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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#45

(写真:そらの白絵の具 その2)

大人の時間

村方と、彼に付き添ってきた二人の男性は応接に通された。

その二人の男性とは、一人は東大寺グループの法務全般を統括する法務部執行役員の浦沢、監査法人を統括する村方が克徳の右腕ならば、浦沢は左腕である。
そして、もう一人は三葉ロボテク代表取締役社長の牧野であった。
代表の東大寺克徳と浦沢は50代前半、村方は40代後半に対して、牧野は60代前半で一人年かさであった。
牧野は三葉ロボテクに招聘される10年前以前は、東大寺グループ傘下企業の海外工場で名うての工場長だったと言う。
それが、当時100名規模だった三葉ロボテクの舵取りを任されるや、グループ上層部と掛け合って、優先的に工場のオートメーション化の仕事を回して貰い、当時経営が悪化していた同社を立て直した。のみならず、社業を3倍以上に拡大することに成功し、今や従業員も300名以上に増えていた。
ただ、それでも東大寺グループの傘下企業としては小ぶりである。
だから、今まで正月三が日に三葉ロボテクの社長が東大寺グループ代表宅に招かれることはなかった。
しかし、今年は村方の声かけで、牧野を招待したのだった。

その理由は二つあった。
一つは今、村方が克徳から任されている医療分野でのロボティクス参入について、旗振り役の最有力企業が三葉ロボテクであったこと。
そして、もう一つが、東大寺家の令嬢である歌陽子がまがいなりにも課長職として在籍していたからである。
新年から代表の克徳と直接面通しして、意思の疎通を図ろうとしている意図は明らかであった。

応接で三人は型どおりの挨拶をし、また克徳もそれに返した。
まず克徳が簡単に懸案事項を質問し、村方と浦沢がそれに答えた。
その間、10分にも満たない。
それくらい、この三人の間では日頃から意思の疎通ができているのだ。

そしてその後、話の輪から敢えて距離を置いた体の牧野に、克徳が話を振った。

「牧野さん、今日はわざわざお越しいただき有難うございます。」

「い、いえ、このたびお招きをいただきまことに恐縮です。」

牧野は浅黒い顔に白くなった眉毛をたくわえ、その下にギョロッとした目が動いている、いかにも現場上がりという風貌の人物だった。
ただ、風貌に似合わず牧野の経営方針は冒険を嫌い、あくまで堅く受託生産を中心としていた。それも無理ないと思えるのは、前身の三葉ロボテクがメーカー色にこだわる余り、卸先の要望に引きずられる形で製品ラインナップを増やし過ぎて、その在庫と保守コストで経営が立行かなくなった過去があるからだった。
牧野はそれまでの社風を改め、製品ラインナップを縮小し、また商圏の狭くなった分を受託生産で埋めようとした。それが高じて、今ではすっかりメーカーより、受注先の意向での受託開発がメインになっている。
そして、それが古参の前田町らと軋轢を生んでいた。

克徳は、歌陽子について話を振った。

「牧野さん、歌陽子のことではすっかりお手数をおかけしました。」

グループ全体の代表からまず頭を下げて謝意を表す。普通なら傘下の企業はすっかり恐縮するところ、牧野はそうでなかった。

「代表、正直、我が社はヨチヨチ歩きを始めたお嬢様の教育機関ではありません。ましてや、すぐに辞めたくなるよう仕向けろなんて、私は突っぱねても構わないと言ったんです。ですが、我が社には、グループから受け入れている役員が何人もいます。彼らが、ことを荒立てないようしきりに申しますので、一旦は意向に従いましたが、本来代表として公私を混同されるなどありえないことです。」

ほう、と感心していた浦沢がポツリと漏らした。

「さすがは、直言居士。私でもそこまでは言えませんな。」

「そうですよ、代表。歌陽子お嬢様の件は、私でも後から聞かされたくらいですから、代表ご自身負い目があったのではありませんか?」

話を歌陽子の口から直接聞かされた村方は多少そのことを恨みに思っているのか、チクリと嫌味を言った。

それを克徳は、半ば予期していたかのようにじっと聞いていた。
そして、

「いや、本当に面目ない。親バカの至りだ。どうか許してほしい。」と素直に頭を下げた。
それで、少し溜飲が下がったのか、鼻から息を抜くと牧野は少し表情を緩めた。

「どうか代表、そんなに頭を下げないでください。お嬢さんは、私の期待を良い意味で裏切ってくれたのですし。
実は、私でも持て余していた古参の技術者たちをすっかり手なづけてしまわれて、さすがは代表のお嬢様だと内心舌を巻いておりました。」

そこに、被せるように村方が、

「と言うか、お嬢様は毒がなくて、馬鹿正直ですから、よほどの人間でなければ気を許すんでしょうな。」

「おい、おい、村方、悪気はないだろうが、これでもうちの娘だ。もう少し、言いようはないのか。」

と克徳。

「これは、失礼いたしました。しかし、牧野社長、意外に会社内に歌陽子お嬢様のことは伝わっていないんですな。」

「と、言われますと?」

「ですから、私が三葉ロボテクでお嬢様と初めてお会いした時、役員のみなさんはかなり驚いていましたよ。歌陽子お嬢様のことは、初めて聞かされた、みたいな顔をして。」

「ああ、まあ、私がそんなんでしたから、あとは人事と現場に任せて、うっちゃっておきましたからね。お嬢さんのことは、一部の関係者しか伝えてなかったのですよ。」

「いやはや。」

この人物相手の調整はなかなか難航しそうだぞ、村方のそんな思いが素直に言葉として漏れたのだった。

(#46に続く)