今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

嘘をつかないこと

(写真:夕景 その3)

《自分の中のクエスチョン》

「ん?」
「どうした?」
「いや、なんでもない。」

その場は軽く流しせたとしても、たぶん気が付いちゃった。自分のアイディアの小さな穴。

その場で正直にゲロして、訂正すれば良いものを、敢えて見ないふりをしてしまう。
そんな自分の中の小さな嘘、人に対してついているわけでないから、あまり罪の意識はないけれど、自分を騙していると後から結構ひどいしっぺ返しをくらってしまう。

《嘘のスパイラル》

「あれ、この商品、メインの購買層の使用感に合わないよな。」
これは、コンピューター屋がよくやるミス。
アウトプットにばかり目がいって、それを入力する人のことを完全に無視している。

アウトプットの案を提案先の社長さんに見て貰ったところ、第一声は「素晴らしい。こんな資料が欲しかったんだ。」
そこで気をよくして、インプット側の画面を見せたところ、だんだん雲行きが怪しくなる。
「えっ、こんなに入力が必要なの?だったら、事務員さんを一人増やさなけりゃならないよね。コンピューター入れた意味ないじゃん。」

確かに、事務員さんの数が限られたところに、高運用コスト、高度管理機能を提案しても受け入れられるはずなんかない。
だいたい、提案の土台から狂っているんだ。基礎からやり直さなくてはならないことは分かっているのに、そこで自分に嘘をつく。

「ここまで提案に時間をかけたのだから、なんとしてもこのまま行って貰わねば。」
そんな自分の都合が、正しい判断を狂わせる。
そこで、「外部からデータを連携してはいかがでしょうか」とか、「入力側のインターフェースを設計し直します。」とか、 なんとかこじつけて押し込もうとする。
でも、こう言うパターンは大抵上手くいかない。
最初に「自分に嘘をつく」歪みが生じていると、だんだん嘘のスパイラルにハマって、後になるほど歪みがひどくなる。

結局、あそこで、自分の嘘を誤魔化さなかったらと後悔することになる。
嘘はダメと分かっていても、生来の嘘つきだから、やっぱり同じことを繰り返してしまう。

《小さなクエスチョンを大切にする》

自分のアイディアの穴は、人に指摘して貰えば直せる。
しかし、自分しか気が付いていないものは結構そのままにする。ただ、現実は、自分に対してついた嘘の方がひどいことになる。
もし、そんな嘘を誤魔化して先に進んで、後から指摘されたら、自覚ある分正直焦るし、故意に隠蔽していたので下手に対処すれば自己矛盾を起こしてしまう。
そこで、ますます取り繕うからおかしなことになっちゃう。

「でも、ちゃんと実証データを集めれば良いのでしょ。」
しかし、どんなデータを集めてる?
効果や購買意識なんてものは、そもそも複合的なもので、定量的に割り出すことは難しいんだよ。
「いいです。顧客に聞いて来ます。それで、欲しいか、要らないか分かるでしょ。」
そこが問題。
顧客と一口に言ってもいろんな立場の人がいるでしょ。購入に決定権のある社長に受けが良かったとしても、事務方がノーと言ったら社長も買えないよね。そんなこと、死ねほど経験してるじゃん。
あと、意図していなくても、どうしても自分に都合の良い質問をするし、相手もリップサービスをする。インタビューはなかなか難しいんだよ。

つまるところ、第三者意見だけで正しさを証明できないなら、後は企画者の思いで突き抜けることもいる訳。
そんな時、自分に負い目があったらいけないだろ。
自分のアイディアや企画を進める時は、自分に嘘をついてちゃいけないんだ。
だから、自分の中の小さな疑問であっても丁寧に拾おうか。