今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

逃げない、ブレない

(写真:夕陽のサファリ その1)

■焼き鳥屋か、ラーメン屋か

ビジネス本曰く、
「焼き鳥屋を開業するか、ラーメン屋を開業するかは問題ではない。逆に、それに囚われすぎて、何もできずに終わっている人が殆どである。」
脱サラして、退職金と貯金を当てに、小さいながら自分の店を持とう、そう考えた人がまず考えるのは、ラーメン屋を開業するか、焼き鳥屋を開業するか等、何するかと言う悩み。
サラリーマン時代の習慣で、業界調査をして、開業予定地の人口分布や年齢層、顧客となる人を想定する。
確かに、マーケティングは大切だ。
しかし、それ以上に問題になるのは、自分自身がまずまともにラーメンなり、焼き鳥をずっと提供できるようになるか、どうかである。

■それで迷う人は踏み出せない

材料の仕入れ、仕込み、味付け、提供の仕方、そして衛生管理等々、飲食店には求められるスキルが多い。しかも、自分で独立して始める以上、できる人に外部委託して終わりと言う訳にはいかない。自分自身で開業までに全て身につけなければならない。
ましてや、アルバイトを使ったり、店の経理をしたり、と一国一城の主になるのは並大抵のことではない。
昔、勤めていた会社の社長が、大手メーカーを退職して、自分で会社を起こした時を思い出してしみじみと語ったことがある。
「経営者になると言うのは、まともな人間のすることではない。いままで生活が保障されていた環境を飛び出して、食えるか食えないか分からないところに行こうとするからだ。」
確かに、個人商店と言えど、店を立ち上げ、集客し、安定的に経営するのはたいへんだ。身内にそんな人がいるので、側で見ていてよく分かるし、どれだけサラリーマンが恵まれているかが身にしみる。
結局、ラーメン屋か、焼き鳥屋かで悩む人は、どちらを開業しても立ちはだかる壁の大きさに唖然とするだろう。
調べれば調べるほど、今自分がサラリーマンと言う立場で受けている恩恵が知らされて、それ以上進めなくなるのではないだろうか。

■できる方法ではなく、やりたいことを探す

ビジネス書氏曰く、
「ラーメン屋か、焼き鳥屋かは問題でない。要はさっさと決めて始めることである。結局、どちらを始めても努力次第、やり方次第な訳で、悩んでいる時間があれば、チラシの蒔き方を工夫するとか、集客に知恵を使うべきである。」
確かに、簡単に始められてお金になることなら、皆んなそうしている。
だいたい世の中にその手の情報があふれ過ぎている。
「年収200万の僕が、開業して年収3000万になった訳」とか、「会社に勤めながら、年収1000万を達成できる副業の始め方教えます」とか。タイトルだけ見ていると、誰でも開業や、副業を始めれば簡単に大金が手にできるように思えてしまう。
しかし、実際開業して成功している人の話を聞くと、みな口を揃えて「そんな簡単なものでない」と言う。
起業して、軌道に乗せるまでには、こんな苦労があった、こんなシンドイ思いもした、と苦労話は尽きない。
側で聞いていると、とても自分では進めない道だと、素直に畏敬の念しか湧いてこない。
だが、それらの人だって、別に苦労をしたかった訳ではなかろう。
ただ、自分のやりたいことをやる手段が他になかったからなのだ。
どうしてもやりたい、やらずにおれない。
そして、始めてしまった以上、後には引けないから進むしかなくなる。問題噴出、課題山積み、それを何とか工夫して一つ一つ解決をしていく。
できる、できないでないのだ。
また、どうしたら楽に出来るかでもない。
何故なら、そんな楽な道は何処にも用意されていない。
苦労してでも、やりたいことは何なのか、だと思う。

■桶に落ちたネズミ

こんな話がある。
ある時、一匹のネズミが桶の中に落ちた。
ネズミは、なんとか桶の側の木を食い破って外に出ようとする。
しかし、側の木は厚くて硬くて、少しかじってネズミは諦めざるを得なかった。
そこで、別の場所に取り付いてまた同じようにかじり始めたが、やはり結果は変わらなかった。
結局、あちこち少しかじっては諦め、場所を変えてはかじっていたが、ついに明け方近く力尽きて死んでしまったと言う。
もし、このネズミがずっと同じところをかじり続けていたならば、桶を食い破って外に出られたかも知れない。
〜・〜
我々は、このネズミのことを笑うことはできない。短い人生の間で、なんとかひとかどのものになろう、認められようと願いを起こすが、大抵厚い壁に阻まれて諦めてしまう。かくて、ああでもない、こうでもないと時間を費やすうちにタイムリミットを迎える。
正しく進むべき道を見定めることは大切である。しかし、どんなに時間をかけて選んでも、どの道にも障害や厚い壁は存在する。
だから、そこで逃げない、そしてブレない。
本当にやりたいことなら、一念を通す。
かくて、硬く厚い壁にも始めて穴が開くと肝に銘じたい。