今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

4つの顔

(写真:団雲)

■ドラマでいつも見る人たち

夜9時から11時までの2時間は、ドラマのゴールデンアワーである。各局とも、何らかのドラマを制作して放映している。
その中で、ベテラン人気女優さんが頑張っているな、とか、若手の男優君が頑張っているな、とか、まず注目するのは主役と準主役の人である。
それと同時に、気にしだすとやたら気になるのは、いろんな作品に頻繁に出演している人たち。つまり、名脇役の人。

よく見る人は、毎日出ているんじゃないかってくらい、どこかに出演している。
役柄も、ダメ社長であったり、善良なお父さんであったり、権力を振りかざす嫌な役人であったり、悪の権化のような人物であったり、相反するキャラをほぼ同時間帯に演じ分けている。
俳優は、役に没入すると言うが、よくキャラクターが混ざらないものだなと感心する。
さすが、超一流と言うことか。

見ている我々も不思議である。
昨日のドラマでは、超悪役を演じていて、何ちゅう悪いやっちゃと思っていたのに、今日のドラマの善良なお父さん役にホノボノしている。
演じている人は同じでも、我々の頭の中では完全に別人として捉えているからだろう。
人間は同じでも、役が違えば別のヒト。

■4つの顔の舞台俳優

我々は俳優でないが、同時に複数の人格を演じ分ける点では同じだと思う。
自分も、4つの顔に思い当たる。
・会社員としての顔
・家庭での主人としての顔
・プライベートでの世話役としての顔
・自分個人としての素の顔
それらは全く違う顔である。
前に同僚から、「○○さんは、会社を一歩出れば、意外に紳士なんですね。」と言われた。
長い間いる場所だし、次から次とやってくる仕事をこなさなくてはならないし、そりゃ、会社では地に近い部分も出るだろうさ。
対して、外にいる時くらいなら多少良い人間を演じていられる。
そう、演じているのだ。

お客さんに対応する時の最大限取り繕った自分。
作業をしている時のカリカリした自分。
家庭内で無難に良い人を演じる自分。
面倒見の良い部分をなるべく表に出している世話役としての自分。
しょうもないことや、下らないことが大好きな素の自分。
役を間違えたりしたらたいへんであるる。
お客さんに対して素の自分を出したり、家で会社モードで振るまったりすれば、きつくダメだしをされてしまう。

よく世話になっている自動車販売店の営業さん、また、入院中に世話になったナースの皆さん。ワガママな客であったり、自分勝手な患者の自分に、愚痴を言わずに、また丁寧なもの言いを変えずによく対応して下さっている。
人間だから腹も立つし、気分が乗らないこともあるし、好き嫌いもあるだろう。しかし、そこは仕事だからと割り切って最上級の人格を演じてくれる。でも、そのイメージでナースさんとお付き合いすると、素の面では全く違う性格が現れて驚く。
役割に応じて、演じ分けられるのが人間なのである。

■一つの顔を選ぶ時

役者さんにとって、好きな役と、そうでない役があるように、我々にも好きな顔と、嫌いな顔がある。
女性管理職で、部下の男性を叱りとばす怖い顔。家庭に帰って、子供と接する時の世界一やさしいお母さん。ご主人に対しては素直になれず、どうしても我を通してしまう嫌な顔。両親に会っている時は、素直に甘えて弱い自分をさらけ出している。
どれが本当の自分なんだろう。
嫌な自分に対しては、こんなのは自分じゃない、と早く自分が誇りを持って演じている役に戻りたいと願う。

しかし、全て自分の顔である。
周りの人は、どれも自分の本質と見ている。
会社の鬼上司は、どこでも、いつでも鬼に違いない。
だから、部下は自宅に呼ばれると緊張をしてガチガチになる。それが、日常生活の優しいお母さんの顔に接すると、一気に認識が改まったりする。
鬼上司も、優しいお母さんも、顔の一つに過ぎないのである。

そして、いつかその顔のうちの一つを選び取る日がやってくる。
つまり、歳と共に社会との結びつきが切れて、役割が減っていく。すると、演じていたの顔も必要なくなる。
最後残るのは、どんな顔だろう。
ワガママな顔か、寛容な顔か、怒りっぽい顔か、それとも笑顔に満たされた顔か。
好きな顔か、嫌いな顔か。
それは自分の素顔なのか、それとも立派な顔を演じていくのか。
何にせよ、最後の顔は、自分が好きな顔であって欲しい。