今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#7

(写真:夕萌え)

母の情、子の情

歌陽子(かよこ)のその場を和ませる笑顔に、野田平の母親も穏やかな笑みを返した。

「あのお母様、私、ロボットの勉強をしているんですけど、今私が研究しているのは今あるものよりもっと優しい機械なんです。
人間の一番のお友だちはやっぱり人間ですから、機械はそのまま友だちにはなれません。でも倒れそうになったらそっと支えてくれる、手が震えたらそっと添えてくれる、寂しかったら話しかけてくれる。暖かい空気のように自然にそこにいて、お友だちのように助けてくれる、そんなロボットを作りたいと思っています。」

果たして、どこまで分かっているのか、届いているのかは分からなかったが、ニコニコしながら母親は歌陽子のことば一つ一つにウンウンと頷いていた。
そして、

「あのね。」

そう母親は自分から喋り始めた。
歌陽子は傍にあった丸椅子を引き寄せ腰を下ろし、ベッドに身を寄せて耳を傾けた。

「もう50年も前になるねえ。
まだ、正徳も10になるかならないかだったよ。この子の父親が工場で大怪我をしてね。
それはひどいもので右足が潰れて、もう普通の仕事はできなかったんだよ。」

少し遠い目をした野田平の母親は、とつとつと辛い過去を語り始めた。

「なあ、母さん、それはもういいよ。」

「なぜだい?この娘さんにも聞いてもらうんだよ。」

「でも、・・・長くなるから・・・。」

さすがの野田平も最後の一言は消え入るように言った。
もう何度も耳にタコができるほど聞かされているに違いない。

「なんだい、ハッキリとお言いよ。」

「母さん。」

少し気色ばんだ母親を、まるで気の弱い息子のような野田平が持て余していた。

「野田平さん。」

「何だ。」

「お母様のお話しを聞いてあげましょうよ。」

「お前、簡単に言いやがって。下手すりゃ、今日帰れなくなるんだぞ。」

「でも、お母様が一番喜ぶことを見つけに来たんですから、お母様が気分を害してしまったら意味がありません。」

「は、勝手にしろ。」

「はい、勝手にします。」

「この!」

小さく拳を振り上げかけた野田平を無視して、歌陽子はまた母親の話しに耳を傾けた。
母親は辛かった昔話を、中身とは裏腹に懐かしむように、愛おしむように語り始めた。

「仕方なかったのかも知れないけど、父親はそれですっかりやる気をなくしてさ、昼間からゴロゴロして酒ばかり飲むようになった。昔だからねえ、他に気晴らしもなかったしね。
でも、もともと裕福な家じゃないから、たちまち毎日の食べ物にも困ってねえ。結局住んでいた家も手放したし、持っていたものでお金になるものはすべて売ってしまった。
この子には他に兄弟が3人居てね、皆んな食べ盛りだろ。稼ぎのない主人と子供を抱えて、家を売ったお金もだんだんなくなるし、困ってね、それで以前に手習った洋裁で知り合いに雇って貰ったんだよ。」

「外に働きに出られたのですね。」

「そうだよ、まだ小さかったこの子らには随分さみしい思いをさせたろうね。」

そうしみじみと語りながら、母親は少し涙ぐんでいた。自分の辛かったことより、子どもに寂しい思いをさせた方が辛かったのだろう。そんな母親の慈愛の深さに歌陽子は思わず胸が詰まった。隣で聞いている野田平は、表情には何も表さないが、心ではどう感じているのだろう?
だが、次の瞬間母親の顔が少し明るくなった。

「でもね。悪いことばかりじゃなかったよ。お店ではね、いいお客さんがついてね。店の主人に口をきいてくれて、小さいけど自分の店を持たせて貰えたんだ。」

ほんのささやかな、彼女のサクセスストーリーだった。

「とくに、正徳はね、特別に勉強ができたろ。だから、いい大学に通わせてやりたくてねえ。それこそががむしゃらに働いたよ。人の二倍、いや三倍は頑張ったね。今思えばよくもったね。なんとしても、子どもたちに立派な教育を受けさせて幸せな人生を送らせたかったらからね。」

「グッ・・・。」

喉を詰まらせたような野田平の声に横を見ると、

あ、野田平さんが涙を流してる。
身勝手なだけの困った大人だとばかり思っていたけど、この人にもアタマが上がらない人がいるのね。
昔話を聞かされると涙が止まらなくなるから、この人私に聞かせたくなかったんだわ。

だが、歌陽子のそんな視線に気づいた野田平は、泣きながらも後ろ手に歌陽子のお尻を力任せにつねりあげた。

「アッ!!(痛い!)」

目から火が出た。叫び出しそうになるのを必死で口に手を当てて堪えた。

ダレニモイウンジャネエゾ!

そう野田平が凄く怖い目で訴えていた。

もう、なんですぐ、私なの?

(#8に続く)