手を差し伸べた。
今日のところは、森一郎が一番恋愛レースの点数が高かったようだ。
思わず、森一郎の笑顔に引き込まれるように、彼の手を取って立ち上がりかけた歌陽子だったが、急に耳に火のつくような痛みを覚えた。
「い、痛い!痛いです!」
歌陽子に必死の叫びをあげさせた張本人は母親の志鶴であった。
後ろからいきなり現れた志鶴は、歌陽子の耳を力任せに引っ張った。
「ゆ、許してください。もう、しません。しませんから。」
「歌陽子、お前って子は。安希子さんを見ててって、言ったのに。こんなところで人垣を作って何してるの!恥を知りなさい!」
「千切れる。千切れます!」
それで、ようやく志鶴は歌陽子を解放した。
びっくりして目を丸くしている森一郎と、必死で失笑をこらえている周りの大人たち。
「あら、まあ、私としたことが・・・。とんだ失礼をしました。」
恥ずかしさに顔を赤らめながら、志津は歌陽子を引っ張ってその場を離れて行った。
(#85に続く)