今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

投げ打つ覚悟

(写真:落日から来た電車)

投げ打つ覚悟

「何かを捨てる覚悟のない奴に指揮官は務まらない」
確か、戦争映画のセリフだったと思います。
戦争は、言わば消耗の戦い。
敵味方分かれて物資等を消耗しあい、最後損耗率の少ない方が勝つのが戦争の常です、
その消耗する対象には、武器、弾薬、設備、そして兵隊の命まで含まれます。
ある時、米軍と自衛隊の共同演習で、アメリカの士官が日本の士官に質問をしたそうです。
「この作戦における兵隊の損耗率は何パーセントと想定するか?」
この質問に対して自衛隊の士官は意を計りかね、答えることができませんでした。
戦争は殺し合いです。
敵味方で殺し合えば、当然味方の兵隊にも死傷者が出ます。だから、戦闘で死者が出ることを前提にドラスティックに「損耗率」の計算をするのです。
「人の命は尊い」、それはアメリカ人と言えど同じでしょう。
しかし、大を生かす為の犠牲を敢えて想定する。あるいは、どのように消耗すれば、全体の犠牲を最小化できるか立案する。
そこには、当然捨て駒にされる兵隊もいます。
それに対し、戦後戦闘による死傷者を経験して来なかった自衛隊には、兵員の損耗と言う概念がなかったのです。
しかし、死傷者ゼロを優先する余り、戦端を開く好機を逸したり、しんがりを立てずに全軍同時に退却したりすれば、結局全体が危険にさらされます。
だから、戦争のような特殊な状況では、指揮官に兵員の命を投げ打つ覚悟が求めらるのです。

全ては手に入らない

もちろん、これは戦争のことです。
大義の前には命すら投げ出すべきだと言っているのではありません。
もっと言えば、人間の命が武器弾薬以上に軽く扱われ、消耗の対象となる戦争は、決して行ってはならないと思います。
そして、私たちの日常では、まず命が一番大切で、製造現場でも、人員の生命を守ることが第一に考えられます。つまり、一に安全、二に利益です。
しかし、平時でなお、私たちには投げ打つものがあります。
例えば、投資も企業にとっては資産の消耗です。
現場の私たちはよく、会社はもっと積極的に投資をして、生産性を向上させたり、顧客に画期的なサービスを提供すべきだと口にします。
しかし、投資のためには今まで蓄積した資産を投入したり、あるいは多額の融資を受けなければなりません。つまり、企業の経営体力を著しく削るのです。
ですから、一言に投資と言っても、経営側に投げ打つ覚悟を強いているのです。
そして、それが必ず投資に見あった効果を生むかと言えば、それは誰にも保証できません。
もちろん、保証できないからと言って、何もしない訳にもいかない。
そこは、経営者のみならず、現場の我々にも覚悟が必要です。
新しい取り組みを行えば、当然利益を生むまでに時間を要します。その間、しんどい思いをする割に報われることはありません。
しかし、その間の取り組みが明るい未来を開きます。
つまり、何かを手に入れるためには何かを失うのです。全てを手に入れる訳にはいきません。

一番大切なもの

身近なことなら、英語が喋れるようになりたい時。
そのために失うものはいろいろあります。
まず、お金です。英会話教室に通うなり、学習教材を買うなり、それなりの投資が必要です。そのために、夕方に楽しみにしていた一杯を我慢しなくてはなりません。あるいは、買いたいものを我慢して、多少つまらない思いをしてでも、教材費等を捻出します。
次は、時間です。
英会話教室に通う時間はいうに及ばず、会社への移動時間や、自宅でのんびりしていたい時間を予習復習に当てなければ、短期間での上達はおぼつかないでしょう。
つまり、英会話の上達にしろ、企業の経営にしろ、あるいは軍事的な戦略にしろ、必ず何かを投げ出して、一番大切なものを生かす選択なのです。
戦争は、いくばかりかの兵站や兵隊の命を差し出して、全体での大勝利を目指します。あるいは、時に部隊は全滅しても、国家の安寧を守ろうとします。
企業なら、当面水を飲んででも、次世代の安定経営のために基盤を作ろうとします。
個人なら、自分のキャリアアップのために、お金や時間を投資します。
全ては明るい未来を開くため、今の楽しみや余裕を投げ打つのです。

飛び込んだ 力で浮かぶ カエルかな

つまり、人生で大切なのは選択することです。
自分にとって本当に大切なことは何で、それを成し遂げるために何をして、何をしないかを見極めるのです。
しかし、私たちが一度手に入れたものを手放すのは、なかなか容易ではありません。
例えば大掃除を始めた時、ゴチャッと押入れに突っ込まれたモノの多さにウンザリします。
押入れに眠っているという事は、生活には全く役に立っていないものです。しかし、それを仕分けて捨てようと思っても、一つ一つ見ていくとつい愛着が湧いて、結局ほとんど押入れに戻しています。
このように私たちが毎日行っていることや、楽しんでいることを、いざ諦めようと思うとたいへん苦しい思いをします。
これが執着心です。
人生を変えようと思えば、今いる場所を大きく変えなくてはなりません。
その時に、今持っているものを引きずってしまったら、何も変わることはできません。
だから、腹を括って、今自分が抱えているものを放り出して飛び込む覚悟が要ります。

「飛び込んだ 力で浮かぶ カエルかな」
カエルは自分の身体ごと投げ打って水に飛び込みます。飛び込んだら、そのまま沈んでしまうかと思いきや、カエルは水に飛び込んだ勢いでまたポッカリと水面に顔を出します。
このように勇気を持って、お金を、時間を、そして自分を投げ打った先にこそ、浮かぶ瀬もあり、未来も開けるのだと肝に銘じたいと思います。