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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#62

(写真:東尋坊 その4)

特別なおもてなし

「た、たいへんよ!歌陽子、たいへんなのよ!」

歌陽子の部屋に息を切らして飛び込んできたのは、母親の志鶴であった。

しかし、当の歌陽子の姿が見えない。

「あら?安希子さん、歌陽子は?こちらで休んでいると聞いてきたんだけど。」

安希子が、無言でベッドの上の枕を指差すと、志鶴は心得たように枕を掴んで力任せに引き剥がした。

そして、枕の下から鼻の頭を赤くした歌陽子の顔が現れた。

「歌陽子!あなた、なにしてるの!?まあ、泣いてたの?」

「・・・。」

気まずくて黙るしかない歌陽子に代わり、安希子が答えた。

「歌陽子お嬢様は、少々幼児帰りをされて、さっきからずっと拗ねておいでです。」

だが、そこは桜井希美がフォローに入った。

「おばさま、申し訳ありません。実は、私たちがひどいことを言ってしまったみたいで。・・・いいえ、決してワザとじゃないんです。」

「まあ!」

さらに、そこを安希子が言い足す。

「いえ、大したこたとではありません。話題が、お嬢様5歳の時のピアノリサイタルの話になったら、急に泣き出されたんです。」

それで、(ああ、なるほど)と合点の言った志鶴。

「もう、ホント、トラウマになってるわね。いつまで引きずってるんだか。」

いつの間にか、また涙目になっている歌陽子。

「いいえ、おばさま、歌陽子さま、すっかりナーバスになられて。」

由香里もフォローをするが、志鶴は声を固くして、

「歌陽子!そんなの、後になさい!今はそれどころじゃないんだから!」

と娘を叱りつけた。

それで、由香里がおずおずと聞いた。

「あ、あの、おばさま、どうされたんですの?」

「それがねえ、今お客様に飲み物と軽くつまめるものをお出ししてあるんだけど、この後のお料理のことが気になって厨房を覗いたのよ。そしたら、コックが全員もぬけの殻なのよ。」

「お料理は?」

「それも、跡かたもないの。途中まで、準備していたのは間違いないんだけど、材料らしきものも何もないのよ。」

その会話に安希子が加わった。

「でも、軽食を並べている時は、厨房から出してましたけど。奥様はいつ頃確認されたのですか?」

「え?私は、今日のお昼前よ。」

「じゃあ、仕込みの最中ですね。実際に、材料とか、作りかけの料理とか確認されたのですか?」

「い、いえ、その。なんか今日はみんな妙に話しかけ辛かったし、すぐに奥に引っ込んでしまって、だから厨房の奥で作業をしていると思ったのよ。でも、きちんと三日前にはメニューも確認しているわ。」

「どう言うことでしょうね?」

「だから、歌陽子が何か聞いてないかと思って。」

「内向きは全て奥様が取り仕切られているのに、なぜ歌陽子お嬢様なんですか?」

「その、私でも手に余るものがあるわ。」

「と言うことは。」

「そう、先代のおじい様。ずっと姿が見えないからおかしいと思っていたのよ。」

「確かに、お嬢様なら、大旦那様から何か聞かされている可能性がありますね。で、どうなんですか?お嬢様。」

「歌陽子?」

志鶴と安希子に詰め寄られて、歌陽子はベッドから身を起こしながら後じさった。

「わ、私は何も・・・。」

安希子と志鶴はアイコンタクトした。

「奥様、どうやら、何かご存知の様子ですよ。」

「か、よ、こお、正直おっしゃい!」

「で、ですから、サプライズだとだけ・・・。」

そこで志鶴の厳しい声が飛んだ。

「ハッキリおっしゃい!」

「ですから、おじい様が特別なおもてなしをするとおっしゃって。お母様にも、黙っているようにと。」

「奥様、やっぱり。」

「歌陽子、あなたまでおじい様の片棒担いでどうするの。いままで、さんざん痛い目見たでしょ。」

しっかり志鶴に決め付けられながらも、歌陽子はおずおずと答えた。

「でも、みんな私のために良かれとして下さっているんだし。」

その歌陽子に志鶴が何か言い返そうとしたその時、急に安希子が叫んだ。

「あ、大旦那様!」

そこにふらりと姿を現したのは、先代東大寺家当主、東大寺正憲であった。

(#63に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#61

(写真:東尋坊 その3)

先代は何処に

やがて、夕方の5時となり、歌陽子(かよこ)の誕生会は始まった。

だが、主役のはずの歌陽子は自室のベッドで、桜井希美、松浦由香里のもと学友二人とハウスキーパーの安希子に介抱されていた。

誕生会開始前、訪問客を出迎えていた歌陽子には一波乱があった。

まず、希美からいきなり恋のライバル(?)宣言。それで、当の高松祐一とは気まずくなるし、いきなり現れたイケメン外国人には抱きしめられるわ。
そうしたら、その外国人は、宙が自分をロボットコンテストで打ち負かすために雇った強力な助っ人だと言うし、しかもこともあろうに歌陽子の消したい過去「レッドクイーン」の写真を大事に持っているし。
極め付けは、その外国人、オリヴァー・チャンから唐突なプロポーズの猛アタック。

やがて定刻となり、父、東大寺克徳から、

「さあ、皆さんの前で挨拶をしなさい。」

と促されて、

「お父様、・・・申し訳ありません。うっ!・・・気分が優れないので・・・、うっ!少し・・・休ませていただいて良いですか?うっ!」

と言った状態。
見れば口を押さえて吐き気を堪えている。顔は真っ青で、脂汗まで浮かべている。
我が娘ながら情けないと思う半分、分からんでもないと同情する気持ちが半分。
だから、叱る気にもなれず、

「・・・、仕方あるまい、少し休んできたら良い。その間は私が繋いでいるから、なるべく早く戻るんだぞ。」

と、感情を抑えて言った。
そして、

「安希子さん、すまないが歌陽子に付き添ってくれないか?」

「畏まりました。旦那様。」

希美と由香里も、

「私たちも一緒に参りますわ。」

と申し出た。

克徳は、

「すまない。世話をかけますが、よろしくお願いします。」

と言い残してホール正面の舞台に向かった。

一方、自室で歌陽子はドレスのコルセットを外して貰い、少し楽に息ができるようになっていた。

「はあ、見るからにお嬢様はフラットでございねえ。」

明らかに、安希子は歌陽子の未発達な身体をくさしているのだが、今の彼女には言い返す気力もなかった。

「フラットって、どう言うことですの?」

不思議そうに、由香里が聞いた。

「つまり、由香里お嬢様の反対と言うことです。」

的確な安希子の答えに、「ああ、そうか」と納得顔の希美。

「え、どう言うことですの?」

なおも追及してくる由香里に、安希子は少し言い方を変えて言った。

「つまり、うちのお嬢様は、コルセットでぎゅうぎゅう締め付けたり、真っ赤なドレスでこれでもかと着飾らない限りは殿方から見向きもされないと言うことです。」

「うう・・・っ。」

突然、歌陽子の口から嗚咽がもれた。感情が高ぶっているところに、安希子から言いたい放題言われたせいだった。

「まあ、ひどい、安希子さん。歌陽子さま、泣いてらっしゃるじゃない。こんなナイーブな方を傷つけてはなりませんわ。」

「失礼しました。」

そう謝りながら、安希子は続けた。

「ですから、由香里お嬢様、可哀想に思ってせめて高松さまはお嬢様にお譲りくださいませんか?」

そう言われて由香里の顔は真っ赤に染まった。

「そ、そんな、お譲りするなんて、私は最初からお二人の恋愛を応援していますのよ。」

「なら、なぜ『お慕いしています』なんて言われたのですか?あの後、お嬢様、明らかに意識していましたよ。」

「そ、それは、私がそれくらい思うほど素敵な方だから頑張って、と言おうと思って。」

「微妙な駆け引きですねえ。」

「そ、それは・・・。」

「ま、高松さまがダメでも、お嬢様にはあのイケメンのオリヴァーがいますもんね。」

そこで、少し眉をひそめて希美が会話に加わった。

「あの、安希子さん、あのオリヴァーと言う人にはあまり近づかない方が良くてよ。」

「何か知っているんですか?」

「知ってるってほどじゃないけれど、何度もアジアの有名なモデルさんと噂になっていますもの。歌陽子さまが結婚されても、幸せな家庭は築けませんわ。」

「あ〜あ、あんなにイケメンなのにもったいない。しかし、大旦那様がおられなかったのが、せめての幸いですね。」

「大旦那様と言うと、歌陽子さまのおじい様の?」

「はい、歌陽子お嬢様の可愛がりようはある意味異常なほどです。もし、大旦那様の目の前で『お嫁にください』なんて口走ろうものなら、ヨチヨチ歩きのベンチャー企業などたちまち捻り潰されてしまいますよ。」

「うわあ、怖そう。でもおじい様は、毎年、歌陽子さまのお誕生日には何か趣向をされて皆さんを楽しませてくださいますものね。」

「あ、そうそう、歌陽子さまの5歳のお誕生日の『猫踏んじゃった』のDVDは素晴らしい内容ですわ。」

「うわあああん。」

それまで黙って聞いていた歌陽子が突然大泣きをした。よほど触れられたくない過去だったらしい。

「ごめんなさい。歌陽子さま。」

「そうです。悪気は無かったんですの。」

そう優しく声をかけられてもなお、枕で顔を隠してグズクズと泣き続ける歌陽子。

安希子は、半ば呆れたように、

「お嬢様方、歌陽子お嬢様はすっかり拗ねてしまわれましたので、ほっておかれませ。こうなるとかなり面倒くさいですから。
それにしても・・・、大旦那様はどこへ行かれたのでしょう。また、なんか企んでいるに違いないですが、姿が全く見えないのがよけい不気味ですね。」

と言った。

その時、歌陽子の母親の志鶴が息を切らして部屋に飛び込んできた。

「た、たいへんよ!歌陽子、たいへんなのよ!」

(#62に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#60

(写真:東尋坊 その2)

宣戦布告

「歌陽子、宙、皆さんの前で何を言い合っている。せっかく、来てくださった皆さんに失礼だとは思わないのか!」

父、東大寺克徳は、子供たちを厳しく叱責した。
ただ、歌陽子はとんだトバッチリである。
しかし、歌陽子は素直に謝った。

「申し訳ありません。」

それに対して、宙は黙って下を俯いてしまった。

「まったくしょうがない子供たちだ。」

そして、克徳は軽く右手を上げた。
ただそれだけで場を鎮める貫禄を持っていた。

「皆さん、申し訳ありません。単なる兄弟喧嘩です。気になさらずに、どうかパーティをお楽しみください。」

克徳の登場で一瞬ピンと張り詰めた空気が、その一言でホッと緩んだ。
その中、満面の笑みを浮かべて、克徳に話しかけた人物がいる。
オリヴァー・チャンである。

「プレジデント・カツノリ。私はオリヴァー・チャンと言います。お会いできて光栄です。」

「オリヴァー・・・チャン・・・、どこかで、ああ、宙から名前は聞いています。今度、一緒に仕事をしてくれる人ですね。」

「はい。ソラとは、前からネットでの知り合いです。」

「しかし、あなたの身なりからすると、とても子供の小遣いや、私の渡した僅かばかりの金で雇える人に思えませんが。」

「はい、私、シンガポールでAIの会社を立ち上げています。仕事は日本に居てもできますし、なんとか時間を作ってソラくんを手伝います。」

「にしても、滞在費はこちらで見るとしても、ただと言うわけにはいかないでしょう。」

「もちろん、ただではありませんよ。私は1日10ドルです。」

「10ドル?それでは子供の小遣いだ。」

「私は、必要ならば1日10万ドルを貰うこともあります。しかし、興味が沸けば1日10ドルでも働きます。」

「ほう、ソラはそんなに面白いですかな?」

「はい、彼はリトルジャイアンツです。ですが、もっと興味があるのは、トウダイジ、あなた方です。」

語るに落ちたか、そう思って克徳は少し眉をひそめた。

「私どものグループと、これを機会に付き合いたいと言う訳ですか。ならば、こんな子供ではなく正式なルートから来られたら良いではないですか。門戸はいつも解放しているはずです。」

「分かっていますよ。しかし、そうすると、まずはあなたの部下のマネージャークラスと話をすることになります。その後はディレクター、オフィサーと幾つものステップを通らなければなりません。しかし、プレジデント・カツノリ、今あなたに直接プレゼンテーションができるチャンスがあるのですよ。生かさないわけにはいきません。」

「なるほど、分かりました。しかし、歌陽子のチームは去年の10月から準備していますし、三葉ロボテクの牧野社長のチームもあの口ぶりでは、去年あたりから相当準備を進めています。あと一ヶ月少しですが、今から間に合いますかな?」

「大丈夫です。ソラは、リトルジャイアンツです。クラウドソーシングでかなり優秀な技術者を見つけています。それに、私の会社はロボット用のモジュールもワンセット持っています。それを使えば、インデペンデンス・ドライブなロボットを早く作ることができます。」

「つまり、宙とあなたのチームが勝てば、あなたの会社のモジュールを東大寺グループで正式に採用して貰いたいと言うことですな。」

我が意を得たり、と言わんばかりのオリヴァー、嬉しそうに言葉を継いだ。

「はい、そうです。決して悪い話ではないでしょう。」

「いや、さすが海外の方だ。正直ですな。」

「はい、正直だけがトリエです。」

この男、意味を分かって使っているのかと訝りながら、彼の商才は認めざるを得なかった。
なぜなら、今回の自立駆動型介護ロボットがうまくいけば、その後にグループが総力を挙げて取り組むロボティクス事業でも欠かせないパートナーとなるだろう。
この男、そこまで読んで宙に取り入ったのか。

「だが、全てはあなたと宙のロボットを見てからです。歌陽子や三葉ロボテク以上のものが作れたら考えましょう。」

「有難うございます。ぜひ、頑張ります。それと、もう一つ。」

ニッコリ笑って、オリヴァーは人差し指を立てた。
その時、周りの女子から、ため息が漏れた。みな、オリヴァーの笑顔に心を掴まれたのだった。

「もし、僕が勝ったらもう一つお願いがあります。」

「なんでしょう?」

「カヨコを、カヨコさんを僕のおよめさんにくれませんか?」

一瞬、小せがれめ、何を言う!とこみ上げた。東大寺家の娘を嫁に貰いたいとだと!それは、露骨に東大寺の資本を狙っていることになるのだぞ。

しかし、克徳はあえてその感情を抑えた。
場合によっては叩き出されてもおかしくないことを、ここであえて言うオリヴァーの真意を知りたかったからである。

「それと今回のことは何の関係もないでしょう。それに歌陽子自身の気持ちの問題です。東大寺グループのビジネスとも何の関係もありません。」

「ならば、僕がカヨコさんにプロポーズして、彼女が受けてくれたら良いですね。」

また、周りから今度は羨望のため息が漏れた。もう、女子の多くは彼に恋をしてしまっていたのだ。

「ま、あなたが、コンテストに勝って私どもが親しくお付き合いをするようになったら、の話ですがね。」

オリヴァーは歌陽子に向け、とびっきりの笑顔を向け、

「カヨコ、僕はコンテストにも勝つし、必ず君のハートも手に入れてみせるよ。」

と甘い声で言った。

確かに、オリヴァー・チャンは飛び抜けたニ枚目だし、優秀で、頭も切れた。

しかし、歌陽子は、

この手の男は・・・、

生理的にムリだった。

(#61に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#59

(写真:東尋坊 その1)

兄弟喧嘩

「あ・・・!」

その時、桜井希美が小さく声を出した。
希美は、シンガポールに拠点を置く貿易会社社長の令嬢である。

「そうよ、オリヴァー・チャンですわ。」

「知っている人?」

そばにいた、高松祐一が聞いた。

「はい、最近、シンガポールで急に名前が知られ始めた人ですの。人工知能専門のベンチャー企業を立ち上げて、急成長していると言うお話ですわ。確か私の父の会社にも売り込みに来ていましたの。」

「そうだよ。」

そこに割り込んだのは、歌陽子(かよこ)の弟の宙だった。

「オリヴァーは若きベンチャー企業の経営者ってだけじゃない。数年前まで、シリコンバレーで人工知能を研究して、その分野の第一人者だったんだ。オリヴァーはその技術を活かしたくて、シンガポールで起業したんだよ。
オリヴァーの技術はね、身体につけたセンサーから微小な反応を読み取って、次の行動を予測するのさ。それで機械を動かせば、まるで自分の筋肉のようになるんだ。ねえちゃん、これが何を意味するか分かる?」

だが、「レッドクイーン」の自画像を前にすっかり固まってしまった歌陽子。
安希子にピチピチと頰を叩かれて我に返った。

「しっかりして下さい。お嬢様、宙坊っちゃんが何か難しいことをおっしゃってますよ。」

「へ・・・、なんて?」

そんな歌陽子の反応に宙は呆れかえってしまった。

「えーっ、聴いてなかったのかよ。しょうがないなあ。
いいかい、簡単に言えば、ねえちゃんたちのロボットを負かす為にオリヴァーを雇ったんだ。
ねえちゃんたちがハリウッドのプログラマーに作らせた紙芝居やハリボテじゃなくて、ホンモノの人工知能でうごく自立駆動のロボットを作る為にだよ。」

「宙、だけど・・・。」

素直に疑問を口にする歌陽子。

「なに?」

「そうまでして、お金使って私たちに勝ってどうするの?たかが、一企業のロボットコンテストでしょ。工業新聞の片隅に紹介されるくらいがオチでしょ。」

「え、なに言ってんの?ねえちゃんや、ねえちゃんの会社の社長さんはよくわかっていないみたいだけど、10年後の東大寺グループのビジネスを、ガラッと書き換えるくらいのインパクトがこれにはあるんだよ。
まず介護ロボットを手始めに、やがてAIとロボティクスでコントロールされたスマートシティを実現するんだ。そこにグループの資本が一気に投入されるんだよ。その時に、頭を取っているのは、ねえちゃんか、俺か、それともグループの誰かかって話をだろ?」

え?考えたこともなかった。
私が、東大寺グループ全体の頭を取る?
課のたかだか3人の人たちさえ満足に動かせないのに、10万人もいるグループ全体なんか動かせっこない。
そんなこと、遠い世界の話だと思ってた。

「だけど、宙、あなたは東大寺家の跡継ぎなんだし、ほっておいてもいずれあなたがグループを動かすようになるのよ。」

「何十年後の話だよ。それに、じいちゃんもばあちゃんも、ねえちゃんにしか興味がないじゃないか。俺は、こんな大袈裟でくだらないパーティなんか一度も開いて貰えないもんね。
最近は父さんまで、カヨコ、カヨコってうるさいし、もうねえちゃんだけ居ればいいんだよ。」

偉そうなことを言っても、所詮中身は中学生、姉にだだをこねているようにしか聞こえない。

「だけど・・・私じゃ、そんな責任負えないわ。」

「だから、こんなパーティを開いて、質の良さそうな種馬を選んでるんじゃないか。なのに、『今日はようこそお越しになりました。ありがとう。』なんて、バッカじゃないの。」

その時、厳しい声が飛んだ。

「こらっ!宙!やめないか!お客様に失礼だろう!」

思わず首をすくめた宙。

それは、パーティ開始10分前に姿を現した東大寺克徳であった。

(#60に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#58

(写真:北潟湖畔 その5)

波乱

突如現れた異邦の青年に抱きすくめられて身動きの取れない歌陽子(かよこ)。
思わぬ展開に場が凍りつく。

「・・・。」

しばらく時間が停止した。
その中、最初に声を上げたのは、当の歌陽子でも、毒舌ハウスキーパーの安希子でもなかった。
おっとりした印象の由香里が叫んだ。

「あ、あなた!何してるんですか!は、早く歌陽子さまから離れなさい!」

青年は、顔を由香里に向け、ニッと歯を見せた。

「オウ、ソーリー、僕らの国では、ギュッとハグするはフレンドリの心ね。
ここ、日本なの忘れてました。」

そう言って青年は歌陽子から手を離した。
抱きしめられた時に斜め45度に傾いたメガネのまま、歌陽子はずるずると崩れ落ち、床にペッタリと座りこんだ。

「あ、あなたは、誰なんですか!歌陽子さまに謝ってください。」

由香里の言葉に、青年は後頭部に手を当てて、さも困ったように眉毛を八の字に下げた。
そして、歌陽子に手を差し伸べて、

「カヨコ、ゴメンナサイ。君に会えて嬉しかったんだ。許してください。」

と謝った。

(へ?)

差し出された手を見上げながら、まだ惚けているのか、虚ろな顔をしている歌陽子。

何事か、と何人かが集まってきた。
そして、安希子が歌陽子に駆け寄り、腰に手を添えて立たせようとした。

「ほら、お嬢様、しっかりして下さい。」

「だ、だって、だって・・・。」

「分かりますけど、主役がしっかりしなくなては困るじゃありませんか。」

「だけど、男の人に抱きしめられたことなんて、お父様以外に無いもの。」

「おぼこかい!」

やがて、高松祐一や、何人かの青年も騒ぎに気づいてやって来た。

「由香里ちゃん、どうしたの?」

祐一は、最初に声を上げた由香里に、何事が起きたかを尋ねた。
しかし、さっきは勇気を奮って声を出した由香里であったが、今は少し気持ちが動転しているのと、思い人の祐一から声をかけられたのでうまくしゃべれなくなってしまった。

「は、あの・・・、はあ。」

代わりに、希美が説明をした。

「あの外国の方がいきなり、歌陽子さまに抱きついたんですの。」

「なんだって!」

顔を険しくした祐一が、渦中の青年に何かを言おうとした時、扉の外から宙の声がした。

「オリヴァー、ここにいたんだ。門のところで待っていたのに、姿が見えないからどうしたかと思ったよ。」

「ソラ、ソラなのか?」

「うん、俺が宙だよ。」

目の前に現れたのが思いも寄らぬ小柄な少年なのに、オリヴァーと呼ばれた青年は驚きを隠せないようだった。

「ああ、さすが日本はミラクルの国ね。こんな少年がネットで僕と対等にコミュニケーションをしていたなんて信じられない。」

「よく言われるよ。はじめまして、と言うか、ネットではすっかり顔馴染みだけど、俺が東大寺宙です。」

「そうか、君がソラか。よろしく、リトルジャイアンツ。」

「有難う。」

そして宙は、やっと安希子に支えられている歌陽子に向き直ると、彼を紹介した。

「ねえちゃん、彼はオリヴァー・チャン。シンガポールから来て貰ったんだ。オリヴァー、これは姉の歌陽子です。」

オリヴァーは、ウィンクしながらいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。

「ソラ、知ってるよ。僕が日本に来たのは、君に呼ばれたからもあるけど、カヨコにも会いたかったからなんだ。」

「え、どういうこと?」

「だから、君がカヨコの弟さんだと分かったから、仕事を引き受けたんだよ。」

「なんで、なんで、オリヴァーがねえちゃんのこと知ってるんだよ!」

「それはこれさ。テックネットにアップされていたこの写真。アップした男を知っていたから、これは誰かを聞いたんだ。」

そう言って、オリヴァーはベルトのフォルダーからスマホを取り出して、少し触って歌陽子たちに見せた。スマホには、一枚の画像が一杯に表示されていた。

それを見た瞬間、惚けていた歌陽子の思考は瞬間的に繋がった。

(ま、まさか、これ!レッドクイーン!)

数ヶ月前、日登美泰造にデートを申し込まれ、少しでも彼の歓心を買いたいと精一杯着飾って出掛けたあの日。
レストランの前に真っ赤なフェラーリを止め、真紅のドレスのスカートを夜風にはためかせて、レストランのレッドカーペットを歩いている私。
あのあと馬鹿騒ぎに巻き込まれたあの日、泰造に盗撮されたイタイ私の一枚。
通称、レッドクイーン。

「うわっ!勘違い系女子!」

思わず安希子が口走った。
しかし、美人の由香里は、見とれて言った。

「歌陽子さま・・・きれい。」

「そう、僕の東洋のルビー、トウダイジカヨコ。君に会えて光栄です。」

思いっきり固まった歌陽子に、オリヴァーはとびっきりの笑顔を向けた。

しかし、その時の歌陽子の頭の中は、

(タ、タイゾーのヤツう!どこまで私に恥をかかせるのよ!本当に、二度と、日本に帰れないようにしてやるう!)

と沸騰していた。

(#59に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#57

(写真:北潟湖畔 その4)

異邦人

「あ、ごめん、お取り込み中だったかな。」

甘い声で、急に声をかけられて、安希子は歌陽子(かよこ)から慌てて離れて、丁重に頭を下げた。

「いらっしゃいませ。」

背の高いスーツ姿のスラッとした男性。

「町屋さん。」

「やあ、歌陽子ちゃん、一年ぶり、お誕生日おめでとう。はい、これ、プレゼント。」

そう言って町屋青年は、歌陽子に大きな花束を渡した。花束の中には小箱が埋められていた。おそらくジュエリーだろう。

「あ、ありがとうこざいます。」

歌陽子は花束を受け取ると礼を口にした。

さっと、メイドの一人が近寄って手に持ったコートを預かると、番号キーを渡して彼をパーティ席に案内をした。

「う〜ん、65点。」

こっそりと安希子が点数をつけている。
それを聞いたメイドの一人が不思議そうに安希子に小声で尋ねた。

「え〜っ、どうしてですか?あんなにカッコイイのに。」

「服装がダサい。プレゼントがイマイチ。」

「うわあ、辛口。」

「当たり前です。歌陽子お嬢様のお相手には将来東大寺グループを担って貰わなければならないんですから。」

「じゃあ、あの方は?」

「35点。」

「低いですねえ。何故ですか?」

「年を取りすぎている。」

やがて、次から次と来客が訪れ、歌陽子にお祝いの言葉やプレゼントを渡した。
男性、女性、若い人、中年の人、年配の人、明らかに重役の貫禄のある人。
その来客に歌陽子は一人一人丁寧に礼を述べ、またメイドたちは彼らの案内に走り回った。
そして、安希子は若い男と見るとこっそり点数をつけていた。
希美と結花里は、歌陽子のそばに立って頭を下げながら、抱えきれないほど渡された彼女の花束やプレゼントを受け取る役をしていた。

そのうち、結花里がハッと弾かれたように入り口を振り返った。
そして、

「ねえ、ねえ、高松さまよ。」

と歌陽子に知らせた。
彼女なりの精一杯の気の使い方らしい。
しかし、結花里から「高松のことが好きだ」と告白されて、正直どんな顔をしたら良いか困ってしまう。

「やあ、歌陽子ちゃん。」

近づきながら高松祐一は気さくに声をかけてきた。他の来客に比べれば、ずっと地味な服装、しかしさっぱりとして好感が持てた。
差し出した花束も、数本だけの簡単なものだった。でも、場違いだとか、見劣りがするとか全く気にしない。素直で自然体な性格が歌陽子にはとても好もしかった。

(ひょっとしたら、この人なら裸のままの私でも好きになってくれるかも知れない。)

そんな期待をしないでもない。
(でも、やっぱり私では釣り合わない。)
そんな思いがどうしても拭えなかった。

「ねえ、歌陽子ちゃん、僕だよ。忘れた?ほら、祐一。」

結花里の告白を聞いて意識してしまったからか、なんとかなく反応のにぶい歌陽子に、祐一は気になって自分から名乗った。

「あ、あ、はい。ゆ、祐一さん、この度は有難うございます。」

少し笑顔がぎごちない。
その祐一を安希子は少し離れたところで採点をしていた。

「よし!95点。」

「え〜っ、さっきもっとカッコイイ人いたじゃありませんか?」

「あの方は別格なの。何しろ、歌陽子お嬢様の花婿候補ナンバーワンなんだから。」

一瞬怪訝な顔をしたものの、すぐに笑顔に戻った祐一はパーティ席へと案内されて行った。
そばでは結花里が顔を赤らめながら、歌陽子の陰に隠れるようにしていた。
歌陽子の前では「お慕いしています」と強気のことを言いながら、その実明らかに意識し過ぎてガチガチになっているようだった。

やがて、メイドの一人が安希子に話しかけた。

「ねえ、安希子さん、あの方、カッコよくないですか?」

次に姿を現したのは、黒髪で色黒の男性。冬の最中にも関わらず少し胸をはだけて、半袖のシャツからたくましい腕をのぞかせている。腕に光っているブレスレットや胸のネックレスが彼をとてもセクシーに演出していた。
堀の深い顔立ち、アジア系の外国人のようだった。歳の頃は30手前。
大股で歌陽子の方に近づいて来る。
そして、歌陽子の後ろに立っている安希子たちも色めき立っていた。

「知ってる人ですか?」

「いいえ、知らない人よ。旦那さまのお客様かしら。」

「でも、いい男ですねえ。」

「う〜ん、悔しいけど、98点!」

「え!最高更新ですか?」

「ん〜、まあね。」

歌陽子も、思わず彼に見とれてしまった。やがて、異邦の男性はそばまで来ると、少し英語訛りのある日本語でこう言った。

「おお、カヨコ!やっと会えた。僕のクイーン。」

そう言って、歌陽子より30センチはある上背から、覆いかぶさるようにして彼女をギュッと抱きしめた。

(え・・・、なに?)

(#58に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#56

(写真:北潟湖畔 その3)

恋バナ

「でも、歌陽子さま、その、殿方の方はどうですの?」

いきなり結花里が話を振った。

「殿方と言うか、男の職場ですからね。周りは男性ばかりです。」

「へえ、じゃあ、お父様も歌陽子さまに悪い虫がつかないかご心配ね。」

「いえ、男性と言っても、年配の方たちばかりなんですよ。」

その時、歌陽子の後ろから安希子のボソッとした声が聞こえた。

「それも、とんでもないエロじじいたちですけど・・・。」

思わず振り返った歌陽子、小声で安希子をたしなめた。

「ダメですよ。安希子さん、そんなこと言って、二人に聞こえたら心配するじゃありませんか。」

「大丈夫です。どうせ、聞こえませんよ。でも、職場にキャバクラ嬢を引き込むようなハレンチじじいたちですからね。旦那様でなくても私が気が気ではありません。しかも、これを奥様にご報告できないなんて、もう胸が張り裂けそうです。」

「やめてよ、あれは前田町さんの娘さんなんだから。おかしな人じゃありません。」

「そう、娘をフーゾクに売り飛ばし、息子をマフィアで修業させる極道オヤジたちです。歌陽子お嬢様は、早々にダウンしてしまわれるし、私一人であの連中からお嬢様をお守りしようと立ち向かったんです。本当にか弱い心が潰れそうでした。」

(ホントは酔っ払って、さんざん絡んでいたくせに。)

「歌陽子さまあ、何二人でボソボソ喋られているの?」

不思議そうに結花里が聞いた。

「え?な、何でもありません。安希子さんがパーティのことで知りたいことがあると言われるから、答えていたんですよ。」

「まあ、そうですの。歌陽子さま、そのようなしっかりしたメイドさんがいて幸せね。」

「私は、メイ・・もがもが。」

私はメイドではありません!と言いかけた安希子の口を歌陽子が塞いだ。

「でも、今日も高松さま、お見えになるかしら?」

高松さまは、高松祐一と言った。歌陽子の二つ上の大学院生である。
血は皇族につながっているとの噂だった。
家業は昔に比べてかなり縮小し、都内で細々と不動産業者を営んでいた。
しかし、東大寺家と高松家は関わりが深く、加えて学業優秀、スポーツ万能、人柄も良い好青年の祐一に、三人の誰もが淡い恋心を抱いていた。

「歌陽子さまは、高松さまのこと、どうお考えですの?」

「あの・・・、いい方だとは思います。」

「殿方としてはいかがですか?」

「と言っても、年に数回お会いするだけの方ですし。」

少し間を置いて、結花里が言った。

「私・・・、とてもお慕い申し上げていますわ。」

(はい?)

「でも・・・、歌陽子さまが、高松さまのことをお好きならば、私は潔く身を引きますわ。」

なんだろう、これは。
「祐一さんは私のものだから、手を出さないで」と遠回りに言っているのか、あるいは、純粋に歌陽子の恋愛を応援しようとしているのか。
確かに、高松祐一なら東大寺家としても異存はないだろう。入り婿として、東大寺家に入って貰えば、父親の克徳もさぞ心強いことだろう。
実際、歌陽子といいなずけにと言う話もあった。しかし、結局高松家からの意向で沙汰止みになったらしい。
「いいなずけなど現代に合わない、できれば本人の自由意志に任せたい」と。
確かに、高松家も東大寺から仕事を融通して貰えばまた家業をおおいに盛り立てることが可能である。しかし、プライベートと仕事に一線引きたいと言う高松の意向で、あくまで東大寺家とは家族の付き合いにとどまっていた。だが、そんな不器用で潔癖な高松の性格を克徳はとても気に入っていた。

祐一は男性としてはとても魅力的である。もし一生添い遂げるならばこんな人と、と願わないでもない。
ただ、こんな私より、結花里さんの方が絶対お似合いだとも思う。
だいたい、東大寺家の冠を取った私に何の魅力を感じてくれるだろうか。
私は今、東大寺の名前を離れ、一人の人間として社会を歩き始めている。そこは甘ったれで不器用な私には厳しい世界だった。自分のダメさや不甲斐なさが身にしみた。
私自身の価値を思い知らされる日々。
でも、いつかそんな素っ裸の私でもいいと言う人が現れるかも知れない。その時は心を決めよう。
歌陽子は漠然とではあるが、そのように気持ち固めていた。

「どう、歌陽子さま?」

「そんな、結花里さん、歌陽子さまがお困りになるわ。」

希美は歌陽子に気を使って結花里をたしなめようとした。

それに歌陽子は、ゆっくりとしっかりとした口調でこう答えた。

「私をただの歌陽子として愛してくれるなら、その人のもとに嫁ぎます。だから、どう思われるかは、高松さまのお気持ち一つです。」

その時、後ろから急にグイと引っ張られた。
安希子である。
歌陽子を自分の方に向き直らせると、もの凄い剣幕でこう言った。

「バカなんですか?お嬢様は。色恋は弱肉強食ですよ。お嬢様の武器は東大寺の名前しかないじゃないですか。他に牙も爪も持たないお嬢様がどうやって他の雌ライオンどもと戦うんですか?」

「メ・・。」

「メスライオン・・。」

希美と結花里の二人は思わず絶句した。

「や、やめて・・・さしあげて、安希子さん・・・。」

安希子の剣幕に押されながら歌陽子はやっとそれだけを口にした。

(#57に続く)