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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

バラバラの情報ではなく、本質を教えてください

(写真:手呂に咲く)

目に見えやすいもの

どうしても、目の前にあるものに手が伸びる、それは人間の性なのでしょうか。
晩御飯前、お腹を膨らせたらご飯が不味くなると分かっていても、ついついスナック菓子に手が伸びる。
あるいは、大切な仕事を抱えていても、その作業量に手をつけかねて、ついつい手近な作業をしてしまう。
例えば、試験勉強の前に部屋の片付けとか。
それで、一旦気は紛れるものの、気がつけば試験勉強をする時間が無くなって後悔します。
情報も同じ。
命題を与えられて、レポートするように命じられた時、まずは何をしているでしょうか。
キーワードをパソコンの検索ボックスに入力し、まずは関連情報を漁ります。
そして少しでも引っかかるものがヒットしたら、ひたすらストックをします。
まずは目に見えやすいもの、そして手近なものをかき集めているばかりです。

バラバラの情報で満足する

手近な情報をひたすらストックする。
でも脈絡のないバラバラな情報です。
ストックは増え、知識もそれなりに多くなりましたが、何かが欠落しています。
それは、レポートに対する説明を求められた時に露わになります。
あれも、これもと情報を羅列することはできても、その情報の因果関係とか、あるいは体系付けた説明を求められると急に口ごもるのです。
要は本質が分かっていないからです。
分かっていないけれど、バラバラに情報を集めただけで満足をしていました。
それでは、いくら知識を増やしても、何一つ有用なものは得られないでしょう。
正直自分もそんな残念な状態によく陥っています。
なんとか、この悪い癖の処方箋を見つけたいものです。

小にこだわり大を失う

要は、目の前にとらわれ過ぎて、本来自分が果たすべき命題を見失っているのです。
自分がしている作業にとらわれると、まさに「木を見て森を見ず」の状態に陥ります。
少し話はそれますが、会社で資源を削減しようと掛け声が上がることがあります。
例えば、プリンターから印刷した紙の裏が勿体無いと、積極的に裏紙を使用します。
ところが、少し前のプリンターは裏紙を使用するとかなりの頻度で排出口に紙が詰まっていました。そして、そのたびに社員がプリンターの中を開いて10分近く格闘するのです。すると、その人件費でA4用紙の500枚くらいすぐ買えてしまいます。
やがて、それに気がついた上司から裏紙禁止令が出ました。
これは、紙の無駄を減らして資源の節約をしようと言う考えにとらわれて、全体の経費を増やしてしまった例です。
この場合、裏紙を無駄にしないのは目先の対応で、経費をトータルに削減するのが本来の目的です。小さな経費にこだわる余り、大が見えなくなっていました。
木を見て森を見ず、森を見て山を見ず。
情報も同じではないかと思います。

まず本質を考える

まず、本質を考える。
資源の削減ならば、会社の経費が問題なのか、地球全体の資源の保全が目的なのか。それによって、私たちの取り組み方が変わります。
あるいは、命題を与えられたら、その目的とするものは何か。依頼者の意図は何かを考える。
例えば、AIについて調査を依頼された場合でも、短期の利益に結びつく必要があるのか、ないのか。あるいは、その判断を求められているかを見極める必要があります。
それにより、取る情報は変わるはずです。
短期の利益を目指すならば、現にサービスを展開をしている事業者を探し、協業を検討します。短期の利益を目指さないのならば、自社で差別化できるサービスが提供できるよう一から内製をした場合を想定します。
また、利益化する時期を見極めるのなら、やはり先進事例の研究と言ったところでしょうか。
まずは手近な情報をバラバラに集める前に、道筋を考える。それは、本質に至る道です。
とは言え、なかなか口で言うようには簡単ではありませんが、なんとか自分の「手近からとりあえず病」の処方箋になればと思います。