今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

愚痴や悩みを聞いてくれる人

(写真:薄闇の厩舎)

好きな人、苦手な人

誰でも、会いたい人、好きな人がいる。
反対に、「この人苦手」って人もいる。
好きな人なら、「今日一日一緒だあ」と思うと気が軽くなる。
苦手な相手とは、気が塞ぐ。
じゃあ、好きな相手とは、どんな人だろう。
男なら、ヤッパリ美女。
女性なら、イケメン。
いやいや、それは嬉しいには違いないが、一日中はチョット疲れる。
言わば、美女、イケメンは高級デザートのようなもので、たまには高いお金を払ってでも食べたくなるが、いつも食べていたら胃がもたれる。
好きな人、会いたい人は、ご飯のような存在で、気兼ねがなくて何時間一緒でも疲れない。そんな人でないだろうか。
反対に苦手な相手とは、わずかな時間を一緒にいても気疲れをする。

正論を言う人、結論を言う人

苦手な相手を思い浮かべてみる。
それは人によっていろいろだろう。
キッチリした人が苦手と言う人もいれば、だらしない人が苦手と言う人もいる。
潔癖症はチョットと言う人がいるかと思えば、不潔な人がダメと言う人もいる。
だが、ある程度、共通項を拾ってみると、こんな人ではないか。
つまり、
「正論を言う人、結論を言う人」
男性はこのタイプが多いと思う。そして、自分も、時々そうなっている。
でも、このタイプ、人間的には全然ダメじゃない。むしろ、信念を持ってしっかり生きている。そして、自信もある。
だから、人の愚痴や悩みに対しても、自分なりにすぐ結論が出る。
「それは違う」
「君が正しくない」
「こうすべきなんじゃないか」
確かに、答え、結論はすぐ出す。しかも、正論である。
しかし、正論で片がつくなら誰も悩まない。
理屈通りにいかないから、いろいろ相談するんじゃないか。
それをスパッと割り切られる。
だいたい軽口もきけない。何につけ、すぐご意見が飛び出すから。
「あ、はい。ええ、まあ。」
それで絶句である。
だけど、なんだよ、その達成したような顔は。自分だけご満悦か。
こっちは、そんな正論じゃなくて、共感して欲しいのに。口を開くたびに恥をかく気分になるじゃないか。

愚痴や悩みを聞いてくれる人

対して、好きな人は自分に共感してくれる人、自分を認めてくれる人。
それは自己愛だろ?
でも居場所を作ってくれる人とも言える。
すなわち、愚痴や悩みを聞いてくれる人。
「いや、自分はちゃんと相談に乗っているし、アドバイスもしている。聞き上手だろ。」
まあ、そうとも言えるが、ラジオ人生相談でないのだから、相談者のモヤモヤ気分を整理して、勘違いを正して、最後厳しい現実をつきつける、そんな弁護士や教育評論家のような対応をしていては、相手に好かれることはない。
彼らはプロだし、必ず正しい結論を出さなければ本業に差し支えるから、相手の顔色に関係なく正論を展開する。しかも、金銭に関わる場合が多いから、曖昧なアドバイスはできない。
でも、愚痴や悩みを聞くの「きく」はそんな聞き方でない。
愚痴はネガティヴである。感情的には同情できても、考え方は間違っている。悩みにしても、人に相談できるレベルは、聞いて「何だ、そんなこと。全然大したことない」と思えることがしばしば。
それで、そのことをストレートに伝える。
それは正論である。相手は反論できない。
反論できないが、いかんせん気持ちは晴れない。前段の通りである。
求められているのは共感だからだ。
共感する時に、賢いアドバイスは要らない。
正しい答えも要らない。
ただ、うん、うんと頷く。
または、相手の言葉をただ繰り返す。
これが「きく」である。
それだけで、相手の気持ちは楽になる。

女子力に学ぶ

しかし、これが難しい。
同じ男の身なら分かると思う。
クドクドと相手の愚痴や聞いていると、こんな何の結論もでない非生産的なことに付き合っているのは時間の無駄である、そのように思えて耐え切れなくなる。
それで、ついついパシッと音の出るような結論を与えて話を締めたがる。
「そりゃ、あなたの愚痴と言うもんだよ。」
「相手にも、相手の都合があるし、そう言う非生産的な考え方は止めないか?」
「他人を変えるのでなく、自分がどう変わるかだろ。」
ついつい他人事だとこう言いがちなのである。そう、所詮他人のこと。
それに対して、女性は上手だと思う。
よく女子会、茶話会等を企画して集まっている。
それで何するの?と聞いたら、飲んで食べて喋るのだそうだ。ちょっと男から見たら緩い感じがする。
しかし、こういうのが大切らしい。
是非男性もしてみれば、と勧められる。
「いや、男も根回しとか、打ち上げとかで飲み会をするよ。」
「そんなんじゃなくて、ただ飲んだり、食べたり、喋ったりなのよ。」
「意味あるの?」
「あるのよ。女もいろいろと溜まるの。だから、たまにガス抜きしないと、気持ちがついてはいかないのよ。」
なるほど、特に明確な目的はなくても共感の場なのだね。
たまには女子力に学ばなければ。