山や川を恨む人間はいない
電車の中で
「ああ、腹立つわ。」
「どないしたん?」
「あのな、うちの亭主、めちゃムカつくねん。昨日な、メチャメチャ忙しかったんや。
それで、頑張って片付けたら夕方な、えらい眠うなって、ちょっと炬燵のところでとろとろしとったんや。そうしたら、うちのが『女はうちでのんびりしとれてエエナア』いうんやで。
誰がのんびりしとるちゅうやねん。
家におるときは、みんなうちにやらせてダラダラしとるのは、どっちやねん。」
「あ、それは良うないなあ。」
「せやろ、ひどいもんやで。ほんまにうちおん出たろか。」
「まあ、まあ、まだ子供も小さいんやし。」
「せやけど、腹が立つっちゅうねん。」
犯人はどこか?
ガクン!
「あ、電車止まったで。」
「そやな、どうしたんやろ?」
アナウンス
「電車をご利用中の皆様にご案内します。この先の踏切で自動車と列車の接触事故がありました。現在のところ、まだ復旧の目処が立っておりません。皆様、お急ぎのところまことに申し訳ありませんが、しばらくお待ちいただきますようお願い致します。」
「え!ほんまかいな。敵わんわ、急いどるのに。」
「でも、しょうがないやろ。こんなところなんやし。しばらく、待ってみいへん。」
「せやな、しゃあないわな。◯鉄が悪いわけちゃうし。」
・・・
一時間後。
「あかん、うちは限界や。車掌はどこや?文句言ったる!責任者、出てこんかい!」
山や川を恨む人間はいない
「ちょっと、落ち着いてえな。みんな、めっちゃ見とるやん。そないに、何でも人のせいにしたら、あかんよ。」
「せやかて、うちのせいやないやん。」
「じゃあ、誰のせいなん?」
「そら、電車にぶつかっていったドライバーか、車をようよけなんだ電車の運転手のせいやろ。なんで、そないにどんくさいもんらのために、うちがえらい目合わなならんねん、」
「ちょっと、どんくさいなんか言うたらあかん。どないしようもなかったかも知れへんやろ?」
「まあ、そらそう言うこともあるやろけどな。」
「あんたなあ、よう山歩き行くやろ。そしたら、途中で雨降りよるやん。そんとき、空に向かって怒るか?『バカヤロー!』言うて。」
「そら、そんなヤツおらへんわ。」
「じゃあ、山が高くてシンドイわ!とか、川がじゃあくさい、どっか行けとか言うか?」
「言うわけないやろ。言うたらアホやん。」
「じゃあ、山や川なら許せるのに、なんで◯鉄や、旦那さんは許せえへんの?」
「あ、そう言うたら、そやな。」
気持ちひとつ
「まあ、山や川はなんともならんけど、人間相手ならゴネたらなんとかなるかも知れんもんな。」
「山や川はそうやな。◯鉄相手なら、癇癪起こしたら少しは恐縮しよるもんな。うちは、それ見て憂さ晴らしをするっちゅうことやな。」
「そうやで、車掌さんもたいへんなんやから、気い悪いこと言ったらあかんよ。」
「せやな、うちの亭主にもそう思ったらええな。気い悪いこと言われても、あれは『カミナリが鳴っとるんや』くらいに思うたらええな。」
「主人が言うたら、うちら、どうしても自分のことに結びつけてしまうやんか。うちが悪いから言うてくるんやろか、とか、うちのこと嫌いやから酷いこと言うんやろか、とか。
知らんうちに、うちら自分で自分のこと責めとるんかもな。だから、余計傷ついて腹がたつんや。」
「そやそや、雨が降ろうが、山が高かろうが、川が流れとろうが、うちらとはなんも関係ないもんな。みんな、そう思ったらよろしいな。」
ガタン!
「あ!電車動きよったで。」
アナウンス
「皆様、たいへん長らくお待たせしました。踏切の事故処理が終わりましたので運転を再開いたします。」
「良かったなあ。」
「せやなあ、なんでも気い良うしとった方がよろしいな。」