読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

リーダーとフォロワー

(写真:桑名の桜 その1)

まず、リーダーが声を上げる

まずは、リーダーが声をあげます。
「そうだ、こうしようよ!」
そして、みんなに同意を求めます。
「みんな、どうかな?」
いきなり振られても、人間、急に切り替えることは不可能です。
そこですることは、考え込むか、とりあえず取り繕う。
そして、次にするのは、ほとんどが傍観。
いわゆる様子見というやつです。
それは、良さそうに思えても、あまりよく分からないうちは、どうしても腰が重いからです。
そこでもし号令一下、すぐに動き出すことができれば最高のパフォーマンスを持った集団と言えます。
戦時中の帝国日本軍がそうであったと聞きますが、今のようにまずは個人の意見を重んじ、それを調整して意思決定する時代にはなかなか難しいでしょう。

リーダーとフォロワー

映画「ウエストサイドストーリー」のように、スクリーン狭しとダンサーが踊るミュージカル映画があります。
ミュージカル映画のお約束は、誰かが踊り始めたら、隣にいた人も踊り始める。また、その横の人も踊り始めて、次々とダンスは伝播していきます。
気がつけば、目につく限りの人全員が踊っています。
反対に一人が踊り始めても、誰も一緒に踊り始めなかったら、踊っている人は完全に浮いた変な人になります。
もちろん最初に踊り出す人が主役です。でも、続いて踊り出す人がいてこそダンスの連鎖は繋がります。
これを集団に置き換えるならば、最初に踊り始めた人はリーダー、そして次に踊りだした人はフォロワーに当たります。

リーダーだけじゃ動かない

フォロワーは、リーダーの方針を理解して、すぐに同じ行動を起こす人を言います。
リーダーが踊り始めたら、続いて踊り出す。
リーダーが「こうしようよ」と発言すれば、「どうしてそう思われるのですか」と意志を確認し、どうしたらその意志に沿うように動けるか考える。
そんなフォロワーが一人いるだけで、リーダーは格段に仕事がしやすくなります。
リーダーが声をあげても、誰もそれに反応しなかったら、かなりリーダーは辛いでしょうね。
そして往々にして、リーダーはそんな場面を経験します。
リーダーだから、声をあげなくてはならない。でも、声をあげても、メンバーみんなはどこ吹く風で知らんぷりしている。
そこで孤独感に苛まれ、自分の力量に自信を失ってしまうリーダーがたくさん現れます。
しかし、それで本当にめげてしまったら、世の中にリーダーはいなくなります。
そうなっていないのは、みんな近しい人を選んで、一緒に行動してくれるフォロワーを育てているからです。

フォロワーこそ大事

「あの人たち、ニコいちだね。」
そう言われる人たちがいます。
ニコいち、つまり二人で一人。
何をするにも、どこへ行くのもいつも一緒。
何かあるとすぐ二人で集まってヒソヒソヒソ。
「バラバラにしたら何もできないんじゃないの?」
「ひいきの引き倒しでしょ。」
そう揶揄されることもあります。
でも、それはリーダーとフォロワーの良い関係の姿です。
言ってみれば、水戸黄門のすけさん、かくさんがそうです。
黄門様と配下の二人は、どこに行くにもいつも一緒。旅先で悪い奴に出会えば、「すけさん、かくさん、懲らしめてやりなさい。」と下知が飛びます。
いくら偉くても黄門様一人では、ただのおじいさんです。でも、すけさん、かくさんと言うたのもしいフォロワーがいるから、水戸黄門は堂々と世直しができるのです。
もちろん、水戸家の当主だから家臣はたくさんいたことでしょう。
しかし、いつも引き連れているのはこの二人。言わば右腕と左腕、すっかり一心同体です。
多くの家臣を抱えることも大切ですが、自分を理解し、いつも一緒に行動してくれるフォロワーを育てることは何より大事です。
そして、大事を成し遂げるための近道です。
リーダーにとってのフォロワーは、優秀だからとか、能力があるから選ぶのではなく、まずは一番気の合う人で探したら良いのです。
自分にはリーダーの素養がないと落ち込む前に、まずはフォロワーになる人はいないか探してみるのはどうでしょう。