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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#39

(写真:落日燃ゆ その3)

家族のテーブル

「歌陽子、遅いですよ。」

「申し訳ありません。」

東大寺家の新年は、そんな会話から始まった。

「どうしていたんだ?」

少し問い詰めるような響きを含んだ父の声。

「すいません。着付けに時間がかかってしまって。」

「本当なの?」

母の志鶴の問いかけに、そばに控えていた安希子が、

「はい。お嬢様のおっしゃる通りです。」

と答える。

お互い昨日から今朝にかけての行状を知られたくないもの同士で、歌陽子(かよこ)と安希子は協定を結んでいた。

心ならずも、前田町たちと一晩を過ごした歌陽子と安希子は、急いで東大寺邸に帰宅した。新春の朝をポルシェで飛ばして、帰り着いたのが7時半。それから、2人は急いでシャワーを浴びた。特に安希子は酒の匂いを消したくて、うがい薬を原液のまま口に含んで思い切りむせていた。
そして髪からまだ雫を垂らしながら、申し合わせたように着付けの部屋に直行した。
待ち兼ねて不満げな着付師に謝り倒して、いつもの倍速で振袖を着せて貰う。
その時、押しの強い安希子は頼りになった。
やがて、安希子は一通り歌陽子の着付けが終わったと見ると、ハウスキーパーの制服に着替えるために自室に足早に去って言った。
この間、約1時間。

再び、食堂の前で落ち合った振り袖の歌陽子と制服の安希子。
お互いアイコンタクトして、深呼吸をした。
もう、両親と約束した時間はかなり過ぎていたのだ。

ガチャッと重い扉を開けると、まず母志鶴がこちらを見た。
次に、端末に目を落としていた父克徳がゆっくりと顔を向ける。
また、給仕係のメイドが2人頭を下げる。
あと、中学生くらいの少年が母の向かいに座っていたが、何かをいじりながら下を向いたままだった。

歌陽子は家族に向かって、両手を前に揃えて「お父様、お母様、本年もよろしくお願いいたします」と新年の挨拶をした。

それに対して、母親が返した言葉が、

「歌陽子、遅いですよ。」であった。

もちろん、志鶴には昨日からの朝帰りはバレているだろう。
ただ、安希子を信頼しているので、滅多なことは起こるはずがないと安心して、あまり詮索する気はないらしい。
後は父さえ納得させられたら、なんとか乗り切れそうだった。

「あまり、安希子さんに世話をかけるんじゃないぞ。」

「はい。すみません。」

「待たせてるんだから早く座りなさい。」

「はい。」

やれやれと思って、母親の向かいの席に着いた歌陽子に、ふいに隣の少年が話しかけた。

「ねえちゃん、昨日の夜から出かけてたろ?彼氏のところから、朝帰りなんてダメだな。」

不意の直撃に、顔に動揺の色を隠せない歌陽子。思わず、口ごもる。

「バ、バカ、宙(そら)。な、なに言うのよ。ゆ、夢でも見たんでしょ。」

「じゃあ、なんで夜の2時頃、ねえちゃんの駐車場カラだったの?」

「あんた、2時なんて、いつもネトゲで寝落ちしている頃でしょ。いい加減なこと言わないで頂戴。」

「歌陽子、ネトゲとかネオチとか、ハシタナイこと言わないの。」

志鶴が歌陽子をたしなめた。

「すいません。」

小さくなる歌陽子に追い打ちをかけるように、少年宙は今までいじっていた彼のスマホを机の上に置いた。

そして、

「しらばくれても証拠があるもんね。」

と言うと、オンラインコントロールの一種と思われるアプリを立ち上げた。

「うちの駐車場の監視カメラをハッキングしたんだもんね。そして、これが2時の映像。」

確かに、歌陽子のポルシェの場所が空きになっている。

「う・・・。」

「あと、3時、4時も見せようか?」

明らかに父の顔が険しくなっている。

なんて年の始まりかしら・・・。

その時、母志鶴の声が響いた。

「もう、いい加減になさい。歌陽子が夜に出かけたのは、私も承知しています。」

「そうか。」

父は短かく答える。

「はい、頑張っている社員のみなさんへの陣中見舞いだと言っていました。
安希子さんにも付き添って貰いましたから間違いありません。そうですよね。」

「はい!」
「はい!」

どちらに聞かれたか分からなかった歌陽子と安希子は同時に返事をした。

「ならば、間違いないと思うが、歌陽子。」

「は、はい。」

「仕事熱心なのも結構だが、あまり安希子さんに迷惑をかけるんじゃない。
それに若い娘の朝帰りも感心できないぞ。」

「私がついていながら、申し訳ありません。」

「いや、安希子さんが謝ることではない。そこは、歌陽子自身がもっとしっかりしなければならんことだ。」

いや、安希子さん、この人、絶対計算してやっている。

「こらっ、歌陽子、ちゃんと聞いているのか?」

「は、ハイッ、すいません。」

まずは、東大寺家の新年の一コマから。

(#40に続く)