読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#54

(写真:北潟湖畔 その1)

学友

東大寺邸の2階に作られたホールは、数百人が一同に会してパーティができる広さであった。
もともとは、昭和初期、貿易で成功した当時の東大寺家当主が国内外の賓客との社交の場に、舞踏会や晩餐会を開催する場所として作ったものだった。
その後、奇しくも屋敷は空襲にも遭わず、戦後の財閥解体で企業グループは一旦バラバラになったものの、当時屋敷を守っていた当主のもと再集結を果たし、今の発展の基礎を築いたのであった。
いわば、東大寺家の歴史を象徴している場所が、東大寺邸のホールだった。

歌陽子(かよこ)の21回目のバースデーパーティは、午後五時からこのホールで開催される。しかし、午後三時には来客を迎える準備を終え、ホールは開場した。
そして主役の歌陽子は、パーティドレスに身を包んで、ホールの扉の内側で来客の訪れるのを待っていた。
彼女のそばには、ハウスキーパーの安希子、そして数人のメイドが付き従い、今日は名実ともに東大寺家の令嬢としての威厳を表していた。

やがて、早々に顔を見せたのは歌陽子の以前の学友たちであった。
子供のころからお嬢様学校で過ごし、名家の令嬢たちに囲まれながらもなお、歌陽子は特別な存在だった。
家柄も、経済界に与える影響も、そして財力も東大寺家の歌陽子にかなう娘はいなかった。
歌陽子は子供のころから、彼女たちに囲まれ、プリンセスのようにちやほやされた。そして、子供の頃はそれを何のためらいもなく受け入れていた。
しかし、中学に進んだ頃から、歌陽子は自分の凡庸さを思い知らされ始めた。
勉強や運動が得意なわけでなく、だからと言って何か人より優れたものがある訳でもない。
ただ、東大寺家の令嬢と言うだけで、周りは自分を取り巻き、いつも耳障りの良い言葉を聞かせてくれる。
じゃあ、私の価値って何なの?
つまらない石ころに金箔を塗って、それをみんな有難そうにしているだけじゃなくて?
それが、悩みで学友たちから少し疎遠になりかけた時期もあった。
でも、そんな歌陽子の気持ちとは裏腹に、学友たちは彼女のことを放ってはおかなかった。事あるたびに声をかけ、自分のそばに立たせておこうとした。
今思い出しても、私は地味なメガネの女子に過ぎなかったのに、なぜみんな奪い合うように私と過ごしたがったのだろう。
ひょっとしたら、東大寺家令嬢と懇意な自分にみんな酔っていただけかも知れない。
だが、それは皆んながとても優しく、心地の良い言葉ばかりを聞かせてくれた時間だった。

(でも、自分はみんなにそのように扱って貰える人間じゃないことは知っていた。知っていながら、東大寺歌陽子を演じ続けなきゃならなかった。そう、ずっと自分に嘘をついて過ごしていたんだ。)

(それに比べて、今の私の周りにいる人たちの厳しいことったら。褒めるどころか、朝から晩までけなされ、小突かれてばかりいる。
「グズ」「バァカ」「ブス」、この1年たらずで、今まで20年間で言われたよりも何倍も聞かされた。落ち込んだし、何度も泣かされたけど、ここでは私は私でいられる。)

かつての学友の顔を見ながら、歌陽子の脳裏に一瞬で去来したのはそんな思いだった。

「わあ、歌陽子さまあ、お久しぶり。」

「あ、希美さん、結花里さん。お元気そうですね。」

「歌陽子さま、すっかり大人っぽくなりましたね。」

「もう21ですから。」

「ですよね。ふふふ。」

「うふふ。」

東大寺邸に花が咲いたようであった。

(#55に続く)