今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

情報をたくさん集めるよりも、ひとつかふたつの本質を抽出し磨き上げることが、考える力を向上させる

(写真:岩に根をはる)

検索万能の時代

今は、『検索』の時代、と言える。
情報が知りたければ、まずはパソコンやスマホの検索機能を使う。
例えば、「今、揺れたな。震源は何処だ?」
このような場合も、すぐ「気象庁」、「地震情報」のキーワードで検索をすれば、震源は何処で、各地の震度はどれ位か、津波の危険はあるのか、そして各地の被害状況まで、刻々とリアルタイムに手に入れることができる。
あるいは、「最近肩が重くてさあ」と一言漏らせば、気の利いた友人が、悪い病気の兆候ではないかとか、あるいは肩こりに有効な施術法まで調べて教えてくれる。
まさに、何かあったら「すぐ検索」「すぐスマホ」。
思わず、身内だけの、誰も知らない情報まで検索しようとしている自分に気がついて苦笑する。

インターネットでも答えられないこと

インターネットの発達は、短期間に世界を変えてしまった。
昔は、分からないことや、知らない言葉があれば一生懸命図鑑をめくったり、辞書を調べたりしていた。それでも分からなければ、図書館で本を積み上げることすらあった。
そう言えば、昔の漫画では主人公が山と積まれた本と格闘して、一生懸命謎解きをしていたものだ。
しかし、最近ではそんなシーンは見られない。仲間のコンピューターに詳しいメンバーが秘密のサイトをハッキングして情報を易々と手に入れてくれる。
ある海外ドラマでは、私立探偵限定サイトがあって、そこのアクセス権を貰えばどんな個人情報でも入手することができる設定だった。
インターネットはまさに万能のデータベースのイメージがある。
そして実際、なんでもかんでも、レシピや時刻表、道案内までもお願いする頼りになる存在になっている。
その情報量だけではない。リアルタイムに一番早く情報を届けてくれるのもインターネットである。
しかし、その万能のデータベースにも盲点はある。
それは、状況や情報は教えてくれても、その本質が答えられないところである。

本質的課題

アメリカの検索会社がこんな調査をした。
インターネットで検索して、答えが出なかった問いのトップは何か?
調査結果は、
「生きる目的は何ですか?」だったと言う。
生きる目的、つまり、人間の生きていく目的、最後人生が何処に向かっているかと言うこと。
これは、地球上の70億で無関係な人間はいない問いである。
関係ない人がいるとすれば、それはもう地上から消え去った人間だけである。
人生は旅に譬えられる。
なぜなら、昨日から今日、今日から明日と、一瞬たりとも歩みを止められないから。
もし、どんどん歩いている旅人がいて、しかもその旅人に行き先を尋ねても一向に要を得た答えを貰えないとする。
一緒に同道している人はだんだん不安になって、とてもその旅人に付き合うことは無理だろう。
しかし、自分自身どんどん時間の中を歩いているのに、その行き着く先を知らない。深く考える人ならば、とても感心がある問題ではなかろうか。
そして、インターネットと言う文明の利器を頼んで検索を試みるのは至極当然である。
これは、私たちの人生において、もっとも本質的で、喫緊の課題なのだから。

考える力

しかしその答えを、巨大なインターネットと言うデータベースは教えてくれはしない。
人生の行き着く先?
それは墓場だよ。
簡単にそう言うこともできる。
しかしそれでは、歩いた果てに野辺に死骸を晒す、行き倒れ人生に他ならない。
「生きる目的は何ですか?」の問いの核心は、そんな行き倒れ人生にならないためにはどうするかである。
だが、この問題の答えはインターネットが所蔵している巨大な知識では答えてくれない。
あるのは、旅をいかに快適に、少しでも長く続けるかの世渡りの知恵ばかりである。
必要なのは知識の羅列ではない。
知識をどう組み合わせて、そこからどう本質を導くかと言う人間本来の知恵の働きであり、その本質に至る道筋こそ、人間の考える力である。
自分自身、考える前にすぐに知識を漁りたがる傾向がある。反省頻りだが、その本質に至るまでの考え抜く力を磨きたい。