今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

何で?力 〜知識を超えるもの〜

(写真:夕暮れ その2)

■何で?の瞬間

ある時、知り合いのお医者さんが言いました。プライベートの時間だったので、患者さんの前で言えない本音がポロリと出たのでしょうね。
曰く、
「睡眠時間が大切というけど、6時間寝ていないから短命だからとか、8時間以上寝たら身体に悪いとか、実は一般に言われていることには根拠がない。
たまたま、7時間睡眠の人が一番長生きと言う統計が出ているから、それで皆んな7時間寝れば長生きできると思っているだけ。
科学は、明確な論理を積み上げてできていると思われているけど、実は現象に理屈を後付けしているに過ぎないんだ。
つまり演繹法ではなく、帰納法なんだよ。」
なるほど、どこかで聞いた話です。
皆んなもお医者さんの言葉なので、うん、うんと感心して聞いていました。
しかし、私はその時に思わず「何で?」が出ました。

■何で?が言える勇気

「先生。確かに、タバコを吸いまくった人が80まで長生きすることもあれば、生涯一本も吸わなかった人が肺がんになることもあります。『タバコを吸ったら若死する』は誰にでも当てはまる訳ではありません。
同じように、人それぞれ適した睡眠量があるのでしょうね。
でも、やっぱり一般論は大事じゃありませんか?
そうしないと、私のようにいつも睡眠不足で頭が重い人間は、ますます不摂生に歯止めがかからなくなります。」
なかなか、一般人が専門家であるお医者さんに反論する機会はありません。
思わぬ反撃にそのお医者さんは、「これはあくまで理系の考え方であって、あなたのような文系には理解できないでしょう」と苦笑いをしました。
その場は、それで終わったのですが、私はこのことで一つのことを学びました。
分からないことや、心の中の違和感を解消するために必要なことは、知識ではなく、ただ「何で?」と聞く勇気一つだと言うことです。

■物知り合戦

人の会話を聞いていると、「俺はこんなことを知っている」「俺はこんなことに詳しい」と頻繁に飛び出します。
知識がより深くて広い方が場を支配して天狗になり、知識が足らない方はおとなしくそれを拝聴するか、同調する。
これは、昔も、今もよくある光景です。
しかし、今はネットで情報が簡単に入手できるようになり、時間と根気さえあれば、それなりの物知りや論客になれます。
私も世事には疎い方なので、へえ、そうと拝聴する側に回ります。
ところが、たまに誰も知識がない話題になると、皆んな「なんでだろうね」「どうしてかね」と首を傾げています。
そんな時、サッとスマホで検索すれば、まず分からないことはありません。
「ここにこう書いてあるよ」と教えれば、今更ながらに皆んな感心をしてくれますが、よく考えたら、もはや知識の差は検索能力の差ではないでしょうか。
そんな時代に、「何処何処の評論家がこう言っていたよ」「専門家の意見によれば」と言った受け売りの知識の多い少ないはあまり意味がありません。
むしろ必要なのは、その情報に対してどのように自分なりの意見を持つか、そしてどのように付加価値を付けるかではないでしょうか。

■本質力

今のアベノミクスで、一時景気が上向いた時期がありました。
しかし、総理自身リーマンショック当時を引き合いに出して、今の経済改革がうまくいっていないことを吐露しています。
国民は、アベノミクスが失策だったのではと訝っていますが、当然政府も認めないし、野党も明確で論理的な追及はしません。
ただ、国全体で「何とかなるんじゃないの」と楽観視しているだけです。
対して、それを憂慮した市井では「アベノミクスが失策だったと認めない政府も馬鹿ならば、それを鵜呑みにしている国民も馬鹿だよね」と、バカトークに花が咲いています。
しかし、今はチャンスの時代でもあれば、衰退の時代でもあります。つまり、いろんな意味で過渡期なのです。
そして、チャンスの時代ととらえる人はバカトークに時間を使ったりはしません。
でも、変化に対応できない私たちのような人間は、バカトークでせめてうさを晴らすのでしょう。そう、馬鹿には私自身も含まれるのです。
そのように、知識があると、ついそれを武器に誰かを攻撃したくなります。また、そんな攻撃的なトークに負けたくないから、受け売りの知識を大量に仕入れます。
しかし、自分で思考しなければ物事の本質は見失われます。
例えば、前段のアベノミクスならば、旧来の施策で一時的な効果を上げることはできても、過渡期の時代には決定打になりません。
一時的な効果が効いている間は、日本中が好景気に沸きますが、やがて効果が切れてメッキがはがれたら今のような状況になります。
そして、今変化に対応を迫られているのは、私たちも同じです。私たち自身にそんな意識がなければ政府だけに求めても何も変わらないでしょう。
・・・
これは、あくまでも私見です。
そして、これを導きだすのに特段の勉強はしていません。なぜなら、ネットも含め、知識が豊富な人が周りにたくさんいるのですから。
あとは、臆せずに「何で?」をぶつけて、彼らに説明を求めれば良いのです。そして教えて貰った知識のエキスから、自分の意見が形成されます。
正直言って、物知りの人は、思わぬ質問を受けると、嫌な顔をしたり、そんなことも知らないのか的な言動を取ります。それは、質問者からすれば気分が悪いので、ついつい「何で?」が億劫になりますが、お互い本質が分かっていないところで分かった気になっているのは不幸です。
お互いのためにも勇気を出して、「何で?」を口にしたいと思います。