今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

アウトプットを心がける

(写真:東京駅夜景 その1)

■座学好き

本はたくさん読む。セミナーもたくさん通う。
でも、なんかズレている残念な人。
「君、最近読んだ本や、通ったセミナーで、実際に仕事に役に立ったことはあるの?」
「え・・・それは。」
そこで、思い出しているようじゃダメですね。
「君は、座学は好きなようだが、それが身についていないんじゃないか?」
挙句に、そう言われた人はカミナリに打たれたような衝撃でしょう。
自分は、たくさん本を読んだ。ものも知っている。セミナーだって、心がけて通っている。それが、自慢だったし、また自分の強みだと思っていた。
ところが、そんなプライドがたった一言で全て崩されてしまうのですから。
「俺は、役に立たない座学ばかり溜め込んで満足していたのか。」
学んだことは実際に活かしてこそ価値があります。実践につながらない学びは、残念ながらあまり意味がありません。
そして、かく言う私もこの話を聞いて、冷水を浴びせられた一人です。

■なぜ、座学は身につかぬのか

しかし、この話の主人公は、むしろ幸せなのではないでしょうか。
確かに、無駄な座学に時間を費やしたショックは大きいでしょう。しかし、その意味のないことを意味がないと気がついたのですから、これから間違いなく行動は変わります。
座学を溜め込むだけではダメなのだ。今までは、聞き齧った知識の多さだけを自慢していたに過ぎない。
まるで、本はたくさん購入するが、読まずに新品のまま積んであるようなものです。
本は読んでこそです。さらに、読むだけではなく、中に書いてあることの一つでも心に留め、実践をしてこそです。
ですから、積んである本の多さを自慢しても所詮がありません。それより、たった一言でも感銘を受け、愚直に実践をする方が意味があります。
座学も、実践をしてこそです。
しかし、ともすれば、座学での知識の量に幻惑されて、それで満足していまう愚か者こそ私ではないでしょうか。

■もっとも有効な勉強法

最も効率的に理解を深める勉強法は何でしょう。
以前、これをテーマにしているテレビを見たことがあります。
登場人物は小学生たち。
彼らはいくつかのグループに分けられ、その第1のグループは、問題集を渡されてひたすら自習をしました。
第2のグループは、あまり理解が進んでいない子とペアになって、教えながら学びました。
そして、最後にテストをしたところ、第2のグループの方が成績が良かったと言います。
この2つのグループの違いは何でしょうか?
1つ目のグループは、目と脳を使い、ひたすら理解に努めました。そして、時間もたくさんありました。
2つ目のグループは、目だけでなく、口も耳も手も、もちろん脳も総動員して、相手に教えることと、自分が学ぶことを同時進行で行いました。ただ、時間はかなり削られました。
しかし、2つ目のグループの方が成績が良かったと言うことは、学びは時間でなく、質と言うことです。そう言えば、身体のいろいろな部分を総動員して、学習した方が、脳が活性化する部位が多いそうです。だからでしょうね。人に教えると言う行為が、より広く、深く脳を活性化させて、高い学習成果に繋がった訳です。
そう言えばセミナーも、聞く人より、開催する人の方が遥かに学びが深いと言われます。

■アウトプットを心がける

教えながら、学習する。
これは、学びと言うインプットと、教えると言うアウトプットを同時にこなしているのです。
インプットに対して、アウトプット。
学びに対して、実践。
学びはしますが、学んだだけで終わらせていたら、それ以上の深化はないでしょう。
実際に学んだことをもとに実践してみると、頭では分かっていたことが、そのように身体が動かない。「あれ?何でだろう?」となる。それで、学んだことを思い出したり、自分なりに工夫をしたり・・・、そして、「ああ、こう言うことだったのか」と気付きにつながります。
それがアウトプットの効果です。
私も、本を読んだり、人の言葉に感銘した時、まずはメモっておきます。
メモるだけではなく、それについて文章を書く。そして、自分の言葉として、心にストックをします。
それが、この「今日学んだこと」です。
だから、今の自分の姿とは程遠い立派なことも書きます。実際、自分も恥ずかしいのですが。
しかし、書けば自分の宝の言葉となります。
ささやかなアウトプットですが、学んだことを少しでも自分のものにしたいと言う取り組みなのです。