今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#125

(写真:猫カン)

マダム ピア

時刻は昼の1時近くになり、少しずつ今日の主賓である高齢者たちが集まってきた。
高齢者のうち、半分くらいは要介護者である。介護施設の職員に付き添われている人もあれば、家族に車椅子を押されている人もいる。自分で呼吸するのが難しいので、酸素吸入器を車椅子に付けている人や、みなそれぞれに人生の終盤に老苦をにじませていた。
なぜ、そんな彼らが厳しい老体を引きずってこの場に参じているのか。
それは、事前に養護老人ホームや行政に働きかけた東大寺グループ代表側近の村方の説得に、皆が高度要介護社会の光明を見出したからだった。

「今までの介護とは、身体的機能の衰えた高齢者の皆さんの出来ないことを、代わりにお世話することを意味していました。
しかし、出来無くなったことをお手伝いしているだけでは、ゆっくり坂道を転げ落ちるように死んでいくのを先延ばしているに過ぎません。そんな寂しい終末に灯りはあるでしょうか。
また、それすらも急速な高齢者人口の増加により、近い将来介助者は30万人以上不足すると言われます。当然、その負担は家族にかかり、働き盛りの男性が介護により退職を余儀なくされます。それは、日本の産業自体が立ち行かなくなる一因となるのです。
私たち東大寺グループは、医療分野の先進企業として、最先端技術による高齢社会のサポートを目標に掲げました。それは、技術により高齢者の方が自立的に活躍できる社会の実現です。
加齢によりできなくなったこと、例えば歩行などの移動、会話や聞き取りなどのコミュニケーション、その他記憶や認識などの能力をロボット技術でサポートし、再び自立的して社会生活に参加して貰うのが、私たちの目指すものです。
ちょうど衰えた視力をメガネやルーペで、衰えた聴力を補聴器でサポートして通常の生活を送ることができるように、ロボットの支援で従来の自立した生活を取り戻して貰います。
ついては、この度、東大寺グループ傘下の三葉ロボテクを中心に、高度高齢社会の光明となるロボットの試作展示を行います。また、その場で三チームに分かれて、介護される皆さん、介護をする皆さんにとって一番望ましいロボットをご提案いたします。
是非、足を運ばれ、未来の介護の光明となるロボットを選択していただきたいと思います。」

どんなに若い頃辣腕で鳴らしたり、あるいは羽振りを利かせて人を思うままに使った人でも、身体が動かなくなり、立ち居振る舞いも思うに任せなくなると、孫のような若い介護士の世話にならなくてはならない。若い頃にできたことができなくなり、下の世話すら自分でできない。恥ずかしさや、情けなさは尽くせないが、そんなことはかなぐり捨てなければ生きることすら叶わない。
死んでいくその日までは、食べ、飲み、眠り、排泄し、この身体を維持し続けるのだ。
しかし、そんな苦しみまでして、なぜ生きる。
結局、死んでいくことは変わらないのに、もう前のように笑ったり、楽しんだりすることは叶わないのに、日々衰えていく身体を維持するだけの存在。
人としての尊厳は何か。
生きる意味は何か。
大事な人たちやものは自分からみな離れてしまった。この喪失の人生相に光明を与えるものは何か。

しかし、
その人生にまた尊厳が取り戻せるかも知れない。
村方の発した問いかけは、少なからず要介護者たちの胸を打った。

この会場はコンサートホール形式ではない。
パーティや展示会、コンサート等何にでも転用可能な多目的ホールであった。
多人数の公聴会や講習、そしてコンテストが開かれる時はホール一杯に椅子が並べられた。
今回の三葉ロボテクのロボットコンテストでは、コンテスト出品者の三つのブースが中央と両脇に作られていた。
その前に並べられた椅子は300脚をくだらない。通常はホール備え付けのパイプ椅子だが、今回は高齢者たちの身体を慮ってクッションのしっかりした椅子が用意されていた。そして、それは東大寺グループの用意したもので、コンテストが終わればそのままホールに寄贈されることになっていた。
会場の数カ所には、高齢者の体調の急変に備えて医療スタッフが待機していた。
また、ゆっくり楽しんで過ごして貰えるよう、飲み物や食べ物も十分準備されていた。

右端のブースの前に立って、歌陽子は主賓の高齢者たちを出迎えていた。
そこへ、一人の老女が若い男性の介護士に車椅子を押されて現れた。

「あっ、あそこがいいわ。だって、あんな可愛いお嬢さんが出迎えてくれているのですもの。」

「梨田さん、騒ぎすぎです。また、血圧が上がっても知りませんよ。」

「いいじゃない、今日はお祭りよ。」

そう言って梨田老夫人は、歌陽子の前に車椅子で席を取った。

「あ、今日はよろしくお願いします。」

「よろしくね。あら・・・、あなた。」

「あ、はい。」

「ちょっと、こちらに顔を寄せてくださらない。」

「え?」

「いいから。」

そう言って老夫人は、歌陽子の顔にそっとハンカチを当てて何かを拭き取った。

「あ。」

「そうよ、若い娘さんが頰にケチャップなんか付けていてはいけないわ。」

歌陽子は、ハッと頰に手を当てた。

それは、さっき宙から渡されたハンバーガー。悔しくて、いじましいと思ったけど、背は腹には変えられない。一時バックヤードに引っ込んで、急いでジュースで流し込んだ。
でも、その時のケチャップが残っていたんだ。

「あ、あの、有難うございます。」

「梨田さん、あまり若い子をからかっちゃダメですよ。」

「いいじゃないの、そのままだったら、あなた恥をかくところよ。ねえ。」

「は、はい。」

「それにね、いつも言ってるでしょ。私はね、梨田じゃなくて、マダム・ピアなのよ。」

(#126に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#124

今日学んだこと
(写真:金華の城)

腹減り

ぐうっ。

「ん?」

「あ・・・。」

それは、歌陽子のお腹から聞こえた小さな音。

「あれ、歌陽子さん、食べて来なかったんですか?」

「だって、寝坊して、遅刻して、皆さんを待たせている身で食事なんて。」

「律儀ですねえ。でもね、僕ならそう考えませんよ。だって、これまで働けなかったんだから、せめてこれから頑張ろうと思います。その時にお腹が空いてたら、あまり役に立たないでしょ?」

「あ・・・、そうですね。ごめんなさい、浅はかでした。」

「でも、一応食べるものは持ってきたんでしょ?」

「はい、あの、皆さんの分も一緒に。」

「そうですか。それは有難いですね。ロビーにあるんですか?」

「はい、先に野田平さんと前田町さんが食べてます。」

「え?そりゃ、たいへんだ。急がないとなくなりますね。」

「で、でも、ちゃんと4人分と伝えて来ましたから。きっと残してくれてますよ。」

「中身は何ですか?」

「えっ、と、安希子さんに作って貰って、確かサンドイッチと聞きました。・・・日登美さん?」

その時、日登美はもうロビーに向かって駆け出していた。

「あっ、歌陽子さん。すいません、あと頼みま〜す。」

「あの、後って〜っ?」

「誰か用心で見てなきゃならないでしょ〜。」

「あ、わかりました〜っ!」

ぐううっ。

また、お腹が鳴った。

そう言えば、昨日の夜、安希子のサラダを半分食べただけで、あと何も食べてなかった。
さっきまでは、遅刻してどんなに怒られるかと気が気ではなかったのもあって、あまり空腹は感じなかった。しかし、こうして一人会場に置き去られらると、しんしんとひもじさが身を苛む。
そして、もしプレゼンの最中にお腹が鳴ったりしたら・・・、そうしたら、とても恥ずかしい。
ここは、なんとしても何かをお腹に入れなくてはならない。

今は昼どきと見えて、会場に人もまばらだった。歌陽子たちメインの3ブース以外にも、周りには幾つもの大小のブースが並んでいた。
そして、そこにはざまざまな三葉ロボテクの製品が並べられ、この時に合わせて招待したディーラーや企業の購買担当と思しき人たちの姿が見えた。

あ、あれは、佐山清美。

40くらいの男性を相手に説明をしている。
今日は、総務部の彼女まで駆り出されたようだった。やがて、清美は男性にパンフレットを渡すと丁寧にお辞儀をした。
そして、歌陽子に気がつくと、ニッと笑う。
歌陽子は、時々彼女を助けてくれる、この先輩社員にぺこりと頭を下げた。

それにしてもお腹が空いた。

その時、歌陽子の携帯が鳴った。

「はい、歌陽子です。」

「おい、カヨ。」

野田平がやけに陽気な声で電話をかけてきた。

「有難うな。美味かったぜ。俺は、ロブスターやローストビーフのサンドイッチなんて始めてだったぜ。だけどよ、お前がもちっと早く教えてやれば、少しくらい日登美にも残してやれたのによ、悪いことをしたぜ。」

「え・・・っ?もう、無いんですか?4人分って言いましたよね?」

「さあな、あんまり美味かったんで気にしなかった。じゃあな。」

プッ。

ぐううっ。ぐうっ。

さっきから、お腹が鳴り続けている。
どうしよう。

そこへ、

「よお、ねえちゃん、今頃来たのかよ」と歌陽子の弟の宙が声をかけてきた。

こいつには、いろいろ言いたい事がある。
でも・・・、
とりあえず、歌陽子は目をそらして無視をした。
だが、さっきから美味しそうな匂いが歌陽子の鼻孔をくすぐっていた。
宙は、大きなハンバーガーとジュースのカップを抱えている。空腹に苛まれている歌陽子には、辛い光景だった。
人目も気にせずに、宙はガサガサとハンバーガーの包装を開き、中のハンバーガーを露出させた。ますます美味そうな匂いが充満する。
横目でそれを見ながら、歌陽子のノドが無意識のうちにゴクリと鳴った。

ぐうっ。

相変わらず鳴き続けている腹の虫を気取られぬよう歌陽子は宙に話しかけた。

「宙、ここは私たちのブースよ。こんなところで食べないで頂戴。」

「別にいいだろ。出来損ないのロボットを見てると、美味くなるんだよ。」

「宙、そんな憎まれ口を利いてると、また怖いオジサンたちにぶん殴られてよ。」

一瞬ひるみかけた宙。
しかし、強がって、

「なんだい、さっきは油断しただけだ。あんなジジイ、本気を出せば負けるもんか。」

ぐうっ。

「え?」

「・・・。」

「ねえちゃん、腹空いてんの?」

「何言ってんのよ。あんたが昨日、思いっきり蹴るから、ずっと調子悪いんじゃない。」

「嘘つき!」

「嘘じゃないわ!」

「ふん!」

「ふん、だ!」

「ねえちゃんと話していると食べ物が不味くなるよ。もう、こんなの要らないや。」

そう言って、宙はまだ口をつける前のハンバーガーとジュースを歌陽子の手に押し付けた。

「ちょ、ちょっと、宙。何のつもり?」

「もう要らないから、捨てといてよ。」

「宙、そんなもったいないこと、出来るわけないわ。」

「じゃあ、ねえちゃん、食べたら?」

そう言って、宙はズンズン自分のブースへと帰って行った。

「宙・・・、こんなもの、どうするの。」

でも、

(もしかしたら、私にくれたの?)

しかし、その真意を聞き出すことはできそうもなかった。

(#125に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#123

(写真:空の火照り その2)

ランチタイム

「このへん何もないだろ。だから、お前が来たら買い出しに行かせようと思っていたんだ。」

「はあ・・・、パシリかよ。」

思わず歌陽子の口から、らしくない言葉がボソッと漏れた。

「ん?」

「え?」

「お前、今なんて言った?」

「その・・・。」

「ハッキリ言え!」

「だ、だから、『パシリかよ』と・・・。」

「はあ!カヨ、お前!」

「ご、ごめんなさい!」

「はっはっは、わかってるじゃねえか。パシリかよ、パシリのカヨコだよ、お前は。」

「う・・・っ。」

「そう言うこったから、今から日登美を呼んでこい。それと、その前に昼飯をこっちに寄越しやがれ。」

野田平は、歌陽子が手に持っていたショッピングバッグをもぎとると、歌陽子の肩をポンと押した。

「あっ!」

はずみで2、3歩よろけながら、歌陽子は恨めしげな目で野田平を軽く睨んで言った。

「あの、4人分ありますから。いいですか、4人分ですよ。」

「いいから、早く行け!」

歯を剥いて怒る野田平に仕方なく、歌陽子は会場の日登美のもとに向かった。

会場では、すっかりそれぞれのブースのロボットが調整を終えていた。
青のブースの中、重厚な雰囲気の牧野社長チームのロボット。いかにも産業ロボットメーカーの作品らしく、実利優先のデザインだった。細部までよく作り込まれていて、すぐにでも製品発売をできそうである。
ブースには、「介護支援ロボット SR-K01」とロゴが書かれていた。
ソラとオリヴァーのグリーンのブースに設置されているのは、ロゴで「ARTIFICIAL BODY』と書かれた骨格だけのロボット。ボディはスマートで、ハリウッドの映画に出て来そうなデザイン。しかし、肝心の中身がなく、ボディ内部はがらんどうだった、
そして、歌陽子たちのブース。人型のロボットがブース中央の椅子の上に座っていた。
鉄の骨格、むき出しの配線、外観はデザイン性もスマートさもないが、この中身には三人の技術者の長年培った技術の粋が込められている。
そして、

(あれ?ロゴがある。)

しかし、ロゴに見えたのは、ささやかな木組みにダンボールを貼り付けた、急場ごしらえの看板。そして、そこに書いてあるのは太いマジックで手書きの文字。
「KAYOKOー1号」
真面目なのか、ふざけているのか、ましてや、

(「カヨコ1号」って何なの?しかも、手書きだし。)

これを宙が見て大笑いしている光景が、歌陽子の脳裏に浮かんでいた。

そこへ、

「やあ、歌陽子さん、お疲れ様。」と、日登美がニコニコと声をかけてきた。

「あ、日登美さん。すいません、遅くなりました。」

「いえ、いえ、弟さんとやりあったんだって?」

「え、それどこで?」

「いや、あそこで、弟さんとオリヴァー君がしゃべっているのが聞こえてね。オリヴァー君、柄にもなく心配していましたよ。」

「いや、その、あははは。」

「だが、それにしても、歌陽子さんの弟さん凄いですね。オリヴァー君と一緒にロボットのプログラム修正していましたよ。きっとコアなプログラムの何本かも書いているのでしょうね。」

「あの子、頭はいいですから。でも、少し心配で。」

「確かに。若くて、なんでも出来てしまうのは心配ですね。私たちプロは時に臆病でなければならんのですよ。それを若い頃の失敗の経験で身につけるのですが、彼はそれもなく、いきなり人の命に関わるような仕事を任されているんですからね。」

「人の命ですか?」

「はい、介護ロボットは、肉体的に衰えた老人の世話をするロボットです。ですから、ちょっとしたことが、事故につながるんです。ある意味、産業用ロボットよりずっと責任が重いんですよ。」

「でも、宙には大人のオリヴァーもついていますから。」

「ほう、やはり、そんなにオリヴァー君は頼りになりますか?」

「え?いえ、そんなんじゃないです。」

「まあ、歌陽子さんは誰にでも好かれますから。」

「それより、日登美さん、これ。」

「あ、これね。前さんが作ったんですよ。ライバルがみんな立派なロゴを飾っているので、俺たちも負けられねえ、ってね。隣から余った資材を供出させて。」

(つまり、ぶんどったってことね。)

「まあ、前さん、技術者としては一流だけど、デザインセンスはイマイチですからね。」

「でも、『カヨコ1号』は恥ずかしいです。」

「これも、あの人の愛情の証ですよ。歌陽子さん。」

少し意地の悪そうな笑みを浮かべる日登美だった。

(#124に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#122

(写真:空の火照り その1)

天邪鬼

「見てよ、オリヴァー、これ。あのジジイ、本気で殴りやがって。」

宙は、前田町に殴られたところを見せて、オリヴァー相手に毒づいていた。

「ああ、それはディザスターだったね。」

顔をコンピューターに向けたまま、オリヴァーが答える。

「あんな奴ら、味方につけやがって。」

「だけど、ソラ、君もランボウだぞ。女の子にボウリョクはよくない。」

「向こうから先に手を出して来たんだ。本気で殴りかかってきたから、お腹を脚で思い切り蹴って逃げたんだ。」

「え?」

オリヴァーがコンピューターから、顔を上げて振り向いた。

「カヨコはノープロブレムなのか?」

「さあ、夜は苦しそうにウンウン唸ってたけど、朝には姿がなかったから、息だけはしてるだろ。」

「ソラ、君はカヨコが心配じゃないのか?」

「さあ、ライバルが一人減って良かったんじゃない?」

「カヨコは・・・、今、どこで、何してる!?」

オリヴァーが、彼らしくない感情的な言い方をした。それは、宙を少しばかり驚かせ、また怯ませもした。

「し、しらないよ。知るもんか!まだ、家でウンウン言ってるだろ。」

「ソラ、カヨコにコールしてくれないか?」

「え、嫌だよ。昨日、喧嘩したばかりじゃないか。」

「ソラ、女の子にとって、お腹はとてもタイセツなんだ。ワカルダロ?」

「それくらい、知ってるよ。」

「じゃあ、コールするんだ。」

「オリヴァー、自分でしたらいいじゃん。」

「ソラ!」

有無を言わさないオリヴァーの口調に、

「チェッ、分かったよ」と渋々ソラは携帯電話を取り出して、歌陽子をコールした。

数回のコールの後、

「はい、歌陽子です」と姉が応答した。

そして、電話の相手が宙だと気づくと、

「あ、こら!宙、あんたねえ!」

ブツッ。

一方的に会話を切断した宙は、

「チェッ、生きてたぜ」と忌々しげに吐き出した。

「そうか、ならばいい。」

それを聞いてオリヴァーは、あっさりとまたコンピューターに向かった。

・・・

「ん?誰だ?」

「あ、弟の宙です。」

「あのクソガキか。」

(人の弟をクソガキって・・・。)

人の身内だろうが、野田平には呵責がない。遠慮と言う感覚が欠落している。
そこを前田町がフォローする。

「さぞ、嬢ちゃんのことが心配で電話してきたんだろうぜ。」

「そうでしょうか。」

「あれはなあ、天邪鬼の生まれ変わりのような坊主よ。好きなら嫌い、嫌いなら好き。欲しいものは要らねえ、要らねえもんは欲しい。なんもかんも逆さまなのよ。」

「天邪鬼なのは間違いないです。」

「だから、一番嫌ってる相手が、ホントのところ一番でえじなんだよ。」

「一番大事・・・。でも、確かに、前はああではありませんでした。宙は、大人に反抗ばかりしていましたけど、わたしには不思議と素直だったんです。それが、去年私が就職してから急にひどいことを言うようになって・・・。」

「ああ、それな、よくあるぜ。
子供が自立しようとすると、急に束縛がキツくなる親とかな。結局、自分一人じゃ生きられなくて、誰かに寄っかかってなけりゃ生きられねえ。あの坊主にとって、嬢ちゃんがそれなのよ。就職して自立されて、自分だけ置き去られたような気持ちになったんじゃねえか?」

「はあ、だとしたら・・・、疲れます・・・。」

「まあ、それだけ、嬢ちゃんが人から好かれやすいってことだけどな。」

「はああ、そうなんですか?」

「ところでよお、カヨ。お前さっきから何持ってるんだ?」

「あ、これ。すいません、出すのが遅くなって。安希子さんが作ってくれました。
この辺り、食事するところないでしょ。」

「はあ、と言うことは昼メシか?」

「はい。」

パッと輝いた野田平の顔に、歌陽子がいい笑顔を返した。

(#123に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#121

(写真:透きとおる花弁)

遅参

「すげえ、Sクラスのベンツだ。」

その場におよそ似つかわしくない重厚な黒塗りの車両が、ホールの玄関に乗り入れた。
ホールの職員がそれを見て目を丸くする。

その後方のドアが開いて、華奢な足がのぞいた。

「安希子さん、無理言って済みません。」

「それより、お嬢様、あと車どうするんですか?」

「帰りはなんとかしますから、安希子さんはそのまま乗って帰って貰えます?」

「じゃあ、私、このまま寄りたいところがあるんですけど、いいですか?」

「あの、お仕事が大丈夫なら構わないんですけど。今朝忙しそうでしたし。」

「あ・・・、ああ、それは大丈夫です。」

(あ、そう。大丈夫なんだ。)

「ガソリンはダッシュボードのカードでいいですね?」

「え?」

「あ、何でもないです。それでは、私急ぎますので、早く降りてくださいませ。」

「あ、はい。」

歌陽子が車から降りると、安希子を乗せたSクラスのベンツは、重い排気音をさせて走り去った。

(いったい、どこまで行くつもりだろ?)

安希子の行く先を気にしながらも、歌陽子自身も急ぐ身だった。

(もう、12時、きっとものすごく怒られるわ・・・。)

歌陽子は、慣れない高いヒールを鳴らしながら、会場のホールへと急いだ。

一方、ホールのロビーでは、会場を日登美に任せた野田平と前田町が暇そうにしていた。

「前田の、だいだいお前は甘いんだよ。本番に、寝坊するようなふざけたようなヤツは、ガツンと言ってやるんだよ。」

「まあ、いいじゃねえか。嬢ちゃんに何事もなかったんだからよ。あの、宙とか言う、東大寺のクソガキ、『ねえちゃんは来ねえよ』とか抜かしやがるから、『どうしたんだ』って聞いたら、『昨日俺が叩きのめしたから、今日は一日ベッドから起き上がれねえ』とか言いやがって、あんまり言い方が憎らしかったから、ガツンと・・・。」

「え、お前、あそこの御曹司、ぶん殴ったのかよ?」

「は?ガハハハ。軽くだよ、軽く。」

「前田の、やっぱり、お前肝座ってやがるな。」

「ばあか、のでえら、おめえこそ、東大寺の令嬢をさんざんはたき回してるだろう。」

「か、カヨは、カヨだ。まあ、身内みたいなもんだし。それに、俺はあいつの教育係だからよ、今日でもガツンと言ったぜ。」

「そう言うな。電話を代わったらよ、嬢ちゃん、ガタガタ震えてやがったぜ。よっぽど、俺らに申し訳が立たねえって思ったんだな。」

「単純にお前が怖いんだよ。」

「それで、あんまり頭ごなしにやって、ここでトンズラを決め込まれても敵わねえ。とりあえず、カミナリはこちらに顔だしてからでも遅かねえ、って思ったのよ。」

「やっぱりか。まあ、俺が最初にキツイやつかますからな、あとは好きにしたらいいぜ。」

「おう、まかしときな。」

「あ、そう言っていたら来たぜ。呑気に手なんか振りやがって。俺らを怒らせたら、どうなるか思い知らせてやる。」

「あんまり、ビビらせるんじゃねえぜ。この後使いもんにならなくなったらコトだ。」

「それは、お前の方で調節しな。」

慣れないヒールを必死で鳴らしながら、歌陽子が駆けてきた。

「も、申し訳ありませんでした。」

そう言って、歌陽子は深々と頭を下げた。

だが、その胸ぐらにつかみかかって野田平は声を荒げた。

「てめえ、どういう了見だ!」

「きゃっ!」

「この、カ・・・ヨ、・・・・えっ!」

間近に歌陽子の顔を見た野田平の表情が変わった。

「お、お前、・・・凄え化けたな。」

一言で言えば、野田平たち年代にストライクの知的系女子。男なら誰しも心惹かれるニュースキャスター的インテリ女子。
知的な黒縁メガネに黒いリボンで結わえたポニーテール、歌陽子の細身の身体を引き立てる白いスーツ。
膝上5センチのスカートから伸びたすらりとした足に、高いヒールがよく似合っていた。
少女らしい可愛さを残しながら、しっかり大人の色気も発散する。
今日の歌陽子は、完全に野田平の動きを封じてしまった。

「あ、あの・・・、ごめんなさい。」

「い、いいってことよ。これから、気をつけるんだぜ。」

啖呵を切りながら、歌陽子にやられた野田平。前田町に対して、かなり気恥ずかしい。

「ま、前田の、・・・なんだよ。仕方ねえじゃねえか。」

だが、野田平のそんな心配は無用だった。
ポカンとして、まじまじと歌陽子を見つめている。

「いや、その・・・、ガハハハ、びっくりさせやがる。嬢ちゃん、いってえ、どうしたんでえ。」

「あ、これは安希子さんが、ヘアもメークもしてくれたんです。あの、やっぱり変ですか?」

「へええ、あのねえちゃん凄えなあ。お前みたいなガキをこんないい女に化けさせるんだもんな。」

「全くだぜ。てえしたもんだ。見損なってたぜ。」

「あ、有難うございます。」

とりあえず、怒られずに済んでヤレヤレ、安希子に感謝である。
プリンスホテルのディナーくらい安いものかも知れない。

「あ、あと、安希子さんがもう一つ気を利かせてくれました。」

(#122に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#120

(写真:オレンジ・サンセット)

歌陽子の見栄

「安希子さん、お願〜い。力を貸して!」

歌陽子は自室の前の手すりから、下に向かって大きな声で呼びかけた。

だが、期待した返答は一向に返らなかった。

(あれ、いないのかな・・・。)

それで、もう一回、

「安希子さ〜ん、いないの〜?」と呼んだ。

やはり、返事がない。
もう一度、

「安希子さ〜ん。」

シンとした静けさだけが返ってきた。

(どうしよう、もう時間ないし・・・。)

でも、シャワーだけでも浴びないと。

そう思って、歌陽子が振り返った時、

「わっ!」

「わっ!」

いきなり、歌陽子とすぐ後ろに立っていた安希子が鉢合わせをした。

「・・・って何ですか!」

「ああ、安希子さん、ビックリした。どうして・・・?」

「それは、さっきお嬢様がお呼びになったからではありませんか?」

「だ・・・、だったら、返事くらいして下さいよ。」

「別に、そう言う気分ではなかったので。」

(この人は・・・。)

だが、今はどうしても安希子の力が必要だった。

「あの、安希子さん、ちょっと・・・。」

「あ、無理です。」

「まだ、何も言ってませんけど。」

「とにかく、無理です。仕事があるので。」

すげなくそう言って、安希子はスタスタとその場を去りかけた。

「ちょ、ちょっと、待って下さい。安希子さ〜ん。」

歌陽子は必死で安希子の腕を掴んで引き止めようとした。

「なんでしょう。」

「あの、私、今から身支度をしなければならないので、手伝って貰えません?」

「そうなんですか?」

「はい。」

「いつまで経っても起きて来られないものですから、今日はテッキリお休みかと思いましたのに。」

「あの、それはいろいろと事情があって。」

「それに、宙お坊ちゃまが、歌陽子お嬢様は今日体調が悪いから、絶対起こしてはダメだとおっしゃいましたし。」

(そ、宙あ・・・!)

「安希子さん、とにかく時間がないの。お願い。」

ふうん、と言う顔をする安希子。

「それで・・・。」

「はい。」

「お嬢様を手伝うことで、私に何のメリットがあるんですか?」

「メリットって・・・、それは安希子さんはうちのハウスキーパーですから。」

「つまり、私は雇われ人だから、ご命令にはどんな嫌なことでも従えと、そうおっしゃるんですね。」

「誰も、そんなことは言ってないです。」

「では、これで・・・。」

踵を返し、また立ち去ろとする安希子。

「ちょ、ちょっと、あの・・・、じゃあ、プリンスホテルのランチで。」

その言葉に軽く振り返り、片眉を上げて、

「ディナーで。」

「じ、じゃあ、中華で。」

「和牛で。」

「わ、分かりました。はああ、一ヶ月分のお給料が・・。」

「何を小さいことを言われているんですか。お嬢様は、限度額無しのゴールドカードをお持ちでしょ。」

「あ、あれは、行きつけのブティックとヘアサロン以外は全部止めて貰ったんです。じゃないと、社会人として必死にならないからって、こちらからお父様にお願いしたんです。」

「また、お嬢様、見栄張りでございますねえ。」

「はああ。」

「それより、お嬢様、時間がないのでございましょう。あとはすべて準備しておきますから、早くシャワーを使ってらしてください。」

「あの、ヘアもお願いできます。」

「まあ、和牛の為ですから、仕方ありませんね。さあ、早くお急ぎになって。」

「はい。」

(#121に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#119

(写真:桶狭間のくれは(紅葉)その2)

寝坊

「え?」

一瞬、状況が分からなかった。
なぜ、電話の向こうの野田平はそんなに怒っているのだろう?

「あの、野田平さん?」

「カヨ、お前、時間を見やがれ!」

「え、時間?」

耳に当てたスマホを離して、画面を見る。
画面の上に小さく表示された数字、

9時30分!

ガバッと歌陽子はベッドから上体を起こした。

(寝坊だあ!!!)

今日は、野田平たちとホールの前で、9時に待ち合わせていた。
もう、30分!も過ぎてる!
それで、堪え切れなくなった野田平が電話を寄越したに違いない。

いや、違う。
きっと、この電話の裏側には、着歴が山のようにたまっているに違いない。

「おい、カヨ!聞いてんのか!お前、どうすんだよ!」

耳に当てていなくても、しっかり野田平の怒声が響き渡る。

「あ、あの・・・。」

恐る恐る耳に当てたら、

「このウスノロ!役立たず!無責任!クズヤロウ!」

暴言の嵐が吹き荒れた。

「ご・・・、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめん・・・。」

「うるせー!ぐだぐだ謝ってんじゃねえ!」

「おい、のでえら、かわんな。」

野田平の罵声の向こうに、低い声がした。

うわあ、前田町だ。
前田町は、仕事にいい加減な人間には決して容赦がない。
そして、歌陽子が仕出かしたのは、まさに前田町が嫌いな仕事を舐め切った振る舞い。
本気の前田町に怒られたら・・・、もう立ち直る自信がない。

スマホを持つ手が小刻みに震える。
お腹が痛くなってきた。
昨日、宙に蹴られたよりも、もっと。

このまま電話切っちゃおうか・・・。
いや、とてもとても、そんな恐ろしいことはできなかった。

そして、

「嬢ちゃん・・・。」

前田町の今まで聞いたことがないくらい不機嫌な声が響いた。

「は・・・、はい・・・。」

かろうじて返事をしたが、喉の奥で声が掠れた。
口のなかが乾いてきた。

次の一言を待つまでの時間が長い。

「でえじょうぶか?」

しかし、声の感じと異なり、前田町の口からは歌陽子を労わる言葉が発せられた。

「え・・・、は・・・い。」

「嬢ちゃんのことだ、例によって何かあったんじゃねえかと心配したぜ。」

「そ、それは・・・。」

「前さん、今朝オリヴァーを見た途端、『てめえ、うちの嬢ちゃんに何しやがった!』って殴りかかっていましたからね。」

「手篭めにでもされたんじゃねえかって、な。」

電話の向こう側から、日登美と野田平の軽口が漏れてくる。

「こら、おめえら、いらねえこというんじゃねえ。」

(て、手篭めって・・・。)

「何にもねえんだな。」

「は、はい、何にもないで・・・す。」

「よし、良かった。この・・・バカ、ムスメが!」

そこで、初めて前田町の怒声が大音量で響いた。

耳がキーンとなった。

だが、それきり前田町は声の調子を変えて言った。

「焦らなくていい。コンテストの本番は昼からだ。しっかりめかしてくるんだぜ。何しろ、あんたが主役だ。嬢ちゃん抜きじゃ始まらねえ。頼んだぜ。」

「は、はい、ぐずっ。ごめんなさい。」

こんな怖い人は知らない。でも、同時にこんな優しい人も知らなかった。
感極まった歌陽子は、電話に向かってすすりあげた。

「また、泣いてんのか。しょうがねえ嬢ちゃんだなあ。それより、時間がなくなるぜ。早くしな。」

「は・・・い。」

プッ。

そこから、歌陽子の頭の中では、時間の計算が始まった。
ロボットコンテストは昼からとは言え、打ち合わせも必要だった。だから、12時前には着いていたい。
移動に一時間かかるとして、あと一時間半で家を出たい。その間に、お風呂にも入らなくてはならないし、身支度もしなくてはならない。用意した洋服に合わせてヘアのセットも必要だった。
タイトなスケジュールが分かると、歌陽子はベッドから飛び出して、ドアを開け、吹き抜けになっている部屋の前の手すりから下に向かって、大きな声で叫んだ。

「安希子さん、お願〜い。力を貸して!」

(#120に続く)