今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#145

(写真:田園の黄金雲 その1)

意思の鎧

「でも、私の足はもう動かないのよ。」

『ARTIFICIAL BODY』というロボットの鎧をまとい、宙から立ち上がるように言われたマダム・ピアこと梨田夫人は、戸惑いの色を隠せなかった。
そして、困惑の顔を歌陽子に向けた。

「あの・・・、宙・・・。」

歌陽子も弟の意図を察し兼ねて、遠慮がちに声をかける。
しかし、宙はその姉の声を無視した。

「大丈夫です。立ち上がるところをイメージして、足と腰の筋肉に力を入れてください。」

「え・・・、ええ。」

「宙あ。」

そこで歌陽子は堪り兼ねて声をだした。

「マダムは、もうしばらく立ち上がっていないのよ。そんな、いきなりは無理よ。」

「関係ない人は黙っていて下さい。できるとか、できないとかは、ハッキリ言えば先入観です。そんな先入観に負けずに、立てるイメージをして下さい。」

「わ、分かりました。やってみましょう。あとはロボットがうまくやってくれるのね。」

梨田夫人は、意を決したように言った。

そして、鎧をまとった夫人が車椅子のアームサボートを握る手に力を込めた。そして、少し腰を浮かしかけた。
徐々にアクチュエイターが回転し始めるのが分かる。
鎧のフレーム内部で腰のモーターが動き、上体が少し前かがみになる。そして、体重が膝に移動し、膝関節のアクチュエイターが足を後ろに引いた。そのまま腰をモーターの力で持ち上げると同時に、ももとふくらはぎのモーターが膝を伸ばした。

「あ、立った。あら、どうしましょう。立ってるわ!」

「おお。」

観客席からも嘆息が漏れた。

「ほんと、凄いわ。でも、マダム、バランスを崩して転倒しないように気をつけてください。」

それは、足の自由の効かない梨田夫人がロボットの力を借りて、車椅子から立ち上がっているすごい光景だった。しかし、バランスを崩して転倒しないかが歌陽子には気掛かりである。

だが、ロボットは器用に重心を移しながら、危なげなく立っていた。

そして、プレゼンターの宙は、さも当然といった顔で、

「では、そのまま前に歩いてください。」

宙の呼びかけに、梨田夫人が素直に足に力を込めるのが分かった。
ロボットは、ゆらりと体重を移して、前のめりの姿勢を取った。そして、ロボットの上体を支えるように、右足が前に出た。そのままロボットは左に体重移動し、今度は左足が前に出る。
そうやって、夫人がまとった鎧型ロボットはゆっくりと歩み始めた。

「すごい。私、歩いてるわ。自分で歩いているのよ。」

思わずはしゃいで、若やいだ声を上げる梨田夫人。

「良かったら、走ってみてください。」

「え?」

しかし、さすがに戸惑いの声を上げる夫人。

「宙、無茶だわ。」

歌陽子も心配して、やめさせようとする。

「大丈夫です。そこは、きちんとAIが計算しています。間違いは絶対に起こりません。」

「でも・・・。」

なおも、心配の声を上げる歌陽子に、宙は『黙ってろ!』と言わんばかりに、しかめ面を向けて、コッソリと舌を出した。

「でも、私走るなんて、十何年間ぶりかしら。」

こころなしか、言葉をはずませながら梨田夫人が言う。

意思の通り動く、その意思の鎧にマダム・ピアはそのはずむような意思を伝達した。

(#146に続く)