今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

寄らば大樹の翳り

(写真:落下する隕石のような夕焼け)

《寄らば大樹の陰、と言われた時代》

「寄らば大樹の陰」
かつては、そのように言われ、子を持つ親ならば、自分の子供に大手企業に就職して欲しいと願いました。
それは、大手企業ならば、収入も保証され、なにより大きさ故に安定しているからです。急に倒産して路頭に迷う心配もないと思われていました。

ただ、大手を退職された方の話を聞いてみると、内実は外から想像するのとは違うようです。
大手には、多くの社員が雇われています。そして、その中のごく一部の優秀な人が管理職として、出世の階段を上ります。
では、それ以外の圧倒的多数はどうしているのか?
若いうちは、まだ伸びしろがあるので、先に期待を持って頑張れます。やがて30代、実力もついて、それなりの責任を担って仕事が面白くなる頃です。
しかし、40代、50代と年齢が上がるにつれ、若くて優秀な後進が自分の代わりに頑張るようになります。
年齢的にも成長は見込めず、かと言って管理職として出世の階段を登れる人はごく一部。企業での存在感は、すっかり失われて、中堅より上の世代に大量の退職者がいるというのです。

私の知り合いは、まだ若い内にそれに気がついて、別の道を求めて成功していますが、信じて登った階段の先がふさがれているのは、実にやりきれない話です。

《いまや、寄らば大樹の翳り》

その大樹である大手企業ですら、急に心肺停止する時代です。
日本の経済復興の象徴でもあった大手電機メーカーの崩壊は、まだ記憶に新しいと思います。難関を突破して、その企業に入った社員はもちろん、そこから仕事を貰っていた下請け企業の人たちも人生設計が狂いました。
大手電機メーカーからの受注に9割以上を頼っていた下請け企業の社長は、常々「寄らば大樹の陰」と家族に語っていたそうです。実際、そのおかげで収益も上がり、家族も裕福に暮らせました。
しかし、大手電機メーカーの経営が悪化して、下請けへの受注が激減した結果、その会社は赤字まみれになって倒産しました。「また、いつか良い時代が戻ってくる」そう信じて借金経営を続けたツケが回ってきたのです。
父親の社長の死後、多額の借金に呆然とした息子さんは、「寄らば大樹の陰」の怖さが身に染みたそうです。
そして、今は脱下請けを果たして、小ロット生産の会社を経営して成功しています。

いまや、「寄らば大樹の陰」が「寄らば大樹の翳り」の時代です。高度成長期の幻想をいつまでも抱えて生きている訳にはいかないのでしょうね。

《大樹の下から出て、陽の光を浴びよう》

ある時、地元ラジオ局のアナウンサーが中学校で講演したことがあり、その内容が共感を呼びました。
「皆さんは、今、世の中で人気のある仕事、収入の良い仕事を見て、それを目指して頑張っているかも知れません。しかし、皆さんが社会に出るまでの10年の間に、その仕事の何割かは存在自体なくなっているのです。
ですから、皆さんが仕事を選ぶ時は、人気や収入ではなく、本当に自分がしたいことで選んでください。」

私が就職した時は、ITは非常に収益の高いビジネスでした。毎日遅くまで働いて終電も乗れないので、その都度会社のタクシーチケットを使っていたと言う話を聞きました。
しかし、今や、プログラミングを専門とする人の社会的ステータスは決して高いとは言えません。
代わりに今もてはやされているのが、データサイエンティストとは言う職種です。しかし、その活躍期間はもっと短いと思われます。

少し前、アメリカの研究所が、「2030年には、今ある仕事の50パーセントがなくなる」という調査結果を発表しました。
私たちのようなIT技術者も、コンピューターの自動ブログラミングにとって代わられるでしょうし、データサイエンティストも機械の分析能力には勝てません。
つまり、今時点良いからと言って、それがいつまでも続く訳ではなく、あくまでも一過性に過ぎないのです。
「寄らば大樹」を目指して我も我もと詰めかけて一時的な集団が生まれていますが、それも今時点のことであって、樹が倒れる時は一度に全滅します。

ならば、大樹の下を出て陽の光を思いっきり浴びる選択肢もあります。
太陽も水もふんだんに注がれる反面、強い日差しや風にもさらされます。
大樹の陰を離れるには、風にも、日差しにも負けないしっかりした根っこが必要です。そして、それを人間に置き換えるなら、人任せでない人生観、指示待ちでない行動力、そして自分に対する確固たる信頼感なのだと思います。今はまさに、自分のキャリアデザインを自分自身でしなければならない時代なのです。