今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

後付け

(写真:白のベルーガ その1)

物事が決まるにあたり、
理屈は
先行しない。

バランスや
嗜好や
感覚で、

「こうじゃないか」

が先にある。

それでも、周りを
納得させるための
もっともらしい
理屈は必要である。
だが、それは
たいてい
後付けである。

理屈や
データが先行したら
イノベーションは
生まれない。

まず
パーソナルから、
オーソライズの
過程を経るからである。

罪滅ぼし

(写真:オルカトレーナー その5)

最近の男の子は、

幾つになっても
母親と仲が良いらしい。

我々世代は、
そんなに母親を
大事にしてこなかった。

そんな罪の意識のある
製作者が、
母親を大事にする息子の話を
量産した結果、
子供たちの意識が変化したのかも
知れない。

少しは罪滅ぼしに
なっただろうか。

足もと

(写真:オルカトレーナー その4)

世の中には、

目の覚めるような事案か溢れるし、
マスコミも誌面映えの良いものばかり
選んでジャンジャン流す。

よおし、負けじと
勉強して提案するが、
残念ながら
周りの反応は今一つ薄い。

それは、
周りの知識の限界が
自分の提案の限界だから。

高く飛ぶには、
強く蹴らねばならないし、
強く蹴るには
固い足もとが必要である。

そして、
固い足もととは、
周りに
自分の提案を
深く理解させることである。

豚の一生

(写真:オルカトレーナー その3)

豚に問う。

「お前たち、こんなところに居たら、やがて殺され、肉にされ、食べられるのだぞ」

豚は答える。

「だけど外には、怖い獣がいて、飛び出したら最後、たちまち殺されちゃうよ。それに、ここには安心と満腹と平和が満ちている。それがあれば十分じゃないか」

未来の大問題より、
今の満足を大事にする。

人間に飼われている豚も、
豚を飼っている人間も、
そこは共通しているようである。

振り返り

(写真:オルカトレーナー その2)

せっかく気持ちよく

風を受けて走っている時、
行く手を遮られたら
きっと邪魔で邪魔で
しょうがない。

悪態ばかりつきながら、
でも本当は
間違っているのは自分の方で、
それを止めてくれている
のかも知れない。

振り返ってみなくては
ならないのは
こんな時である。

一歩後ろへ

(写真:オルカトレーナー その1)

自分「おーい、みんな、よく見ろよ!こんなことになっているぞー!大丈夫か?」

全員「ちょっと、一歩下がってくれ!お前みたいな身体が大きいもんが、前を塞いでいたら、ちっとも見えないじゃないか!」

大切なことは、
全員
一人一人が、
自分の問題となること。

そのためには、
自分が一歩引いて
全員の視界を良くすることが
必要なのかも知れない。

嫉妬

(写真:イルカショー その11)

人は自分の位置を、
人と比較してしか
認識できない。

だから、

身近な人から
置き去られることを
何より嫌がる。

それは、実際の立ち位置より
仲間との距離感で
自分の優劣を
測るからである。

ただ、
仲間だけに目を向けて、
本来果たすべき本分が
疎かになれば、
それこそ

時代に、
取り残される。