今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#58

(写真:北潟湖畔 その5)

波乱

突如現れた異邦の青年に抱きすくめられて身動きの取れない歌陽子(かよこ)。
思わぬ展開に場が凍りつく。

「・・・。」

しばらく時間が停止した。
その中、最初に声を上げたのは、当の歌陽子でも、毒舌ハウスキーパーの安希子でもなかった。
おっとりした印象の由香里が叫んだ。

「あ、あなた!何してるんですか!は、早く歌陽子さまから離れなさい!」

青年は、顔を由香里に向け、ニッと歯を見せた。

「オウ、ソーリー、僕らの国では、ギュッとハグするはフレンドリの心ね。
ここ、日本なの忘れてました。」

そう言って青年は歌陽子から手を離した。
抱きしめられた時に斜め45度に傾いたメガネのまま、歌陽子はずるずると崩れ落ち、床にペッタリと座りこんだ。

「あ、あなたは、誰なんですか!歌陽子さまに謝ってください。」

由香里の言葉に、青年は後頭部に手を当てて、さも困ったように眉毛を八の字に下げた。
そして、歌陽子に手を差し伸べて、

「カヨコ、ゴメンナサイ。君に会えて嬉しかったんだ。許してください。」

と謝った。

(へ?)

差し出された手を見上げながら、まだ惚けているのか、虚ろな顔をしている歌陽子。

何事か、と何人かが集まってきた。
そして、安希子が歌陽子に駆け寄り、腰に手を添えて立たせようとした。

「ほら、お嬢様、しっかりして下さい。」

「だ、だって、だって・・・。」

「分かりますけど、主役がしっかりしなくなては困るじゃありませんか。」

「だけど、男の人に抱きしめられたことなんて、お父様以外に無いもの。」

「おぼこかい!」

やがて、高松祐一や、何人かの青年も騒ぎに気づいてやって来た。

「由香里ちゃん、どうしたの?」

祐一は、最初に声を上げた由香里に、何事が起きたかを尋ねた。
しかし、さっきは勇気を奮って声を出した由香里であったが、今は少し気持ちが動転しているのと、思い人の祐一から声をかけられたのでうまくしゃべれなくなってしまった。

「は、あの・・・、はあ。」

代わりに、希美が説明をした。

「あの外国の方がいきなり、歌陽子さまに抱きついたんですの。」

「なんだって!」

顔を険しくした祐一が、渦中の青年に何かを言おうとした時、扉の外から宙の声がした。

「オリヴァー、ここにいたんだ。門のところで待っていたのに、姿が見えないからどうしたかと思ったよ。」

「ソラ、ソラなのか?」

「うん、俺が宙だよ。」

目の前に現れたのが思いも寄らぬ小柄な少年なのに、オリヴァーと呼ばれた青年は驚きを隠せないようだった。

「ああ、さすが日本はミラクルの国ね。こんな少年がネットで僕と対等にコミュニケーションをしていたなんて信じられない。」

「よく言われるよ。はじめまして、と言うか、ネットではすっかり顔馴染みだけど、俺が東大寺宙です。」

「そうか、君がソラか。よろしく、リトルジャイアンツ。」

「有難う。」

そして宙は、やっと安希子に支えられている歌陽子に向き直ると、彼を紹介した。

「ねえちゃん、彼はオリヴァー・チャン。シンガポールから来て貰ったんだ。オリヴァー、これは姉の歌陽子です。」

オリヴァーは、ウィンクしながらいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。

「ソラ、知ってるよ。僕が日本に来たのは、君に呼ばれたからもあるけど、カヨコにも会いたかったからなんだ。」

「え、どういうこと?」

「だから、君がカヨコの弟さんだと分かったから、仕事を引き受けたんだよ。」

「なんで、なんで、オリヴァーがねえちゃんのこと知ってるんだよ!」

「それはこれさ。テックネットにアップされていたこの写真。アップした男を知っていたから、これは誰かを聞いたんだ。」

そう言って、オリヴァーはベルトのフォルダーからスマホを取り出して、少し触って歌陽子たちに見せた。スマホには、一枚の画像が一杯に表示されていた。

それを見た瞬間、惚けていた歌陽子の思考は瞬間的に繋がった。

(ま、まさか、これ!レッドクイーン!)

数ヶ月前、日登美泰造にデートを申し込まれ、少しでも彼の歓心を買いたいと精一杯着飾って出掛けたあの日。
レストランの前に真っ赤なフェラーリを止め、真紅のドレスのスカートを夜風にはためかせて、レストランのレッドカーペットを歩いている私。
あのあと馬鹿騒ぎに巻き込まれたあの日、泰造に盗撮されたイタイ私の一枚。
通称、レッドクイーン。

「うわっ!勘違い系女子!」

思わず安希子が口走った。
しかし、美人の由香里は、見とれて言った。

「歌陽子さま・・・きれい。」

「そう、僕の東洋のルビー、トウダイジカヨコ。君に会えて光栄です。」

思いっきり固まった歌陽子に、オリヴァーはとびっきりの笑顔を向けた。

しかし、その時の歌陽子の頭の中は、

(タ、タイゾーのヤツう!どこまで私に恥をかかせるのよ!本当に、二度と、日本に帰れないようにしてやるう!)

と沸騰していた。

(#59に続く)