今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

口答え

(写真:水槽の光 その4)

受け答えの仕方は、それこそ人それぞれです。それが分かっていないと、良い関係は築けません。

職務上、言いたくないことでも言わなければならないことがあります。つまり、相手から言えば、聞きたくないこと、言われたくないことです。

その時、
「はい、すいません」と言う人も居れば、
グズグズ口と尖らせる人、
「それは、あなたの方の問題じゃないか」と逆に責めてくる人、
いろんな人がいます。

過剰に反省されても重いし、でも、反発されたら気分を害するし・・・、だから、言いたくないことは、やはり言いたくないものです。

しかし、このところ、「言うべきことだけ言ったら、あとはこちから気分を切り替えて、あとは相手に任せるべきかな」と思い始めています。

なぜなら、反省はもちろん、口答えするのは、少なからず自覚のあることをチクリと触られたからです。それで痛い思いをしたのは間違いのないことなので、その時の受け答えはどうあれ、痛みを避けたい生物の自然な反応で、自分自身で正そうとするに違いありません。

あとは、その時まで待てば良いのですが、相手の口答えを飲み込んで、気持ちを切り替える忍耐は、なかなかたいへんなんですよね。
まだまだ、修行です。

手数を増やす

(写真:水槽の光 その3)

昔から、布団を整えることも、衣服を畳むことも苦手で、それもこの年にもなれば、いたし方ないかと諦めてきました。

しかし、家人の強い要請で、きちんとベッドメーキングをすることになり、実践して気づいたことがあります。

つまるところ、端をピンと張る、丹念にシワを伸ばす、それをするか、しないかだけの違いだったのです。もちろん、それをするにはチョコチョコと細かく手足を動かなくてはなりません。ただ、逆から言えば、万事大雑把で細かい手数を嫌っていたから、布団一枚整えられなかったのだと気付かされました。

これは、万事に通じるようで、例えば人に思いを伝えるのも、自分の気分に合わせて手数を厭っているうちは上手く行きません。自分の都合ではなく、相手のためを思って細かく伝え続けることが大切なようです。

つまるところ、未だ、手数を嫌って大雑把で済ますのが自分の課題です。
人は「30を過ぎたら矯正は無理」と言いますが、「生涯一書生」と学びを貫く人もいます。今の自分に満足せず、少しでもまともな人間に近づけるよう向上を心がけたいと思うのです。

二手、三手

(写真:水槽の光 その2)

腹が立った時、腹立ち紛れを口にしそうになります。では、それを口に出したらどうなるでしょう。

怒気を当てられた相手は、やはり腹を立てて言い返すに違いありません。それで、こちらも引っ込みがつかなくなり、さらに反撃をします。
そうすると、お互いあげた拳が下ろせなくなって、感情は荒れ、心は乱れ、関係は断絶します。

良いことは一つもないのに、なぜ、腹立ち紛れで身を誤る人が後を絶たないのでしょうか?

なぜ、危険なあおり運転をするのか?
なぜ、大切な家族を傷つけるのか?
なぜ、長年培った信用をご破算にするのか?

それは、腹立ち紛れでした事の、その結果、そしてそのまた結果を予見しないからです。
ニ手、三手、先まで読む。
自分の言動の先を予見する。
ニ手、三手先が大切なのは、囲碁や将棋、五目並べだけでなく、私たちの人生でも言えるようです。

単純化

(写真:水槽の光 その1)

上の職位は、全体が俯瞰でき、
下の職位は、目先の仕事に長じます。

一見複雑に見えることでも、分解して、分解して、さらに分解して、
単純で理解しやすく、また実行しやすくするのが、上の職位の仕事です。

しかし、時に、単純化されたものは、その持つ意味が見失われがちです。それを理解するには、大所を俯瞰する目を持たねばなりません。
故に、目の前の仕事に専心する下の職位にあっても、大所局所の目を養うことは大切です。
そして、それを与えるのも、上の職位の大切な仕事です。

凡事徹底すること

(写真:トルネード その3)

目立つところだけ掃除したり、年末に一度だけ掃除しても、決してきれいになったとは言われません。なぜなら、目につかない隅に埃が溜まって、不衛生だからです。

私たちは小さな積み重ねで出来ているのだから、小さなことを疎かにしたら、大きなところに狂いが生じます。

「凡事徹底」。

これは、今まで疎かにしてきたツケを払っている自分への自戒です。

少年老いやすく、学成り難し

(写真:トルネード その2)

例えば、スマートフォンを自在に使いこなせても、通信技術の何も分かってはいません。材質のことも何も分かりません。

私たちにも扱えるよう、分かりやすく整えられ、単純化されたものを見ても、真のその奥深さを知ることはできないのです。

そんなことが、この世界は無数に存在する気がします。そして、一生のうちに人間はその深淵のいくつにたどり着くことができるのでしょう。

少年老いやすく、学成り難し

です。