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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#31

(写真:白茸)

意地っ張り

「う・・・どこ?どこよお・・・?」

「あ〜っ!うっとおしい!あっち行ってやれ!」

前田町にしっかり怒られて、半べそかきながら歌陽子(かよこ)は、自分のスマホのアプリを起動しては、閉じてを繰り返していた。

それも、前田町にハッキングアプリをダウンロードされて、いつまたスマホ越しにプライベートを覗かれるか分からないからだった。
歌陽子は、そのハッキングアプリを探し出して削除しようとするのだが、どこをどう探しても自分がインストールしていつも使っているアプリしか見つからない。

怒られて、すっかりモチベーションを下げたまま、「どこよお、どこよお」を、情けない声を出しながら延々と続けている歌陽子についに野田平が堪忍袋の緒を切ったのだ。

「だいたい、おめえみたいなノータリンがちょっと探してわかるような仕事を前田のジジイがするわけあるか。」

ノータリンと言われて、歌陽子は無言のまま、反抗的な目をした。

「なんだあ、このガキゃあ、人が優しくしてりゃつけあがりやがって。」

野田平は、二人の間に積み上がった書類の山越しに身体を乗り出して、やる気なさげに顔半分を机に擦り付けてダラダラスマホをいじっている歌陽子の頭を重い拳でグリグリッとやった。

「い、痛い!痛い!助けて!痛い!ゴメンなさい。もうしません!もうしません!」

本気で痛がる歌陽子に、

「こらっ!思い知ったか!」

と、ますます力が入る野田平。

一方、少し離れた席で、

「へっ、みっともねえ。じゃれつきやがって。」

と仏頂面で吐き出す前田町。

歌陽子を叱り倒して、反対にしっかり引かれて寂しくなったのか、ぶつぶつと不機嫌そうにこぼしている。

こちら側の意地っ張りたちと少し離れて、別室では別の意地っ張り同士が対峙していた。

「コーヒー、飲みませんか?」

歌陽子のスペシャルブレンドコーヒーをカップに注ぎ、二つ並べて日登美父と泰造が向き合って座っていた。

「ふんっ。」

コーヒーの香ばしい香りに鼻孔の奥がくすぐられながら、この二人の親子が10年近くの断絶を経て交わした最初の言葉だった。

「相変わらずですね、お前は。」

それに無言で応じる泰造。

「そんなに、あの歌陽子さんのことが気に入ったんですか?」

「はあっ!」

その言葉に泰造がだんまりを破る。

「なんで俺が、こんなちんけな国の、ちんけなお嬢様に執心しなきゃなんないのよ?」

「そうですか。その割には随分楽しそうにいじり回していたじゃないですか。お前は、昔からオモチャが気にいると大事に扱うことができませんでしたね。
徹底的にいじり倒して、すぐに壊してしまったじゃないですか。思春期になって、彼女が出来ても、その娘に夢中になればなるほどわざと無茶苦茶に扱って、すぐに嫌われていましたよね。」

「ガキのころのことだ。一緒にすんない。」

「まあ、そんなふうに育ててしまったのは、親である私の責任です。でも、今なら私はこう思えるんですよ。
つまり、自分の気持ちを素直に表せない不器用な子供だったと。
だから、そんなお前でも唯一受け入れてくれた悪い仲間たちとつるむようになったんですね。」

ふん!

泰造が鼻を鳴らした。

「だから、持て余して国外追放したのか?」

「そうじゃない、と言っても今更言い訳にしかならないでしょうね。正直言えばそんな気持ちもありました。母さんが、お前のことですっかり気持ちを病んでしまっていましたから。」

「はん!お袋を言い訳に使うなよ。」

「それに、なんとなくお前にはこの国は狭いような気がしていたんですよ。現にお前は立派に成功を収めたじゃないですか。必ずしも、私の勝手な思い込みではなかった証拠です。」

「都合のいいことばかり言いやがって。今度、雑誌にインタビューされたら、『今日の僕があるのは父が心を鬼にして送り出してくれたおかげです』って言えってか。」

「私のことは、いいんです。それより、あの歌陽子さんに力を貸して貰いたいんですよ。」

「・・・。」

「お前、約束したんでしょう?」

「・・・。」

「あの人は、お前の言うことを信じて、ちゃんと付き合ってくれたんじゃないですか。だったら、きちんと約束を果たしてください。」

泰造はワザと身体を横に向け、横顔をむけながら冷ややかに言った。

「だって、俺、あいつのこと嫌いなんだもん。」

(#32に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#30

(写真:水浴び)

不器用な愛情

まるでサスペンス劇場で死体を見つけた女子よろしく、歌陽子(かよこ)は口を右手で押さえ、身体を後ろにのけぞらせた。

「た、泰造さん!こんなところで何をしてるんですか?」

「メガネちゃん、たすけて。悪い奴らに監禁されてるんだ。」

「え・・・?」

「誰が悪い奴らだ、人聞きの悪いことを言うんじゃねえ。」

不機嫌そうな前田町の声。

その前田町はと見ると、椅子の上にあぐらをかき、腕組みをして、相変わらずの苦虫を噛み潰したような顔。
そして、机の下のポッカリ空いた空間に器用に詰め込まれた泰造。
しかも、後ろ手に縛りあげられ、足は体育座りの形に折り曲げられたまま紐できつく結わえられていた。

「ま、前田町さん、何してるんですか。早く出してあげてください。」

歌陽子が悲鳴のような声で頼めば、前田町がドスのきいた怖い声を出す。

「嬢ちゃん。」

「は・・・は・・・い。」

「あんた、その前に俺らになんか言うことがあるんじゃないか?」

こ・・・怖い。

「そ、その・・・ごめんなさい。」

「嬢ちゃんのプライベートがどうこうって話じゃねえ。嬢ちゃんも、もう大人なんだし、自分のやることのケジメくらい取れるよな?それで、もし間違いがあっても、そりゃ嬢ちゃんの自業自得だろうし、俺らの預かり知るこっちゃねえぜ。
だがよ、嬢ちゃんがこの馬鹿とつるんだのは、当然色恋抜きなんだろ?」

「・・・、そ、そうです。」

「そりゃないよ、メガネちゃん。」

「おめえは、だあってろ!」

「はい。」

「ならばよ、そりゃあくまで仕事の話よ。そうしたら、あんたは俺らのリーダーだ。
勝手に突っ走って、なんか不始末でもありゃあ、俺らにも迷惑がかかると思わなかったのかい?」

きたあ、仕事の鬼の正論モード。
これで来られたら、もう逃げ場はない。

「え・・・っと、はい・・・。」

「なんだあ、聞こえねえ。」

ひ、冷や汗でてきたあ。
か、帰りたい。

「あ、あの、軽率・・・でした。」

「とは言え、嬢ちゃんのやりそうなことくれえお見通しよ。だから、半分は嬢ちゃんを信用して、そのまま行かせたんだ。
だけど、日登美のオヤジに勘付かれちまった。
『なんか今、意味深なこと言いませんでしたか?』ってよお。
それで散々根掘り葉掘り聞かれて、この馬鹿が嬢ちゃんにデートしろとか言ってるのを白状しちまったって訳よ。
それで、しょうがなく嬢ちゃんの携帯をこっそり仕込んでおいたアプリからハッキングして、カメラやスピーカーを起動して様子を見てたのよ。」

「あ、悪魔だ。」

「おめえはだあってろ!」

「ど、どれですか?け、消してくださいよ〜!」

「まだダメだ。おいたがおさまったら消してやるよ。」

「そ、そんな〜。しょ、初期化してやる〜。」

半泣きの歌陽子。

「そしたらよ、嬢ちゃんがレストランに乗り込んだまでは良かったが、この馬鹿がでてきたあたりから、ドンドン雲行きが怪しくなったじゃねえか。」

「面目ないです。うちのバカ息子がとんでもないことを。」

「日登美のオヤジが落ち着かなくなって、こりゃ、この馬鹿にこれ以上好き勝手させちゃおけねえって、急いで嬢ちゃんのGPSを追いかけたのよ。
そして現場についたら、どうよ。
嬢ちゃんはもう帰ったあとで、この馬鹿が高いびきで寝てやがる。
それで、ふんじばってここに連れてきたのよ。」

「人権蹂躙だあ。」

「うるせえ、5回もトイレに行かせてやったじゃねえか。」

これは、あまりに非合法。懲らしめるにしてもやりすぎである。

「あの、前田町さん。ちょっと、これはまずいんじゃ。あまり、こんな無理な格好をさせておくと、血が通わなくなって足が壊死したりしませんか?」

「ちょっと待ちな。嬢ちゃんには、まだ話がある。」

やぶ蛇〜。

「俺にも嬢ちゃんを信用して行かせた責任はある。だが、散々周りを心配させておいて、素知らぬ顔でしらを切ろうってえ腹が気に食わねえ。そんな奴と仕事をしたところで、都合のいいことばかり聞かされて、気がつきゃあドツボってえのがオチよ。
あ?違うんかい?」

もう、何も返せない。
どうしたらいいの?

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい。」

「バカやろ、あんたのごめんなさいは軽いんだよ!」

「くっ・・・ううう。」

「あっ、泣かしちまった。いけないんだ。」

「バカやろー、てめえと一緒にすんな!」

ここで、日登美が割って入ってた。

「ちょっと前さん、歌陽子さんが可愛いのは分かるけど、いい加減にしときなよ。」

「てやんでえ、可愛いもんか。こんな出来そこねえ。」

「まあまあ。さっ、歌陽子さんも涙を拭いて。」

そう言って日登美は、ティッシュボックスからティッシュを一掴みして渡した。

「グジュ、ううう。」

涙を拭きながら歌陽子が少し落ち着いたのを見て、日登美は前田町に言った。

「前さん、泰造の縄を解いてくれないか?一度親子で話してみたいんだ。」

(#31に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#29

(写真:明日ありと)

愚息

「歌陽子さん、わが愚息がご迷惑をおかけしました。」

その翌日、会社に出社した歌陽子(かよこ)に、日登美は深々と頭を下げた。

歌陽子は、向こうの前田町の後ろ姿が気になってしょうがない。
昨日の泰造とのデートならぬ、馬鹿騒ぎは三人の誰とも相談せずに一人で出かけて巻き込まれた結果だった。

本当に昨夜はいろいろあり過ぎた。
最高に着飾って、気取って、びっくりして、腰を抜かして、優しくされて、酔っ払って、送って貰って、怒られて、抱きしめられた。
よく寝付けなかったし、睡眠不足だし、お酒も残って、朝起きた時からドッと疲れていた。だから、今朝は会社の近くまで送って貰った。
あと、

「何やってるんですか?お嬢様は!」

と口の悪いハウスキーパーに文句を言われながらフェラーリを受け取りに行って貰った。

「フェラーリを運転できたからいいじゃん」

とでも言い返したら良いと思うが、残念ながら歌陽子はそういう気質ではない。

「えへへ〜、ゴメンね〜。」

と謝るのが彼女流。

朝から気持ちもすり減らして、笑う気力もなかったが、健気にも空元気を装って、あたかも何もなかったように、前田町や野田平に突っ込まれないように頑張った。

なのに、

ここで日登美に平謝りされては、これまでの努力が水の泡である。

「ひ、日登美さん、それはいいですから。私、何も迷惑してませんから。
さ、日登美さん、私も数字まとめなきゃならないから、仕事始めましょ。」

と、必死にごまかした。
だが、鋭い前田町がおかしいと思わないはずがない。

ところが、前田町は聞いていないのか、背中を向けたまま終始無言だった。
ときおり、前田町がからんだ痰を切る音が大きく響いて、それに歌陽子は心臓ごと飛び上がった。それでも、前田町はそれ以上何も言わなかった。

「くくくっ。」

何だろう?
どこからかうめき声が聞こえてきた。
かなり、苦しそうだ。
歌陽子は、心配になって席を立つと事務所を見回り始めた。

すると、

野田平が真っ赤になって青筋立てて苦しんでいるではないか。

「キャ〜!大丈夫ですか!野田平さん!」

慌てて駆け寄った歌陽子だったが、

急にガバッと体を起こした野田平が、彼女を弾き飛ばしそうになった。

「ダーッ、ハッ、ハッ、ハ!もう我慢できねえ!」

大声で笑いだした野田平にまたびっくり。

「な、何がそんなに、おかしいんですか?」

身体を両手のひろげたパーでガードして歌陽子が尋ねる。

「だって、よお。カヨがよう、カヨがよお・・・あんまり、よお。バカだからよお・・・。」

言うだけ言ってしまうと、またバカ笑いを始めた。

「あの、私のどこが、そんなに、バカ・・・なんでしょうか?」

野田平のバカ笑いの理由が理解できず、バカ呼ばわりにすら、返って丁重に聞き返してしまう歌陽子だった。

そして、ヒーヒー言いながら、野田平が机の上にバンッと置いた一枚の写真。

赤いフェラーリ、赤いドレス、そしてレッドカーペット。

こ、これは昨日のわたし。
なんで野田平さんが持ってるの?

「何のつもりだ、こりゃあ。似合わねえことしやがって。ああ、恥ずかし〜い。」

きゃあ、やめて!

「いや、素敵です。これがあなた本来の姿なんです。」

いつの間に後ろに来ていたのか、しきりにフォローしてくれる日登美。

「日登美よお、人間外見だけ飾ったって、中身がガキじゃ、しょうがねえだろ。」

ガキ・・・?

ちょっとカチンと来た歌陽子。

「お言葉ですが、私、ガキじゃありません。」

と言い返した。

「人前で小便漏らすようなやつ、ガキでなくて何なんだ?」

そう言って、野田平はもう一枚をバン!

それは、ステージの上でゾンビに迫られ、腰を抜かしている歌陽子。

こ、これは・・・。

確かに、おしっこをちびったよう情けない顔をしている。

「も、漏らしてません!ただ・・・物凄く怖かっただけです。」

「は、こんな明らかにつくりもんにビビリやがって、小学生かよ。」

毒を吐く野田平。

「か、歌陽子さん、申し訳ない!」

そして、平謝りする日登美。

かくて、収拾つかず。

だが、

じゃあ、泰造は?
泰造じゃなきゃ、こんな写真を持っていないし。
今、どうしてる?
それに、なんで日登美さんがさっきからそんなに謝ってくるの?

その時、ずっと無言だった前田町が口を開いた。

「嬢ちゃん。」

「は、はい・・・。」

「ちょっと、こっちへ来な。」

なんか不穏でない雰囲気が前田町の背中から発散されている。

「は・・・、は・・・い。」

進まぬ足を前田町のところまでやっと運ぶ。

「俺の足元見な。」

「え・・・?」

前田町の足元、彼が座っている机の下。
誰かが身を小さくして隠れている。

あれは・・・。

歌陽子は、思わず手を口に当てた。

「た、泰造さん!」

歌陽子の呼びかけに、机の下から顔を半分出した泰造は、こう返事を返した。

「や、やあ、メガネちゃん。」

(#30に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#28

(写真:命の歓喜)

娘ゆえの思い

シン、と頭の中で音がした。

少しづつ感情の糸を手繰り寄せるように歌陽子(かよこ)は気持ちを吐き出し始めた。

「野原に咲いているのは花だけじゃない。
雑草だって、苔だって、根っこだってあるじゃない。
だけど、皆んな花は踏まないように気をつけても、雑草には注意を払わないものよ。
花は大事にされるけど、雑草は粗末に扱われるわ。
だけど、花と雑草の違いは何なの?
花はきれいだけれど、草はきれいじゃないから?花は実をつけるけど、草は実をつけないから?
だけど、草だって踏まれたら痛いし、傷つくんだよ。
人間にも、花のように大事にされる人、誰からも傷つけられないように守られている人がいる。でも、ほとんどの人は、目立たないし、大事にもされないし、平気で傷つけあっている。自分が傷つけられて辛いクセして、それでもどうしても人を傷つけずにいられない。
弱くてずるくて、自分のことだけ大切で、花になりたいと願っても、草にしかなれなくて、だから自分なんか意味がないと思って、いっそこのまま死んでしまえたらどんなに楽だろうと思ったり、でも、自分が死んだらどんなにみんな悲しむだろうと思い直すけれど、でも自分なんか誰からも必要とされていないと落ち込んで、でも心の中引っかき傷だらけで、かさぶただらけで、それでも生きて生きて生きぬく。そんな草だもん。」

文章になどなりはしない。
まとまらない気持ちをただ言葉に乗せる。
だいたい、花や草と今の歌陽子に何の関係があると言うのか。
他人が聞いたら腹を立てるか、席を立つかしただろう。
しかし、父親である克徳は、ひたすら黙って聞き続けた。いつ間にかその双眸は閉じられ、とりとめない我が子の言葉に尊い真実を聞こうとするもののようにじっと耳を傾けていた。

「お父様。」

歌陽子は父親に呼びかけた。

「なんだ。」

ゆっくりと克徳は返事を返した。

「わたし、もうお父様の花じゃないの。悲しかったり、嬉しかったり、悔しかったり、傷だらけになったり、心はかさぶただらけで、そのぶん強くなった雑草なのよ。だから、雑草の気持ちがよくわかる。雑草の生えている場所がわたしの場所なの。」

歌陽子は、自分の父親に向かって親の世界からの決別を宣言しているのだった。

「そうか。」

少し寂しそうな音を含んで克徳は言った。

「だが・・・な、地に生える雑草の見られる世界と、空をかける鳥では見える世界が違うのだぞ。お前は花どころか、生まれつきそんか翼を持って生まれてきたのでないか。たった一度の人生もったいないと思わんか?」

「いいえ、お父様、わたしの世界はスノードームのようにきれいだけれど、狭くて作り物だった。自分の足で転んで、擦りむいて、泥だらけになって歩く世界は、楽じゃないけどホンモノの私の世界なんです。」

不意に克徳は半身を浮かし、身体を寄せると驚く歌陽子を抱き寄せた。

「お、お父様。」

「かまわん、親娘だ。なあ、歌陽子、お前はいつの間に大人になった?」

「え?成人式は今年でした。」

「ばか、そう言う意味じゃない。なあ、歌陽子、親はな、口じゃしっかりしろ、早く一人前になれと言う癖に、本心はいつまでも子供でいて欲しい、頼りなくて、いつまでも親の手を求めて欲しいと思うものなんだな。
私も偉そうに言う割に、なかなか親バカではないか。そうだろう?」

「お父様に限って。」

「いや、だから急に子供が自分の足で歩き始めると焦って足をすくおうとする。まさに、私がしていたのはそう言うことだ。」

「いいえ、そうではないです。お父様がこれまで愛情を満タンまで注入してくださったから、私は勇気を持って歩いているんです。」

「そうか。」

また、ポツリと言って克徳は歌陽子の身体を離した。

「歌陽子・・・。」

「はい。」

「あのお前を送り届けてくれた女性、連絡先は聞いているな?」

「はい。」

「ならば、きちんと礼をするんだぞ。お前が無事に帰ってこられたのは、彼女のおかげなんだろ?」

「はい、私のことを守ってくれました。」

「得体が知れないと言ったのは本心じゃなかった。」

「わかっています。」

「歌陽子。」

「はい。」

「あと・・・三葉ロボテクのこと、たのむ。」

「は!はい!」

思わぬ父からの労いに、歌陽子は力を込めて、返事を返した。

「あと、歌陽子。」

「はい。」

「スカートの丈はもっと長めにな。」

「は・・・はい、すいません・・・。」

(#29に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#27

(写真:鉄塔夜に沈みゆく)

父ゆえの思い

ゴツッ。

畳に頭を擦り付けた歌陽子に、父克徳の重い拳が落ちた。
力を込めた拳ではない。
だが、父親の思いのこもった重い拳だった。

「顔を、あげなさい。」

それはいつも聞いている声より固かった。

「お前は、一体何をしているんだ。」

顔をあげて凝視する父の顔。
先ほどまで書斎で仕事をしていたと思われる、三揃えのベストを着たままの父。
長年の実務の緊張で作られた厳しい相貌。
今、歌陽子の父、克徳はそんな自分の素顔をかくすことなく、そのまま娘の前に晒していた。

「お前は、一体何をしているんだ。」

克徳は同じ言葉を繰り返した。

歌陽子は、父親とまっすぐ対峙するだけで精一杯だった。
それでも、何か答えなきゃと思うのだが、言葉は喉の奥に引っかかって出てこない。

「あ、あの・・・私は・・・。」

なんとかお父様に認めて貰いたいと思って、

任された仕事を私なりに精一杯やろうとして、

だから、なりふりなんか構っていられなくて、

でもうまく行かなくて。

だけど少しづつ少しづつ前に進むしかないから、

でも、私不器用だし、何にもできないし、

だからみんなに迷惑をかけて、

だからゴメンナサイ。

なんとか搾り出そうと試みるのだか、どの言葉も口から出そうとすると、みな陳腐で言い訳がましく思われた。
だから、心は水車のように激しく動きながら、口からはそれ以上何も出すことをできずにいた。

「歌陽子、よく、聞き、なさい。」

一言一言区切るように克徳は言った。

「そもそも、世の中に出たいと言い出したのはお前の方だ。
私が、それに反対していたのは知ってるな。」

「は、はい・・・。」

歌陽子はやっとそれだけ搾り出した。

「それなのに、お前は3日3晩部屋に籠って食事も水も一切取らずに自分の意思を通そうとしたな。
半分呆れながらもやはり頑固さだけは自分譲りだと認めずにおれなかった。
そこで一応はお前の希望を受け入れて、したいようにさせることにした。」

「は、はい・・・。」

「しかし、東大寺グループの代表の立場としては、身内にあまり勝手なことをさせては示しがつかない。それなら、自分の手の届くところに置いて、あわよくば、世間の厳しさを教えて諦めさせようともした。
汚い父親と思うかも知れんが、お前が一番ロクでもない部署に配属されたのは、私の差し金なのだ。
そして、期待通りお前はわずか1ヶ月でボロボロになって帰ってきた。」

その時、聞いていた歌陽子は拳を強く握りしめた。

「憎んでもらっても構わない。
しかし、私はこれでまたお前を手の中に取り戻せたと嬉しかった。
やはり、お前の生きる世界はここなんだと分からせたかった。
だが・・・。」

克徳は、ここで言葉を切って、小さく溜息をついた。

「何が良いのか、お前はまたゴミ溜めのような場所に舞い戻ってしまった。
私には正直理解ができなかったよ。」

ゴミ溜めじゃない。

そう歌陽子は、こころの中で強く叫んでいた。

口に出して言わなくても、娘の目に反抗の色が現れたのを見てとった克徳の口調がきつくなった。

「ゴミ溜めは、身体だけじゃない。心まで腐らせる。
その証拠がこのところの安っぽい服装だ。
今日は少しはまともな格好をしているようだが、お前が買い込んで好んで着ている服装は、その辺の大学生と変わらないではないか。
お前は、ときに私に付き添って財界人のホストも務めてきただろう。それが、そんな安っぽい人間に成り下がって、これからまともに務まるつもりなのか?」

父の強い口調にとても言い返すことなどできなかった。
ただ、下唇をグッと噛み締めて目だけは決してそらさなかった。
そして、目の反抗の色はますます強くなっていった。

「もう一度言う。
お前は一体何をしているんだ。
安い酒の匂いをプンプンさせて、あんな得体の知れない連中の車に乗せられて。
なにも釈明はないのか、歌・陽・子!」

無言で反抗の色だけを募らせる娘に業を煮やしたのか、克徳は声を荒げた。

不意に、頭の中がシンと静まる感覚。
怒鳴られて返って冷静になる心。
短めのスカートからむき出しの膝小僧のうえで白くなるほど固く拳を握りしめた歌陽子は、その一言を発した。

「わたし・・・の人生、なの。誰かの代わりに生きてるんじゃない。」

(#28に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#26

(写真:月を抱く鉄塔)

父娘

歌陽子(かよこ)の父親は、公私はしっかり切り分け、娘や妻の前で仕事の顔は滅多に見せない。
もちろん、仕事を持ち帰ることが無いわけではないが、それは必ず書斎で行い、家族の前では常に柔和な父親の顔をしていた。

しかし、たまに父親に同行して経済界の会合に参加した時、時折彼の目は鋭い光を放つことがあった。
そんな時、会合の相手はみな射すくめられたように縮み上がった。
一瞬の緊張の後、父親はまた柔和な表情に戻るのだが、相手との間に生まれた冷ややかな空気は容易には去りはしなかった。
そして、いつも歌陽子は、父、東大寺克徳の素の顔を見る思いがした。

夜遅く、アケミに送られた歌陽子を、玄関横の通用口から出迎えた克徳は、この時もそんな目をしていた。
その鋭い光に射すくめられ、さすがのアケミも後ずさった。

「あ、あの・・・、あんたがこの子の父親?」

「はい・・・そうですが。」

丁寧な言葉なのに、抗いがたい力を込めた一言一言をアケミにゆっくりと投げかける。

「ちゃんと送って来たからね。問題ないだろ?」

「それは・・・。」

そこで言葉を区切って、克徳はゆっくりと頭を下げた。

「まことにお手数をおかけしました。」

「は、じゃ、じゃあ、カヨコ、またな。」

克徳の威圧感に押されるように、アケミはその場を離れようとした。

そこに、克徳の低い声が響いた。

「お待ちなさい。」

「な、なんだい。」

「うちの不肖の娘が世話になりました。本来ならば、我が家にお招きしてお礼をしなければならないところ、夜分につきお引き止めする訳にも参りません。お礼は改めてまたいたしたいと思いますが、構わないでしょうか。」

「い、いいって、そんなこと・・・。」

一刻も早くその場を離れたいアケミ。

その時、克徳の強い言葉が響いた。

「歌陽子!」

「は、はい!」

電流を流されたように緊張した返事を返す歌陽子。

「何をしている。お前からも、よくお礼を申し上げなさい。東大寺のものは恩を受けても礼の一つも言えないと言われたらどうする。」

怖い、滅多に見せない怖い父親の顔。

「は、はい。アケミさん、あ、ありがとうございました。」

父親の叱責に弾かれるように歌陽子は頭を下げた。

「さあ、お前は仏間で待っていなさい。少し話さねばならないことがある。」

冷ややかな父親の言葉に、歌陽子は背中に氷の塊を入れられたように感じながら、すごすごと通用口から家に入った。

通用口の向こうの父親は、去って行くアケミに深々と礼をしていた。
いつまでも。

一方、家の仏間に膝を揃えてまんじりともせずに正座した歌陽子は、とても生きた心地がしなかった。
仏間といってもゆうに100畳はある。法事の時はここに親戚一同や関係者100人以上が入ることができる。
しかし、子供の頃の歌陽子にとってここは恐ろしい場所だった。
甘やかされて育った歌陽子が父親や家族から唯一厳しい叱責を受けるのがこの仏間だった。

やがて、ひたひたと廊下の向こうから父親の足音がする。

歌陽子は、父親からどんなに叱られるかと生きた心地がしなかった。
ドンと、お腹の中に大きなしこりを抱えたような気持ち、誰もが激しく緊張すると感じるそんな気持ちが、いまの歌陽子の心だった。

やがて、ゆっくりと姿を現した父、克徳。
歌陽子の向かい側に、ピッと背筋を伸ばして正座した。

その威圧感は、歌陽子も久しく経験しないものだった。
その空気に耐えかねた歌陽子は、いきなり頭を畳に擦り付け悲鳴のように声を出した。

「お、お父様、ご、ゴメンナサイ。」

(#27に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#25

(写真:夕陽の農場 その4)

ドリームライン

「あの、こへ返はないほ・・・。」

会場に来た時に泰造から着せられたパーカー、それを酔いの回った覚束ない手つきで脱ぎにかかった歌陽子(かよこ)をアケミが止めた。

「それ、私から返しておくから、もうちょっと着ておいてくれる?」

「れも・・・。」

「いや、そのね。それ脱がれるとあんたの格好は旦那には刺激的過ぎるって言うか・・・。」

「あっ、ふ、ふいませへん。」

赤い顔を心なしかさらに赤らめながら、歌陽子が答える。

「さ、立ちな。」

「はひ。」

アケミに手を取られて、歌陽子は立ち上がろうとするが、足元がふらついて、また座りこんでしまう。

「あ、ごへんなはい。」

「ごへんなはい、じゃないよ。さ、肩を貸すからしっかりしな。」

「はひ。」

歌陽子を支えながら、アケミはマサトシに声をかけた。

「じゃ、あと頼むね。」

「お、おお。」

ステージ裏手の通用口から出て、表に回ると一台のワンボックスが待っていた。

「ママ〜ッ」と車の中から幼い姉妹が手を振る。

「こおら、あんたたち、もう寝てる時間でしょ。」

そして、ワンボックスに近づいたアケミはスライドドアを開けて、運転席の男性に声をかけた。

「あんた、悪いねえ。こんなところまで来て貰って。」

「まあ、いいってことよ。久しぶりに昔の奴らと会えて楽しめたか?」

「さあ、どうかねえ。・・・こらっ、寝るな。」

歌陽子は、アケミの肩に頭を預けて立ったまま眠りに落ちようとしていた。

「あふ、ごめんなはい。」

「おい、なんだその子?」

アケミの亭主は、歌陽子に気づいて尋ねた。

「ああ、これ?一応、今日の主役なんだけどね、お酒一杯でこの通りよ。それでね、少し遠回りになるけど、この子の家に寄ってくれない?」

「ああ、構わんよ。何処だ?」

「ここ。」

そう言って、アケミはまだ意識がしっかりしていた時に歌陽子から預かった紙片を渡した。

「この辺かあ、高級住宅街だな。この子、金持ちなのか?」

「うん、そうらしい。・・・、こらっ、寝るなっていうのに。」

そう言って、アケミは歌陽子はなんとかワンボックスの後部座席に押し込んだ。

「あんたたち、イタズラするんじゃないよ。」

「はあい。」

座席に座り込むと同時に、ガクンと頭を下げて眠り始めた歌陽子を二人の姉妹は珍しそうに見ている。
アケミは二人が歌陽子に悪さをしないように言い含めようとした。

やがて、アケミは助手席に腰を下ろし、ドアをバタンと閉めるとワンボックスは動き始めた。

アケミは歌陽子に肩を貸して、筋肉が硬くなったのか、前を向いて肩をほぐすのに余念がない。
二人の子供は、母親の目がなくなったのをいいことに、歌陽子の頰を両手で挟んで彼女に変顔をさせて楽しんでいる。
歌陽子のおかしな顔に笑い出したいのを一生懸命こらえて、くくくっと小さな笑い声を漏らしていた。

ワンボックスは、夜の街をまっすぐ走っていく。近づいては後ろに走り去る道路灯が闇から切り取った光の広間をいくつもいくつもくぐっていった。
歌陽子は、どんな夢を見ているのか?

ゾンビの集団に襲われる悪夢か、広島で野田平の母親と過ごした優しい時間の夢か、父親の庇護のもと、もっと世界が単純で平和だったころの思い出なのか。

やがて、紙片に記された住所の近くまで来たところでアケミの亭主が言った。

「このへんなんだけどなあ。しかし、このへん随分壁が多いなあ。企業の研究施設かなんかか?」

「あんた、違うよ。あそこに門みたいなもんがあるよ。」

「えっ、これ家なのか?」

「ほら、もっと寄せてよ。間違いないわ。『東大寺』って書いてあるじゃん。」

「おい、東大寺ってまさか。」

「そう、この子は東大寺財閥の御令嬢なんだよ。」

「なんでまた、そんなたいそうなお嬢様が俺らみたいなもんの車に乗ってんだ?」

「話せば長くなるから、取り敢えずこの子、送ってくるわね。・・・、おい、カヨコ、着いたわよ。こらっ、起きろ!」

そして、アケミがまたこぶしを固めた時、

「はい、すいません、起きてます!」

と、 また叩かれる前にパチッと目を開けた。

「しょうがないねえ、あんたは。少しは酔いが覚めたかい?」

「はい、おかげさまで。あと、これ返さないと。」

そう言って歌陽子はパーカーを脱いだ。

「わあ、シンデレラみたい。」

パーカーの下の真っ赤なドレスが現れて、アケミの子供たちは目を見張った。

「おい、ホントだな。本当に御令嬢だな。」

アケミの亭主も感心して声をあげた。

「あの、それとも洗ってお送りした方が良いですか?」

少し意地の悪い笑みを浮かべてアケミが言った。

「あんた、気がつかないのかい。鼻が悪いねえ。それは、あいつらの誰ががゲロかけて汚いもんだから、うっちゃってあったんだよ。」

げ〜っ。

「私が捨てておくから置いておいて。」

「すいません。お礼はまた改めて。」

「そんなのいいって。それより、あんたまだ足元が心配だから玄関まで付いていくよ。」

そして、アケミに付き添われて歌陽子は東大寺家の玄関に立った。

「あれ、どうしたんだい。鍵とかないのかい?」

「あの、よく考えたら、家の鍵は車に置いてきちゃったみたいで。」

「本当にドジだねえ。じゃあ、インターホン押すよ。いいね。」

「あの、あまり遅くにインターホンを鳴らすと家のものに叱られますから。」

「だからって、ずっとそんな格好してここにいるわけにはいかないでしょ。」

「それは、そうですけど・・・。」

「面倒臭いねえ。えい、押しちゃえ!」

そう言って、アケミはインターホンのチャイムを乱暴に鳴らし始めた。

「ちょっと、アケミさん、やめてください。」

あわてて止めにかかる歌陽子。

ガチャッ!

インターホンの向こうで受話器を上げる音。

すかさずアケミがしゃべりかけた。

「あのお、カヨコお嬢様がお帰りだよ。誰かいないの?執事?メイド?爺やあ?」

「アケミさん、やめて。」

半泣きでなんとか止めようとする歌陽子。

やがて、インターホンの向こうから低い声が響いた。

「しばらくお待ちください。」

しかし、それから待たされること数分間。

「あんたの家、どんだけひろいのよ。」

待ちくたびれたアケミがぼやいたちょうどその時、

ガチャ。

玄関の横の通用口が開いて、一人の男性が顔を出した。

それに歌陽子は、思わず声をあげてしまった。

「お、お父様。」

(#26に続く)