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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

見込みあればこれを試みざるべからず

(写真:しゃぼんカラフル その1)

女子、フクザワ

フィクションシリーズです。
・・・
彼女の名前は、福沢桃子。
大学三年生。
桃子の血筋は、かの福沢諭吉につながっていると言う。
祖父母の代までは、それを非常に自慢にしていたが、桃子やその父親の世代はあまり関心がない。
人にも、一万円札のあの人の血縁だと、あえて言ったことはない。
それでも、祖父母の影響で、福沢諭吉の言葉はよく記憶していた。
『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』とか、『法は「簡にして厳」であるべきである』とか、ことあるたびに祖父が諭吉の言葉で訓示を垂れたものだから、自然に刷り込まれていた。

コンビニの彼氏

最近、桃子は、近所のコンビニのレジに立っている男性が気になってしょうがない。
年の頃なら、25、6。
細身の割に、コンビニの制服からは筋肉質のたくましい腕がのぞいていた。
よく日焼けした鼻梁の通った顔に、わざとか不精でかわからないが、顔下半分にまばらな髭を生やして、少しワイルドな感じのなかなかの男前である。そんな彼に、桃子は一発で気持ちを掴まれてしまった。
彼はコンビニにはバイトで入っているらしい。
「他に仕事を持っていて、きっとそれだけでは食べていけないから、生活費のためにアルバイトをしているんだわ。」
売れない劇団員か、ミュージシャンか、アーティストかも知れない。
桃子は勝手にそう想像を膨らませていた。
しかし、男性に奥手の桃子は、気になる男性がいても、心の底に秘めてしまうことが多かった。
コンビニの彼も、あまりに彼女とは生きている世界が違いそうで、少し遠巻きに見ていようと心を決めていた。
でも、人生はときどき粋なスパイスで味付けがされることがある。

やるべきか、やらざるべきか

大学に通う時、桃子は朝ごはんを自宅で食べず、コンビニのサンドイッチで済ませることがあった。
その日も、レタスサンドと牛乳のパックを手にとってレジの前に立った。
その日のレジ担当は例の彼だった。
あまり意識しないようにワザと目をそらして、商品をカウンターに乗せた桃子だったが、反対に彼の方から話しかけてきた。
「あのお、お客さんにこんなこと聞いたら怒られるんですけど、そのティーシャツ・・・。」
ティーシャツ?
あらためて自分の服装を見ると、女子の服装にしては、あまりに毒毒しい。
実は桃子はあえて人には言わないけれど、かなりのメタラーで、ボーカルの絶叫や、耳にキンとくるエレキギター、激しいドラムのリズムを聞いていると、ストレスがどこかに吹っ飛んでしまうのだ。
そして、ここ一番には、大好きなバンドのティーシャツを着込んで、テンション上げて外出した。言わば、彼女の戦闘服である。
それを、春色のフワフワのスカートと一緒に着回すものだから、違和感があること半端ない。
今日のティーシャツも、牙の生えた大きな口の中から生々しい目玉がいくつも覗いている構図だった。
だが、それを意中の男性から指摘されて、急に恥ずかしくなった。
「あ、あの、こ、これは、その、おじさんが、ニューヨークのおじさんがくれたんです。」
ああ、こんな気持ち悪いティーシャツを平気で着て歩く女なんて、さぞ変なヤツだと思われているに違いないわ。
桃子は、さっさとレジを済ませて逃げ出したくなった。
でも、彼は気さくに言葉をついだ。
「オレ、よく分からないんだけど、それヘビーメタルって言うんでしょ。」
「は、はい。」
「そんなティーシャツ着てる人って、なんかカッコいいなあって思えて。ご近所さんですよね。」
え・・・。
「はい、3丁目です。」
「そうですか。オレも3丁目ですよ。」
「え、じゃあ。」
「はい、郵便局の横の中馬です。」
あ、家から目と鼻の先じゃない。
「あの、私は福沢と言います。」
「あ、あの福沢諭吉の子孫って言う。」
「そんなあ、それで随分辛い目にもあったんですから。一万円の子孫だから、『百円子』だとか言われて。」
「それは、ひどいけど、頓智が聞いていますね。」
「頓智なんて、今時言う人います?」
「珍しいかなあ。メタルのティーシャツを着て歩く女の子以上に。」
「まあ!」
それだけの会話だったが、桃子の心は沸き立った。
ついには、
「あの、ご近所さんついでにラインを交換して貰えます?」と切り出すことができた。
ばっちり、SNSの友達申請もして、これで彼のことなら何でも分かる。
どんな人で、何をしていて、彼女がいるか、とかいないか、とか。
SNSや、ご近所さんの情報、そして直接会話してキャッチした情報は以下の通り。
彼の名前は、中馬修二、25歳。
地方の農業高校に通って、卒業後近くの農場に就職。しかし、農場の経営が立ち行かなくなり、数ヶ月前に実家に帰ってきた。
そして、また農場の就職先を探しながら、近くのコンビニでバイトをしている。
「お百姓さんだったんだ。」
ならば、少しワイルドな風貌に似合わぬ、気さくな性格も納得できる。
家も分かったし、コンビニのシフトも把握できて、会おうと思えばいつでも会える。ラインでスタンプを送れば必ず返してくれる。
だんだん修二との距離が近づいていくことが桃子には堪らなく嬉しかった。
ただ、気掛かりは他にいい人がいないかだったが、修二は見かけに似合わず女性にはかなり奥手のようだった。
おそらく、私が一番。
そう気持ちを強くしながらも、桃子は仲の良い顔見知りの一線を超えていないことが気にかかった。
奥手の修二には、自分から告白しなければならないのだろう。
でも桃子だって、修二に劣らず色恋は苦手なのだ。
言うべきか、言わざるべきか。
口にしたら、この素敵な時間が全て壊れるのでないか。
そう考えたら、とても怖くて桃子は二の足を踏んでしまうのだった。

福沢諭吉の教え

「え、いつ?」
でも、そんな時間は唐突に終わりを迎えた。
就職先を探していた修二に、青森の農場から来て欲しいと話があったのだ。
「一応、来週から。だから、このコンビニも、今度の土曜日が最後。」
土曜日。
あと、何日もない。
修二に会えなくなることも寂しかったが、もしここで告白しなければ、二度と機会はなくなる。
でも、でも、口にしようとしても、どうしても勇気が出なかった。
沈んだ気持で家に帰り、帰宅時の習慣で仏間で手を合わせて、後ろを振り返ると祖父の遺影が目に入った。
「そっか、こんな時こそ、諭吉さんだよね。」
桃子は、記憶を手繰って、祖父から聞いた言葉を思い出そうとした。
そして、思い当たったのは、「見込みあればこれを試みざるべからず」と言う言葉。
その時、パッと目の前が開ける気がした。
「そうだよね。もう最後なんだし、ダメモトだもん。やらないで後悔するより、やって後悔しよう。」
少しでも可能性があるなら、勇気をだしてぶつからないのは勿体無い。
後から思い出して、あそこで勇気を出せば良かったなんて思いたくない。
そして、桃子は土曜日に心を決めて、一心に準備を始めた。
・・・
土曜日。
修二のシフトが始まった頃から、桃子はコンビニの前をウロウロしていた。近くまで行くものの、やっぱり勇気が出なくて引き返してしまう。
そんなことを何時間もやっているうちに、これじゃ駄目だと思った桃子は家に引き返した。
そして、ヘッドホンでヘビメタを大音量で流し込みながら、あのメタラーティーシャツを着込んだ。彼女の特攻服である。
意を決して、コンビニの前まで行った桃子に、ゴミ箱を処理するために外に出ていた修二の方から声をかけてきた。
「あ、桃ちゃん。今日は来ないかと思ったよ。」
勇気を振り絞って声にしようとしたが、やっと桃子の口から出たのはこれだけの言葉だった。
「あのね、青森でしょ。きっと寒いと思ってマフラー作ったんだ。大事にしてね。」
そう言って、桃子は紙袋を渡した。
「あ、有難う。」
それを早速開けて見ようとした修二に桃子は、「あ、お願い見ないでえ。後から見て」と上ずった声で懇願した。
そんな彼女に苦笑いをしながら、修二は紙袋の口を閉じた。
「あ、じ、じゃあ、元気で。」
「うん。」
耳まで真っ赤にして、もう目も合わせらない。
別れの挨拶もそこそこ、逃げるように桃子は家に帰った。
そして、後には少し呆気に取られた修二が残されていた。
・・・
それから、しばらく後。
桃子は修二にラインをしようか、迷っていた。
でも、本当は修二の方から送って来るのを待ちたかった。
しかし、さっぱり音沙汰なし。
これは、私見込みがないかも。
ああ、終わったのかな。
でも、自分なりに勇気を出したんだから、しょうがないよね、と傷心を慰めていた。
と、そんな時。
青森から土のついたダンボールが届いた。
桃子宛である。
送り主は、
修二だ。
夢中で飛びついて、ダンボールを開けたら、箱いっぱいのジャガイモが顔をのぞかせた。
そして、ジャガイモに埋もれて、土に汚れた修二の手紙が入っていた。
中を開けてみると、あの懐かしい修司の筆蹟。小学生のような悪字だけれど、とても愛おしい。
そして、手紙には、
「拝啓
桃子ちゃん。
手編みのマフラーをありがとう。
君の気持ちが伝わりました。
でも、自分はまだ男として半人前だから、君の気持ちに答える自信がありませんでした。
だから、返事に時間がかかってゴメンなさい。
今年のジャガイモは、とても豊作でした。出荷してもまだたくさん残って、農場のみんなで持ち帰ったり、知り合いにあげたりしました。このジャガイモはそんなお裾分けのほんの一部です。
農場のジャガイモは、とてもモチモチしていて、ちょっとスーパーでは買えない味がします。
ここで働き始めて分かったのは、人間土があれば生きていけると言うこと。
農業は、凄いと言うこと。
だから、大切な人をきっと守っていけると言うこと。
こんな農業バカですけど、桃ちゃんさえ良ければ、いつでも来てください。
待ってます。
あと、あのマフラーは、残念ながら使っていません。
『大好きです!お嫁さんにしてください!!』と大きく刺繍がしてあるので、人前では恥ずかしいです。
それでは、お身体をご自愛ください。
福沢桃子様
中馬修二」