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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#56

(写真:北潟湖畔 その3)

恋バナ

「でも、歌陽子さま、その、殿方の方はどうですの?」

いきなり結花里が話を振った。

「殿方と言うか、男の職場ですからね。周りは男性ばかりです。」

「へえ、じゃあ、お父様も歌陽子さまに悪い虫がつかないかご心配ね。」

「いえ、男性と言っても、年配の方たちばかりなんですよ。」

その時、歌陽子の後ろから安希子のボソッとした声が聞こえた。

「それも、とんでもないエロじじいたちですけど・・・。」

思わず振り返った歌陽子、小声で安希子をたしなめた。

「ダメですよ。安希子さん、そんなこと言って、二人に聞こえたら心配するじゃありませんか。」

「大丈夫です。どうせ、聞こえませんよ。でも、職場にキャバクラ嬢を引き込むようなハレンチじじいたちですからね。旦那様でなくても私が気が気ではありません。しかも、これを奥様にご報告できないなんて、もう胸が張り裂けそうです。」

「やめてよ、あれは前田町さんの娘さんなんだから。おかしな人じゃありません。」

「そう、娘をフーゾクに売り飛ばし、息子をマフィアで修業させる極道オヤジたちです。歌陽子お嬢様は、早々にダウンしてしまわれるし、私一人であの連中からお嬢様をお守りしようと立ち向かったんです。本当にか弱い心が潰れそうでした。」

(ホントは酔っ払って、さんざん絡んでいたくせに。)

「歌陽子さまあ、何二人でボソボソ喋られているの?」

不思議そうに結花里が聞いた。

「え?な、何でもありません。安希子さんがパーティのことで知りたいことがあると言われるから、答えていたんですよ。」

「まあ、そうですの。歌陽子さま、そのようなしっかりしたメイドさんがいて幸せね。」

「私は、メイ・・もがもが。」

私はメイドではありません!と言いかけた安希子の口を歌陽子が塞いだ。

「でも、今日も高松さま、お見えになるかしら?」

高松さまは、高松祐一と言った。歌陽子の二つ上の大学院生である。
血は皇族につながっているとの噂だった。
家業は昔に比べてかなり縮小し、都内で細々と不動産業者を営んでいた。
しかし、東大寺家と高松家は関わりが深く、加えて学業優秀、スポーツ万能、人柄も良い好青年の祐一に、三人の誰もが淡い恋心を抱いていた。

「歌陽子さまは、高松さまのこと、どうお考えですの?」

「あの・・・、いい方だとは思います。」

「殿方としてはいかがですか?」

「と言っても、年に数回お会いするだけの方ですし。」

少し間を置いて、結花里が言った。

「私・・・、とてもお慕い申し上げていますわ。」

(はい?)

「でも・・・、歌陽子さまが、高松さまのことをお好きならば、私は潔く身を引きますわ。」

なんだろう、これは。
「祐一さんは私のものだから、手を出さないで」と遠回りに言っているのか、あるいは、純粋に歌陽子の恋愛を応援しようとしているのか。
確かに、高松祐一なら東大寺家としても異存はないだろう。入り婿として、東大寺家に入って貰えば、父親の克徳もさぞ心強いことだろう。
実際、歌陽子といいなずけにと言う話もあった。しかし、結局高松家からの意向で沙汰止みになったらしい。
「いいなずけなど現代に合わない、できれば本人の自由意志に任せたい」と。
確かに、高松家も東大寺から仕事を融通して貰えばまた家業をおおいに盛り立てることが可能である。しかし、プライベートと仕事に一線引きたいと言う高松の意向で、あくまで東大寺家とは家族の付き合いにとどまっていた。だが、そんな不器用で潔癖な高松の性格を克徳はとても気に入っていた。

祐一は男性としてはとても魅力的である。もし一生添い遂げるならばこんな人と、と願わないでもない。
ただ、こんな私より、結花里さんの方が絶対お似合いだとも思う。
だいたい、東大寺家の冠を取った私に何の魅力を感じてくれるだろうか。
私は今、東大寺の名前を離れ、一人の人間として社会を歩き始めている。そこは甘ったれで不器用な私には厳しい世界だった。自分のダメさや不甲斐なさが身にしみた。
私自身の価値を思い知らされる日々。
でも、いつかそんな素っ裸の私でもいいと言う人が現れるかも知れない。その時は心を決めよう。
歌陽子は漠然とではあるが、そのように気持ち固めていた。

「どう、歌陽子さま?」

「そんな、結花里さん、歌陽子さまがお困りになるわ。」

希美は歌陽子に気を使って結花里をたしなめようとした。

それに歌陽子は、ゆっくりとしっかりとした口調でこう答えた。

「私をただの歌陽子として愛してくれるなら、その人のもとに嫁ぎます。だから、どう思われるかは、高松さまのお気持ち一つです。」

その時、後ろから急にグイと引っ張られた。
安希子である。
歌陽子を自分の方に向き直らせると、もの凄い剣幕でこう言った。

「バカなんですか?お嬢様は。色恋は弱肉強食ですよ。お嬢様の武器は東大寺の名前しかないじゃないですか。他に牙も爪も持たないお嬢様がどうやって他の雌ライオンどもと戦うんですか?」

「メ・・。」

「メスライオン・・。」

希美と結花里の二人は思わず絶句した。

「や、やめて・・・さしあげて、安希子さん・・・。」

安希子の剣幕に押されながら歌陽子はやっとそれだけを口にした。

(#57に続く)