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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

指示待ち

(写真:オレンジ その1)

インプットだけする人

何かが生まれるには、インプットとアウトプットが揃わなければなりません。
料理に例えれば、インプットはレシピです。
また、野菜や魚、肉、調味料などの材料に当たります。
そして、材料をレシピ通りに仕上げて料理が出来上がります。その料理がアウトプットです。
つまり、レシピや材料のインプットだけ揃えても、調理のアウトプットのスキルだけあっても料理は出来上がりません。
そのインプットとアウトプットをつなぐ何かが必要です。
逆に言えば、世の中に革新的な何かが生まれにくいのは、そのインプットとアウトプットがうまく連携していないからなのでしょうね。
実際、私はインプットだけを一生懸命している人たちを知っています。
それは、大学で一生懸命研究している学者の先生たちです。
学者の先生は、朝から晩までずっと勉強をして、いろんな知識を蓄えます。内外の事例にもよく通じていて、そこで身につけた知見をもとに先進的なアイディアを提言しています。
しかし、せっかく多額の研究費を投じてものにしたアイディアも、実際に産業界で活かされなければ宝の持ち腐れです。
そこで、大学側もコーディネーターを置いて、一般企業に向けて研究の成果を発信をしていますが、なかなかマッチングには苦労しているようです。
つまり、学者先生のインプットが、うまくアウトプットまで結びついていないのです。

アウトプットだけをする人

対して、私たち産業界の現場は、アウトプットのスキルはありますが、インプットが苦手です。
営業マンは、売れるものさえ作ってくれたら幾らでも営業成績を上げてみせると言い、反対に技術のものは、その売れるものとは何かを教えてくれたら幾らでも作ると言います。
ともに、アウトプット視点であり、言わばインプット待ちです。
当然、その場合のインプットとは、市場の反応であったり、事業計画がそれに当たります。
市場や顧客がこれを求めているから作れば間違いなく売れる。あるいは、これを作ることにより、その結果如何を問わず全ての責任は会社が引き受ける。
そんなアウトプットに対するコミットが、この場合のインプットなのです。
このコミットがあれば、技術は安心して物作りが出来、営業も腹を括って販売を推進することができます。

なぜ、インプットがアウトプットに繋がらないか

しかし、このインプットとアウトプットをつないで結果を出すのはなかなか難しいのが実状です。
例えば、ソニーがなぜiPhoneを作れなかったのか、と時折議論をされます。
今日、スマートフォンと言えば、新興国からもどんどん安価な機種が発表されるすっかりコモディティ化(日用品化)した製品です。
つまり、シリコンバレーの一部の先進企業だけが製作技術を持っている製品ではないのです。
ましてや、iPhoneの構成部品のかなりの部分を日本の中小企業が担っていると聞いたことがあります。ひょっとしたら、ソニーの下請けもかなり被っているかも知れません。
そして発想からしてもソニーには、iPhoneに先立って今日のスマートフォンのベースになりそうな試作品もあったと聞きます。
と言うことは、現場にはiPhoneを生み出せるだけのアウトプットは揃っていたことになります。
しかし、昨今のソニーには尖った物作りをする風土が失われていると言います。
経営層としては、物作りもきちんとリサーチして、市場で需要の見込めるものだけを作ろうとします。それは手法としては正しいのですが、どうしても手堅く物作りを作ろうと思うと、すでに市場でシェアを取れているものの枠を大きく逸脱することができなくなります。
ちょうど、毎年恒例で製作されていた寅さんシリーズや、釣りバカシリーズの映画のように、どうしてもインプットが手堅くなれば、アウトプットもその範疇から出ることはできません。

指示待ちを破る

インプットからアウトプットまで一貫して経営者が企画製作するスタートアップ企業や、ジョブズのような天才経営者がいたアップルのような企業なら、先進的なインプットをそのままアウトプットにまで繋げることは可能かも知れません。
しかし、普通の企業は経営層と現場に距離があるので、上からインプットを出そうにも現場から情報を吸い上げて決めることになります。
つまるところ、インプットのベースも現場が握っていますし、アウトプットも現場の範疇です。
毎日、顧客やマーケットと向き合って、何が市場に受け入れられるか分かっているのは本当は現場の私たちです。
それを上層部に伝え、それがインプットに変換され、現場にまた落とし込まれます。そして、それがアウトプットのベースとなるのです。
しかし、それは分かっていても、現場はどうしてもアウトプットだけに関心が向きます。
なぜなら、インプットに繋がる情報はコミットを求められるからです。コミットを与えられ、アウトプットするのは得意でも、自分自身でコミットするのは苦手だからかも知れませんね。
前段の学者先生はインプットをしていますが、あくまで自分の興味を掘り下げたものなので、そこに何らかのコミットがなければ産業界に受け入れて貰うのは難しいでしょう。
コミットのあるインプットがあれば、私たちアウトプット側は安心して仕事できますが、それだけでは単なる指示待ちと言われます。
ですから、私たち現場のものも、自分たちの置かれた環境の中で、インプットも、それに対するコミットも、そして当然アウトプットも全て担う気持ちが求められているのでしょう。