今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

出征前夜

(写真:昼下りの木々 その1)

《赤紙の来た日》

今日は終戦の日です。
70年前の太平洋戦争は、日本国あげての総力戦で、この国の男子で戦争に無関係な人はいませんでした。
そして、戦争も末期になると、まだ就学中の学生の徴用も始まりました。いわゆる学徒動員です。

しかも、赤紙一枚で、「おめでとう。お国のために死ねる貴君はまことに幸せものである。」と、死ぬ事前提で出征を強要されました。
当時、世の中全体で、国のために死ぬ事は当然であり、心では「行きたくない。死にたくない。生きて帰りたい。」と思っても、決してそれを口にできない雰囲気でした。

そばで見送る両親も「立派に国のために死んで来い。」と言い、出征する年端もいかぬ少年も「決して再び生きてこの地を踏まぬ覚悟で、見事この命散らしてきます。」と答えます。
しかし、きっと双方とも心の中は真逆だったでしょう。

《名残惜しむ間も無く》

同じ町からは、すでに多くの若者が出征し、戦死の報が次々ともたらされています。
出征をすれば、もう生きて帰れない覚悟が必要でした。
それは、永遠の別れです。生まれ育った懐かしい我が家とも、そしてそれまでずっと慈しんでくれた両親とも。

出征までのわずかな時間が、身辺整理や、出征の準備、壮行会で慌ただしく過ぎて行きます。
そして、ようやく出征の前夜、両親や家族だけの静かな時間が訪れます。
しかし、今生の別れを告げるには、あまりにも短すぎます。

親は、もはや「死んで来い」「勇ましく散って来い」と言う建前でなく、ただ「身体に気を付けろよ。」の一言に万感の思いを込めます。
息子も、「はい。いままで有難うございました。」の言葉に、いままで受けた恩に対する精一杯の感謝を込めます。

やがて、夜が開ければ、息子は始発の汽車に乗り出征していくのです。

《つかの間の優しい時間》

このような時代に生を受けなくて良かったと、心から思います。

しかし、いつの時代でも変わらないのは、平穏な日常が突然奪われる悲惨さでしょう。
病気、事故、災害、そして事件等、私たちに平穏な人生からの退場を迫るレッドカード(赤紙)はいつもたらされるか知れません。

そう考えた時、人生は常に出征前夜の様相を呈しています。
この人生を「噴火山上のダンス」と表現する人を知っています。
御嶽山のような活火山にステージを作り、しかもまさか噴火しないだろうと高を括って、つかの間のダンスに興じています。
しかし、実際噴火した時の悲惨さは、衆知の通りです。
いつ苦難、災難の噴火に見舞われるかも知れないのに、日々目の前のことに興じている姿は、まさに噴火山のダンスです。

ならば、今の私たちの日常は、出征前の、つかの間の優しい時間だと言えないでしょうか。
少ない時間を愛おしむように、家族が万感の思いを込めて伝えあう。本当は、そんな希少な時間を過ごしているのかも知れません。

そして、それを深く感じるほど、人間は真面目に、優しく生きられると思います。目先のことで、人を恨んだり、憎んだりして、つまらぬ思いで人生を浪費するのはもったいのないことです。