今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

本物は誰が決める

(写真:郡上の残雪)

《子供の描いた絵》

私が絵を描くと「子供の書いたような絵」と笑われます。
確かに私の絵は稚拙です。
しかし、本物の「子供の書いた絵」には、非常に奥深い味わいがあります。

かのピカソは、「子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。」と言い、さらに「ようやく、子供のような絵が描けるようになった。ここまで来るのに随分時間がかかった。」とまで言っています。

自分の投稿に挿絵を描こうと何枚も書き直してみるのですが、どうしても子供の描いたような絵になってしまいます。
そこで、当時6歳だった子供に頼んだら、非常に見栄えのするものを描いてくれました。
もちろん、上手い訳ではありません。また、父親の欲目でもないと思います。
大人が上手い絵に似せようと描いて「子供の描いたような絵」になるのと、自分の感性をそのままぶつけたような「子供の描いた絵」は稚拙と言う点では共通していても、クオリティにおいて全く別ものなのです。

《何故、プロは素人に勝てないのか》

最近のテレビ番組のタイトルに、やたら「驚愕映像」とか、「爆笑映像」と言うものが多くありませんか。
内容は、私たちが日頃YouTubeで見ているような映像を、テーマ毎に選りすぐったり、あるいはランキング形式で紹介するものです。映像の製作費はほぼゼロで、あとはタレントたちをかき集めてコメントさせたり、表情を映したりしています。ですから、その出演料が番組製作費の8割を占めるんじゃないかと想像したりします。
しかも、このような低予算番組をみんな面白がって見るものだから、まさにテレビ局はウハウハでしょう。

しかし、敢えてうがった見方をすれば、これはプロの映像クリエイターが、素人に屈しているようにも見えます。
YouTubeの投稿動画は玉石混交ですが、プロの作ったものよりもワクワクする作品があるのも事実です。
むしろ、プロのクリエイターが芸人たちを集めて作ったバラエティー番組の方が、狙ってやっているような小賢しさがあって興醒めをする人もいるでしょう。
なぜ、プロは素人に勝てないのか?
それには幾つかの理由があるようです。

《なぜなら、本物とは作れないものだから》

幾つか理由があると言いましたが、結局「本物は作れない」と言うことです。

プロの場合は、対価を貰って仕事をしています。ですから、アマチュアとの違いは、かけた費用に対して効果が逐次評価されると言う点です。
つまり、失敗できないので手堅くまとめようとします。
実際、映画やドラマでも、「定石」や「鉄板」と言う言葉をたびたび耳にします。お金を貰って製作を行う現場では、手堅さを一つの評価ポイントにしている訳です。
でも、見ている我々からすると、「なんとなく有りがちだよね。」とか「なんか読めるよね。」と、少し興醒めをします。また、最近のお笑いで、「鉄板ネタ」とか言ってやたら定石を繰り出すスキルを自慢している製作側も鼻につきます。

素人のすることは、決して一定のレベルを狙っている訳ではありません。好きなものに、好きな時間をかけて、好きなように作る訳です。だから、ハッキリ言えばクオリティは低いのですが、その中にたまに本物の玉が混じることがあります。
そこには、素直な自分の情念や情熱がそのまま投影されているので、一度目を引けば、プロのクリエイター以上の反響を受けるのです。
要は、何かを雛形やお手本にして作ったのでない、その人にとっての本物なのです。

ただ、以前は多くの石の中に、玉を見つけるのは物理的にたいへんでした。しかし、最近のYouTubeのような発表の場の充実と、アクセス数のような客観的数字での指標、あと機械によるレコメンドで、私たち1人1人がその玉へのアクセスがずっと容易になりました。それが、素人クリエイターの大隆盛時代を作っていると思います。

大人の絵には、まず上手い絵の手本があって、それに近づくように描こうとします。それは、真似であり、自然に生み出されたものではありません。
対して、自分の中に明確な基準を持たない子供の絵は、素直に自分が出ているので、その巧拙に関わらず見る人の心を打つのでしょう。
公私によらず、情報発信する身としては心に留めておきたいことです。