今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

i would(前半)

(写真:ツガイつばめ)

親父の人生

”i would”(私なら、〜するだろう)
英語の慣用表現の一つです。
例えば、
〝I would definitely live a more happy life"
(私なら、間違いなくもっと幸せな人生が送れるだろう)
そうですね。
私も父母の人生を見て、「自分は、両親よりもっと幸せな人生を送れるだろう」と漠然と考えていました。
でも、実際同じ年代になってみると、なかなか思ったような人生にはなっていません。
今日は、そんな話です。
・・・
俺は30歳の平凡な会社員。
10年近く現場で平社員を続けているが、まだ夢を諦めた訳じゃない。
社会人人生は、まだ30年以上あるし、きっと一花咲かせてみせる。
俺は親父とは違う。
俺の親父は、今年60歳。
もうすぐ定年で、来年から嘱託になるらしい。
仕事の中身はあまり変わらないのに給料だけ安くなる、とボヤいているが、万年主任じゃ、まだ会社としては良い待遇をしてくれている方じゃないか。
毎日、判で付いたように会社に出かけて、ろくに遊びもせすにまっすぐ家に帰る。
そんなことを40年も続けて、偉くなるわけでなく、名前も覚えられず、大した趣味も持たずに年ばかり取っちまった。
平凡で、ワクワクもしないフラットな一生。それで、たった一度きりの人生を終わっても本当に満足なのか。

自分なら

自分なら、もっと違う人生を送れる。
親父の背中を見ながら育った俺は、いつもそう考えていた。
とは言え、飛び抜けてニ枚目なわけでも、運動神経が良いわけでも、才能があるわけでもない。
強いて言えば、親父譲りの辛抱強さくらいしか、人に誇れるものはない。
それでも、親に無理を言って、美術系の学校に通わせて貰った。
それで、少し親父とは違う人生が開けるはずだった。
でも、人と違う勉強をした所で、急に才能が開くわけでもなく、鳴かず飛ばずで卒業して、なんとかかんとか今の会社に拾って貰った。
いや、人生これからさ、と自分を励まして、一旗揚げようと出社したものの、配属された現場ではいきなりしごかれ、しぼられ、自分の不甲斐なさに叩きのめされた。
それでも、何年か我慢して頑張ったら少しは仕事も覚えて、いろいろと任せて貰えるようになった。
ただ、そうなったらそうなったで、毎日が目の回る忙しさで、つまるところ、気がつけばこの年。
あまり、パッとしないけど彼女もいて、結婚をせがまれながら、なんだかんだと引き伸ばしている。
親父とは違うけど、やっぱりフラットな人生。「俺ならば」「いつかは」と思いながら、過ぎ去ってしまえば、泡のように儚い時間。

二人の自分

午後6時、たまたま仕事が早くキリついた俺は、こんな日くらいはと、早めに会社を出た。
あいつに連絡してやろうか。
彼女の顔を思い浮かべながら、少しそんな気分になった。
でも、やっぱり、あのメリハリのない顔を見る気が起きなくて、取り出しかけた携帯を懐に戻した。
代わりに、電車の駅を二つ早く降りて、宵の口の喧騒に彷徨い出た。
「どこかで一杯やろうか」とか、「気晴らしにパチンコでも」と言う訳でもない。
やはり、親父譲りの血なのか、自分一人でそう言う金の使い方は気がのらなかった。
大した趣味もなく、出世する訳でもなく、彼女がいる以外には、会社と家の往復で過ごしている。ますます、自分と親父の人生が重なってくる。
そんな気持ちを振り切るように、勇気を出して一軒のバーの重い扉を押してみた。
そこは・・・
薄暗い店内に、時折グラスの音が響く。その静寂を包むように、優しくジャズが流れていた。
しまったかな。
俺のような一見客が来て良い店じゃなかったかも。
でも、一度中に入ったら、そのまま外に出るのも気が引けて、取り敢えず何か軽く飲んでから出ようと思った。
カウンター席に腰を下ろし、バーテンダーに無難なオーダーをする。
「ジントニック。」
バーテンが氷の入ったグラスにジンを注ぐと、ジン独特の匂いが鼻をくすぐった。
薄暗い店内を見渡すと、テーブル席には数組のまばらな客。みな、常連なのか、すっかり店の風景に溶け込んでいる。
ふと、気づくとカウンターにもう一人客がいた。
歳の頃は、俺と同じ。
その割に年寄りくさいものを身につけているが、それを除けば鏡を見ているのかと思うくらい自分と雰囲気が似通っていた。
あまり、しげしげと眺めていた所為か、向こうも俺に気づいて声をかけてきた。

語る男

「あなた、初めてですね?」
「まあ。たまたま、入ったところがここでして。あの、一見さんお断りの店じゃないですよね?」
「京都の高級料亭じゃないですよ。でも、落ち着くでしょ、ここ。」
「はい、お酒を飲む場はもっと賑やかかと思っていました。実は、俺、そう言うの苦手で。」
「そう思いましたよ。僕らよく似ていますね。」
彼は自分に妙な親近感を示してくれた。
だが、自分には少しそれがくすぐったかった。
少し他愛のない世間話をした後、話はだんだん互いの境遇に移っていった。
「僕はもう10年以上現場を担当していましてね。厳しい職場で、一人前と認めてもらうまで何年もかかりましたよ。僕、人一倍不器用だから。」
「俺も似たようなもんです。親父もそうでした。でも、このまま名前も知られず埋もれてしまうのは耐えられないんです。一度きりの人生だから、もっと普通でないと言うか、生きた証のようなものがあれば。」
「僕もそう思ってますよ。それに親父世代よりずっと幸せになってやる、ともね。でも、最近息子が生まれて少し気持ちが変わりました。自分の気持ちより、まずこの子を幸せにしてやることを優先しなきゃってね。」
「へえ、偉いですね。」
「まあ、親なんて皆んなそんなもんでしょ。あなた、お子さんは?」
「いや、お恥ずかしながら、まだ独り身です。」
俺と同じくらいの歳なのに、口調が随分年上に思える。
また、光の加減か、彼の顔のシワがだんだん濃くなってくる気がする。
「それでもね、長い間勤めた甲斐があって、やっと主任に昇格できたんですよ。少しは会社の役に立てているのかって嬉しくてねえ。」
主任と言えば、課長や係長の下の班長位の職位だろう。余程長い間、会社から冷や飯を食わされてきたんだろうな。まあ、俺も人のことは言えないし、親父も万年主任だったから、人ごとには思えない。
そして、だんだん彼は話をしながら、俯向き加減になっていった。
どんな表情で話しているかも影になってよく分からない。
しかし、口元や額に刻まれたシワがますます深くなっている気がする。

(後半に続く)